質問 正当な物理学によるところのスカラー波とはどのようなものですか。【その他】
回答
 最近、新興宗教団体の1つと思われるパナウェーブ研究所の動向が、世間の注目を集めています。この団体が信奉している教義の1つに、スカラー波と呼ばれる有害な電磁波が人々の健康を損ねているというものがありますが、ここでは、物理学的な観点から、この主張について説明します。
 現在の正統的な物理学において、「スカラー波」という概念は一般的ではありません。マクスウェル理論によると、電磁波として伝播するのは進行方向に対して垂直に偏光した2成分の横波だけですが、形式的には、さらに2つの成分「縦波」と「スカラー」が存在しています。ただし、この2つは互いに打ち消しあって波動として伝播することはありません。静電場・静磁場のフーリエ成分を数学的に計算したときなどに、式の上で現れることがあるだけです(このため、「スカラー波とは静電磁場のことだ」と解釈する人もいます)。スカラー成分が波動として伝播するという考えは、支持されていません。
 なお、これとは別に、現代物理学で広く受け入れられている「スカラー場」という概念もあります。これは、量子場の統一理論で採用されているもので、β崩壊などの弱い相互作用において重要な役割を果たし、波動として伝播もしますが、日常生活のレベルで問題になることはありません。
 「横波以外の電磁場成分が遠方まで伝播して物理的作用を及ぼす」というアイデアは、アメリカと旧ソ連で独立に展開されたようです。アメリカでは、ベアデンという人が、反重力や常温核融合などと結びつけた議論を行っています(原典を読んだ訳ではないので詳しくはわかりませんが、ベアデンが2002年に発表した"Energy from the Vacuum"という著書の惹句には、"The world's first textbook that corrects the errors in the foundations of science to validate the production of free energy from the vacuum." とあります)。また、ウクライナの物理学者アキモフも、横波以外の電磁場成分による長距離の効果を研究したそうです。ただし、こうした研究は、少数の支持者を得たものの、物理学界で広く受け入れられたわけではありません。マクスウェル理論を量子化した量子電磁力学(QED)では、束縛系での量子化条件(ゲージ固定の条件)をもとに、横波成分だけが波動として伝播することが矛盾なく説明されており、スカラー波やこれに類似したアイデアを理論に組み込む余地がほとんどないからです。量子電磁力学の検証実験も繰り返し行われていますが、理論を大幅に修正しなければ説明できないようなデータは、今のところ見あたりません。
 もっとも、「電磁波が体に悪い」というパナウェーブ研究所の主張には、一分の理があります。数十ガウス程度の強い静磁場が知覚異常などをもたらすことはすでに実験的に確かめられていますし、高圧送電線から出る低周波が何らかの健康被害をもたらす危険性も(ほとんど否定されてはいますが)100%否定されたわけではありません。高圧送電線や変電所の すぐそば で強い低周波を浴びることは、避けた方が身のためでしょう。

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質問 上下に波打っている波の各点は、下から上へと動いて上端まで行くと、今度は下端を目指して動くようになりますが、その際、何が原因で下向きの運動に切り替わるのですか。つまり、「波」が「波」の運動をする原因は何でしょうか。【古典物理】
回答
 波動現象は、媒質の各点に変位が生じたとき、これを元に戻そうとする“復元力”が作用することによって引き起こされます。ただし、具体的に何が復元力となるかは、波動の種類によって異なっており、一般論はありません。
 直観的に最もわかりやすいのは、空気の密度変化が伝播する音波でしょう。一般に、空気がある点に集まるように移動すると、その点の圧力が周囲より高まるので、元の位置に押し戻すような圧力勾配が生じます。これが復元力となって、疎密の振動が生じるわけです。具体的に式をたてると、次のようになります。平衡状態での値からの微小なずれにダッシュを付けて
  圧力 p = p0 + p'
  密度 ρ = ρ0 + ρ'
と表し、微小量の1次まで取ると、
  連続の式 ∂ρ'/∂t + ρ0 div v = 0
  運動方程式 ρ0v/∂t = -grad p'
となります。この近似ではp'とρ'は比例するので、
  p' = c2ρ'
と置き、運動方程式のdivをとって連続の式を代入すると、
  波動方程式 ∂2ρ'/∂t2 - c2△ρ' = 0
が得られます。これを直観的に解釈すれば、「空気が集まるように運動するところ(divv<0)では密度が増大するが、その結果として(p'〜ρ'より)圧力が高まり、圧力勾配(grad p')を通じて元の位置に押し戻そうとする力が作用するため、振動が発生する(疎になるところも同様)」ということになります。
 固体や液体の表面に生じる微小な波動(さざ波)の場合は、隣り合う点の間に発生する張力が復元力となって振動を引き起こします。
 (質問文で想定されている)水の表面をうねりが伝わる長波長の波は、もう少し複雑です。このとき、水面の形を決定する方程式には、(表面では水圧が作用しないので)圧力項は存在しません。その代わり、水が圧縮されないという非圧縮性条件:
  div v = 0
qa_174.gif が加わります。直観的に言うと、水面が平衡面より高くなり、重力の作用を受けて下向きの運動が始まると、非圧縮性条件によって水平方向の運動が生まれ、結果的に、波の山を平衡面に戻そうとする復元作用となるのです。導出過程は流体力学の教科書に譲りますが、水の表面を伝わる長波長の波では、水の各点は周期2π(λ/g)1/2で円運動を行い、円の半径は、深さが増すとともに指数関数的に減少することが知られています。
 また、電磁波のケースでは、電場の変化によってファラデーの法則に従って磁場が誘起され、この磁場の変化がさらに元の電場の変化を鈍化させるような起電力を生み出すため、振動が引き起こされます。
 このように、「波」を起こす原因はさまざまです。にもかかわらず「波」という共通の現象になるのは、これが、連続物体が示すきわめて自然な振舞いだからです。平衡状態からの微小なずれを表す量が、時間tと空間xの関数 f(t,x) で表されるとしましょう。fの変化は、一般にtとxに関する微分方程式で記述されます。fが微小である場合、この微分方程式はfの1次までで近似できるはずです。さらに、系の変化が時間や空間の向きによらない(すなわち、tやxを-tや-xで置き換えても物理法則が変わらない)とすれば、1階微分の項は存在しません。fの変化が滑らかであるとすると、高階微分の項も無視できることになります。時間と空間の微分が分離できるような“自然な”ケースでは、fが従う方程式は、
  ∂2f/∂t2 - a∂2f/∂x2 + bf = 0
となるはずです。ただし、a<0 になると、fが急激に成長して「微小なずれ」という仮定が成り立たなくなるので、a>0 であることが要請されます。この条件を満たす式は、波動解を持つ波動方程式になるため、微小変化が持続する多くのケースで「波」という現象が見られるのです。

