質問 クロロペンタアンミンコバルト(III)イオンと、ジクロロテトラアンミンコバルト(III)イオンの色って何ですか?また、配位化合物の色は吸収スペクトルのピークの位置が異なるからだそうですが、なぜ、どのようにピークの位置が異なるのか教えてください。【その他】
回答
 質問に化学物質は、いずれも金属錯体の一種で、その化学的性質は、スイスの化学者ヴェルナーが創始した配位子場の理論によって説明されます。
qa_051.gif  コバルトは、しばしばその周囲を6つの配位子が取り囲んだ八面体の錯体を形成します。コバルト原子が孤立して存在しているときには、アルゴン類似の芯の外にある3d電子軌道(主量子数3,角運動量2の軌道)は5重に縮退してどれも同じエネルギーを持っていますが、配位子によって球対称性が破られると、5つの軌道の間にエネルギー準位に差が生じてきます。6つとも同じ配位子が正八面体を形作っているときには、3d軌道はエネルギーの高い2つと低い3つの準位に分かれ、対称性の失われる度合いが高くなると、さらに細かく分裂していきます(右図)。コバルト錯体(および八面体構造をとる他の金属錯体)の色は、主に、この d-d間の遷移による光の吸収に起因しているので、配位子の種類によって分裂エネルギーが変化すると、色も違ったものになります。
 コバルトや銅のアンミン(=配位子としてのNH3)錯体は、美しい色を呈することで知られています。質問にあるクロロペンタアンミンコバルト(III)は、コバルトの周りを1個の塩素と5個(=ペンタ)のアンミンが取り囲んだ錯体で、その塩(プルプレオ塩)は、534nmにピークを持つ吸収スペクトルによる赤紫色の結晶になります。 qa_052.gif また、ジクロロテトラアンミンコバルト(III)は、2個の塩素と4個(=テトラ)のアンミンを配位子としており、trans型 と cis型 という2つの異性体があります(右図)。両者では、3d電子軌道のエネルギーの分裂の仕方が少し異なっており、trans型の塩(プラセオ塩)は緑色、cis型の塩(ビオレオ塩)は青紫色の結晶となります。
 なお、これらの塩を水に溶かすと色が変化することがありますが、これは、配位子の一部が水分子で置換され、3d電子軌道のエネルギー準位が変わるためです。例えば、プラセオ塩を水に溶かすと、初めのうちは塩の結晶と同じく緑色の水溶液になっていますが、しだいに次のように変化していきます。
錯体の構造溶液の色
trans-[Co(NH3)4Cl2]+ 緑
  → trans-[Co(NH3)4(H2O)Cl]2+ 青
  → cis-[Co(NH3)4(H2O)Cl]2+ 紫
  → cis-[Co(NH3)4(H2O)2]3+ 赤

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質問 太陽系に対して初速度0 で出発した宇宙船が、自分の瞬間静止座標から見て一定の値a で等加速度運動をしているとします。相対論的な効果まで考慮したとき、出発してから太陽系時間tだけ経過したときの位置や速度を表す公式はありますか。【古典物理】
回答
 これは、「相対論的な等加速度運動」についての有名な問題です。
qa_045.gif  ある瞬間に宇宙船の速度が0 になる慣性座標系(瞬間静止座標系)の座標(右図)を使って、「加速度が一定」という条件を書き下してみます。この座標系での量にダッシュを付けることにすると、
  qa_046.gif
となります。しかし、このままでは、うまく積分することができません。そこで、相対論の問題を考えるときの常套手段として、4元ベクトルを使って書き直すことにします。
  qa_047.gif
ここで、宇宙船が(瞬間的に)静止しているので、3元速度v'を4元速度uで、時間座標t'を固有時τで置き換えています。4元加速度ak の時間成分a0が0 になることは、直接計算しても確かめられますが、上式の両辺に質量mを乗じると第0成分は運動エネルギーKの時間微分を表すことになり、瞬間静止座標ではKが時間の2次の項から始まることを考えれば、明らかでしょう。この式を(ベクトル的に)2乗すると、
  qa_048.gif
が得られます。ところが、この式は両辺が相対論的に不変なスカラー量で表されているので、任意の座標で成立するはずです。従って、「瞬間静止座標で静止している瞬間にだけ成立する」という条件を撤廃することができます(上の式では、すでにダッシュや時刻指定を取り除いています)。どの座標系でも成り立つわけですから、太陽系に固定した座標系に移って考えることができます。太陽系座標における宇宙船の速度vと時間tを使って4元速度や固有時の微分を表すと、
  qa_049.gif
となるので、これを代入して(単純だが間違えやすい)計算を行うと、次の簡単な方程式を得ます。
  qa_050.gif
t=0 で v=0 と置くと const=0 となり、太陽系座標から見た速度と時間の関係が得られます。位置と時間の関係は、これを積分して求めることができます。

