質問 電子ライターの着火の仕組みについて教えて下さい。【その他】
回答
 電子ライターというといかにも現代的な装置に聞こえますが、1960年代から市販されている一般的なガスライターです。20世紀初頭に実用化されたフリントライターでは、ガスに着火するための火花をヤスリと発火石をすり合わせて作り出していますが、このやり方では、途中で摩耗した発火石を交換しなければ長期間の使用はできません。これに対して、電子ライターは、圧電素子と呼ばれる装置の放電によって火花を作っており、丁寧に扱えば半永久的な使用が可能です。圧電素子による着火は、ガスコンロ・ストーブ・湯沸かし器などでも行われています。
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 圧電素子で利用される圧電体の結晶においては、内部応力と電気分極の間に一定の線形関係が成り立ちます。このため、外力を加えて変形させると、その大きさに比例した電場が内部に発生しますし(上図;3回対称性を持つA+33-結晶の場合)、逆に、電場を加えて分極させると結晶が歪みます。前者を圧電効果(ピエゾ効果)、後者を電歪と言い、いずれも19世紀の終わりに、ジャックとピエールのキュリー兄弟によって発見されました。着火用の圧電素子の場合、バネを使った衝撃で大きく変形させることによって電気的パルスを作り、火花放電を起こさせています。圧電体としては、耐久性に優れたチタン酸鉛・ジルコン酸鉛・ニオブ酸マグネシウム酸鉛のセラミックスが用いられるそうです。
 なお、圧電素子は、着火目的以外にも、圧力センサーや発信器などに利用されています。

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質問 ER流体やMR流体は「機能性流体」と呼ばれていますが、どういうものなのでしょうか。またこれらのほかに「機能性流体」と呼ばれるものはあるのでしょうか。【その他】
回答
 「機能性流体(Functional Fluid)」とは、工学的に応用可能な機能性を発揮する流体の総称であり、厳密な定義があるわけではありません。実用上は、外部から加える物理量(温度・光・電磁場など)を制御することによって粘性や弾性などの物理化学的性質を機能的に変化させられる流体を指しています。その中で、近年、産業への応用という点で特に注目されているのが、ER流体(Electro-Rheological Fluid; 電気粘性流体)とMR流体(Magneto-Rheological Fluid; 磁気粘性流体)で、この2つが機能性流体の代名詞のように言われています。
 ER流体は、外部電場の付加によって粘性をミリ秒単位で可逆的に変化させられる流体です。こうした性質は、液体中に分散していた粒子が電場によって電気分極し、互いにつながって架橋構造を形成するために生じます。また、強磁性体の微粒子を分散させて作るMR流体は、弱い磁場でも粘性が大幅に上昇し、永久磁石に吸着させるとほとんど固体化します。いずれも、ダンパによる振動の抑制やマイクロマシンのアクチュエータ制御、潤滑剤としての摩擦のコントロールなど、さまざまな方面に応用可能であり、多くの技術者によって研究・開発が進められています。
 この2つ以外にも、いろいろな機能性流体があります。既に多方面で利用されているのが、液晶とプラズマ流体です。また、開発中のものとしては、中空のカプセルに各種の物体を封入して運ばせるマイクロカプセル流体や、血液と類似の機能を持たせた人工血液などがあります。