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質問 ブラウン運動の観察からアボガドロ数を決定する方法を教えてください。【古典物理】
回答
 この問題を最初に取り上げたのは、相対論で有名なアインシュタインです。彼は、まだ分子の実在性を疑う学者もいた1905年に、「熱の分子論から要求される静止液体中の懸濁粒子の運動について」(Ann.Phys.17)という論文で、分子が懸濁粒子にぶつかって力を及ぼすリアルな存在であると仮定すると、実際に観察されるブラウン運動を説明できることを示し、さらに、論文の末尾で、アボガドロ数を観測結果から求める方法を提案しています。
 アインシュタインの議論は、2つの柱から成り立っています。
 第1に、微小な分子からのランダムな力を受けてブラウン運動を行っている懸濁粒子に関して、時刻tに位置xに存在する確率密度ρ(x,t)が、拡散方程式
  ∂ρ/∂t = DΔρ
に従うことが示されます。この式は、空間反転に対する対称性など一般的な関係のみを仮定し、テイラー展開の高次項を省略するだけで導出できます(詳しくは、統計力学の教科書を参照してください)。この方程式を解くことにより、t=0に原点にいた粒子が時刻tまでに移動するx方向の変位の2乗平均〈(Δx)2〉=λ2が、
  λ2 = 2Dt  …(1)
と求められます。
 第2に、上の拡散係数Dが、運動論的なパラメータを使って表されます。アインシュタインは、この関係を、懸濁溶液が(重力場などの)一定の外力場Fの下で平衡状態に達していると仮定して求めました。平衡条件を巨視的な視点から見ると、単位体積あたりの外力と圧力勾配が釣り合っていることになるので、粒子の体積密度をnとして、
  nF = grad p = kT grad n   …(2)
となります(gradは勾配の演算子、pは浸透圧、kはボルツマン定数、Tは温度で、後半の変形には、懸濁粒子に関する状態方程式を用いました)。一方、同じ現象を微視的な視点から考えると、外力によるドリフトとブラウン運動による拡散の効果が打ち消しあっていることを意味します。外力によるドリフト速度uは、移動度をBとすると、
  u = BF
で与えられます。外力に垂直な単位面積を通過する単位時間あたりの粒子数は、ドリフトの効果によってnu (=nBF)、拡散の効果でD grad n となります。両者が等しくなって平衡状態が実現されているわけですから、
  nBF = D grad n  …(3)
となり、(2)式と(3)式を比較すれば、
  D = kTB  …(4)
という関係式が得られます。これが「アインシュタインの関係式」として知られるもので、移動度が溶液と懸濁粒子の性質のみによって決まることからわかるように、外力場が存在しないときにも成り立つ一般的な式です。特に、半径aの球状の粒子が粘性係数ηの溶液中にある場合、ストークスの公式より、
  B = 1/6πηa  …(5)
となります。
 ブラウン運動の観察からアボガドロ数Nを求めるには、(1),(4),(5)式、および、気体定数とボルツマン定数の関係
  k = R/N
を使います。これらを組み合わせれば、
  N = tRT/3λ2πηa
となり、t秒間に粒子がブラウン運動によってどれだけ移動するかを測定することで、アボガドロ数が計算されます。
 アインシュタインが論文中で示しているのは、17℃の水(η=1.35×10-2)の中で直径0.001mmの粒子がブラウン運動しているケースで、気体運動論から予想されるN=6×1023という値を採用すると、1分間で6ミクロン程度の変位が観察されるはずだと述べています。アインシュタインが提唱した実験は、1909年にペランらが(顕微鏡で個々の粒子の運動を追跡するという形で)行っており、
  N = 5.6〜8.8×1023
という値を得ています。

