質問 催眠術をかけるとただの木の棒を押しつけただけで火傷をしますが、それは脳が認識することにより起きると言われています。では、仮想現実が現実世界とまったく区別がつかない場合、仮想現実の世界で死を迎えることにより、実際に死んでしまうことはあるのでしょうか。そうだとすると、死とはいったい何ですか?【その他】
回答
 催眠暗示によって身体にさまざまな生理的変化が現れることは、多くの実験者によって報告されています。しかし、それらは、(私が知る限り)あくまで自律神経によって制御される身体反応の範囲内であって、外傷を引き起こす強烈な刺激に匹敵するほどのものではありません。具体的には、皮膚の異常感覚についての暗示を与えることにより、出血斑(紅斑)や水疱・口辺疱疹など、組織片を採取したバイオプシーでも変化が確認できるような皮膚症状が現れますし、花粉症の人に刺激暗示を与えて気管支喘息やアレルギー性皮膚炎を引き起こすことも可能ですが、だからと言って熱傷そのものを生じさせることはできません。世界についての認識は、確かに脳が作り上げていると言って良いものの、脳と外界の複雑な相互作用なしには、世界を再構成することは不可能です。
 脳の限界を示す好例が、睡眠中に見る夢です。どんなに生々しい夢でも、覚醒中の体験に比べると、多くの情報が欠落しており、面と向き合っている人の表情が確認できないとか、周囲の風景がはっきりしないといったことがあるはずです。こうした特徴は、脳における情報処理の仕方に起因しています。現実に活動をしているとき、脳は、外界からの情報に基づいて世界のイメージを形成しますが、このときの情報の流れは決して一方向的ではなく、時間的変化をわずかに先取りして未来を予測し、現実とずれが生じたときにはその差をフィードバックして新たなデータとして役立てています。実際、目の前のコップを掴もうとするとき、筋収縮のレベルと身体感覚は細かくモニターされ、うっかり掴み損ねたときにはハッとするようなショックが呼び起こされるでしょう。対人関係のようなより高次の認識においては、情報のフィードバックはさらに複雑になり、こちらの手の動かし方が相手の表情をどう変化させるかといった微妙な応答がほとんど無意識的に看取され、自己と他者のつながりを知らせる有効なデータとして蓄積されていきます。このような相互作用全体がわれわれの世界認識を構成しているのであり、それがなければ、世界は夢のように茫漠たるものになるでしょう。
 仮想現実を生み出す技術は以前に比べると飛躍的に進歩してはいますが、それでもまだ、ヘッドマウントディスプレイなどが与える視覚的映像は単調で、こちらの表情の変化や筋収縮のレベルに相手が応答するということはありません。日常的な身体感覚を喪失しない限り、仮想現実が現実そのものに匹敵する情報を提供することは(少なくとも近未来の技術では)あり得ないし、身体感覚と不可分に結びついた“死”は、当然、現実の側の出来事でしかないはずです。押井守のSF映画『アヴァロン』の世界は、いまのところ夢物語なのです。

