質問 携帯電話から出る電磁波に関して、出力が2W程度のとき、現在販売されている医療機器(心臓ペースメーカー・持続注入ポンプなど)に影響(誤動作)の出る距離は、最大で何cmなんでしょうか? 厚生省での実験結果としてマスコミ公開された値というのは、過大な気がします。メーカーなどの業界団体で把握している確からしい値がわかりましたら(または問い合せ先をご存知なら)お教え願います。【技術論】
回答
 携帯電話から発射される電磁波がエレクトロニクス機器を誤動作させる危険性があることは、以前から指摘されていました。しかし、具体的にどこまで機器に近づけたときにどのような影響が生じるかは、携帯電話・医療機器ともに新しい機種が次々に発売されていることもあって、必ずしもはっきりしていません。以下では、ペースメーカーを中心に簡単にまとめてみます。
 携帯電話が植込み型心臓ペースメーカーに与える影響を考慮した指針として、しばしば引用されるのが、1996年にペースメーカ協議会が発表したガイドラインで、これによると「一般の携帯電話を使用する場合、ペースメーカーから22cm以上離して使用する」とされています。この指針のベースになったのが、NTTドコモと協力して行った実験で、携帯電話(ハンディタイプのものは周波数1500MHz/900MHz,出力800mW)がペースメーカー(主要なもの56機種)に与える影響(パルス出力の抑制・非同期ペーシング・ペーシングレートの増加が1パルスでも見られるか)が調べられました。実験の結果、デジタル携帯電話を近づけたとき、15cmで影響を受けたものが1機種、10cmで1機種、他は8cm以下(あるいは影響を受けない)と判明しました。22cm離すと電磁波の影響は15cmのときの半分になる(逆2乗則より)ので、指針では安全マージンを見込んで「22cm以上」としています。
 また、1995-96年度に郵政省が電波産業会に委託して行った実験では、228機種のペースメーカーに携帯電話(最大出力800mW)を近づけたときの影響が調査されました。結果は、次の通りです:
携帯電話の電磁波によるペースメーカーの誤作動
距離[cm]影響された機種数
151
102
57
134
影響されず184
このデータをもとに、郵政省は、ペースメーカ協議会と同じく「22cm以上離す」という安全指針を策定しました。上のデータからも分かるように、8割のペースメーカーは携帯電話をいくら近づけても影響を受けておらず、また、15cmで影響を受けた機種についてもすでに対策が施されているので、「22cm」というのは十分すぎるほどのゆとりを持っています。また、影響を受けると言っても、一時的・可逆的(携帯電話を遠ざければ正常に戻る)なので、ペースメーカー装着者も過剰に心配する必要はないでしょう。
 上のデータを含む国内外での実験データをもとに、1997年に不要電波問題対策協議会が「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針」を発表し、 などの点を提言しました。
 1997年に厚生省が携帯電話に関する医療用具安全性情報として発表したものは、不要電波問題対策協議会の報告の再録です。
 このほかにも、学術雑誌に散発的にデータが提出されています。例えば、米国メイヨー・クリニックで1997年に行われた実験では、980人のペースメーカー患者の協力を得て、最大出力にした携帯電話を患者の左右の耳およびペースメーカーの真上に置いて心電図を監視したところ、ペースメーカーの真上に置いたときにだけ影響が生じ、臨床的に有意味な影響が発生する頻度は6.6%だったと報告されています(New England Journal of Medicine,336)。
 こうしたデータを見る限り、通常の使用の範囲で携帯電話がペースメーカーに悪影響を与えることはまずないと言えそうです。しかし、IMT2000などの送信方式の異なる携帯電話が新たに発売されることになっており、従来の実験結果をそのまま信頼して良いのかという疑問もあります。ペースメーカーの製造元が独自にデータを収集して対策を講じているようですが、一般的なデータがあった方が利用者も安心できるはずです。こうした点を考慮して、郵政省は新機種も含めて再調査を行い、2001年度末までに報告をまとめる予定です。このデータが公表されれば、かなり確実なことが言えるでしょう。

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質問 光速で動く乗り物に乗った場合、時間の進みが遅くなるということを説明してください。【古典物理】
回答
 アインシュタインの特殊相対性理論によれば、時間と空間の座標が(t,x,y,z)で表される座標系Kと、これに対してx方向に速度v で運動している座標系K'( =(t',x',y',z') )との間には、次の変換公式が成り立つことが知られています(ローレンツ変換)。
  ローレンツ変換の式
ただし、
  ローレンツ因子
は、ローレンツ因子と呼ばれる係数で、運動速度v が光速c に近づくにつれて、無限に大きくなります。K'系の原点( x',y',z'=0 )に位置している時計の表示する時刻がΔt' だけ変化する間にK系で進む時間Δt は、
  qa_024.gif
で与えられ、K系から見るとK'系の時計が遅れていることになります。これは、時計だけの問題ではなく、あらゆる物理現象に関わってきます。例えば、亜光速で航行している宇宙船の内部を地球から望遠鏡で見る──ただし、地球までの距離の変化に伴って光が到達するまでのタイムラグも変わるので、その補正が必要です──と、乗組員の行動から物体の動きに至るまで何もかもがゆっくりしているように見えます。一方、宇宙船の乗組員からすると、自分たちは完全に正常な活動をしており、逆に、地球上のすべての出来事がゆっくり進行していることになります(式を使うならば、上の (t',x',y',z') を (t,x,y,z) について解いて x,y,z=0 と置けば、時間の遅れが確認できます)。

