質問 人間の体内で陽子が一つでも崩壊すると死んでしまうと聞いたのですが、本当ですか?【その他】
回答
 原子核を構成する陽子や中性子が質量の小さな粒子(陽電子とπ中間子など)に崩壊するという可能性は、1974年にジョージとグラショウが提唱した大統一理論の枠組みで示されました(それ以前にも、何人かの物理学者が示唆しています)。陽子崩壊という現象そのものは、まだ実験的に確認されていませんが、宇宙における物質と反物質の非対称性を説明する根拠になることもあって、多くの物理学者が、現実に起こり得るプロセスだと信じています。
 陽子や中性子の質量は、1.7×10-27kg なので、体重50kg の人の体内には、3×1028個の陽子/中性子が含まれていることになります。陽子/中性子の寿命は、1030年以上であることがわかっていますが、仮にちょうど1030年であるとすると、
  3×1028÷1030×80=2.4
より、一生(80年としました)の間に体内で崩壊する陽子の個数は2〜3個となります。1個の陽子が陽電子とπ中間子に崩壊するときに放出するエネルギーは、
  8×108eV = 1.3×10-10J
であり、通常のβ崩壊やγ崩壊などの放射性崩壊より数百倍大きいものの、日常的なエネルギースケールから見るときわめて小さく、熱作用などで生体に悪影響を及ぼすことはありません。もちろん、放射された陽電子が周辺細胞の染色体を傷つけ、致死性のガンを引き起こす危険性はありますが、一般住民の年間許容被曝量の1000万分の1以下なので、全く無視できます。

【Q&A目次に戻る】


質問 高エネルギーの宇宙線の起源は?【現代物理】
回答
 宇宙から降り注ぐ放射線として宇宙線の存在が確認されたのは、20世紀初頭のことです。それ以降、宇宙線は、宇宙の神秘を垣間見せてくれる興味深いデータとして、研究者の注目を集めてきました。
 宇宙線には、宇宙から地球に入射してくる高エネルギー陽子や原子核(ヘリウム〜鉄)から成る一次宇宙線と、これが地球の大気と相互作用して生じた粒子のシャワーである二次宇宙線(大気宇宙線)の2種類があります。観測された一次宇宙線のエネルギーは、108〜1020eV ( 1eV = 1.60×10-19J )と、実に18桁の拡がりを持っており、さらに強力な宇宙線の存在も示唆されています。これまで観測された中で最も強力な宇宙線は、1991年に米ユタ州の観測装置が捉えたぎょしゃ座の方向からのもので、現存する粒子加速器が実現できる値の1億倍以上の 3×1020eV のエネルギーを示しました。さらに、1991年以来、山梨県明野村で観測を続けてきた日本の AGASA(Akeno Giant Air Shower Array)グループは、1020eV 以上の宇宙線を 7例も観測しています。
 比較的低エネルギーの宇宙線は、陽子や原子核が超新星爆発の衝撃波で加速されて生じたと考えられています。超新星爆発で生み出される衝撃波のエネルギーの数パーセントが宇宙線発生に費やされるとすれば、 1015eV 以下の領域で、観測されるデータと理論的予測はほぼ一致します。1015eV を越えるものについては、どのようなメカニズムで生み出されるか完全に解明されてはいませんが、基本的には、銀河系内に瀰漫する平均3マイクロガウスの弱い磁場に閉じこめられた陽子・原子核が、天体活動に伴う衝撃波によって継続的に加速されたものだと考えられます。ただし、銀河系内にトラップできるのは、エネルギーがせいぜい 1019eV までの粒子で、これを越える超高エネルギー宇宙線の起源は、全くわかっていません。
 超高エネルギー宇宙線の起源に関する仮説には、次のようなものがあります: これらの仮説は、どれもかなり突飛なもので、あまり信用されていません。仮説をひねり回すよりも観測データをもっと積み重ねるべきだという主張もあって、現在、日米豪の国際共同実験として、米ユタ州の砂漠地帯に宇宙線望遠鏡の建設が計画されています。これは、10基の望遠鏡ステーションを40km間隔で設置して宇宙線を24時間体制で監視するもので、完成すれば、10年間で1020eV 以上の宇宙線を600例以上も測定できるはずです。

