質問 空間のインピーダンス(自由空間ではZ0=120π)というのは直感的に分かりにくいのですが、どういう量でしょうか。電磁波が伝搬するに従って弱くなっていくモトでしょうか。
また、導波管のような自由空間以外の空間でも存在するでしょうか。【古典物理】
回答
 インピーダンス Z とは、系に正弦振動する(複素数表示の)作用 E expiωt を加えたときの作用と応答 I expiωt の比 Z=E/I として定義されます(便宜上“作用”と“応答”と書きましたが、必ずしも原因と結果の関係ではありません)。最もポピュラーなのは、交流回路におけるインピーダンスで、複素電圧と複素電流の比を意味します。回路に電気抵抗しか存在しないときには、インピーダンスは抵抗値に等しい実数となり、コイルやコンデンサーが存在する場合は、位相のずれを含む複素数となります。
 波動の議論においても、インピーダンスという概念が登場します。例えば、音響インピーダンスは、圧力と粒子の速度の比を意味します。電磁波の場合は、(作用と応答の関係とは言いにくいのですが)ある点での電場の強さと磁場の強さの比をインピーダンスと呼んでいます。誘電率ε・透磁率μの媒質中を伝播する振動数ω・波数ベクトルkの単色平面波の場合、マクスウェル方程式は、
  ωμH = c k×E
  ωεE = -c k×H
と表され、これより、
  εE2 = μH2
という関係が得られます。したがって、この媒質の波動インピーダンスは、
  (μ/ε)1/2
となります。MKSA単位系を使って真空について計算すると、
  真空の誘電率 ε0 = (1/36π)×10-9 [F/m]
  真空の透磁率 μ0 = 4π×10-7 [H/m]
なので、
  真空のインピーダンス Z0 = 120π [Ω]
が得られます。ただし、この数値に深い意味はありません(単色平面波の場合は、減衰することなく電磁波が伝播します)。MKSA単位系とは、「真空中で1[m] 離れた(断面積無限小の)導線に 1[A] の電流を流したときに、導線 1[m] に作用する力の大きさが 10-7[N] になる」というかなり恣意的に決められた電流の単位(アンペア)をベースにする単位系であり、その結果として、真空の誘電率や透磁率が奇妙な値になっています。より“自然な”単位系であるガウス単位系では、真空の誘電率・透磁率・インピーダンスはいずれも1になります。
 導波管についても、インピーダンスが定義されます(と言うよりも、インピーダンス・マッチングというイメージが使えるので、導波管の議論をするときにこそインピーダンスの概念が役に立ちます)。この場合は、電場と磁場の「横成分(導波管の軸に対して直な成分)」の比をインピーダンスと呼びます。円筒形の単純な導波管の場合、伝播する電磁波の位相速度を nc とすると、導波管のインピーダンスは、自由空間のインピーダンスに対して、波動モードが磁気型(電場の縦成分がない)の場合はn倍、電気型(磁場の縦成分がない)の場合は1/n倍になることが知られています。

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質問 狂牛病発生後の消費について何かわかりましたら教えていただきたいのですが?【その他】
回答
 牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy; BSE)──いわゆる狂牛病──は、日本における牛肉消費量に大きな影響を与えています。1986年にイギリスで初めて確認された当時は、マスコミでも対岸の火事といった扱いでしたが、1996年に人間のクロイツフェルト・ヤコブ病との関連が指摘されると、それまで漸増傾向にあった牛肉の消費量は、いっきに10%以上も落ち込みました。その後、1999〜2000年頃にいったん安定したものの、2001年9月に国内初の狂牛病感染牛が発見され、マスコミで大々的に報じられると、国民の牛肉離れが急速に進みます。狂牛病が人間に感染するのは中枢神経系や目など異常プリオンを多く含む部位を大量に摂取した場合に限られ、日本人が常食する筋肉や牛乳には危険性はなかったのですが、10月の牛肉消費量は前年同月比で42%まで低下、焼肉店の中には、売り上げが大幅に減って廃業に追い込まれるところも現れました。この間、鶏肉・豚肉・魚介類の購入量が前年同月に比べて1割以上増加しているので、消費者は、牛肉の代わりにこれらを動物性タンパク質源として消費したと考えられます。
