17世紀にニュートンが大成した力学体系においては、世界を記述するために必要な基本的カテゴリーは、空間−時間−物質(原子)−力の4つである。きわめて素朴な言い方をすれば、「空虚な空間の中に物質(原子)が浮かんでおり、互いに力を及ぼしあいながら時間と共に運動する」ということになろう。哲学的には、「その中に何も存在しない空間は存在するのか」という疑問もあり得る(これは、アリストテレスの発した問いであり、これに基づいて、彼は、真空は存在しないという真っ当な結論を導き出している)。また、17世紀当時はまだ原子の存在は立証されておらず、重力以外には力の厳密な定式化が行われていないという難点もあった。だが、少なくとも理論的には、このカテゴリーを用いてあらゆる運動を記述することが可能であり、その数少ない応用例である天体力学の分野でニュートン力学が驚くべき成功を収めたこともあって、長い間、物理学における発想の根底をなしていた。
ニュートン力学の4つの基本カテゴリーは、今世紀に入ってから、根本的な修正を受けることになる。まず、空間と時間が、1916年に完成されたアインシュタインの一般相対論によって統一され、4次元の時空多様体という概念に置き換えられる。
さらに、物質と力という対立的に思える概念も、1930年代には統一される可能性が明らかになる。この歴史的なプロセスを簡単に見てみよう。
近代科学勃興前には、力が物質に内在するという考え方もあったが、ニュートンはこれを否定し、空虚な空間を遠隔作用として伝わる力という概念を採用した。つまり、運動方程式という形式で、物質に対して非物質的な力が働くことによって物質に加速度が生じると定式化したのである。この考え方は、重力の場合にはうまくいったが、電磁気(ニュートンの時代には実態がほとんど解明されていない)に適用するのは困難であった。電磁気については、マクスウェルが示したように、空間xと時間tを引数とする場の量(電場E(x,t)や磁場B(x,t)、あるいは、こんにちの定式化によれば電磁ポテンシャルA(x,t)など)を用いて表さなければならない。こうして、物質とも力ともつかない「場」という奇妙な概念が、物理学に導入されることになる。19世紀の物理学者たちは、電磁場をエーテルという物質的な存在に置き換えようとしたが、どうしてもうまくいかなかった。
ニュートンの力学とマクスウェルの電磁気学は、19世紀終わり頃には、危うい関係を保ちながら共存していた。空間内部には、粒子状の物質(原子、電子、イオンなど)と連続的な場が存在しており、物質は電磁場から力を受け、電磁場は物質によって変動する。こうした相互作用がどのようなメカニズムを通じて生じるかは明らかではないが、とりあえず、2種類の存在を仮定することによって、理論的な整合性を保つことができた。
ところが、量子論が登場すると、事態は一挙に紛糾してくる。まず、アインシュタインが、電磁場の振動が伝わる過程として簡単に解釈されていた光が、時に粒子的な性質を示すことを論じた。次いで、ド・ブロイが、明らかに粒子であると思われていた電子も、波のように振舞うと主張した。こうなると、物質を構成する粒子と電磁気的な現象を引き起こす場を全く別個のものと扱うことの妥当性にも疑いが生じる。理論的な面では、物質粒子の位置を表す座標qと、電磁場に式に現れる空間座標xを他の理論(特に相対性理論)と整合性を持たせたまま関係づけることの難しさが問題になった。
こうした難問を見事に解決したのが、1929年にハイゼンベルグとパウリによって提唱された場の量子論である。この理論は、一般相対論と共に、基礎物理学の面における20世紀最高の成果であるにもかかわらず、専門家以外にはほとんど理解できないと言われる難解さのため、科学史家からも充分な評価が得られていない。しかし、そこに含まれている物質観は、人間の素朴な直観を根底から覆すほど深遠なものである。
ハイゼンベルグとパウリが試みたのは、物質粒子を記述する理論の形式を、電磁場と類似した形に書き直すことだった。この目的のため、電磁場がA(x,t)のように空間と時間を引数とする場の量として表されるのと同様に、物質粒子(最初の論文では電子に限定されている)をψ(x,t)という場の量で記述した。ここでψが従う方程式は、あたかも、空間を細かく分割した個々の部分に小さなバネが存在し、その振動が互いに影響を及ぼしあうような形式になっている。こうして、物質粒子も電磁場も、共に空間の到る所に存在する「場」という一元的な概念で表されることになった。
もっとも、これだけでは、電子が粒子として振舞うことの意味が理解できない。場の量子論の驚くべき点は、場の量ψから「粒子」の性質を導き出すことが可能なことである。理論的に難しい点を省略して結論だけ述べると、「量子条件」と呼ばれる制約を課すことにより、ψは、ある限られた変動のパターンしか取れなくなる。特に、長い時間が経っても崩れないような振動パターンは「励起状態」(excited state、興奮した状態!)として、(1ないし複数個の)電子の運動を表すことになる。こうして、連続的な場の量が離散的な粒子の運動を表すという表面上の矛盾が、鮮やかに解消されたのである。
場の量子論は、科学的な物質観に、いくつかの根本的な修正を迫る。まず、「空間の中に浮遊する物質」というイメージを、完全に否定する。物質が存在しないと思われていた領域にも、Aやψのような場の量が存在する。ただ、これらが励起されていない(興奮していない)だけである。実は、何もないと考えられていた真空でも、場の量は僅かに振動しているので、完全な「虚空」は現実には存在しない。アリストテレスが「自然は真空を嫌う」と言ったのは、結果的に正当だった訳である。
もう1つの重要な修正は、物質と力の二元論の否定である。古典的な考えは、電子のような物質に非物質的な電磁場から力が加わるというものであった。ところが、場の量子論では、物質粒子も電磁場も同じ形式の場の量で表されているので、物質と力に分離して考えることはできない。用語上は、「力」ということばの代わりに「相互作用」という言い回しが一般的になっている。
©Nobuo YOSHIDA
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