 …といったことが通常の相対論の教科書に記されているはずですが、これだけでは、何か狐につままれたような感じになるでしょう。「なぜ時間の流れ方が速度によって変わるのか」「互いに相手の時間がゆっくり進んでいるように見えると言うが、どちらか一方だけが遅れるはずではないか」といった疑問が生じるかもしれません。私の考えでは、こうした疑問は、「時間の流れの中で現在だけが実在する」という素朴な実感に基づいています。この実感は、たとえ場所によって物理現象がゆっくり(ないし早く)進行することはあっても、実在的な瞬間は「いま」という唯一の時刻として宇宙全体にわたって定まっているはずだ──という時間概念に結びつきます。
 実は、相対論が根本から否定したのが、まさにこうした時間概念なのです。相対論によれば、「流れる時間」というものはなく、空間と時間が一体化した「拡がりとしての時空」が世界の枠組みになります。人間も、「空間の中に身体を持ち、時間の流れとともに変化する存在」としてではなく、「時間的にも拡がりを持つ4次元的な存在」として捉えられます。ローレンツ変換は4次元世界における“回転”──正確に言えば、3次元空間内部での回転とともにポアンカレ群を構成する変換操作──に相当し、xy空間での回転が x座標と y座標を混ぜ合わせるのと同様に、時間座標と空間座標を混交します。
qa_025.gif  相対論から導かれる“常識に反する”帰結の多くは、こうした時空概念を元にすると、理解しやすくなります。例えば、1本の棒が宇宙空間を漂っているとき、(「黄道面に対して」などと適当に基準を決めない限り)これが真っ直ぐか斜めになっているかを判定することはできません。同じように、4次元時空内部で時間方向に拡がった棒状の存在である観測者は、自分が真っ直ぐである(=静止している)か斜めである(=運動している)かを決定できないのです。これが、絶対静止・絶対運動があり得ないことの物理的な理由です。さらに、互いに一定速度で運動している2人の観測者がいた場合、相手は4次元時空内部で自分に対して斜めになっているので、その座標の刻みが自分と一定の割合でずれているように見えます。これが、「運動する時計の遅れ」であり、互いに相手の方が遅れているように見えても、何の不思議もないのです。

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質問 水とHClの温度による熱容量の変化は、下のグラフのようになります(出典:岩波書店『化学熱力学』)が、固体から気体までの熱容量の変化で、液体の状態での熱容量が大きくなることについて解説していただきたいと思います。教科書の説明には、純物質の固体の話と気体分子の話がよく出てきますが、それ以外の物質のことがわからないのでお願いします。【古典物理】
qa_020.gif
回答
 はじめに、温度について簡単に復習しておきます。温度とは、ある物質にエネルギーを与えて熱平衡状態にしたときに、構成要素にエネルギーがどのように分配されるかを定めるパラメータです。物質が独立な調和振動子または自由運動をする粒子の集まりと見なされる場合には、各自由度の運動/位置エネルギーに対して平均 (1/2)kT (k:ボルツマン定数)のエネルギーが分配されます(エネルギー等分配則)。従って、個々の振動子ないし粒子の自由度数をfとすると、物質1モル当たり、
  エネルギー E = (f/2)kNAT = (f/2)RT
  熱容量 C = dE/dT = (f/2)R
ただし、
  NA : アボガドロ数
  R : 気体定数
です。この法則が適用できるのは、次のようなケースです。  一般的なシステムの場合、投入されたエネルギーは、統計的な法則に従って部分系に分配されます。部分系iがエネルギーEi の状態にある確率は、微視的平衡を仮定すると(規格化定数を別にして)
  exp(-Ei/kT)
で与えられます。大雑把に言えば、「温度が高い」とは、部分系で高エネルギー状態が実現される確率が高くなることを意味します。
 結晶における熱運動は、主に格子の振動を量子化した“フォノン”によって表されますが、低温の極限では、わずかなエネルギーを投入することにより、基底状態に較べて相対的にエネルギーの高いフォノンの励起状態に移行するため、「温度が上がりやすい」──すなわち熱容量が小さくなります。逆に、融解温度近傍などの相転移点の近くでは、投入したエネルギーは系全体に拡がって結晶構造を変化させるのに使われるので、部分系のエネルギー状態はあまり変化せず、熱容量は無限大に発散します。
 以上をまとめると、1原子から構成される物質の1モル当たりの熱容量(モル比熱)は、理論的には次のグラフで表されることになります(実際には、さまざまな理由で理論からのずれが生じます):
qa_021.gif
 さて、質問にある液体のケースですが、これは、理論的に解析することがきわめて困難です。その理由は、液体分子の間には強い相互作用が存在しており、並進・回転・振動が複雑に組み合わされた運動が行われているからです。特に、水のように分子間力が強く水素結合を作りやすい液体は、1つの分子の周りにいくつかの分子が配位した立体構造を作っており、これらが複雑な相互作用を行います(水の場合は、1個の水分子を平均4.4個の分子が取り囲む擬結晶構造が形成され、並進運動は、その周囲の分子をも巻き込んだものになります)。液体で理論的に熱容量の計算ができるのは、低温の極限で少数の素励起が生じている場合だけですが、そうした状態が実現されるのは、絶対零度付近の液体ヘリウムに限られます。
 ただし、定量的な解析は困難であっても、定性的になら、ある程度のことは言えます。分子間力の大きい液体の場合、投入されたエネルギーは、分子の並進・振動に加えて、分子間ポテンシャルを変化させるのにも使われます。こうしてエネルギーが多くの自由度に分配されることになるため、熱運動の増大は相対的に抑制され、投入エネルギーに対する温度上昇(=熱容量の逆数)は一般に低くなります。固体や気体に較べて液体の熱容量が大きくなるのは、そのせいです。もう少し定量的な議論をするためには、分子間力を何らかの形で評価することが必要になります。