【Q&A目次に戻る】


質問 5次元とはなんですか?【現代物理】
回答
 われわれが生きているこの世界は、縦・横・高さの3つの次元を持っています。デカルト以降の数学者は、これを3つの座標(x,y,z) で表される抽象的な代数空間としてモデル化してきました。中学校の数学で習う3次元ユークリッド空間(座標表示されたもの)は、そうした代数空間の1例です。19世紀までは、ほとんどの数学者・物理学者が現実の空間も3次元ユークリッド空間で表されると考えていましたが、1907年にアインシュタインの特殊相対論をもとにミンコフスキが提唱した3次元空間+1次元時間の4次元時空(ミンコフスキ空間)の方が現実に適合していることがわかると、時間と空間を統一した幾何学への試みが盛んになり、1916年のアインシュタインの一般相対論によって一つの完成を見ます。この理論では、時間と空間は、実数多様体と呼ばれる代数空間で表され、例えば、電磁場ポテンシャルに関する方程式は、次のような形で表されます:
  qa_010.gif
ここで、添字のμ,νは 0から3 までの値を取り、0 は時間座標、1〜3 はそれぞれ x,y,z という空間の3つの座標を表します。また、上と下に同じ記号(上の例では、左辺第2項のν)が現れたときには、0から3までの数値を代入して足しあげるという規約があります。
 興味深いことに、数学的に表された方程式の上では、時空は併せて4次元でなければならないという決まりはないのです。添字の数字を 0から4 まで動かすことにすれば、5次元の世界を表す方程式になりますし、0から99にすれば100次元の世界の式になります。一般相対論が提唱された当初は、時空が4次元であるというのは“常識”だと考えられていました。しかし、間もなく、この“常識”に挑戦する学者が現れます。1921年にカルッツァが、5次元時空上での一般相対論に基づいて、余分な空間次元の重力場が電磁的相互作用を生み出しているという理論を提唱しました。その後、1920年代を通じて、クラインがこの理論を発展させたため、カルッツァ−クラインの理論と呼ばれています。当時は、現実的ではない一種の“お遊び”と見る向きも少なくなかったのですが、1980年頃から、この理論と超対称性を組み合わせると、現実世界と結びつけられる理論が構築できるという期待が高まってきました。特に、11次元の超重力理論は、数学的にも面白い性質がいろいろあるため、多くの物理学者が研究に参加しました。
 現実に観測されている時空が4次元であるにもかかわらず、5次元以上のモデルが現実的だと言えるのは、余分な次元が縮こまっていると考えられるからです。実際、3つの次元がある空間でも、そのうちの1つがきわめて小さくなってしまえば、実質的に2次元の世界になってしまいます(下の図の犬と猫は、2次元世界の住民とは言えないでしょうか)。11次元の超重力理論でも、観測されていない7つの空間次元は、大きさが10-35メートル程度に縮んでしまっていると仮定されています。このため、4より大きい次元を持つとは言っても、余分な次元はあまりに小さくて、その中ではさほど面白い物理現象は生じません(もちろん、超常現象が生起するスペースでもあり得ません)。
qa_011.gif

 5次元以上の時空を仮定する理論には、超弦理論や膜理論などいくつかのヴァリエーションがあり、数学的にきわめて難しいにもかかわらず一部の(数学好きの)物理学者が精力的に研究を進めています。しかし、大半の物理学者は、現実の時空次元が4より大きいかどうか、半信半疑──と言うより二信八疑くらい──だというのが現状です。

【Q&A目次に戻る】


質問 グランドクロスが起きたときに、地球の自転方向に慣性の法則が働くというのは本当ですか?また起きる確率はどれほどですか?【その他】
回答
 グランドクロスについては、ノストラダムスの予言に関連して1999年の夏にかなり大きな話題になりました。予言の大はずれとともに忘れ去られたと思っていましたが、質問が来ましたので、簡単におさらいしておきます。
 グランドクロスとは占星術に現れる用語で、ホロスコープ上で太陽系内の主要天体が地球を交点とする十字型に配列することです。と言っても厳密な十字型ではなく、占星術で決められた黄道十二宮のうちの十字をなす4つに各天体が属すれば良いので、かなりいびつな形でも構わないようです。例えば、1999年8月には、木星・土星が「おうし座」に、太陽・水星・金星が「やぎ座」に、火星・冥王星が「さそり座」に、天王星・海王星が「みずがめ座」に属する(冥王星は外れているという説もある)配列になりました。特に、8月18日には月を含めた主要天体がグランドクロスを構成するので、天変地異が起きるのではないかと心配した人もいましたが、もちろん杞憂に終わりました。こうした配列は、数百年に1度の割合で起きており、実際の天災と関係があるとは考えられません。
 科学者がグランドクロスを何ら心配するに当たらないと主張するのは、次のような根拠があるからです。惑星の配列が遠く地球まで影響を及ぼすとすれば、それは、荷電粒子などの物質の流れによるか、あるいは、こんにち知られている長距離相互作用である重力・磁気・電気のいずれかを介してのものでなければなりません(これ以外の可能性があるというなら、その理由を示すことが必要です)。このうち、電気は、各天体が電気的にほぼ中性であり、電気モーメントによる相互作用も測定不可能なほど微弱なので、問題になりません。また、惑星による磁気も、各惑星の近くまで探査機を飛ばさなければ測定できないような弱いものであり、太陽系内では圧倒的に強力な太陽磁場に覆い隠されてしまいます。光を含めた電磁波も、望遠鏡などでやっと測定可能だというレベルで、地球に物理的影響を及ぼすものではありません。太陽系における主たる荷電粒子の流れはいわゆる「太陽風」ですが、これは、フレアなどの太陽表面の状態によって定まっていて惑星の配列とは無関係ですし、地球への影響も、せいぜい大気上層の電離層を擾乱して通信に支障を来す程度です。
 それでは、惑星からの重力は、地球に天災をもたらすことがあり得るでしょうか。2つの天体が接近したとき、相手に近い側により強く重力が作用することから、全体として天体を引き裂くような力が働きます。これを潮汐力と言います。土星の周囲にリングが形成されていたり、月がいつも同じ面を地球に向けていたりするのは、潮汐力が作用した結果です。月からの潮汐力は、現実に海水面の上下動(潮の干満)を引き起こしています。惑星からの潮汐力を計算すれば、重力の影響が求められます。
 質量 M[kg] の天体Aが R[m] だけ離れた半径 r[m] の天体Bに、どのような重力作用を及ぼすかを考えてみましょう。ニュートンの法則より、天体BのAに近い側にある質量 1[kg] の物体に作用する重力は、
  GM/(R-r)2 (G:万有引力定数)
で与えられます。遠い側に置かれた 1kg の物体に加わる重力は、この式の r を -r と置いたものなので、両者の差は、
  GM/(R-r)2 - GM/(R+r)2
    = 4GMr/R3 + 微小量
となります。木星からの重力を考えた場合、
  木星質量 M = 1.9×1027 kg
  木星と地球の最小距離 R = 6.3×1011 m
  地球半径 r = 6.4×106 m
  万有引力定数 G = 6.7×10-11 Nm2kg-2
これらを代入して計算すれば、地球の両側で 1kg の物体に作用する木星からの重力の差は、
  0.00000000001 N
となります。これは10メートル離れた所に立っている小錦関があなたに及ぼす潮汐力と同程度の微弱な力です。グランドクロスの場合でも、惑星からの潮汐力の総和はせいぜいこの数倍程度にしかなりませんので、地球に何らかの災厄を及ぼすとは、全く考えられません。地球の自転軸が横転するという説が巷間囁かれたこともありますが、単なる迷信です。