【Q&A目次に戻る】


質問 音に関する単位にデシベルとホーンがありますが、それぞれの定義を教えて下さい。また、騒音公害は、どういった基準で決められるのでしょうか?【その他】
回答
 デシベル(dB)は、もともとは電話信号の減衰を表す単位ベルの 1/10 のことで、入力/出力の強さをそれぞれI/Oとすると、
  10 log10I/O
で定義されます(数値が小さい方が出力が相対的に大きいことを意味するので、減衰が少ないことを意味します)。現在では、デシベルは、電力(あるいは一般にエネルギー流)の大きさを基準値と比較する際に用いられます。特に、音の場合は、1kHz の平面進行波で音圧 0.00002N/m2 の音を標準(0dB)として、音圧 PN/m2の音の大きさを、
  20 log10P/0.00002
で表します。係数が20になったのは、エネルギーが音圧の2乗に比例するからです。
 一方、同じデシベルという単位を使って、騒音レベルを表すこともあります。音圧に基づく音の大きさの定義は物理学的には厳密ですが、人間の耳は周波数によって聴こえ方が異なるので、騒音レベルを定めるには「聴感補正」をしなければなりません。一般に使用される騒音計では、音圧を測定する圧力型マイクロフォンに、A〜Cのいずれかの特性を示す聴感補正回路(周波数補正回路)が接続されています。A特性は40フォンの聴感曲線(聞こえやすさを表す曲線)に相当するもので、人間の聴感に最もよく一致することから、この補正を施したものを計量法によって騒音レベルの法定計量単位としています。C特性はフラットに近く、物理的な音圧レベルとほぼ一致します。B特性はAとCの中間の聴感曲線に相当しますが、現在はほとんど使用されません。どのような補正を施したかに応じて dB(A), dB(B), dB(C) のような単位の表記が用いられます(単にデシベル(dB)と書く場合は一般に dB(A)を指します)。これらの数値は、特定の聴感補正回路を持つ騒音計の読みとして与えられるもので、音圧などの物理量を使って簡単な式で表すことはできません。
 長い間、日本では、騒音レベルを表すのにホン(ホーン)という独自の単位が用いられてきました。定義はデシベルと同じで、ホン(A),ホン(B),ホン(C)のように表します。しかし、1993年に施行された新計量法によって、これらは公式には使用できなくなり、デシベル単位に一元化されました。
 ちなみに、音の大きさを表す単位としてフォン(phon)というものもありますが、これは、その音と同じ大きさに聞こえる1kHzの音の音圧レベルを表すもので、ホンとは似て非なるものです。

 騒音レベルは騒音計によって機械的に計れますが、どの音を騒音と感じるかはかなり主観的なものです(商店街で流されているBGMをうるさいと感じる人も少なくないでしょう)。もっとも、法的な基準を決める際には、明確な線引きを行わなければならないので、環境基本法では、専門家の意見に基づいて地域および時間の区分ごとに「騒音に係る環境基準」を設定しています。例えば、「主として住居の用に供される地域」では、昼間は55デシベル以下、夜間は45デシベル以下というように。また、騒音レベルを評価するには、騒音が1年間を通じて平均的な状況を示す日を選び、時間区分ごとの全時間を通じた等価騒音レベルをもとにすると定められています。法的には、この基準をクリアできない場合に「騒音公害」ということになりますが、実際には、基準値以下でも多くの苦情が寄せられるケースがあります。

【Q&A目次に戻る】


質問 ジャマンの干渉計を使って空気の屈折率の測定をしたとき、実験で得られたs-Pグラフが直線となる理由を式を用いて説明しろといわれたのですが、ジャマン干渉計は古い実験法らしく文献に載ってません。よろしければ教えてください。【古典物理】
回答
 「ジャマン干渉計」とは、フランスの物理学者ジャマン(J.C.Jamin)が1856年に考案した2光線干渉計で、レーザー分光学に利用されるマッハ−ツェンダー干渉計の原型となるものです。こんにちでは、屈折率の測定のほか、流体実験や伝熱・流れの可視化に用いられています。
qa_fig94.gif
 気体屈折率の測定に用いられる古典的なジャマン干渉計は、上図のような仕組みになっており、光源(水銀ランプなど)から発せられた単色光線を平行平面板1によって2つに分け、その一方を容器内に封入された試料気体の中を透過させた後、平行平面板2で再び一緒にして生じる干渉縞を観察するというものです。実際の測定には、光路差を微調整する補償板を挿入し、干渉縞(ブルースターの干渉縞)が観察できるようにこれを回転させるという手法が用いられますが、ここでは、補償板を使わない簡便な方法を紹介します。2つの平行平面板は完全に平行ではないため、くさび形のガラス板のケースと同じく、明暗の縞模様が観察されます(下の図1)。平行平面板や補償板の回転、試料気体の気圧変化などによって光路差を変えると、この縞模様が移動しますが、中央を通過する縞の本数sを数えることによって、さまざまな測定が行えます。
qa_fig95.gif
 光路差Δは、光線が平行平面板で分離されてから再び重ね合わされたとき、もともと同一だった波面の間に生じる間隔と見なすことができます(上の図2)。したがって、これが波長λの整数倍になっていれば、2つの光線が干渉によって強めあい、明線が観察されます。この条件は、sを整数として、
  sλ=Δ
と表されます。
 一方、容器に封入された気体を透過するときの光路は、屈折率によって変化します。屈折率nの気体内部で光の波長は真空中の値λからλ/nに変化するので、光にとっては、進む距離がn倍に伸びたことになります。従って、容器の内のりをLとすると、屈折率1の真空の場合と比べて、屈折率がnになったときの光路の変化は、
  (n−1)L
となります。容器が真空のときの2つの光線の光路差をΔ0とすると、屈折率がnのときに明線が観察される干渉条件は、
  sλ=(n−1)L+Δ0
で与えられます。
 一方、気体の屈折率nは密度に(ほぼ)線形に依存することが知られています。理想気体の状態方程式より、密度は(圧力P)/(絶対温度)に比例しますが、温度を一定に保つ実験条件の下では、
  n=1+αP (α:定係数)
として良く、干渉条件は、
  sλ=αPL+Δ0
となります。したがって、
  ds/dP=αL/λ
となり、圧力と中央を通過する明線の本数は線形関係にあることが分かります。