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質問 ニュートン別冊『星空への招待』(1995)に、次のような記述がありました。
1.ブラックホールに近づく宇宙船を遠くから観察すると、事象の地平面に近づくにつれてスピードがしだいに遅くなり、到達するのに無限の時間がかかるように見える。
2.宇宙船とともにブラックホールに近づく人は、有限時間でその内部に入る。
3.太陽質量の1億倍くらいの巨大ブラックホールでは、潮汐力は1000万分の1Gと非常に小さくなる。
4.ブラックホールの周囲に球殻状の建造物を建造することにより、ブラックホール半径の1.25倍まで接近可能。
5.さらにブラックホールに接近するには、球殻状建造物から十分に丈夫なヒモを垂らせば良い。
3.〜5.の条件を全て満足する場合に、球殻状建造物から観察する人に対して、このヒモは有限時間でブラックホールに巻き取られてしまうのでしょうか、無限時間がかかるように観測されるのでしょうか?【現代物理】
回答
 「ブラックホールに物体が落下するとき、中心(特異点)に到達するのに要する時間は有限か無限か」という問いは、シュヴァルツシルト解における「事象の地平面」の解釈と相俟って相対論研究の初期に大いに議論されましたが、専門家以外の人は、あまり堅いことを言わずに、次のように単純に理解するのが最もわかりやすいでしょう。すなわち、強大な引力によって、ブラックホール周辺ではそこから飛び去ろうとする光も減速させられてしまい、事象の地平面の近傍では、外向きの光速はほとんど零になります。 qa_041.gif このため、ブラックホールに落ち込んでいく物体から周期的に発射される光を遠方で観測するとしだいに間遠になっていき、地平面を通過する瞬間に出た光は、いつまでも地平面近くに留まっていて、なかなか観測点までやってきません(右図)。ですから、光信号の到達時刻だけを問題にすれば、落下物体の速度は事象の地平面付近で無限に遅くなっていくように観測されます。ただし、実際には、放射される光量が有限なので、地平面近くにいつまでも物体が止まっているようには見えず、強い赤方遷移のために像がぼやけ、急速に暗くなって消えていくように観測されるはずです。
 ニュートン別冊では、ブラックホール近くで事象の地平面を観測する方法について述べられています。ブラックホールに観測機器を搭載した無人宇宙船で突入しようとしても、通常はうまくいきません。自由落下する過程では重力を感じない(無重力状態になる)はずですが、ブラックホールの周辺のように重力勾配が大きいと、宇宙船の各部に加わる重力の差が巨大な潮汐力として作用して、途中で宇宙船がバラバラになってしまうからです(Mが太陽質量程度のとき、地平面付近にある2メートルの物体の両端に加わる潮汐力は10億G程度になる)。こうした潮汐力は、ブラックホールの質量をM、中心からの距離をrとすると、
  M/r3
に比例します。一方、地平面の半径はMに比例するので、Mがきわめて大きくなると、地平面付近の潮汐力は、宇宙船を破壊しない程度に小さくなります(Mが1億倍になれば、潮汐力は1億×1億分の1になる)。したがって、降着円盤(ブラックホールを取り巻く円盤状のガス雲)のない“穏やかな”巨大ブラックホール──そんなものは存在しないかもしれませんが──ならば、事象の地平面付近の状況を直接観測することが可能になります。
 ブラックホールの周辺に観測基地を設営する場合、周回軌道に乗せようとするならば、あまりホールの近くに造ることはできません。ホール近くでは強力な重力場のためにケプラー運動からずれが生じ、地平面の内側に吸い込まれて2度と脱出できなくなるからです。それよりも、ロシュ限界(その内側では物質が粉砕されてしまうギリギリの境界)の外側に球殻状建造物を作った方が、ブラックホールとの距離を縮められます(ただし、上で述べられている巨大ブラックホールの半径は数億キロメートルになるので、こうした建造物を造ることはあまり現実的ではありませんが)。また、そこから先端に観測機器を付けたヒモを垂らすと、ほんの少しだけブラックホールに近づけますが、(潮汐力は小さくても)ヒモに加わる重力そのものが巨大になるため、事象の地平面に届くはるか以前にヒモはちぎれてしまいます。ですから、「ブラックホールに巻き取られるかどうか」を問うことは、意味がありません。ちぎれたヒモの断片は、ブラックホールに向かって自由落下していき、事象の地平面付近で霞んで見えなくなります。