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質問 「時刻 t=0 に原点から x軸の負方向に0.9cの速度でA君が等速直線運動を始め、同時にB君が x軸の正方向に0.9cの速度で等速直線運動を始めるとする。このとき、両者は互いに毎秒1.8cの割合で遠ざかる。よって、光速を超える速度は存在する」──この議論はどこが間違っているのでしょうか。【古典物理】
回答
 この疑問は、まさに相対論の構築に際してアインシュタインが頭を悩ませたものです。彼は、物体の運動を記述するために必要な道具は何かを考え直すところから始めました。上の例題の場合、x軸に沿って物差しを置き、A君とB君が(水晶発振の原子時計のような)正確な時計を持っているとすれば、ある地点をいつ通過するかが測定でき、そこから速度が求められるように思えるでしょう。例えば、A君は「自分の」時計で t秒経過する間に、物差しの原点から Lメートルと記された地点までやってきたので、運動速度は(等速度運動だと仮定すれば) L/t[m/s] になるというように。しかし、アインシュタインは、この常識に疑問を投げかけました。x軸に沿って置かれている物差しは、A君から見ると運動しているため、結晶格子の間隔が化学の公式に従って特定の値になっているかどうか、確実ではありません(実際、アインシュタインより早く相対論の公式を導いていたローレンツは、エーテルと呼ばれた仮想的な光の媒質内部を物体が運動する際に、原子間隔が押し縮められると考えていました)。また、A,B両君が持っている時計とx軸に固定した時計が、3つとも同じように時を刻んでいるかもわからないのです。ニュートン物理学では、宇宙全体で「いま」という瞬間は共通しており、この時刻を示す普遍時計が原理的に存在できるという暗黙の前提がありましたが、そうした考えには物理的な根拠はないのです。
 具体的な変換公式は相対論の教科書に譲ることにして、ここでは結論だけを述べましょう。運動している物差しや時計は、必ずしも正確な値を示している訳ではないのです。上の運動を x軸に沿って置かれた物差しと、この上にずらっと並べられた時計を使って記述すると、A君とB君がそれぞれ±0.8c[m] の地点に到達したとき、そこに置かれた時計はt=1[s] を示しており、両者の速度がともに0.8c[m/s] であることがわかります。しかし、A君の立場からすると、この物差しと時計をそのまま利用することはできません。なぜなら、物差しはA君に対して運動している結果として、目盛りの間隔が60%(*)も縮んでいるからです(ローレンツ短縮)。このため、物差しは原点から 0.8c[m] と記されている所まで移動しているはずなのに、A君から見ると 0.48c[m] しか動いていないことになるのです。
  (*)(1-0.820.5=0.6
 さらに、物差し上の時計は、A君から見ると同期していません。進行方向にある時計は進んでおり、逆方向の時計は遅れているのです(もちろん、光が到達するのに時間が掛かるので、実際にそう見える訳ではありません)。このことは、「いま」という瞬間が普遍的なものではなく、観測者によって異なっていることを意味します。さらに、物差しと共に運動している時計は、A君から見ると時の刻み方がゆっくりしているように観測されます。ちなみに、A君が持っている時計を使うと、運動を開始してから物差しの 0.8c[m] 目盛りがA君の傍らを通過するまで0.6秒 掛かっており、A君に対する物差しの速度は 0.8c[m/s] になります。
 A君の傍らを物差しの +0.8c[m] 目盛りが通過するとき、B君はまだ物差しの -0.8c[m] 目盛りの地点には到達していません。この地点にある時計が t=1[s] を指したときにB君がここを通過することは事実ですが、A君から見ると、この時計は +0.8c[m] 地点の時計よりもずっと遅れているのですから。途中の計算は省略しますが、このときA君から見てB君は -0.2c[m] の手前( -0.176c[m] )にいます。このため、A君から見たB君の速度は、
  ( 0.8c + 0.176c)×0.6[m] / 0.6[s] = 0.976c[m/s]
となり、光速よりもほんの少し遅くなっています。

