質問 青りんごは、なぜ緑色なのに「青」りんごと呼ばれているのでしょうか? 同様に、青信号は、なぜ緑色なのに「青」信号と呼ばれているのでしょうか? 緑色の物体が発する色素と青色の物体が発する色素に共通/類似するものがあり、人間がそれを認知する際にあやふやになってしまうからなのでしょうか?【その他】
回答
 物理学的には、色は光の波長によって決定されますが、人間は、必ずしも特定の波長の光を識別して名前を付けているわけではありません。特に、古代日本語は語彙が少なく、ある単語にさまざまな意味が込められていたため、色の名前と光の波長の対応関係を明確につけられないという事情があります。
 古代日本語では、色の名辞は、はっきりした色を表す「しろ」、はっきりしない色を表す「くろ」(「暮れる」「暗い」と同語源)、明るい色を表す「あか」(「(夜が)明ける」「明るい」と同語源)、及び「あを」の4つだけだったとされています。「あを」は、必ずしも光の3原色の青とは一致せず、「あか」と対照的な淡い彩度の色を全般的に表す表現です。海・空の色だけでなく、葉の色にも使われ、ここから、「青葉」「青物市場」などの言い回しが生まれました(「青リンゴ」も、この系統だと思います)。「みどり」という語もかなり古くからあったようですが、なぜかあまり積極的に用いられず、「あを」の一語で緑色の範囲までカバーしていました。中国語での「青」の用例(青春、青山など)からの影響があるのかもしれません。ちなみに、日本語で「青い」と言うと未熟さを表していますが、これは、未熟な果実が「青い」ことに由来する言い回しで、英語の“green”と同じ用法です。
 信号機の「進め」の色は、英語では“green”で、明治期に日本に移入された際に警察は「緑信号」と呼んでいたのですが、語呂が良いためにマスコミが「青−黄−赤」の3色で区別すると喧伝したため、「青信号」という表現が定着してしまったようです。なお、信号機にはもともとの緑色のランプが使われていましたが、色弱の人にとって赤と識別しにくいので、1970年頃から青色のランプに変更されています。
 光の波長と色名が厳密に対応していないのは、神経生理学的な理由があります。網膜では、光受容タンパク質の感受性の差異によって、波長450nm付近の青色と波長530nm付近の緑色は、明確に識別されていますが、この違いがそのまま認知されるわけではありません。網膜で得られた視覚データは、まず大脳後頭葉にある視覚野に送られ、そこで特徴分析などのさまざまな情報処理が行われた上で、脳の他の部位に投射されて、さらに複雑な処理が施されます。人間が意識する色の知覚とは、受容器からの刺激を何段階にもわたって処理した結果であり、したがって「色そのもの」ではなく、記憶や感情と絡み合った複合的な認識なのです。民族ごとに色の区分や形容詞への転用法が異なっており、視覚的に識別できる色が同じ語で表されたり、逆に、同じ色を状況に応じて異なる語で言い表すことになるのは、そのためです。

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質問 自分が生きている間に一度、超新星を肉眼で見てみたいと思っています。できれば昼間でも見えるほど明るいものを望んでいます。ところがこの銀河系内で超新星が発生するのは数百年に一度とのことです。銀河系には恒星が約2000億個あると聞きます。なぜ超新星の発生する確率がそんなに低いのでしょうか。【現代物理】
回答