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質問 無意識って何でしょうか?心理学以外の立場からの見解が知りたいのですが…【その他】
回答
 ここ十数年の脳科学の進展はめざましく、脳の内部でいかなる電気的/生化学的な生理現象によってどのような情報処理が行われているかについては、かなりの知見が集まっています。しかし、こうした物理過程のある部分は意識化され、ある部分は無意識のうちにとどまるという基本的な区別がなぜ生じるかは、いまだ未解決の謎のまま残されています。また、「無・意識」は、単に「意識でないもの」として定義するのではなく、他の生理現象から峻別して独自の概念規定をすべき対象なのかもしれませんが、これもはっきりしません。
 現在までの知見に基づいてごく大ざっぱに言えば、主に前頭野で行われている記憶/知覚データと運動指令の結合が意識を構成しており、中枢神経系におけるそれ以外の高次情報処理は、すべて無意識に分類しても良いと思われます(低次の情報処理については、とりあえず無視します)。科学的観点からすると、あらゆる現象は1元論的に解釈すべきなので、意識と無意識の違いは、神秘的な「心」の作用の有無に由来するのではなく、より量的な差異、おそらくは、処理される情報の複雑さの差によるものでしょう。前頭野での情報処理においては、知覚から送られてくるデータをもとに運動指令をリアルタイムで修正していかなければならず、多数の部位の連結を必要とするきわめて複雑な(相空間で評価した次元数が巨大になる)ものとなります。これに対して、いわゆる無意識的な過程は、足をどのように動かすかを考えずに階段を駆け上る場合のように、比較的単純な行動プログラムをストレートに遂行しているだけだと考えられます。
 前頭野を含む大脳新皮質は、人間では脳の主要部分であるかのように見えますが、実は、もともと「未来予測をするための補助器官」にすぎません。大型の脊椎動物のように、コンスタントに栄養を摂取していなければ生きていけない生物の場合、目の前に餌が豊富にあるからといって片っ端から食べてしまったのでは、すぐに食べ物は尽きて餓死の危機に直面してしまいます。そうした事態を避けるためには、未来を予測しながら行動をコントロールすることが望ましいわけであり、進化の過程を通じて、そのための補助的な器官が中枢神経系に形成されてきました。この器官での情報処理があまりに複雑化したため、その過程が意識として顕現したものの、本来、無意識こそが“脳舞台”の主役である──というのが、私の考えです。

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質問 時間はベクトルですか?スカラーですか?【古典物理】
回答
 数学において、ベクトルやスカラーなる概念が現れるのは「線形空間論」という分野であり、そこでは、1つの実数で表される量をスカラー、線形演算の規則を満足する数の組をベクトルと定義しています。物理学では、さらに用語法が限定され、座標変換に対して値が変わらない物理量をスカラー量、座標と同じように変換される量をベクトル量と呼んでいます。
 19世紀までは、座標変換によって時間の値が変わかどうかが議論の対象になっていなかったので、時間はベクトルかスカラーかを問うことは意味がありませんでした。しかし、相対性理論によって、ある座標系に対して相対的に運動している座標系に移った場合、時間と空間は互いに混合する形で変換されることが明らかにされました。いわゆるローレンツ変換です。こうして、相対性理論に基づく物理学では、1次元の時間座標と3次元の空間座標を併せた4つの数の組(t,x,y,z) をひとまとめにして扱い、これと同じ形式で変換される物理量を「(4元)ベクトル」と呼ぶことになりました。エネルギーEと運動量Pi を併せた組(E,Px,Py,Pz) は、4元ベクトルの1例です。座標の組(t,x,y,z) も「座標と同じように」変換される4元ベクトルなので、時間は、4元ベクトルの1成分ということになります。もっとも、相対論を考慮しない範囲では、相変わらず、時間はベクトルともスカラーとも言えません。

