質問 行列とテンソルの違いを教えてください。【その他】
回答
 異方性を持つ物質の弾性や電磁的性質の公式に姿を現す2階のテンソルは、式の上では行列と同じものに見えますが、数学的には、より多くの制約を受ける特殊な量です。
 行列は、mn個の数(厳密に言えば、代数演算が定義できる環または体の要素)を、縦m個・横n個ずつ矩形に並べたものでしかありません。
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行列の演算は、行列要素が従う演算法則に基づいて定義されます。
 これに対して、テンソルとは、n次元空間内部で定義され、空間座標の変換に対して、一定のしかたで変換される量を指します。物理学で使われる通常空間(ユークリッド空間、リーマン空間など)の場合、座標変換は、次の公式に従います(変換後の座標にダッシュを付ける):
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ただし、同一項内で同じ添字が2度現れる場合は、その和を取るものとします(アインシュタインの規約)。このとき、2×2行列の形で表される量Aijが次の形で変換されるならば、Aijを「2階の反変テンソル」と呼びます。
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このほかにも、変換の仕方によって「共変テンソル」や「混合テンソル」が定義されます。また、添字を増やすことによって、3階以上のテンソルを定義することもできます。詳しくは、物理数学の教科書をご覧ください。
 テンソルを上のように定義しておくと、異方性結晶の応力のように、座標系の選び方によって見え方は変化する(成分の値は異なる)が、物理的な作用は変わらない量を表せるので、公式を立てるのに便利です。

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質問 この世界に存在する物体はすべて限られた元素の集合体であるのにかかわらず、自然界を対象としたシミュレーションでは「連続体」を仮定して実問題を解いています。厳密に言うと「連続体」は存在しないはずなのに…。ちなみに私は地盤の研究を専攻しているのですが、地盤材料ともなれば元素と言わず、土粒子で構成されているのになぜ「連続体」と仮定できるのでしょうか?【古典物理】
回答
 実際には不連続であるにもかかわらず、あたかも連続体であるかのように取り扱う近似を「連続体近似」と呼びます。物質の状態方程式など、実際の計算で使われる多くの理論でこの近似が採用されているのは、これが相当に良い精度で成り立っていることが、理論的ないし経験的にわかっているからです。
 例えば、気体の密度を考えてみましょう。ある点Pを含む空間領域V0を考え、その内部に含まれる総質量をV0の体積で割ったものを、点Pにおける質量と定義してみます。ここで、V0として、その内部に気体分子が数個しかない大きさに選んだとすると、1個の分子が出入りするたびに密度が急激に変わり、時間的な変化を追跡することが困難になります。また、そうした密度の定義は、実用的ではありません。 qa_066.gif こうした難点を避けるため、V0を含む空間領域V1、さらにV1含む領域V2というように、少しずつスケールの大きな領域を考えていくことにしましょう(右図)。はじめのうちは、領域内部に含まれる分子数が少ないため、密度は大きく揺らいでいますが、しだいに微視的な揺らぎが小さくなり、あるところから密度がほぼ一定の値を示すようになります。この領域では統計的平衡が成り立っていて連続体近似を使うことが可能であり、一定の値を点Pにおける平均密度として定義することが許されます。標準状態に近い気体では、気体分子の大きさ(10-10mのオーダー)や平均自由行程(10-8mのオーダー)より充分に大きなスケールで平均密度が定義されます。
 密度を定義する空間領域のスケールをさらに大きくしていくと、いったん小さくなっていた揺らぎが、再び大きくなってくることがあります。こうした事態は、渦や粗密波などの巨視的な流体運動が生じていたり、容器などに気体が閉じこめられている場合に生じます。実験装置内部の気流の変化などを調べることが目的ならば、密度を定義する空間領域の大きさは、こうした巨視的な揺らぎが現れるスケールよりも小さくしなければなりません。このとき使われる密度センサーのプローブは、サブミリメートルのオーダーであることが要求されます。
 連続体近似が使えるのは、微視的揺らぎが現れるスケールよりも充分に大きく、巨視的揺らぎが現れるスケールよりも充分に小さいような領域が存在する場合に限ります。また、連続体近似の適用の是非は、解明したい現象や許される誤差の程度によっても異なります。例えば、超銀河集団の密度分布を考える場合は、銀河系のスケールでの揺らぎも微視的なものと見なし、数十億光年のスケールでならしてしまいます。
 地盤のような複雑な素材で連続体近似が使えるかどうかは、慎重に考えなければなりません。一般に、微結晶の内部は連続体として扱えますが、その集合体を連続体と見なせるかどうかは応力の大きさなど扱っている問題によります。また、微小なフラクチュアが存在する巨大な岩盤をどのようにモデル化すべきかは、そう簡単には答えられません。学問の導入部では話をわかりやすくするために連続体と仮定して方程式を立てますが、より本格的な研究になると、連続体近似の適用可能性そのものが議論の対象になってくるはずです。

