質問 ブラックホールで観測可能な量は、重力/電磁気力/角運動量の3つであると聞いていますが、本当なのでしょうか?重力の担い手グラヴィトンも電磁気力の担い手フォトンも、ともに速度は光速度cだと読んだことがあります。角運動量の担い手は知りませんが、光速度で動く粒子がどのようなメカニズムで事象の地平線を挟んで相互作用を行えるのでしょうか?【古典物理】
回答
 巨大な質量を持つ星が重力崩壊を起こしてブラックホールになると、その星が持っていた物理的性質のほとんどが“事象の地平線”の彼方に押しつぶされて失われてしまいます。例えば、多くの天体は磁気モーメントを持っており周囲に磁力線が存在しますが、重力崩壊の過程でこれらの磁力線は吸い込まれたり脱落したりしてしまい、ブラックホール形成後は、もともとどの程度の磁気モーメントが存在していたか、全くわからなくなります(図1)。天体が“物質”と“反物質”のどちらから出来ていたか、球形だったか変形していたかといった情報も、完全に消滅します。
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 重力崩壊でも失われず、ブラックホールの周囲を観測することによって得られる情報は、ごく僅かしかありません。1960年代から70年代初頭に掛けて、ゼルドヴィッチやホイーラー、サイアマらの研究の結果、ブラックホールに関して観測できる物理量は、質量・電荷・角運動量の3つしかないことが判明しました。ホイーラーは、これを「ブラックホールには毛がない」と表現しています(「無毛定理(No Hair Theorem)」という呼び方は、いささか品がないにもかかわらず、多くの物理学者が好んで用います)。
 ブラックホールからは光子(フォトン)や重力子(グラヴィトン)が飛び出すことがないにもかかわらず、電荷や質量が測定できるのは、場に連続性があるからです。正に帯電している天体は電場の湧き出しになっていますが、重力崩壊の過程でも電場は連続的に変化して電気力線が途切れることはないので、最終的には、ブラックホールから電気力線が伸びているような状態になります(図2)。このとき、ブラックホール周辺の電場は“事象の地平線”の彼方から光子が飛び出して生じているのではなく、もともと存在していた電場が連続的に変化していくことによって形成されたものであり、ブラックホールからは光すら放出されないという法則を破ることはありません。また、“事象の地平線”自体は(そこで物理法則が破綻するような)特異点ではなく、場の量が連続的に変化しても何の不都合もないのです。実際、ブラックホールに落ち込んでいく観測者から見ると、どこで“事象の地平線”を通過したかわからないはずです(もっとも、人間の場合は、その前に強い潮汐力によってバラバラにされてしまいますが)。ただし、ブラックホールが帯電していたとしても、すぐに反対の電荷を持つ星間ガスを吸い寄せて、中性になってしまうため、ブラックホールが現実に持ち得る物理量は、質量と角運動量だけだと考えられています。
 ブラックホールの質量は、いくつかの方法で測定することができます。最も簡単なのは、連星系を構成しているブラックホールを探し出して、伴星の公転周期などを調べることです。このほか、重力レンズの効果によって背後にある天体の像がどれほど歪んで見えるかを元に、質量を推定することも可能です。角運動量の測定は厄介ですが、ブラックホールに落下していく物体がどのようなラセン軌道を描いていくかが測定できれば、かなり確かな情報が得られます。

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質問 水などの溶媒に物質が溶ける現象を分子レベルで見ると、どのようなことが起こっているのですか。【その他】
回答
 一口に物質が溶媒に溶けると言っても、水のように電離性の溶媒と他の多くの有機溶媒とでは、分子レベルで見ると全く異なった現象が生じています。
 例えば、ナフタレン( C10H8 )がベンゼン( C6H6 )に溶けるという場合には、熱運動によってナフタレン分子とベンゼン分子が均一に混合しており、分子間の引力はあまり重要な役割は演じていません。これに対して、塩化ナトリウム( NaCl )が水に溶けるときには、ナトリウムイオン( Na+ )と塩素イオン( Cl- )に電離し、それぞれのイオンの周りを何個かの水分子が取り囲んで、まとまった分子群を形成しています。このような現象を水和(一般の溶媒の場合には溶媒和)と言います。