 牛肉消費量は、2001年10月を底に増加し始めますが、2頭目・3頭目の感染牛の発見、雪印牛肉偽装事件などマイナス要因が続いて発生したこともあって、ゆるやかな上昇曲線にとどまります。2002年6月には狂牛病発生前の90%近くまで回復しましたが、2003年に入っても完全回復したとは言えないようです。ちなみに、日本フードサービス協会が公表している「外食産業データ」によると、焼肉店の売上高は、2001年4月(感染牛発見前)を100としたとき、2002年4月は83.7、2003年4月は93.7となっています。
qa_179.gif  感染牛発見後の牛肉消費量は、大ざっぱに言うと、右図のような変化を示しています。直後の急激な落ち込みは、過剰な危機感による一時的な回避行動であり、風評被害の側面も大きいと思われます。これに対して、2002年後半以降も続く回復の遅れは、安全性評価基準の見直しや代替品購買習慣の定着による消費性向そのものの変化によるものと言えるでしょう。1996年以降に見られた牛肉消費量の階段関数型の減少(図の点線に相当)が4年以上も継続したことを考えると、狂牛病の影響は、そう簡単には払拭できないでしょう。

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質問 曲についての質問ですが、いろいろな音の出方や聞こえ方(音の質・テンポなど)の中から、人が頭の中で旋律として感じたり、曲らしさを覚えるのには、どのような条件があるんでしょうか。個人的にかなり不思議です。【その他】
回答
 複雑な音のスペクトルの中から人間がいかにして特定の旋律を聞き取るかは、1世紀以上も前から心理学者の頭を悩ませてきた難問です。音の高さや強度のように物理的なパラメータで定義できるような量は、大脳聴覚野における機械的な情報処理によって特徴が抽出されることが知られていますし、リズムや音色に関しても、比較的単純に分析が遂行されていると考えられます。しかし、旋律や曲らしさとなると、より高度な認知能力が必要となるはずです。
 発達心理学の実験によると、生後5ヶ月程度の幼児でも、一連の音の系列を一つの旋律として認知することができるそうです。ある旋律を繰り返し幼児に聞かせると、“慣れ”が生じて音に驚かなくなりますが、旋律を構成する音の順番を入れ替えると、新しい刺激として驚く(心拍数に変化が生じる)という結果が得られています。しかも、元の旋律を(短3度上か下に)移調して聞かせた場合は、心拍数に変化がなく、同じ旋律として把握していることがわかります。
 ある特性をもとに一連の音列を他の“ノイズ”から切り離して統括的に把握する能力は、自然選択を通じて獲得されたものだと推測されます。捕食者が近づいていることを示唆する足音や、仲間同士のシグナルとなる鳴き声など、一連の音をひとまとまりのものとして捉えることにより、生存に有利な情報として活用することができるからです。こうした能力が、社会生活を通じて、楽曲の旋律を認知する能力として洗練されていったのでしょう。
 音列をひとまとまりのものとして把握する際には、音の強さ・音程・音色・音源の位置・時間間隔などが近接あるいは類似していることが手がかりとして利用されます。例えば、複雑なスペクトルの中で、音程の近い楽音が一定のリズムで提示されると、人間はこれをひとまとまりの“旋律”として捉える傾向があります。
 音の錯覚を引き起こす実験によって、この傾向を確認することができます。左から
  ド(C4)−シ−ミ−ソ−ミ−シ−ド(C4)
右から
  ド(C5)−レ−ラ−ファ−ラ−レ−ド(C5)
という音列を同時に聞かせると、多くの人は、左から、
  ド(C4)−レ−ミ−ファ−ミ−レ−ド(C4)
右から、
  ド(C5)−シ−ラ−ソ−ラ−シ−ド(C5)
という音が聞こえたように感じます上の音列のMP3ファイル(74524byte)を作成しましたので、MP3ファイルをステレオ再生できるパソコンを利用している人は、確認してみてください)
 ただし、楽曲を構成するような音列の把握の仕方は、状況や個人によって大きく異なります。意識的に音の一連性を聞こうとしているか否かによって、旋律が聞こえたり聞こえなかったりしますし、その音列を繰り返し耳にしている場合は、旋律を聞き取る能力が強化されることもあります。旋律を美しいと感じるかどうかは、さらに個人差が大きくなります。子供の頃にはバルトークの音楽が耳障りな雑音にしか聞こえなかったのに、名曲として何度もオンエアされるのを聞いているうちに、いつの間にか美しい音楽だと感じられるようになったりもします(←個人的体験です)
【参考文献】ダイアナ・ドイチュ編著『音楽の心理学』(西村書店)