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質問 以前、α線はヘリウムの原子核だと聞いたことがあります。それなら電子が沢山ある場所にα線を打ち込むと、原子核が電子と引きつけあってヘリウムができると考えたのですが、 実際はどうなんでしょうか?【古典物理】
回答
 その通り、大量のα線を物質に照射していると、α粒子(ヘリウム原子核)が電子を捕獲し、気体のヘリウム(He)ないしヘリウム・イオン(He+)となって放出されてきます。
 一般に、正に荷電した重い粒子が物質中を通過していく場合、周囲の電子を捕獲したり、逆に、衝突の際に電子を剥ぎ取られたりして、電荷は増えたり減ったりします。こうした電子変換は、1個のα粒子の飛跡に沿って、1000回ほど起きると言われています。主な電子変換は、次の2つの過程です。
 1)電子捕獲 He++ + e- → He+
 2)再イオン化 He+ → He++ + e-
qa_065.gif α粒子が高速(およそ107m/sec以上)で運動している場合、2)の再イオン化が起きる確率の方が1)よりはるかに大きく、電子を捕獲してもすぐに剥ぎ取られてしまうので、α粒子は、ほぼ裸の状態で飛んでいます。しかし、速度が小さくなると、1)の電子捕獲の確率が急速に高まり(右図)、α粒子は1価のイオンに、さらに減速されると中性の原子へと変化していきます。

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質問 透明な金属を作ることは可能でしょうか?【技術論】
回答
 物理学的な定義によると、金属とは、自由電子の存在によって強結合状態を実現している物質(結晶または液体)を指します。この自由電子が運び手となるため、金属は電気や熱を良く通すという性質があります。また、金属結晶は、自由電子の海の中に陽イオンが浮かんでいるような状態であるため、共有結合結晶に比べて転位が起きやすく、展性(薄く広げられる性質)や延性(引き延ばせる性質)に富み、衝撃に強いという特性が生じます。つまり、金属と自由電子は、切っても切り離せないものなのです。
 金属に電磁波を照射すると、自由に運動できる電子に振動する電磁場が作用して、集団的な電子振動(プラズマ振動)が引き起こされます。ここで、マクスウェル方程式を使って電磁場の振舞いを調べると、プラズマ振動数νp以下の振動数を持つ電磁波は、内部まで進入することなく反射されてしまうことがわかります(具体的な計算法は、固体物理学の教科書を見てください)。例えば、カリウムの金属結晶の場合、プラズマ振動数に対応する波長は315nmとなり、可視光線(波長400〜800nm)は高い反射率で反射するものの、波長300nm以下の紫外光線に対しては、ほぼ透明になっています。自由気体モデルに基づく理論計算によれば、金属元素(アルカリ金属・アルカリ土金属・鉄族・銅族・白金族…etc)による単純な金属結晶では、プラズマ振動数は1015[Hz]程度になるため、こうした金属は、可視光領域の光を反射し、紫外光の大部分に対しては透明であることが示されます。しかし、プラズマ振動数は、自由電子密度の平方根に比例するので、何らかの方法で電子密度を下げることができれば、可視光領域でも透明な金属を作ることが可能かもしれません。これは、今後の新素材開発の課題と言えるでしょう。
 なお、金属の性質の一部だけを持つ透明な物質ならば、すでにいくつか開発されています。強化ポリカーボネイト樹脂は、ガラスの300倍以上の強度を持ち、耐衝撃性にも優れているため、「透明な金属」と呼ばれることがあります(ただし、電気的には絶縁体です)。また、ガラスの表面に金属薄膜を蒸着した素材は、透明でありながら電気伝導性があり、太陽電池などに応用されています。

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質問 地球に一番近い銀河は何星雲ですか?【その他】
回答
 われわれの住む天の川銀河に近い銀河として有名なのは、19万光年の距離にある大マゼラン雲(直径4万光年)と、それよりやや離れた所にある小マゼラン雲(直径2万光年)で、少し前まで、これらがわれわれに最も近い“隣人”だとされていました。しかし、1994年になって、天の川に覆い隠された領域を(塵の影響を受けずに透過してくる)長波長の電磁波を使って観測していたR.A.イバタ(ブリティシュ・コロンビア大)、G.F.ギルモア(ケンブリッジ大)、M.J.アーウィン(グリニッジ天文台)の3人は、天の川のすぐ後ろに別の銀河が潜んでいることを発見します。「いて座矮小銀河」と名付けられたこの銀河は、直径2万8000光年、質量が天の川銀河の1/1000という小振りの銀河で、地球から8万光年の位置に天の川銀河に一部がめり込んだような形で存在しており、天の川が存在しなければ、視野角20°の大天体として夜空を飾っていたはずです。いて座矮小銀河は、天の川銀河の重力に把捉されて、その周囲をすでに10回以上も回転しており、10億年後には完全に飲み込まれてしまうと推定されています。
 現存する巨大な銀河は、初期に存在した小さな銀河たちが次々に合体して形成されたものであり、今なおいくつかの銀河が“衝突中”であることは、遠方の銀河の観測を通じて以前から知られていました。しかし、われわれの住む天の川銀河がまさにそうした局面にあることは、天文学者も予想していなかった事態でした。幸い、衝突相手の質量が小さかったので、天の川銀河は大して変形されずに済み、むしろ銀河の合体に関する貴重なデータを提供してくれると学者たちに歓迎されています。