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質問 「色」の定義はありますか? 人間が見ている色は、見た物から特定の色の波長の光が反射して、網膜に当たることで認識されるものであって、必ずしも物体がその色であると判断する事はできないと思うのですが…【その他】
回答
 色の知覚は、物体から反射(あるいは透過)した光が網膜に到達し、そこにある光受容器を刺激したことに始まる一連の神経活動の結果として生じるものです。当然のことながら個人差がありますし、一人の観測者が同一物体を見る場合でも、物理的環境や生理的状態によって知覚に差が生じることがあります。また、同じ色に見えるからと言って光のスペクトルが同じだとも限りません。
qa_173.gif  色知覚が意外に不安定であることは、右の画像を見てもわかると思います。中央の赤い帯は、左半分と右半分で色合いが違って見えると思いますが、実は(ディスプレイが正しく発色しているならば)同一色です(画面に顔を近づけて、じっくりと見てください)。こうした色の錯視は、人間が色を知覚する際に、周囲の色と対比しながらさまざまな補正を行っているために生じます。
 こうした色知覚の不安定さを除くために、国際照明委員会(CIE)では、色を数値化する方法を発表しています。それによると、対象物体を標準的な照明(「2856Kの黒体放射」など何種類かの定義があります)の下に置いたとき、一定の角度内に入射してくる光のスペクトル分布をもとに、色が定義されます。人間の網膜には、通常、赤・青・緑の3色に対応する3種類の光受容タンパク質があり、それぞれの活性化の程度に応じて色の知覚が生じるので、一般的に識別される色の知覚と合致するような定義を与えるには、3つのパラメータが必要になります。基本となるのがRGB表色系で、次式のように、光のパワースペクトルP(λ)に3種類の重み関数を乗じて可視光領域(λ=380nm〜780nm)で積分したものを、3つのパラメータとしています。
  R=∫P(λ)r(λ) dλ
  G=∫P(λ)g(λ) dλ
  B=∫P(λ)b(λ) dλ
重み関数の形は、標準的な視覚をもとに決定されています。ただし、このRGBシステムは、いろいろと使いにくい点があるため、R,G,Bを組み合わせて作る別の3つのパラメータを使って、XYZ表色系・Lab表色系などが定義されています。

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質問 金属などが数nmのサイズになると、量子サイズ効果が見られ、電子の波としての性質が顕著になると聞いたことがあります。「波としての性質」とは、どんなことなのでしょうか?【現代物理】
回答
qa_172.gif  電子が限られたサイズの領域に閉じこめられている場合を考えましょう。古典力学では、電子は任意の速度で運動できるので、運動エネルギーがゼロを最低とする連続的な値を取り得るのに対して、量子力学では、シュレディンガー方程式の解が特定の境界条件を満たさなければならず、エネルギーがとびとびの値に限られます。これは、両端が固定された弦で定常波の振動数がとびとびの値になるのと同様の振舞いであり、最も典型的な「波としての性質」と言えるでしょう。例えば、1次元の(無限に深い)井戸型ポテンシャルの中に置かれた電子では、両端で値がゼロになるような三角関数だけが解として許され、そのエネルギーは、量子数を n(n=1,2,…)、井戸の空間的サイズを L とすると、定係数を別にして、n2/L2に比例する値になります。大きさが数nm程度の金属微粒子になると、伝導電子1個が持つ運動エネルギーの最低値や準位幅は、室温での平均的な熱エネルギーkTよりも大きくなります。
 微粒子においてエネルギー準位が離散化することに起因する現象は、(1960年代に先駆的な研究を行った久保亮五にちなんで)一般に「久保効果」と呼ばれています。直観的にわかりやすい現象はあまり見あたりませんが、磁化率や吸収スペクトルなどで連続固体とは異なる性質が現れることが知られています。なお、金属微粒子に見られる特徴的な振舞いとしてクーロンブロッケイドがありますが、これは、主に電子1個が微粒子に注入されたときの静電エネルギーの差に起因するもので、「波としての性質」と直接の関係はありません。
 半導体の表面をナノスケールで加工して作成した量子ドットやナノワイヤに話を拡げると、より具体的な応用技術が開発されています。量子ドットとは、原子が数百個から数千個集まった10nm程度の小さな塊で、サイズなどを変更することによって、そこに閉じこめた電子のエネルギー準位を自由に変えることができます。このため、量子ドットを利用した蛍光体では、遷移するエネルギー準位を調節することにより、好きな色に発色させることが可能になります。

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©Nobuo YOSHIDA