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質問 超音波について尋ねられると、波長の短い(高周波な)音波であると簡潔に答えられます。ところが衝撃波の説明には「音より高速に物体が動くと発生する波です」と発生原因を示せるだけで、本質的な回答を提示できません。技術者の方には、「ステップ関数波形の波=津波と一緒かも」と言うと、ノコギリ波を連想するのか判ったような顔をしてくれますが。数学関数の形式でいえば、インパルス関数(デルタ関数)の積分した形式=ステップ関数の波形断面が衝撃波の本体と言う私の理解は当たっているのでしょうか?【古典物理】
回答
 衝撃波の定義は教科書によって異なっていますが、「圧縮性の流体において、その前後で圧力・密度・法線速度などが急激に変化するような不連続面」という言い方が好まれるようです。「超音速で伝播する大振幅の圧縮波」という定義も可能です。ただし、その本質を一言で言い表すのは困難です。通常の波動は、振幅が小さいという仮定の下で線形近似を行うことができ、(平面波の場合は正弦関数で記述されるような)波動方程式の基本解の重ね合わせとして表せるので、波長や周波数のような周知の概念を使って波の性質が説明できます。時間とともに周波数が変化する場合でも、フーリエ成分をもとにした議論が可能です。ところが、衝撃波の場合は、本質的に非線形現象であるため、波長や周波数のような波動方程式の基本解を特徴づける量を使って記述することが困難になるのです。
 最も簡単な取り扱いでは、衝撃波の「厚さ」を無視して、圧力や密度がステップ関数的に変化すると仮定されます。実験室で衝撃波を発生させて圧力変化などを実測しても、衝撃波付近での遷移過程がデータとして得られることはまずないので、この仮定は十分に現実的です。理論的な計算を行うと、(ゆるやかな緩和過程がないときの)衝撃波の厚さは気体分子の平均自由行程と同じオーダーになることが導けます。
qa_040.gif  衝撃波は常に超音速で伝播するため、前方の気体には何の影響も与えません。一方、衝撃波後方の気体は圧縮され、密度と圧力は増加しています(右図)。理想気体の場合、衝撃波前後の密度・圧力の間には、次のランキン−ユゴニオ(Rankine-Hugoniot)の関係式が成り立つことが知られています:
  ρ1((γ-1)p1+(γ+1)p2)=ρ2((γ-1)p2+(γ+1)p1
  (γ:定圧比熱と定積比熱の比)
温度の変化は、上式と状態方程式を使って求められます。

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質問 温度測定と熱力学の第0法則の関係を教えてください。【古典物理】
回答
 熱力学の第0法則とは、通常は、熱平衡で推移性が成り立つことを主張する経験則を指します。2つの物体AとBを熱交換が可能なように連結しても熱の移動が起きないとき、これらは熱平衡状態にあるとされます(「熱」は、熱交換の過程で移動するエネルギーとして定義されているものとします)。この関係を「A〜B」と書くことにしましょう。「熱平衡の推移性」とは、BとCが同一物体Aとそれぞれ熱平衡状態にあるとき、BとCも熱平衡になっている、すなわち、
  A〜B かつ A〜C ならば B〜C
が成り立つことを指します。
 この経験則は、熱平衡を利用して「温度」を一意的に定義できることを保証します。液体温度計で温度を測定する場合、十分に時間をかけて測定対象となる物体との間で熱平衡状態を実現させ、そのときの目盛りを読むわけですから、物体Bと物体Cが温度計Aによって同じ温度だと測定されたとすると、熱力学第0法則によって、「BとCは互いに熱平衡状態にある(=たとえ接触させたとしても熱移動が起きない)」ことが結論されます。つまり、熱力学第0法則は、そもそも「温度が同じである」ことの物理的意味を与えるものであり、温度測定を可能にするための前提条件と言えます。
 もっとも、このようにして測定された温度の「値」は、温度計物体(水銀温度計の場合は水銀)の種類に依存しているので、単なる「経験温度」でしかありません。液体温度計の0℃と100℃の目盛りは、1気圧での水の凝固点と沸点を使って付けることができますが、それ以外の温度に関しては、液体の膨張が温度に線形に依存するという前提の下で0℃と100℃の間を100等分して目盛りを刻みます。こうして定めた温度目盛りは、いわゆる「絶対温度」とは(原点だけではなく目盛りの間隔自体が)異なったものになります。絶対温度を定義するには、半経験的な熱力学だけでは不十分であり、統計力学が必要になります。
 統計力学では、系のエネルギーを時間移動に対する不変量として、エントロピーを熱力学第3法則によってそれぞれ定義し、絶対温度は、エネルギーを(体積一定という条件で)エントロピーで微分したものとして導入されます(熱力学第1法則)。エントロピー最大の状態でボルツマン分布が実現されるようなシステムでは、温度はエネルギーがどのように分配されるかを決めるパラメータとなり、熱力学第0法則のような経験則は必要なくなります(「第0」という半端なネーミングがされている所以です)。ただし、全ての物理的システムで統計力学的な扱いが可能だというわけではありません。

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©Nobuo YOSHIDA