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質問 電子レンジの扉部についている網の役目を教えてください。以前その網がないと危険だと聞いた記憶はあるのですが、なぜ危険かがわかりません。【古典物理】
回答
 電子レンジは、マグネトロンと呼ばれる高周波発振器から放出される2.45GHz(=24億5000万Hz)のマイクロ波で水分子を共振させ、分子運動のエネルギーを使って水分を含む物質を加熱しています。もし筐体からマイクロ波が(1cm2当たり数十mW以上も)漏れていると、近くの人間の体内で異常な発熱を起こして細胞や組織に傷害を与える危険性があります。1950年代に発売された初期の電子レンジは遮蔽が不完全で、漏れたマイクロ波を長時間浴びた人に白内障を引き起こしたと言われています。
 幸いマイクロ波は金属で完全に反射されてしまうので、金属による遮蔽を施せば漏出する心配はありません(アルミホイルで包んだ食品が電子レンジで加熱できないのは、マイクロ波が跳ね返されてしまうからです)。ただし、レンジをぐるりと覆ってしまうと食品の状態が見えなくなるため、扉部分には網状の金属を用いて、中が覗けるようにしてあります。網の目からマイクロ波が漏れてこないかと心配されるかもしれませんが、マイクロ波は大きさが波長(電子レンジでは12cm)よりも充分に小さい穴を通り抜けられないという性質があるので、かなり目が粗くてもシールド効果は確実にあります。実際、安全基準にパスしている製品ならば、レンジから5cmの所でマイクロ波強度が5mW/cm2以下に抑えられており、身体への危険性はほとんどありません(とは言っても、扉に顔を貼り付けるようにして中を覗きこむのは、やはり危ないので止めてください)。また、何かの事故で網が破れてしまった場合は、マイクロ波が漏れ出る危険があるので、使用を中止すべきです。

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質問 狂牛病に興味があります。プリオンは、タンパク質なのに熱に強いそうですが、高温で無毒化することはできないのでしょうか?例えば肉を焼いたり煮たりしても、だめなのでしょうか。【環境問題】
回答
 狂牛病は、プリオンという単一のタンパク質(Prion Protein; PrP)の変異が引き起こす病気です。動物の中枢神経には、もともと、細胞型PrPが存在していますが、これが、外来の感染型PrPと相互作用すると、αヘリックスというラセン構造をとっている部分が伸びきったβ構造に変化して、それ自身が感染型PrPに変わってしまいます。こうして、DNAのような核酸がないにもかかわらず、病気の原因となる異常タンパク質が“増殖する”ことになるのです。
 プリオンは、膜構造や細胞内器官の備わったバクテリアなどとは異なり、単なるタンパク質ですので、そう簡単に壊すことはできません。クロイツフェルト=ヤコブ病の病原体の場合、100℃で煮沸しても病原性が失われなかったと報告されています。この病原体に汚染された材料を消毒する方法としては、「焼却する」「3%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)溶液に浸して5分間・100℃で煮沸する」「オートクレーブにて1時間・132℃で高圧滅菌する」などが推奨されており、そのしぶとさが伺えます。汚染された食材の場合、高温で焼いた部位のプリオンは破壊されますが、火の通っていない箇所に残っている可能性があるので、安心はできません。
 ただし、加熱することに全く効果がないわけではありません。狂牛病は、羊の肉骨粉を飼料として牛に与えていたところ、プリオン病の一種であるスクレイピーに罹っていた羊の病原体が種を越えて伝染したものと推測されていますが、こうした方法が1920年代から行われていたにもかかわらず、80年代になって急に狂牛病が流行するようになったのは、オイルショックが原因だと言われています。すなわち、70年代に石油の値段が高騰したため、肉骨粉の製造法を変更して加熱時間を短くしたため、破壊されずに残るプリオンの割合が増えたことが、狂牛病流行のきっかけになったようです。また、羊のスクレイピーに関係するプリオンの種類が多いのに比べて、狂牛病のプリオンが1種類しかないのは、熱に対して最も耐性のあるものだけが伝染したのだという説もあります。プリオン病の感染を防止すると積極的には言えませんが、加熱した方が安全性が高いことは間違いありません。

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©Nobuo YOSHIDA