質問 どのような分野にしても、既存の技術は継承されていかなければなりません。新技術を導入するにしても根本的にシステムを変えればいいのですが、そうでない場合はどうしても既存の技術が必要となります。既存の技術は、企業であれば例えば入社**年といったベテランが今まで経験してきた(マニュアルにない)事が重要となります。新入社員がそれを修得するのに又**年を必要となるとすれば企業としては非効率的ではないでしょうか?ただ単にマニュアルを作成すればいいのか?どうすれば技術の継承をスムーズにできるのか?よろしくお願いいたします。【技術論】
回答
 技術の継承に関しては、業種ごとに大きな差がありますので、ここでは、ごく一般的な議論に留めさせて頂きます。
 日本の職場では、企業が有する技術の整理・分類が十分に行われておらず、技術的な問題についての社内教育も、システマティックとは言いかねる現状があります。これは、従来の日本企業では、終身雇用・年功序列が当たり前で、新たに就職した若手社員は、現場で年数をかけてじっくりと教育すれば良いというゆとりがあったためでしょう。また、地位や収入の面で後輩に追い越される心配がほとんどないことから、1〜2年先輩の社員が後輩にさまざまなノウハウを教えたりアドバイスを与える光景もごく普通に見られました。
 しかし、人材の流動化が進み、他企業である程度の経験を積んだ途中入社の社員や、能力を見込まれてヘッドハンティングされた優秀な技術者が入ってくる一方で、有能なエンジニアが流出する危険を常に孕んでいる状況の下では、こうしたルースな教育法は改められるべきでしょう。また、技術の優劣が企業の命運を左右する優勝劣敗の業界で生き残るためにも、技術の継承は効率的に行われなければなりません。年功序列が崩れて能力主義に傾いている職場では、後輩はいつ自分を追い越すか知れないライバルになるため、現場での実地教育が十分に行われない心配があるのです。
 これからの企業に必要になるのは、自社が保有している技術の整理・分類(ランク付け)を行い、その内容に応じて適切な社内教育を組織的に実施する体制です。
 技術/専門知識の分類としては、例えば、次のようなものが考えられます。
 AやBに分類され、競争力の源泉となるような最も重要な技術に関しては、専門技術者を講師とする研究会などによって、システマティックな社内教育を施す必要があります。この場合、教材の準備や技術内容の解説に対しては、専門的な能力を要する重要な職務として、応分の報酬が与えられるべきです(日本では、管理職に比べて技術職の給与が低く抑えられる傾向にありますが、これは改められねばなりません)。企業の生命線となる技術は、常に磨きをかけていなければならない(加工法や付属部品などの周辺特許を取ることによって基本特許の守りを固めるなど)ので、こうしたシステマティックな技術の伝授は、企業の発展において重要な役割を果たすと考えられます。
 Cの公知の専門技術に関しては、各種マニュアルの配布や技術レポートの発表会など、これまでも行われてきた研修の方法が有効でしょう。Dについては、(出世を左右するほどのものではないので)先輩社員による現場での実地教育が役に立つはずです。また、余白を十分にとって、コメントを書き加えられるようにした備え付けマニュアルを用意しておくと、現場で得られるノウハウを技術者が共有する助けになるでしょう。
 なお、日本では必ずしも一般的ではありませんが、Eの科学的知識に関しては、大学を利用する方法もあります。アメリカでよく見られる産学協同のパターンとして、企業が大学に研究資金を提供する代わりに、研究生を送り込んで専門知識を身につけさせるというものがあります。日本の大学も、少子化対策の一環として企業に門戸を開きつつあるので、将来的には一般化するかもしれません。

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質問 砂が水に濡れると、黒っぽくなるのはなぜですか? すりガラスに水をつけると、どうして見えるようになるのですか? 金色とは、物理的にはどのように説明すれば良いのですか?【古典物理】
回答
 物質が視覚的にどのように見えるかは、光の反射・屈折の法則によって決まります。
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 乾いた砂は白っぽく見えますが、これは、小さな粒子が沢山あって、入射光を反射・散乱しているためです(図1)。ところが、ここに水を加えると、状況が変わります。水の表面は砂に比べて滑らかなので、大部分の光は散乱されずにそのまま透過しますが、水と砂の粒子(二酸化ケイ素の結晶など)の屈折率の差が小さいため、粒子面で反射・散乱される割合は、水がないときよりもずっと低くなります(図2;水から二酸化ケイ素の単結晶表面に垂直入射する場合の反射率は、フレネルの公式を使って計算すると、0.6%程度になります)。こうして砂から反射される光の量が減るため、濡れた砂は黒っぽく見えるわけです。
 すりガラスの場合も、事情は似ています。ふつうの状態では、ガラス表面の微細な凸凹によって透過光が散乱されるために像が結ばないのですが、水に濡らすと、ガラスと水の屈折率の差が小さく、この界面であまり屈折せずに光がほぼ直進するので、向こう側が見えるようになります。
 色彩としての金色は、RGB(赤・緑・青)の割合を適当に調整することによって、それらしく作ることができます。例えば、金色に見える下の画像の中央付近は、RGB値が(それぞれ255を最大として)(188,189,96)になっています。
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ただし、この図の色はやっぱり「金色」とは違うと感じるかもしれません。「黄金の色」という意味での金色は、単なる色彩だけではなく、キラキラした金属光沢を有することを含んだ概念だからです。金属光沢は、表面付近にある自由電子によって光が散乱される現象と説明されますが、「輝いている」という実感には、左右の眼球に異なる光が入射することによって生じる心理的な要因も関与しているので、RGB値だけでは決められないのです。