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質問 超音波と衝撃波の関係についてお尋ねします。体外結石破砕法という腎臓結石を体外からの衝撃波で破砕する治療法がありますね。この場合、超音速ジェット機のように衝撃波が非線形力学的に一点にどかんと収束するイメージがありますが、衝撃波の発生手段として超音波を用いる場合もあるようです。一方、超音波メスのように一般に水中で超音波を発振したときのキャビテーションに伴う衝撃波は、そこら中のバブル崩壊により起こるわけですが、指向性というか収束という現象がないように思います。この2つの衝撃波の違いを教えてください。【古典物理】
回答
 衝撃波とは、それを境に圧力・密度・温度などが急激に変化するような面(不連続面)を意味します(図1)。こうした不連続面は媒質中を超音速で進行し、その前後における大きな圧力差によって、途中にある物体を破壊することもあります。超音速で運動する物体に伴う衝撃波は、物体の進行方向に伝播しますが、特にはっきりとした指向性があるわけではありません。結石破砕のために利用する場合は、10mm×10mm程度の範囲に衝撃波を集める装置が必要になります。電極放電や微小爆破によって1点で発生した衝撃波が球面状に拡がっていく場合は、回転楕円体の形をした反射板によって、焦点に衝撃波を集中させています(図2)。また、金属板を振動させて平面状の衝撃波を発生させた場合は、凸レンズに相当する音響レンズを使って収束させます。
qa_177.gif

qa_178.gif  超音波は(“超”という接頭語が付いているものの)人間の可聴範囲外の周波数を持つというだけの通常の音波です。しかし、水中で大振幅の超音波を発生させると、圧力の高い部分の音速が低い部分よりも大きいことによる非線形効果が強く現れ、伝播するにつれて波形が鋭く切り立って、衝撃波に類似したものに変化していきます(図3)。こうした“衝撃波もどき”の超音波パルスを収束させると、その焦点近傍では、圧力の振舞いなどは衝撃波とほとんど変わらなくなります。圧電素子(交流電圧を加えると振動する)は、電気的な制御によって容易に振動の位相を揃えることができるので、数千個の素子を球面上に配置することにより、標的めがけていっせいに超音波パルスを発生することが可能であり、衝撃波と同じように、結石などを破壊するのに利用できます(図4)。最近では、狭い範囲を狙い撃ちできることから、このような超音波パルスを利用した結石破砕装置が人気を集めているようです。
 一方、キャビテーションに伴う衝撃波は、超音波洗浄機やレーザ治療器などを使用した際に“副産物”として発生し、正確な制御が困難であるため、多くの場合、困った存在となるものです。こうしたミクロな衝撃波は、超音波やレーザで作られた気泡が急速に崩壊したときに生じると考えられていますが、無数の泡からランダムに出てくることもあって、その振舞いが完全に解明されたわけではありません。緑内障などのレーザ治療の際、キャビテーションによるミクロな衝撃波が眼圧昂進などの副作用をもたらしているという説もありますが、はっきりしたことはわかっていないようです。
【参考文献】阿曹佳郎編『衝撃波結石破砕のすべて』(東洋書店)

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質問 ニック・ハーバート著『量子と実在』(白揚社)の343ページから、Eberhardによる超光速通信の不可能性の証明について簡単に触れられていますが、もっと詳しく教えていただけないでしょうか。ベルの定理については多くの書物で解説されているのですが。【現代物理】
回答
qa_176.gif  Eberhardは、EPR相関やベルの定理に関する論文をいくつか発表していますが、超光速通信の不可能性を端的に示したのは、次の論文です:
P.H.Eberhard and R.R.Ross, 'QUANTUM FIELD THEORY CANNNOT PROVIDE FASTER-THAN-LIGHT COMMUNICATION,' Foundations of Physics Letters 2(1989)127-
 相互作用していた2つの量子論的な物体(スピンが逆向きの電子対など)が分離し、遠く隔たった地点AとBで独立に測定される場合を考えましょう。ここで、A地点で何を測定するか(例えば、スピンのx成分かy成分か)を測定直前に切り替えた場合、AとBでの測定結果の間に、Aで何を測定するかという情報が瞬間的にBに伝わったかのような相関が現れることが知られています。これが有名なEPR相関です。この相関を利用してAからBへ超光速で情報を伝えられないかというのが、問題のポイントです。スピン相関を持つ電子対の例で言えば、多数の電子対をグループ化してAとBに送り、Aの側で測定するスピンをx方向・y方向で切り替えたときに、Bにおけるスピンの分布に差が生じるならば、これを調べるだけでAにおける測定の向きが判明するので、Aにいる“送信者”は、x方向の測定を0、y方向の測定を1とするビット列を超光速でBに送信できることになります。こうした可能性を否定するのが、Eberhard and Ross の NoGo定理です。