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質問 地震の予知が難しいのはなぜですか?【その他】
回答
 よく知られているように、プレートはマントル対流に乗って年数cmの割合で移動していますが、この過程で、岩盤同士の相互作用によって変形が生じ、内部応力(ストレス)が少しずつ増大していきます。地震は、あるところで岩盤がこの応力に耐えきれなくなって、部分的な破壊と断層に沿った横滑りを急激に起こすことによって発生します(破壊が少しずつ進行する例外的なケースも10-20%程度あります)。ところが、こうした急激な破壊は、一般に、物理的性質の著しい変化という明確な兆候を伴っていません。実際、岩石をプレス機で圧縮していくと、外見上は何ら変わりないように見えながら、圧力が降伏点を超えたところで、まるで破裂したかのように一気に砕けてしまいます。もちろん、破壊の直前には、細かな亀裂の発生やダイラタンシー(変形の際に液体が粒子の隙間に吸収される現象)などの物理的前兆が現れますが、現実の地震の場合、破壊が生じる断層部分は往々にして地下深くに潜んでいるため、測定器を押し当てて直接観測することはできません。このように破壊の前兆が観測されにくいため、地震に関して「いつ・どこで・どれ程の規模で」起きるかを予測するのは、きわめて難しくなります。この点、同じような大規模自然災害でありながら、マグマという物理的実体が上昇してくるため、微小地震の発生や地熱の変化などのデータをもとに、実用的な精度で直前予想をすることが可能な火山噴火とは、大きく異なっています。
 地震の予知が全く不可能という訳ではありません。例えば、地震の規模と発生頻度には一定の経験則が成り立っているので、ある地域での小規模地震の統計を取っておけば、大規模地震についてもある程度の予測はできます。ただし、これはあくまで長期的な確率予測──「この地域で今後50年間にマグニチュード7クラスの地震が起きる確率は10%」というような──でしかありません。多くの人が期待する数日程度の直前予測が実現するには、まだかなりの時間がかかりそうです。ちなみに、2000年7月に発表された科学技術政策研究所の技術予測調査(専門家に対するアンケートに基づく)によると、地震の直前予測が実現されるのは2024年頃となっていますが、回答した94人のうち、24人は「実現しない」、12人は「(いつ実現するか)わからない」と答えており、あまり楽観的にはなれません。
 地震の直前予測に使えるのではないかと見られているのが、圧電効果(結晶に圧力を加えたときに電気分極が生じる現象)に起因する地震電磁現象の検出です。いわゆる「地震雲」や動物の異常行動も、圧電効果による電磁場の変化が引き金になっているのかもしれません。1995年にギリシャで地面に刺したプローブを使って地震の前兆となるSES(seismic electric signals)を測定できたという報告もあり(もっとも、多くの地震学者はその正当性を疑っていますが)、この方面での成果を期待したいものです。

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質問 Q1.電磁波や光が光速で拡大して行くことは常識的に知っているのですが、ある電子の動きで発生した磁場も光速で拡大するのでしょうか?
Q2.光や電磁波は、その伝播中にソースが無くなったとしても伝達されていますが、場である磁場や重力場等もそうなのでしょうか?【古典物理】
回答
 電磁場の変化を記述するマクスウェル方程式(簡単のため真空中の現象を考えます)の解は、2種類の項の和になることが知られています。1つは、ソースがないときの波動方程式の解で、フーリエ展開によって光速で伝播する平面波に分解することができます。もう1つは、ソースによって生じる場を表す項です(下図)。
qa_044.gif
ソース(変動する電荷分布)が作る場を表す解として、直観的に最もわかりやすいのが、遅延ポテンシャルを使った式です。この場合、電磁ポテンシャル(φ,Ak)は、次の形で表されます:

  φ = ∫dV ρ/R  (ρ:電荷密度)
  Ak = ∫dV jk/cR (j:電流密度)

Rは考えている地点からソースまでの距離を表します。また、右辺の各項の時刻は、左辺の時刻よりも R/c秒だけ過去の時刻になります(従って、領域ごとに異なる時刻での値で積分されることになります)。この式の意味するところは、「ソースが作り出すポテンシャルは、光が伝わるのに要する時間だけ遅れて変化する」ということです。なお、電場Eや磁場Bは、このポテンシャルを微分することによって得られます。
 運動する点電荷が作る磁場は、電磁ポテンシャルについての上の公式から求められます(点電荷の場合に積分を実行した式は、リエナール・ヴィーヒェルトのポテンシャルとして良く知られています)。点電荷が加速したときの磁場の変化は、光の伝播に要するR/c秒だけ遅れて生じます。ただし、速度が一定の場合、「磁場が光速で拡大する」というイメージは、あまり適切ではありません。なぜなら、等速度で運動する電荷を同じ速度で運動する座標系から見た場合、静止した電荷によるクーロン場しか観測できないはずだからです。相対性理論によれば、絶対的な運動や静止はあり得ないので、等速運動する電荷が作り出す磁場は、実は、クーロン場を座標変換したときに静電場から導かれるものに過ぎないのです。光速で拡大するのは、あくまで電荷が加速度運動したときの変動電磁場だと考えてください。
 ソースがないときの電磁場の変化は、波動方程式に従って周囲に伝わっていきます。ただし、磁場の変化は誘導電場を生じさせるので、磁場だけが伝わるということはなく、電場と磁場が共に振動する電磁波の重ね合わせとして伝播します。重力場は、非線形方程式に従うので電磁場ほど簡単ではありませんが、弱い重力場の極限では、ソースがない場合の波動解と、ソースによって作られる遅延解に分けて考えることができます。

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©Nobuo YOSHIDA