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質問 IBMのディープブルーは1秒間に2億手読むそうですが、チェス初心者の僕が仮に1秒間に2手読めるとして、ディープブルーの2億倍の持ち時間があれば僕でも勝てるでしょうか?【その他】
回答
 1997年5月、「チェス史上最強のプレイヤー」と言われるゲイリー・カスパロフが、IBMワトソン研究所の開発したチェス・マシン「ディープブルー」との1年ぶりの対戦において、1勝1敗3分で迎えた最終戦を落とし敗北を喫しました。このニュースは、思考型対戦ゲームの分野でも人間がコンピュータに敵わなくなったことを示す象徴的な出来事として、多くの人に衝撃を与えました。
 ディープブルーは、外観は超並列スーパーコンピューターIBM RS/6000 SP そのものですが、これをチェス・マシンとして働かせるには、C言語で書かれたプログラムを走らせる必要があります。このプログラムは、「木探索法」と呼ばれるアルゴリズムに基づいて、制限時間の3分間に、500億から1000億通りの手を計算しながら最善手を探していくものです。ディープブルーが従来のチェス・マシンより優れている点は、この探索の過程で、全ての可能な指し手をチェックするのではなく、有望そうな「枝」に絞り込んで、深く先読みするようになっているところです。
 木探索法による最善手探しでは、それぞれの局面に(形勢の有利・不利を示す)評価点を与え、1手指すごとに点数がどのように変化するかを調べていきます。典型的なチェスの局面では、可能な着手(どの駒をどの方向にどれだけ動かすか)は平均38通りあるので、ある局面から自分と相手が指して再び自分の番になるまでの駒の動き方は38×38通り、最高のチェス名人が読むと言われる7手先まで考えると、3814通りになります。IBMのコンピュータがどんなに優れたものであっても、こうした駒の進め方すべてについて調べるわけにはいきません。そこで、評価点が大きく下がる明らかな悪手(たとえば、みすみすクィーンを敵の前に差し出して取られてしまう)は、もうその先を調べる必要がないものとして探索の対象からはずしていきます。また、その1手によって評価点が大幅に上昇するようなクリティカルな指し手に関しては、評価の信頼性を高めるため、他の枝よりも何手か先まで計算するようにします。こうして、探索する枝を絞って評価点の変化を調べていくと、点数の上昇が最大になるような枝が見つかります。チェス・マシンは、基本的には、この枝の方向に向かって「次の1手」を指してくるのです(下図)。
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 ディープブルーでは、こうした木探索法に加えて、序盤戦や終盤戦では過去のグランド・マスター戦をもとに作成したデータベースを参照できるようにしたり、国際的グランド・マスターであるジョエル・ベンジャミン氏が開発チームに加わって「対局の微妙な点」を教えるなど、さまざまな工夫が凝らされています。ただし、それでも、「私はただ1手の最善手しか見ない」と言ったキャパブランカ(1920年代のチェス名人)のように、豊富な経験に基づく直感力で勝負する人間とは異なり、単純なアルゴリズムに基づいて蛮力(brute force)で膨大な計算を行っていることには変わりありません。
 「人間とコンピューターの発想は全く違う。砂浜で指輪を落とした場合、人間なら自分の足跡をたどったり金属探知器で探す。しかしコンピューターは、巨大なブルドーザーで砂浜を掘り起こし、ありとあらゆる粒子をひとつずつチェックし、それより大きいものをピックアップしようと考える」(ディープブルー・チームの一員フェン・シュン・スーの言葉;IBMホームページより引用)

 もしあなたが、ディープブルーで採用されたこうしたアルゴリズムを完全に理解し、コンピュータ並の記憶力とアクセス能力を備え、どんなに長く単純作業を繰り返しても倦み疲れることが全くないならば、たとえ計算速度がIBMマシンの1億分の1であっても、対局の制限時間を3分から3億分(=571年)に伸ばしてもらうだけで、ディープブルーと互角にチェスが指せるはずです。もっともチェス・マシンの能力は、数年で十倍以上に向上していくでしょうが…

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©Nobuo YOSHIDA