 現在まで、銀河系(天の川銀河)に出現した超新星のうち、人類によって観測され記録に残されたものは、8個ほどだそうです。最も新しいのが、1604年に出現しケプラーらによって報告された超新星で、最大でマイナス2.5等級と肉眼ではっきり観測できる明るさになりました。しかし、これ以降は、肉眼で観測できるような銀河系内の超新星は現れていません(ただし、1885年に出現したアンドロメダ銀河の超新星S Andromedaeは6等級に、1987年のマゼラン星雲の超新星1987Aは5等級にまで明るさを増し、条件が良ければ肉眼でも見えたはずです)。銀河系内の超新星を望遠鏡で観測するという機会も、いまだにないという状態です。それもこれも、超新星の出現頻度が低いためです(もっとも、太陽系のそばで爆発されると、人類の存続にかかわりますが…)。
 超新星には水素の吸収線が見られないI型と、見られるII型があります。
 II型超新星は、質量が太陽の8倍以上の巨星が寿命を終えるとき、中心部にある鉄のコアの重力崩壊によって起きる大爆発です。大質量星の寿命は短く、太陽の10倍の質量を持つ恒星では3000万年程度ですから、この大きさの恒星が3000万個もあれば、1年に1回の割合で超新星爆発を起こすはずです。しかし、大質量星が形成される割合がもともと高くない上、年齢が数十億年以上に達する通常の渦巻銀河では、現存する1000〜2000億個の恒星の大半は何億年も前から生き残っている長寿命のものに限られ、大質量星の割合はかなり低くなります。銀河系でII型の超新星爆発が起きる頻度は、数十年〜100年に1回程度と考えられています。ちなみに、スターバースト銀河と呼ばれる星の生成が盛んな銀河では、できたばかりの大質量星の割合が高いため、超新星の出現頻度も高くなっています。われわれに最も近いスターバースト銀河であるM82銀河には、2003年に超新星が発見されています。逆に、もう何億年も星の生成が行われていない楕円銀河では、II型超新星は観測されていません。
 I型超新星のうちIa型と呼ばれるものは、連星系の一方が白色矮星で、これに伴星から物質が流れ込んで臨界質量を超えたときに起こります(Ib型、Ic型については詳しくわかっていません)。Ia型超新星爆発を起こすための条件は、質量に関しては緩く、太陽の数倍程度しかない平凡な恒星でも可能ですが、こうした恒星は寿命が数十億年と長く、また、連星系の軌道半径が一定の範囲になければならないといった条件が付くため、銀河系で起きる頻度は300年に1回程度と低くなります。
 超新星に関しては、爆発のメカニズムなどに関して不明な点も多く、出現頻度も、理論的にきちんと導き出されるわけではありません。他の銀河での超新星や超新星の残骸などの観測データを元に、推測しているだけです。
 肉眼で観測されるためには、さらに、太陽系からたかだか数万光年以内で、銀河系の中心核などに隠されない領域で起きることが必要です。このため、出現頻度は、100〜数百年に1回程度になってしまいます。

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質問 地球上の生命の進化は、常に一定の速度で進んだわけではないと聞きます。それと同じように、人類の知の進歩も遅々として進まない時期がある一方で、爆発的に進歩する時期があるものなのかもしれません。特に、1930年前後にはハイゼンベルグの不確定性原理やゲーデルの不完全性定理といった、それまでの人類が持ってた信念(あるいは確信)を打ち破る考え方が誕生しました。こうした従来のやり方・見方を打ち破る考え方が異なる分野(物理と数学)でほぼ同時に発生したことに興味を覚えます。
そこで、この時代に着目しているのですが、
  1. 「人類の既成の信念」を打ち破るような大発見は1930年前後の時代に、他にもあったのでしょうか?
  2. そのような発見がほぼ同時期になされたことは、当時の時代の潮流と関係あることなのでしょうか? それとも単なる偶然なのでしょうか?
  3. 同じ質問の繰り返しになっているかもしれませんが、モダニズムからポストモダニズムへのシフトというのは、こうした科学分野におけるパラダイムの転換と何らかの関係にあるのでしょうか?