【Q&A目次に戻る】


質問 ヒトゲノム計画とはどのようなものですか? これによって何がわかり、その成果をどんなことに利用できますか?【その他】
回答
 20世紀半ばまで、遺伝子の研究は主に基礎生物学のテーマでしたが、1970年頃から、遺伝的変異がガンやアルツハイマー病などさまざまな疾病の要因になることが知られるようになるにつれて、応用医学の面からもヒト遺伝子研究の重要性が叫ばれるようになってきました。当時は、10万程度あると推測されていた遺伝子の1つ1つについて、疫学調査などを通じて染色体上の位置を特定し、合成されるタンパク質の性質を調べていくのがやっとでした。しかし、1980年代に入って遺伝子解析技術が向上すると、こうしたまだるっこいやり方ではなく、染色体を構成する30億個の全塩基配列(DNAにおけるアデニン・グアニン・シトシン・チミンの並び)を調べてしまう方が手っ取り早いのではないかと考えられるようになります(ゲノムとは、全塩基配列に含まれる全遺伝情報を意味します)。こうした発想の下に、1986年、ダルベッコ(米)らがヒトゲノム解読の重要性を科学誌上で主張したことに端を発して、非営利の国際共同研究として遺伝情報の公表を目的とする「ヒトゲノム計画」が動き出しました。
 当初は、多くのチームでゲノム解読を進めるための下準備に手間取り、計画の完遂も危ぶまれる状況でしたが、人の手を煩わせずにDNAを分析する全自動の解読装置が開発された1990年代半ばから軌道に乗り、2000年6月には90%近くの解読を終えて、その「概要版」を発表するに至りました(もっとも、その間に民間のセレーラ・ジェノミクスが国際計画を出し抜いて、ほぼ100%の解読に成功していますが)。
 「ヒトゲノム計画」の特徴は、個々の遺伝子ではなく染色体(22対の常染色体と2本の性染色体)の全塩基配列を解析対象にする点にあります。染色体上で遺伝子の役割を果たしているのは5%ほどでしかなく、他の大部分はタンパク質をコードしていない「イントロン」と呼ばれる領域です。さらに、「イントロン」には、タンパク質と結合して遺伝子の発現をコントロールする部分と、進化の過程で無駄に重複したり不要になったジャンクDNAの部分があると考えられていますが、詳細はまだ不明です。こうした部分を含めた全配列を解析した上で、それぞれの部分の機能を解明していこうというのが、この壮大な計画の目的なのです。
 全塩基配列を解析することによって、これまでわからなかった多くの知識が得られます。最近の成果として、ヒトの遺伝子総数が、以前に予測されていた10万個よりは遥かに少ない3万数千個であることが判明しました。これは、1つの遺伝子が複数の機能を担っていることを意味しており、人類の進化を考える上で重要な知見となるだけではなく、遺伝子治療の適否の問題とも絡んでくるものです。
 医療面からは、病気に関与する遺伝子の特定が急がれています。例えば、ガン患者のゲノムと標準ゲノムの相違を調べることにより、ガンの要因となる遺伝的変異が解明できるはずです。ある遺伝子の機能不全がガンを引き起こすことがわかれば、遺伝子治療などの方針も立てやすくなります。また、これまで闇雲に行われてきた医薬品開発も、疾病関連遺伝子がコードしているタンパク質の構造を元に、ターゲットを定めて行うことが可能になります。さらに、個人の遺伝情報が短時間で解読できるようになれば、各人の遺伝差に応じて処方を決定する“オーダーメイド医療”も夢ではないでしょう。
 ゲノム解読には、こうしたさまざまなメリットがある一方で、遺伝子差別などの社会問題を引き起こす負の面もあります。これらを総合的に理解した上で、ゲノム解読の成果をどのように社会に役立てるべきかを、科学者のみならず一般の市民も考えていかなければなりません。