【Q&A目次に戻る】


質問 相対速度とは何か? 力のつり合いとは何か? スカラーとベクトルの違いは何か? この3つがいまいち分からないので、詳しく教えてください。【古典物理】
回答
 「相対速度」「力のつりあい」「スカラーとベクトル」は、いずれも古典力学の基本的な概念ですが、物理学の授業などでは、必ずしも明確に解説されていません。
 相対速度は、基準となる座標系での物体の速度を意味します。近代以前の科学者は、物体の運動速度は、大地のような固定系に対するものとして絶対的に決定できると考えていました。しかし、現実には、地球は自転・公転しており、さらに、太陽系を含む銀河系も回転しながら大宇宙を移動しているので、「絶対的な運動速度」を語ることはできません。そこで、適当な基準座標系を決めて、この座標系での位置座標の時間変化を(座標系に対する)相対速度と定義することにします。座標軸を別の物体に固定すれば、相対速度は、この物体から“見た”運動物体の速度になります(多くの場合、相対速度という語は、この意味で使用されます)。新幹線の中で松坂投手がキャッチボールをするとき、速球のスピードが時速150kmだというのは新幹線(に固定した座標系)から見た相対速度で、新幹線がボールと同じ向きに時速200kmで走行していれば、地上(に固定した座標系)から見てボールは350kmで飛んでいるわけです。
 相対速度を操作的に定義することが可能かどうかは、1905年にアインシュタインによって検討されました。彼は、正確な時計と光信号をやりとりする装置を用いた思考実験によって、個々の座標系で相対速度を厳密に決定することは可能だが、異なる座標系の相対速度は単純な加法則で結びついていないことを示しました。例えば、ある座標系における物体Aと物体Bの相対速度をそれぞれvA、vBとすると、物体Aから見た物体Bの相対速度は、vB−vAにはなっていません。これは、特殊相対性理論の帰結です。
 力のつりあいとは、物体に作用する力の総和がゼロになっている状態を指します。ニュートンの運動方程式によれば、力がつりあっているときには物体の加速度はゼロになるので、物体は静止または等速度運動をすることになります。ただし、実際には、物体に加わっている全ての力を外部から決定するのは困難なので、物体が静止または等速度運動をしているときに、「この物体に加わる力はつりあっている」と判定されるのが普通です。大きさを持った物体が静止している場合、任意の微小部分について(圧力・摩擦力・弾性力などが)つりあっていると解釈されます。運動状態が与えられてはじめて力が決まるという点をもとに、「力の定義には曖昧さがある」という主張が19世紀にマッハらによって展開されたこともありますが、量子力学の形成とともに力の概念そのものが大幅に変更されたので、批判自体が無意味になってしまいました。
 スカラーとベクトルの違いの説明は、少し厄介です。数学では、1つの実数で表される量をスカラー、線形演算の規則を満足する数の組をベクトルと定義していますが、物理学では、それだけではなく、座標変換に対して変化しない量をスカラー、座標と同じ形で変化するものをベクトルと称するのが一般的だからです。例えば、エネルギーは、1つの実数で表されるので数学的にはスカラー量ですが、運動エネルギーの値は座標系によって異なるので、物理学ではスカラーに分類しません。相対論的力学では、エネルギーと運動量を併せた4つの数の組を「4元ベクトル」と見なしています。厳密に言えば、速度もベクトルではなく、単なる3つの数の組でしかありません。また、磁場Bjもベクトルではなく、2階のテンソルの成分だとされます。もっとも、それほど厳密に考えずに、空間の中で向きを決められるのがベクトル、決められないのがスカラーだという簡便な(しかし誤った)定義で済ませても、ニュートン力学の範囲ではあまり問題は起きません。

【Q&A目次に戻る】




©Nobuo YOSHIDA