お考えをご教示賜れば幸いです。【その他】
回答
 私の考えでは、1930年前後に見られる科学の急展開は、19世紀から継続する人口の急増、産業の発展、大量殺戮を伴う世界戦争などとリンクしている人類史的な出来事として位置づけられます。
 おそらく、不確定性原理や不完全性定理を「人類の既成の信念を打破する大発見」と捉えるのは、20世紀以降の知識人だけでしょう。もしかしたら、古代ギリシャのピタゴラス学派は、不完全性定理に興味を示すかもしれませんが、素数を使ったゲーデルの議論が「証明」になっているとは感じないはずです。逆に、ローマ帝国にキリスト教が伝えられたとき、皇帝の権威を絶対的なものと認めないその教えは、それまでの世界観を根底から覆すものだったでしょうが、現代人には、今ひとつピンときません。不完全性定理などの重大性は、科学的な厳密さを重視する世界観の下で、初めて意味を持つものです。
 17世紀には、太陽の放射エネルギーが一時的に減少し、世界各地で冷害による飢饉が多発しましたが、18世紀後半からは温暖化に伴って農業生産性が向上し、17世紀の危機を乗り越えた地域では、農業以外の活動に従事できる余剰人口が増えていきます。こうした人々が産業技術の開発を進めることにより、生産性の向上→余剰人口の増加→技術開発の進展→生産性の向上→… と正のフィードバック・ループが完成して、科学技術とそれに裏付けられた産業が、はじめはゆっくりと、しだいにスピードアップしながら発展していきます。この流れの中で、科学の地位も大きく変わっていきます。
 19世紀後半にヨーロッパで成立する「現代科学」は、それ以前のアカデミックな学問とは質的に異なっています。自然現象の研究は、かつては貴族が余技として行っていましたが、この頃になって、いわゆる職業科学者が誕生し、互いに連携を取りながら産業に応用できる研究を組織的に進めるという方法論が成立します。量子論を生む端緒となったスペクトルの研究が、冶金に応用するために進められたというのは、良く知られた話です。産業に応用できるように、一定の条件下で常に再現できるような厳密さが追求され、計算によって結果が得られるモデルを使った記述が定着しました。
 産業の発展とは一見無縁と思える形式論理学も、この流れに巻き込まれていたと考えるべきでしょう。例えば、1936年にチューリングがチューリング・マシンに関する論文を発表しますが、その直後から、当時の最先端技術であるコンデンサや真空管を使って論理的な処理を行おうとする試みが、世界各地で同時多発的に始まります(チューリング自身、暗号解読に特化した論理処理マシンを製作します)。1931年に提出されたゲーデルの不完全性定理も、チューリング・マシンの停止問題として読み替えられました。古典論理学では、一般に(「ソクラテスは人である」「人は死ぬ」といった)命題の内容についての言及があるのに対して、ゲーデルやチューリングが、論理命題が何を表現しているかにあまり関心を示さなかったのは、論理を“機械的に”処理するという考えがあったからだ…と言ったら言い過ぎでしょうか。
 2つの大戦に挟まれた期間は、科学社会学的に見て、特に大きな変化があった時期でしょう。第1次大戦で科学的な研究を(毒ガス兵器など)軍事面に積極的に応用したドイツや、大戦で疲弊したヨーロッパを後目に科学技術の活用により経済的に急成長を遂げているアメリカの例を見て、世界各国が、それまで以上に(応用可能な)科学の振興に力を注ぐようになったと言えます。特に、アメリカには、開拓者精神の名残りなのか、アカデミズムよりもプラグマティズムを重視する風土があります──現在でも、遺伝子組み換え作物に対してヨーロッパで排斥運動があるのに対して、アメリカでは広く受け入れられるといった違いが見られます──が、このアメリカ流のやり方が、科学技術を評価するときのスタンダードになったわけです。
 第2次大戦後は、科学技術文明が先進諸国に広く浸透して安定期に達し、20世紀前半のようなパラダイム転換は目立たなくなりましたが、同時に、われわれの世界観そのものが、この科学技術文明にどっぷり浸かっているという状況も、ほとんど意識されなくなっています。

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質問 人間の「オーラ」が見える人がいるそうです。ある霊能力者は、子供の頃「休み時間が終わった次の授業中、同級生のオーラが眩しくて黒板が見えなかった」と言ってました。これを聞いてハタと気付いたんですが、それって実は「赤外線」ではないかと。その人は網膜か何かが他人より敏感で熱輻射まで見える特異体質なのではないかと。オーラの正体は赤外線…? そういう可能性はないのでしょうか。【その他】
