質問 かつて信じられていた天動説が否定されたように、今のビッグバン宇宙論も将来的には誤っていたということになりませんか。【現代物理】
回答
科学は宗教ではないのですから、科学が主張する「絶対の真理」は存在しません。たとえ定説といわれている理論も、「暫定的に採用されている尤もらしい仮説」にすぎず、常に打倒される可能性を秘めています。実際、科学の世界では、「定説を覆す発見」はきわめて頻繁に起きている−−例えば、最近話題になったクローン羊のドリーも、「成熟個体の体細胞からクローンは作れない」という定説をひっくり返しました−−ので、科学者たちも定説を愚直に頭から信じている訳ではありません。特に、第一線で活躍している研究者は、定説が否定されると新しい分野の研究で業績を上げるチャンスが増えるので、学問上の「クーデター」はむしろ歓迎します。
ただし、理論体系の中では、変更される可能性が大きい部分と、そうやすやすとは変わらないだろうと思われる部分があり、「ビッグバン理論」のような信憑性の高い「定説」は、よほどの大発見がなければ覆らないだろうと見なされています。ビッグバン理論が信頼されているのは、これが膨張宇宙の観測データと完全に合致するだけでなく、いくつかの検証テストにパスしているからです。ビッグバン理論を支持する特に重要な検証データは、(1)ヘリウムの存在比と(2)背景放射です。ビッグバン宇宙論に基づいて初期の高温・高密度状態での原子核合成の反応過程を計算すると、ヘリウムの存在量が水素の3分の1になることが導かれますが、これは観測データと完全に一致します。このほか、重水素や3重水素、リチウムなどの存在比も、未定のパラメータを1つ調節するだけで観測データとほぼ重なります。また、ビッグバン宇宙論は、現在の背景放射が数Kの黒体放射になることを予想しますが、これも、1965年にペンジアスとウィルソンが見いだしたように、観測データとピタリと一致します。こうした「証拠」があるので、ビッグバン理論はなかなか覆りそうもないと思われますが、もし、ビッグバンを前提としないでヘリウムの存在比や背景放射を説明する理論を作ることができれば、対抗理論として学界で論争を巻き起こすかもしれません。実は、そうなることを願っている科学者も、決して少なくないのです。

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質問 この宇宙に人類以外に知的生命の存在する確率はどの程度ですか。また、UFOは実在すると思いますか。【その他】
回答
大宇宙には数千億個の恒星を含む銀河が無数に(詳しく観測できる領域だけでも数百万はある)ので、その中には知的生命が相当多数いるのではないかと思われます。しかし、銀河系の外の世界と交信することは絶望的なので、ここでは、私たちが住む天の川銀河に限って、その中に知的文明世界はいくつあるのかを考えてみましょう。この問題を解くために天文学者ドレーク (Frank Drake)が考案したのが、いわゆる「ドレークの式」です。この式は、次のような形で表されます。
N=R×fp×ne×fl×fc×L
ただし、
R:銀河系内で毎年生まれる恒星の数 (10)
fp:その恒星の内、太陽のように惑星系を持つ確率 (0.5〜0.01)
ne:その惑星系の内、生命の存在を許す惑星の数 (3〜0.001)
fl:その惑星の中で、実際に生命が発生する確率 (0.5〜0.005)
fi:それらの生物が知的生命に進化する確率 (1〜0.01)
fc:その知的生命体が技術文明を発達させる確率 (1〜0.001)
L:そのような技術文明の平均寿命 (1,000,000〜100)

このうち、科学的な根拠に基づいてほぼ確実な値と考えられるのはR(=10)だけであり、それ以外には大きな幅があります。例えば、1996年にNASAの研究者が「火星から飛来した隕石の内部に生命の痕跡があった」と発表しましたが、これが真実なら(多くの学者は疑っている)neの値は相当に高いことになります。特に人によって差が大きいのが、技術文明の継続期間を表すLでしょう。この値を小さく見積もると、現時点で銀河系に(人類以外の)文明が存在する確率はかなり小さくなります。一度は文明を築いてもすぐに滅び去ってしまうというのが知的生命の性であるならば、数十億年にもわたる銀河系の歴史の中の一瞬にすぎない「今」の時点で2つの文明が同時に存在していることはほとんどあり得ないのです。
ドレークの式に適当な数値を入れて計算してみると、現時点で銀河系内に存在する知的文明の数は、最も楽観的な見通しで数百万、最も悲観的な見通しで1(つまり人類だけ)、多少は信憑性のある数値として数十から数百となります。今のところはデータが少なすぎでこれ以上のことは言えませんが、私個人は、大した根拠もなく数千ほどの文明世界があるのではないかと楽観的に思っています。