 水が水和を起こしやすいのは、酸素原子が負に水素原子が正に帯電して大きな電気モーメントを持っており、他の分子やイオンと電気的な結合(水素結合)を形成するためです。実際、水は液体であるにもかかわらず、水分子が自由に動き回っている訳ではなく、1個のH2Oを4.4個の H2O が取り囲むという“擬結晶構造”を取っています(氷の場合は4個であり、水が氷に近い存在だと言われる所以です)。この中にイオン性物質が入れられると、今度は、イオンの周りに H2O が集まって、安定な水素結合が形成されます。この結果、陽イオンと陰イオンの間の電気力は弱められ、イオン結合が壊されて物質が水に溶けていくのです。 qa_007.gif 塩化コバルト(II)を水に溶かしたときには、6個の H2O がCo2+の周りに正八面体を成すように配位します。この6個の H2O は、コバルトイオンと堅く結びついて一緒に移動するため、第1水和殻と呼ばれています。こうしたことから、水溶液中のコバルトイオンを [Co(H2O)6]2+ と書くこともあります。さらに何個かの H2O が第1水和殻を取り巻くように集まっていますが、その数は一定していません。
 イオン性物質以外でも、水酸基(-OH)やアミノ基(-NH2)などの周りには水分子が集まってエネルギー的に安定化するため、こうした基を持つ有機化合物の中には水に溶けるものもあります。ただし、可溶かどうかは、分子の大きさや形に依存します。アルコール( CnH2n+1OH )の場合、水酸基が1つの一価アルコールでは炭素原子数が多くなるにつれて溶けにくくなるのに対して、多価アルコールは一般に水溶性を示します。

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質問 難しいことはわかりませんが、「パルス」とはどのようなものか教えてください。【古典物理】
回答
 もともとパルスとは心臓の鼓動を意味していましたが、そこから転じて、物理学や電気工学では、ある量(電気信号や光の強度など)が記述している時間スケールに比べて充分に短い間だけ増加している領域を指します。波が局在している波動現象の一種と考えられます。 qa_005.gif 増減を表すグラフの形によって、矩形波・双極波・台形波・指数減衰波・三角波・ノコギリ波などがあります。特に持続時間の短いものをインパルスと呼ぶこともあります(主に電気工学で用いられる)。量子力学の計算などで用いられるディラックのデルタ関数は、このインパルスを数学的に定式化したものと言えます。また、パルスが連続している場合を「パルス列」と呼んで区別することもありますが、通常は、あまり厳密に使い分けをしていません。
 パルスの背後にどのような物理過程があるかは、扱っている現象によって大きく異なっています。ディジタル回路では矩形のパルスが頻繁に現れますが、これは電荷のチャージ/ディスチャージによってコントロールされた電圧変動です。このほか、シャッターの開閉などの機械的操作で作られるもの、放電のような不安定現象に起因するもの、指向性を持った現象が短時間だけ観測されるもの──などがあります。 qa_006.gif 数ミリ秒から数秒の周期でパルス状の電磁波を放出している天体として知られるパルサー(pulsar; pulsating radio source)は、この最後のケースに該当するものです。中性子星が自転すると、磁極から定常的に放出されている電磁波が、ちょうど灯台のサーチライトのように宇宙を横断していくことになり、途中に位置する地球の上では、周期的なパルスとして観測されるのです。

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質問 4次元の距離を表す式で時間軸の部分の符号がマイナスになっていますが、物理的な意味が理解できません。「半径1光年の球上の任意の点と原点との距離が、1年後にはゼロとなるにもかかわらず重ならない」と思えてなりません。また、1年を過ぎると距離が虚数となるように思えますが、虚数の距離にどのような意味が有るのでしょうか?【古典物理】
回答
 3次元のユークリッド幾何学では、点(x,y,z)と原点の間の距離rは、
  r2 = x2 + y2 + z2