回答
 人間の視覚については、すでにかなりの程度まで解明されています。それによると、光知覚の発端になるのは、網膜に存在する光受容タンパク質が、ある範囲の光を吸収して構造変化を起こすことです。知覚される波長の上限には、多少の個人差がありますが、だいたい780nm前後です。光受容タンパク質の化学構造は遺伝的にほぼ定まっており、熱輻射の領域まで感知できる能力を備えた人間がいるというのは、ありそうもないことです。仮にいるとしても、ヒーター、アイロンから炎天下のコンクリートに至るまで、いろいろな物がギラギラ輝いて見え、オーラを看取するどころではないと思います。
 オーラのようなものが目に見えるという報告は散発的にありますが、いくつかの解釈が可能です。
 1つは、何らかの要因によって引き起こされた知覚異常です。例えば、偏頭痛の前兆として、視界にチカチカした光(閃輝)が現れた後に、その部分が見えにくくなる(暗点)という閃輝暗点の症状があります(ちなみに、英語では前兆もオーラも aura と書きます)。中には、「ノコギリ型のギラギラした光が見える」「対象の縁がコロナのように光って見える」などといったものもあり、神秘体験との関係が指摘されています。こうした知覚異常が現れる原因は必ずしもはっきりしていませんが、視覚野近傍の血管の収縮によるものと考えられており、偏頭痛を伴わないケースもあります。
 このほか、強い磁場に被曝した場合など外的要因によって視覚に異常が生じることが知られています。
 もう1つの可能性としては、先天的な共感覚が関与しているというものです。共感覚とは、感覚入力によって本来のものとは異なる知覚が生じる現象で、「2」という数字が赤く見えたり、鶏肉を口に入れると尖った感じがしたりするそうです。これは、胎児期に行われる神経細胞の配線が通常とは異なるものになったためだと考えられており、本人が申告しないとわからないため実数は不明ですが、きわめて少数というわけではないようです。共感覚の中には、特定の人物が色づいて見えるというタイプもあるので、オーラと何らかの関係があるかもしれません。

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質問 地球温暖化のことですが、赤道近くはあまり気温が上昇せず、極に行くほど気温の上がり方が大きいそうです。どうしてでしょうか?【環境問題】
回答
 温室効果ガスの濃度が高まることによってどのような気候変動が起きるかは、必ずしもはっきりしていません。これは、地球上では、大気や海水によって複雑な熱輸送が行われるからであり、炭素循環やエアロゾルの効果など、まだ良くわかっていない要素もいろいろあります。ただし、スーパーコンピュータを用いた計算によって、だいたいの傾向は掴めるようになりました。全地球規模で平均すると、地球に入射する太陽エネルギー340W/m2のうち、100W/m2が大気や地表で反射され、240W/m2が吸収された後に長波長の赤外線となって放射され、トータルでバランスが取れていたのが、温室効果ガスによって放射が2W/m2だけ妨げられ、人為的なエアロゾルによる反射が1W/m2だけ増加して、結局、1W/m2のエネルギーが過剰になったと考えられています。この微妙なズレが、氷河や氷床を溶かしたり、気流や海流の変動をもたらすというわけです。
 高緯度地方での昇温が大きい理由の1つは、正のフィードバック効果が働くからです。氷の表面は光を良く反射するため、氷に覆われているほど吸収される入射エネルギーの割合が小さくなります。しかし、温度が少し上がって氷(陸氷、海氷)が溶け始めると、反射率が低下して吸収されるエネルギーが増加、その結果として、温度が上昇しさらに氷が溶け…というように、ますます昇温に拍車が掛かることになります。また、工場などから放出された煤が氷の表面に付着すると、やはり日光の吸収量が増えて、極地での温度上昇をもたらします。
 北半球では、低緯度よりも中緯度で陸地面積が大きいことが、温度上昇の差を生む原因となっています。陸地の方が海水よりも熱容量が小さいため、短期間で見ると、陸地の方が早く温度が上がります。海水の温度は100年以上かけてゆっくりと上昇し、最終的に、全地球規模でエネルギー収支が釣り合うと考えられています。

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質問 光コンピュータという言葉をしばしば耳にするのですが、これは、量子コンピュータとは、別のモノなのですか?【技術論】