ところで、世間を騒がしているUFO(Unidentified Flying Object;未確認飛行物体)が他の文明世界からやってきたスペースクラフトである可能性はどれほどかとなると、宇宙人が大好きな私でも、ドレークの式ほど楽観的にはなれません。仮に銀河系内に数千の高度な技術文明を持った生命体が存在しているとしても、余程の偶然がない限りは、互いに数百光年を隔てているはずです。これは、光速で飛んでも数百年かかる距離です。宇宙空間に漂うアステロイドとの衝突を避けるためにはせいぜい光速の数%までしか加速できないでしょうから、E.T.は、はるばる1万年の歳月をかけて宇宙空間を航行しなければ地球までやってこれません。しかも、地球文明が電波を放出するようになってから、まだ百年も経っていないので、宇宙人が地球を目指す理由などほとんどないのです。それに加えて、雑誌やTVで喧伝されるUFOの形態(円盤型、葉巻型、不定形など)や飛行状況は、航空力学の常識に反しており、人工的なスペースクラフトと想定するのはきわめて困難です。こうした知見を総合すると、報告されているUFOは、既知の飛行物体の誤認、光学的な結像現象、特定の心理的要因による錯覚、および“Fraud”であると考えられます。もっとも、もし本当にE.T.が搭乗したUFOが地球に飛来しているのなら、何をおいてもコンタクトをとりたいとは思うは私だけではないでしょうが。
(ドレークの式の解説を執筆するに当たって、Harumi Fujishima氏によるWeb Page(URL= http://yukichi.cc.oita-u.ac.jp:8001/~astro/prodir/drake.HTML)を参考にさせていただきました)

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質問 スティーブン・ホーキングについて教えてください。【その他】
回答
ホーキング(Stephen William Hawking;1942-)は、今世紀を代表する理論物理学者の一人で、一般相対論と量子力学に基づく宇宙論の研究で偉大な成果を上げました。彼はまた、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を患っており、「車椅子の天才」としても知られています。
ケンブリッジ大学で宇宙論を修めたホーキングは、1967年から70年にかけて、特異点に関する一連の論文を発表します。特に、「ペンローズ=ホーキングの特異点定理」として知られる業績は、相対論的な宇宙論に決定的な影響を与えました。それまでは、この宇宙が永遠に膨張と収縮を繰り返す「振動解」を持つと主張する研究者が少なからずいましたが、特異点定理によってその可能性が否定され、一般相対論に基づく限り、過去のある瞬間に宇宙全体が創造されたと考えざるを得ないことが示されました。
1974年、ホーキングは、彼の最高の業績と言われる「ブラックホールの蒸発理論」を発表します。一般相対論によれば、ブラックホールは光すら脱出できない「物質の墓場」であるはずですが、彼は、量子力学を巧みに適用して、ブラックホールがエネルギーを放出し、きわめて長い時間をかけて「蒸発」して消えてしまう可能性があることを指摘しました。この研究は、一般相対論と量子力学という「相性の悪い」理論を結びつける新しい手法を開拓したという点で画期的であり、また、宇宙の運命という哲学的な問題にも新たな視点を与えるものでした。こうした業績が評価されて、ホーキングは、1979年に、かつてニュートンもその座に就いたという名誉あるルーカス教授職に就任します。
1983年には、J.ハートルとの共同研究として、「無境界仮説」を発表します。これは、宇宙の始まりとして特定の量子状態を定義するというもので、人間の知性が神の領域に挑戦する壮大な試みです。ただし、量子力学の扱いに関して、必ずしも首肯できない多くの仮定を含んでおり、学界で受け入れられているとは言い難い状況です。
このほかにも、ファインマンが開発した経路積分法を独自の手法で応用した「量子重力場理論」、重力場の特殊な状態が泡状に連なって時空を構成しているという「時空泡理論」、宇宙が収縮する過程では膨張するときと逆向きに時間が流れているとする「対称的境界条件理論」など、多くの業績がありますが、いささか才走りすぎて、いずれもあまり成功したとは言えないようです。
ホーキングは、たぐいまれな数学の才能を持ち、一般相対論と量子力学という難解な2つの理論を結合する数学的手法を開拓したことですぐれた業績を上げました。しかし、単なる数理物理学者ではなく、「宇宙とは何か」という哲学的な問題意識を抱き、人間には答えられないのではないかとも思えるアポリアに敢えて挑戦しようとする姿勢を貫いています。こうしたところが、彼が、研究者のみならず一般人からも高い尊敬を集める所以でしょう。すでに1ダースほどの名誉博士号と数多くの賞を受けていますが、その業績のほとんどがいまだに実験・観測によって検証されていないため、ノーベル賞の栄誉には与れないでいます。
著書には、“The Large Scale Structure of Spacetime”(G.F.R.Ellisとの共著)などの優れた専門書のほか、世界的なベストセラーになった一般人向けの“A Brief History of Time”(邦訳:『ホーキング、宇宙を語る』)などがあります。
最後に、彼の病気について簡単に触れておきます。筋萎縮性側索硬化症とは、運動ニューロンが次第に冒されていく難病で、治療法は全くなく、患者は、徐々に運動機能を喪失して死に到ります。ホーキングは、21歳のときに病気の宣告を受け、博士号を取るまで生きられるかどうか分からないことを知らされます。そのときはさすがに絶望的な気分になり、研究もあまり進まなくなったようですが、ジェイン・ワイルドという女性と出会い婚約したことによって新しい人生の目的を自覚し、研究生活に戻ることができたといいます。大学へは近所から電動車椅子で出勤し、講義が免除されていたため理論的な研究に没頭していたそうです。1974年までは、一人で食事をしベットで寝たり起きたり出来たため、健常者に近い生活が送れましたが、病状の進行はくい止められず、学生や派遣看護婦に身辺の雑事を頼むようになりました。さらに、1985年には肺炎を起こして気管切開手術をしたため、わずかに残っていた発話能力も失いました。その後も病状は悪化の一途を辿り、現在では視線を僅かに動かせるだけとなりましたが、それでも研究への意欲は衰えてはいないようです。人間の精神が肉体の桎梏をうち破った希有の例と言えるでしょう。

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©Nobuo YOSHIDA