 Eberhard and Rossは、具体的な思考実験を含むさまざまなケースを考察していますが、以下では、最も基本的な部分だけを簡単に紹介いたします。
 測定対象となる量子論的な物体の波動関数を、シュレディンガー表示で|ψ(t)〉と表すことにします。B地点で時刻 t=T に物理量Mの測定を行い、mという測定結果を得る確率をP[m] とすると、P[m]は、一般に次式で与えられます。
  P[m] = Σk〈ψ(T)|χk〉〈χk|ψ(T)〉
ただし、|χk〉は固有値mに対する正規化された固有関数で、Σは縮退している自由度について足し上げています。射影演算子
  Π = Σkk〉〈χk|
を使うと、
  P[m] = 〈ψ(T)|Π|ψ(T)〉
となります。
qa_175.gif  Aで時刻t=0 に測定装置の切り替えを行い、Bで時刻t=T に測定を行うものとします。超光速通信が可能になるのは、この2つの時空点が互いに光円錐の外側にあるにもかかわらず、Aでの切り替え作業が P[m] に差をもたらす場合です。切り替えによって、対象系の時間発展を引き起こすハミルトニアンが、H0から
  H1 = H0 + ΔH
に変化するとします。切り替えがt=0 でなされるとすると、それ以前のハミルトニアンは一致するので、t=0 以降の時間発展の差だけを考えれば良いはずです。t=0 を基準としたときの各ハミルトニアンに対する時間発展のユニタリ演算子をU0およびU1と書くことにすると、切り替えを行ったそれぞれのケースでMを測定したときにmを得る確率は、
  P0[m] = 〈ψ(0)|U0(T)ΠU0(T)|ψ(0)〉
  P1[m] = 〈ψ(0)|U1(T)ΠU1(T)|ψ(0)〉
となります。ただし、
  U0(0) = U1(0) = I(恒等演算子)
です(t=0を基準としたため)。ここで、見通しをよくするために、
  Λ(t) = U1(t)U0(t)U0(T)ΠU0(T)U0(t)U1(t)
という演算子を導入すると、2つの確率の差は、
  P1[m] - P0[m] = 〈ψ(0)|Λ(T)-Λ(0)|ψ(0)〉
となります。右辺のΛ演算子の差は、dΛ/dtを t=0 から t=T まで積分したものですが、単純な式変形によって
  dΛ/dt = -i U1(t)U0(t) [ Π~(T), ΔH~(t) ] U0(t)U1(t)
が得られます。ただし、
  Π~(T) = U0(T)ΠU0(T)
  ΔH~(t) = U0(t)ΔHU0(t)
です( [ , ] は交換子を表す)。ところが、ΔH~(t) と Π~(T) は、それぞれAとBの近傍に限定された局所的な演算子をハイゼンベルグ表示で表したものであり、その領域の場の演算子から構成されているはずです。したがって、光円錐の外側にある場の演算子の交換子は常にゼロになるという場の量子論の定理(証明は場の量子論の教科書をご覧ください)により、dΛ/dt の右辺の [ , ] は t=0 から t=T までの積分範囲で恒等的にゼロになるので、直ちに、
  P1[m] - P0[m] = 0
が得られます。これは、Aで何をやっても、Bの測定結果に差が出ないことを意味します。
 上の議論は、式だけ見ると何やら複雑なことをやっているように思われるかもしれませんが、実は、(1)測定などの物理的な操作が局所的な演算子で表される、さらに、(2)光円錐の外にある演算子は互いに可換である(つまり相互作用を及ぼしあわない)──という“場の量子論の常識”しか使っていません。場の量子論が超光速の相互作用を許さない以上、超光速通信の不可能性は当然の帰結なのです。
 ではEPR相関とは何だったのかと疑問に感じるでしょう。きちんと納得するためには、EPR相関が、「測定結果 の相関」であることを正しく理解している必要があります。「Aでy方向のスピンを測定する」という情報だけでは、相関は現れません。「y方向のスピンを測定した結果、アップ状態であることが測定された」という結果を使って、遠方でのデータの間に初めて相関が認められるのです。ところが、相関の計算をするためには、「Aでアップ状態だった」という測定結果をBまで送信しなければなりません。この送信が超光速で行われない限り、EPR相関を利用した超光速通信は不可能なのです。

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©Nobuo YOSHIDA