【Q&A目次に戻る】


質問 自然界におけるエネルギーの流れの中で、光合成および異化作用の意義と役割について教えてください。【その他】
回答
 地球上の生物は、(地熱のエネルギーによって生成されたイオウ化合物を代謝しているごく一部の例外を別にすると)全て太陽光のエネルギーを元に活動しています。生物界におけるエネルギーの流れをきわめて単純化して言えば、まず植物(および光合成細菌)が行う光合成によって光エネルギーをグルコースの化学エネルギーに変換し、さらに動植物の細胞内で自由エネルギーの大きい多糖類やタンパク質が生合成されます。こうして作られた生化学物質は再び段階的に分解されていきます(異化作用)が、その際に、主にミトコンドリア内膜で、生体エネルギーの担い手であるATPがADPから合成されます。こうしてできたATPは生体の各所に運ばれ、そこでADPに再変換される際に放出されるエネルギーが、さまざまな生物活動の源になっています。つまり、地球上の生物圏におけるさまざまな活動をエネルギーの流れとして見ると、光エネルギーをいったん高分子化合物の化学エネルギーに変換した上で、いろいろな形で利用している訳です。これを模式的に表すと、次のようになります。
qa_009.gif
 こうしたプロセスは、エントロピーという観点から捉えると、自然界における位置が明確になってきます。エネルギーに関しては、「エネルギー保存則」があるために、光エネルギーから化学エネルギーへと姿を変えても、その総量には増減がありません。しかし、秩序のなさを表す物理量であるエントロピーは、不可避的に増大していくというのが物理的必然です。この「エントロピー増大則」によれば、“質の良い”(=エントロピーの小さい)化学エネルギーは、自然な過程を通じて“質の悪い”熱エネルギーへと変わっていくはずです。合目的的に活動する生物は、あたかもこの自然な流れに抗しているように見えますが、実は、短波長光という“低エントロピー源”(厳密に言えば、短波長光と低温の水の組み合わせ)を利用し、光子が消滅し水が蒸発する過程で全系のエントロピーが増大する中、炭素化合物に関してエントロピーを減少させることに成功しているのです。さらに言えば、短波長光は、全宇宙のエントロピー変化において、秩序を生み出す異端分子としての役割を担っているのです。ビッグバン直後にほぼ均質に分布していた物質が重力相互作用によって凝縮していくのは、エントロピー増加を伴う“自然な”過程ですが、その際に天体内部の核反応によって生成された短波長光子が物質のなくなった空間へと放出されると、これが低エントロピー源として非情な宇宙の中に“不自然な”秩序を形成していくことになります。生物は、短波長光の作り出した最も特異な存在と言えるかもしれません。
 植物が光合成によって作り出した新たな“低エントロピー源”であるグルコースは、短波長光と異なり、化学物質として輸送・貯蔵することが可能です。この便利さがある故に、生物は、必要な局面でグルコース(および生合成された栄養素)から異化作用を通じてエネルギーを取り出すことにより、合目的的で多様な活動を実現することができるのです。

【Q&A目次に戻る】




©Nobuo YOSHIDA