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質問 最近、タキオン凝縮という用語を目にしたのですが、意味がわかりません。これが何のことなのかご存じでしたら教えてください。【現代物理】
回答
 タキオンとは、相対論と矛盾しない形で光より速く進める粒子として提案された仮想的な粒子で、『宇宙戦艦ヤマト』などのSF作品にも登場するために、物理学者以外にもその名前が知られています。
 相対論でなぜ光速が自然界の最高速度になるかと言うと、光速以上で進む粒子に関する物理量が虚数になってしまうからです。例えば、質量m の粒子が速度v で運動しているときのエネルギーE は、
  qa_018.gif
で与えられますが、m が実数である限り、v > c になるとエネルギーが虚数になってしまい、現実にはあり得ないはずです。ところが、物質の基本的な振舞いを記述する場の量子論では、質量の定義が古典論とは異なっているので、必ずしもそうと言い切れない事情があることが判明しました。場の量子論によると、古典論で「粒子」と呼ばれるものは、場のポテンシャル関数の1次の微分係数が0になる近傍の振動現象とされ、その質量の 2乗 は、ポテンシャルの2次の微分係数で与えられます。 qa_019.gif 従って、ポテンシャルの極小値の周りでは電子やクォークなどの通常の素粒子が現れますが、ポテンシャルに極大値があると、その付近の振動によって現れる粒子は、m2 < 0 となり、v > c のときにエネルギーは実数になります。これがタキオンに対応するという考え方もあります。
 通常のフォーマリズムに基づく場の量子論を用いると、ポテンシャル関数の極大値近傍では振動状態を維持できないので、安定な粒子としてタキオンが存在することはありません(直観的なイメージとして、ポテンシャルの谷底に置かれた粒子はその付近で振動できるが、山のてっぺんに置かれると滑り落ちてしまうという情景を思い描いてください)。ところが、特殊なフォーマリズムでは、このタキオン状態が特別な意味を持つことがあります。そうしたフォーマリズムの1つが、超ひも理論(超弦理論)を発展させた「膜理論」と呼ばれる理論形式(いくつかのヴァリエーションがある)です。膜理論とは、時空が4次元より大きい世界での膜の運動が、観測されている4次元世界のあらゆる現象の基盤にあると考えるもので、“究極の物理理論”ではないかという期待もあって、ウィッテンをはじめとする数学に長けた理論物理学者のグループが1990年代後半から集中的に研究しています。この理論は物理学的にも数学的にもとてつもなく難解なので、私も詳しいことはわかりません(はっきり言えば、袋小路に入り込んだ将来性のない理論と思って勉強していません)が、どうやら、膜のポテンシャル関数(に相当するもの)にタキオンに対応する極大値があり、これが膜の振舞いに重要な寄与を与えるというのが「タキオン凝縮」ということの意味のようです。ですから、(それを使えばタイムマシンも可能だという)SF作家御用達の“超光速粒子タキオン”とは、あまり関係がないでしょう。

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©Nobuo YOSHIDA