という式で定義されます。19世紀までは、現実の空間も3次元ユークリッド空間だと考えられていたので、この式を用いて距離を定義することに何の疑問も抱かれませんでした。しかし、1905年にアインシュタインが提唱した特殊相対論によると、相対的に運動している座標系の間では、いわゆるローレンツ短縮によって空間のスケールが変化してしまい、座標系によらない空間的な距離は定義できないことが明らかになりました。そこで物理学者たちが利用するようになったのが、どの座標系でも同じ値になる4次元距離sで、ある座標系において、(ユークリッド幾何学の場合と同様に定義される)空間的な間隔をr、時間的な間隔をtとすると、
  s2 = r2 - (ct)2 (c:光速度)
となります。このsは、4次元の“距離”ないし“間隔”と呼ばれていますが、日常的な意味での“隔たり”を表すものではなく、座標変換に対する不変量として物理学で使われるものです。 qa_004.gif 物理的には、s2の正負が基本的な意味を持ちます。2つの事象の間隔sについて、
  s2 > 0
となる場合、 時間間隔 t=0 となる座標系が存在するので、2つの事象は相対論的な意味で「同時」と見なすことができ、互いに物理的な影響を及ぼすことはできません。逆に、
  s2 < 0
のときは、両者の間に時間的な先後関係があり、一方が他方の原因になることも可能です。
 地球から1光年だけ離れた天体を考えると、現在は s2 > 0 なので、両者は「絶対的に隔離」されており、情報を交換することは原理的に不可能です。1年後には s2 = 0 となり、現時点で天体から発せられた光がちょうど地球に到達します。これ以降は s2 < 0 となるので、現在の天体の状況が地球に影響を及ぼす(例えば、天文学的なデータを科学者が研究に利用する)こともあり得ます。
 なお、 s2 < 0 のときには s は虚数になりますが、物理学的な計算に虚数が現れるのは不便なので、
  τ2 = -s2
のような量を導入して式を立てるのが通例となっています。

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質問 音源が音速で向かってくる場合、音はどのように聞こえるのでしょうか?また、音源が音速を超えるとどう聞こえるのでしょうか?【古典物理】
回答
 通常の場合、音源から発せられた音波は、気圧や密度の変化が小さい(2次の項が無視できる)という条件の下で、線形な波動方程式に従って伝播します。このとき、音速cは絶対温度の平方根に比例し、温度が一定と見なせるならば、音源の速度や音波の振動数によらない一定の値になります。しかし、音源が遷音速(マッハ0.7程度以上)から超音速になると、運動する音源の周囲で気体が強く圧縮され、上の条件が成り立たなくなって、通常とは全く異なる波動現象が生じます。これが、“衝撃波”と呼ばれるものです。
qa_003.gif  衝撃波は、超音速で運動する音源を頂点とする円錐面付近に形成されます。音源の速度をvとすると、右図に示したように、音源がvtだけ移動する間に音速cで伝播する音波はct(<vt)しか進まないので、通常の音波が到達できるのは、頂角2αの円錐面(マッハ面)の内側になります。ただし、
  sinα=c/v
で、αはマッハ角と呼ばれます。実際の衝撃波は、強く圧縮されてcよりもやや速い速度で進むので、マッハ面の外側に生じています。衝撃波の付近では気圧・密度・温度などが急激に変化しており、一種の不連続面が形成されます。
 超音速飛行機の場合、衝撃波は、胴体と主翼後縁から発生し、飛行機が一定速度で運動する限り、機体を頂点とする円錐の形のまま前進してきます(当然、飛行機の前方では何も聞こえません)。しかし、飛行機が素早く向きを変えると、衝撃波だけがそのまま前進し、前方にいる観測者のところに到達します。このとき観測者には、ソニックブームと呼ばれるドドーンという爆発音が聞こえます(音として聞こえるだけではなく、窓ガラスが割れたりもします)。
 世界最初の有人超音速飛行は、1947年にテスト・パイロットのチャック・イェーガーがロケット推進のX−1実験機で行ったものですが、このときイェーガー自身は音速を超えたことがわからなかったのに対して、地上にいた人々には大きな爆発音が聞こえ、X−1が空中爆発を起こしたと勘違いして狼狽したそうです。