回答
 こんにち開発が進められている光コンピュータは、信号の伝達手段として電流の代わりに光を用いるという「光接続コンピュータ」で、量子コンピュータとは基本的なコンセプトが異なっています。ただし、次・次世代コンピュータとして、1個1個の光子を制御する光量子コンピュータが開発されるかもしれません。
 1990年代の末頃から、マイクロプロセッサの性能の向上に伝送系が追いつけていないという問題が表面化してきました。プロセッサが数百ピコ秒のステップで処理するのに対して、プロセッサとメモリなどを結ぶ配線部分では、CR回路となることによってこれと同程度のタイムラグを生み出してしまうため、コンピュータ動作時間の半分以上が、導線内部を電流が行き来しているのに費やされるという状況になったのです。さらに、消費電力の増大や電磁干渉など、電流を利用することによる問題点が指摘されています。そこで期待されているのが、高速でエネルギー損失が小さく、電磁干渉を起こしにくい光の利用です。
 光接続コンピュータでは、光変調器を使って電気的なデジタル信号を光パルスに変換、光ファイバなどを介して別の光素子まで伝送し、そこで入射光を再び電気信号に変換します。現在、光変調器や光交換器は開発途上ですが、基礎技術は次々と開発されており、10年以内に実用化されるとの見方もあります。
 こうした光接続コンピュータでは、伝送による時間的な遅延がきわめて小さいため、コンピュータの部品を1台のマシンに詰め込む必要がなくなるというメリットがあります。例えば、メモリを施設内に分散して設置しておき、きわめて重いタスクを実行するときには、各メモリを結合して1つの処理に当てるといったことも可能になるでしょう。
 将来的には、多数の光子が集まったパルスではなく、1個1個の光子の偏光状態によってビット列を表すことが可能になるかもしれませんが、実用化の目処は全く立っていません。

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質問 脳の左右半球の機能の違いは、具体的には何に起因しているのでしょうか。ニューロンの形態とか神経伝達物質などの違いなのでしょうか?【その他】
回答
 人間の大脳半球にはっきりした機能差があることは、さまざまな実験を通じて明らかにされていますが、これが何に起因するかに関して、断定できるような結論が得られているわけではありません。ただし、おおよそ次のようなことは、判明しています。
  1. 大脳半球には、解剖学的にも神経伝達物質の分布にも差があり、これが機能差と関連していると推定される。
  2. 機能差は胎児〜乳児期にも存在しており、少なくとも一部は遺伝的に規定されている。
  3. 成長とともに機能差は強化されるが、必ずしも絶対的なものではなく、可塑性がある。

 大脳半球の解剖学的な差として良く知られているのは、側頭葉上面の長さです。ある調査によれば、100例中65例で左半球、11例で右半球の方が長く、24例で左右の差がないとのことです。この部位は、感覚性言語中枢であるウェルニケ野の一部であり、左半球が言語優位脳になるケースが多いというデータと合致しています。
 神経伝達物質に関しては、右半球でノルエピネフリンの、左半球(側頭葉)でドーパミンの濃度が高くなる傾向にあるというデータがあります。ノルエピネフリンは、新しい刺激に対する覚醒レベルを高める作用があり、無意味図形や見知らぬ顔についての情報処理で右半球が優位だという心理学的な知見と符合します。また、ドーパミンは微細な運動の調節と関連していますが、言語処理の際に口の筋肉をわずかに動かしていることを考えると、左半球が言語優位脳であることに対応していると推測されます。
 大脳半球の機能差が乳児期以前に生じていることは、いくつかのデータによって裏付けられています。妊娠10週から44週の胎児207例を調査したところ、側頭葉上面の長さは、54%で左半球、18%で右半球の方が長く、28%で差がなかったという結果が得られました。新生児でも、左右どちらに顔を向けるかに差があることから、すでに機能差が存在していると言われています。さらに、生後1週間から10ヶ月の乳児の脳波を測定したところ、"ba"のような言語音に対しては10人中9人で左半球に大きな誘発電位が現れたのに対して、連続雑音では10人中10人で右半球に現れたというデータもあります。