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質問 環境庁のNOx削減法改正案がEUからの圧力を受けて後退したという新聞記事を読みました。私は、EUは環境に対しての取り組みが先進国の中では進んでる方だと思っていたので、自国の利益のためにWTOに提訴するとまで言う姿勢に驚きました。そんな圧力を受けたら、今度は日本の国内で問題が起きるのではないでしょうか。環境という世界共通の問題を前にしたとき、自分の国の事だけを考えるという事は絶対にできないはず。もっと、お互いに譲り合いというものが必要なのではないかと思うのですが。【環境問題】
回答
 問題にされている新聞記事は、2000年12月20日に朝日新聞朝刊のトップを飾った「ディーゼル規制後退」ですね。確かに、EUは、日本に対してディーゼル車の売り込みを画策しており、厳しすぎるディーゼル規制に対して国益を優先して圧力を加えたことは間違いありません。もっとも、その背景に、ディーゼル車に対する認識が日本とヨーロッパでかなり異なっているということを見落としてはなりません。
 日本では、石原東京都知事が「ディーゼル車NO作戦」を展開したために、「ディーゼル車=大気汚染の元凶」という見方が強くなっています。しかし、ヨーロッパでは、逆に、ガソリン車よりもディーゼル車の方が環境負荷が小さいと考えられており、環境意識の高い市民がディーゼル車を積極的に購入するという傾向が見られます。日経新聞の記事によれば、EU圏ではディーゼル乗用車のシェアが2年間で10ポイント以上伸び、新車の4割近くを占めるようになったそうです。
 こうした見解の相違が生じるのは、環境問題で何を優先するかに違いがあるからです。ディーゼル車は、ガソリン車よりも多くNOxや粒子状物質(PM)を排出しますが、その一方で、二酸化炭素の排出量が少なくなっています。地球温暖化こそ最大の環境問題であるという意識が根強いヨーロッパでは、NOxが多くても二酸化炭素の少ない車が選ばれたわけです。
 さらに、ディーゼル車に対する規制のウェイトも、日欧で異なっています。これまで、日本は、NOxに厳しくPMに甘い規制を採用してきました。その結果、日本製のディーゼル車からは多量のPMが排出され、肺ガンをはじめとするさまざまな呼吸器疾患の原因になったと考えられます。一方、EUでは、健康被害が明らかになった90年代初頭からPMに対して厳しい規制を採用しています。一般に、燃焼効率を上げるとPMは抑制されるがNOxが増え、燃焼効率を下げるとその逆の現象が起きます。したがって、すでにPMを抑え込んでいるEU仕様車に、さらに厳しいNOx規制を加えることは、技術的にかなり困難になります。ヨーロッパでディーゼル車を増産した勢いをかって、日本にも売り込みを図ろうとしていた欧州自動車業界にとって、日本の環境省が提案したNOx規制案がじゃまに感じられたというのも頷けます。
 ついでに言えば、日本でディーゼル車が黒煙をまき散らしているのには、日本独自の事情があります。例えば、少なからぬ運送業者が、燃費を良くするために、軽油に重油を(違法に)混ぜて使っており、黒煙の原因を生み出しています。また、日本で多用されている中東産の原油には、ヨーロッパで主流の北海産のものよりも不純物が多く含まれており、そこから精製した軽油を使うと、どうしても排ガスをきれいにする触媒の効きが低下してしまうようです。さらに、交通渋滞によって平均速度が下がると、燃焼効率が悪くなって黒煙が出やすくなります。こうした事情が重なって、日本ではディーゼル車に対する風当たりが過剰に強まったとも言えます。
 ただし、環境規制の背景にさまざまなエゴが存在するということも、また否定できない事実です。例えば、ドイツでは原子力発電所の早期廃絶が既定路線となっていますが、これは、単に環境を重視する「緑の党」の公約が実現されたというものではなく、伝統的に強大な政治力を持つ石炭産業が、火力発電での巻き返しを図って政治的な圧力を加えた結果でもあるのです。
 環境問題においては、安全性と経済性など多くの要素がトレードオフの関係にあります。その中で、さまざまな企業や市民が自分の利益に基づいて角つきあわせるという事態は、現実には避けられないことだと思います。

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©Nobuo YOSHIDA