 生まれた時点ですでに存在していた左右の機能差は、成長過程で強化され、思春期までにほぼ完成すると言われています。しかし、この差は絶対的なものではなく、長期にわたる訓練や学習によって、優位性の移行が生じることが知られています。例えば、一般の人は、音楽を右半球で処理することが多いのに対して、専門的な音楽の訓練を受けると、左半球で処理するようになるという報告があります。また、幼い時期に脳の損傷や手術などによって一方の半球の機能が失われると、他の半球が機能を補償することがあります。乳児期に脳腫瘍のために右半球切除の手術を受けたある患者は、成人後に空間認知能力のテストで平均を上回る成績を上げており、右半球が受け持つことの多い機能を左半球が肩代わりしたとされています。
 以上のような知見は、左右の差が遺伝要因と環境要因の複雑な絡み合いの中で形成されることを示唆しますが、具体的に何がどのように作用して差を生み出しているのかは、ほとんどわかっていません。現代科学が解明すべき大きな課題の1つです。
【参考文献】スプリンガ-/ドイチュ著『左の脳と右の脳』(医学書院)

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質問 磁波による人体への影響について教えてください。 紫外線より高い周波数の電磁波が、人体の細胞組織に損傷を与えるというのは理解できますが、送電線のような低周波電磁波(50〜60Hz)が人体に対して、どのように作用し悪影響が懸念されているのか、物理学的に説明してください。 また、ピップエレキバン等はどうして体に良い作用をするのでしょうか。【その他】
回答
 高圧送電線やパソコンのディスプレイが発する低周波の磁場が健康に悪影響を及ぼすのではないかという話は、1979年から論争が続いていますが、いまだに明確な結論は出ていません。論争の発端となった送電線の電磁波と小児白血病の関係については、これまでに1ダースほどの研究例があり、単純平均すると送電線の近くで発病率がやや高い(1.5倍程度)という結果になるものの、いずれもサンプル数が少なく、誤差を考ると「有意な関連性は見いだせない」と結論されています。ディスプレイと流産は「強い関連性はない」、電気毛布と乳ガンは「関連性がない」とのことです。しかし、何らかの健康被害をもたらす可能性も否定できないため、あり得べき影響について検討することが必要でしょう。
 波長の短い紫外線やX線が電離作用によってDNAを傷害することは、以前から知られています。また、携帯電話などに使われるマイクロ波は水分子を加熱する作用を持っており、これが生体に何らかの影響を及ぼしても不思議はありません。これに対して、低周波の電磁波は、DNA傷害性も加熱作用もなく、通常の生活で被曝する程度ならば、細胞の膜電位よりも小さい電位差しか生み出せないため、直接的な生体作用はなさそうです。あるとすれば、信号伝達系を介した2次的な作用ではないかと考えられます。
 1つの可能性として、磁場による結合能の変化が考えられます。生体分子の結合能は、立体構造や電子分布などを表す分子の状態関数によって決定されますが、こうした分子が磁場の中に置かれると、配向作用などによってエネルギー準位が変化し、それにともなって結合能が変わることがあります。これが生体内での信号伝達系に影響を及ぼし、内分泌や免疫系の機能を抑制/昂進するかもしれません。
 国立環境研究所を含む複数の研究チームが、培養細胞を使った実験により、磁場がメラトニンの機能を阻害するというデータを得ています。松果体から分泌されるメラトニンは、あるタイプの細胞の成長を抑制する機能を持っており、これがガン抑制効果として現れると考えられていますが、磁場(1.2μT, 60Hz/100μT, 50Hz)が加わった環境下では、受容体へのメラトニンの結合からcAMPの蓄積に至る信号伝達系に何らかの変化が生じて、この機能が阻害されるとのことです。メラトニンとメラトニン受容体との結合能には変化が見られないというデータもあり、具体的にどのような変化が生じているかは不明ですが、伝達系に関与する生体分子の結合能が変わったためだと解釈することも可能です。
 なお、ピップエレキバンは、送電線などからの低周波より遥かに強い100mT程度の磁場を局所的に加えているので、赤血球の配向やホール効果などを通じて血流そのものに影響を及ぼすと言われています。ただし、この強度の磁場による血流変化はきわめて微弱であると考えられており、「こりがほぐれる」といった臨床的な好結果がなぜ生じるかは、明らかにされていないようです。

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©Nobuo YOSHIDA