質問 インフォメーションテクノロジー(IT)について教えてください。【技術論】
回答
 近頃は、新聞やテレビでITという文字を見ない日がないほどこの言葉が流行していますが、それではITとは何かと改めて識者に問うても、一致した答えは得られないでしょう。米商務省は、"The Emerging Digital Economy"という報告書でIT関連産業を新たに分類していますが、そこには、パソコンや携帯電話だけではなく、カメラやテレビのような製品の製造も含まれており、どこまでをITの範疇に含めるかという点で必ずしもコンセンサスがないことを示しています。
 ごく大ざっぱにまとめれば、IT(Information Technology; 情報技術)とは、デジタル・プロセッサ内蔵機器と通信回線のネットワークを組み合わせて、大量の情報を高速に処理・伝達する技術の総称と言えるでしょう。現時点では、コンピュータとLAN(Local Area Network)ないしインターネットがITの中核をなしており、データの交換や電子商取引の道具として広く利用されるに至っています。また、i-modeの登場によって、個人レベルのデータ交換における携帯電話の役割が急拡大しつつあり、将来的には、「ワンチップ・ケータイ」(携帯電話の機能を1枚のICチップにまとめたもの)をテレビ・エアコンなどの一般家電に組み込んで、家庭内でのパーソナル・ネットワークが実現されるかもしれません。また、近いうちにTV放送も完全デジタルに移行し、「空からデータが降ってくる」という時代が訪れることも予想されます。
 ITがもたらす最大の変革は、情報の探索・収集・加工・伝達が、社会の枠組みや物理的距離を超えて、迅速に低コストで実現できるようになるという点です。例えば、生産力の小さな町工場は、これまで自力で製品の販路を開拓することができず、大企業の系列に組み込まれてしまいがちだったのですが、情報ネットワークを利用することにより、遠隔地の企業と少量売買の契約を容易に取り交わせるようになるので、「下請け−孫請け」という系列構造が次第に崩れていくとも考えられます。うまくいけば、自由競争による生産性の向上と地方経済の活性化につながるでしょう。また、企業や自治体の情報開示のあり方も根本的な変革を迫られるでしょう。社会に重要な影響を与える情報はインターネット上での公開を余儀なくされ、E-mailなどを通じて市民の意見が直ちにフィードバックされることも考えられます。これもうまくいけば、民主主義的な意思決定システムの定着へと導いてくれるかもしれません。
 もっとも、ITは直ちに効果を現す特効薬という訳ではありません。アメリカでは、ITを導入した企業で必ずしも生産性が向上していないという報告があります(労働生産性の伸び率は、ITが導入された90年代にかえって低下しています)。実際、それまで職人芸によって行われてきた作業を機械が実行できるようにプログラミングするのは莫大な労力と時間を要しますし、頻繁にフリーズするコンピュータの保守・点検に優秀な人材が駆り出されていたのでは他の仕事がおざなりになってしまいます。日本では、コンビニを電子商取引の拠点にしようという動きもありますが、すでに実験的に導入している店舗では、アルバイト店員が端末操作を覚えきれずにトラブルになるケースが少なくないようです。このほかにも、さまざまなネット犯罪の危険性に晒されることも覚悟しなければなりません。ITを導入しても、良いことずくめではないのです。
 ITとは、所詮(かなり扱いにくい)道具にすぎず、どの情報をいかに処理すべきかは、最終的には、人間の判断に委ねられることを肝に銘じる必要があるでしょう。

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質問 以前のQ&Aで燃料電池車について答えていましたが、燃料の水素を作る過程の電力と、走行(発電)時の電力は効率やコストの面で見合ったものなのですか?また、エタノール改質方式で加熱して云々とありますが、その時の消費電力はバッテリーから取るのでしょうか?いくつかの解説ページを見ましたが、どこも反応式だけ書いて済ませたり、改質の部分の詳細がありませんでした。【技術論】
回答
 大手自動車メーカーが2003〜4年の実用化を目指してしのぎを削っていることもあって、燃料電池車の技術は日進月歩です。ここでは、1999年までの技術情報を元にお答えします。
 水素ガスを燃料とする燃料電池車は、排気ガスとして水蒸気しか発生せず、化学エネルギーを電気エネルギーに変換する効率もかなり高い(45〜60%程度)ので、「究極のクリーン・カー」と呼ばれています。しかし、水素ガスを貯えるには巨大なタンクを車に搭載しなければならないため、多くのメーカーは、メタノールやガソリンのような炭化水素系燃料を車上で水素に改質する方法を開発しています。
 ダイムラー・クライスラーやGMは、メタノール改質燃料が本命になると見ているようです。以前は、メタノール改質器で水素を作るには、550℃以上に加熱しなければならなかったのですが、技術改良により、触媒を利用すれば280℃程度の水蒸気を使って改質できるようになりました。高温で作動するリン酸型燃料電池の場合、加熱には、燃料電池自体が発生する熱を利用することができます(温度の低い固体高分子型燃料電池では、水素を燃焼させて高温の水蒸気を作らなければなりません)。ただし、メタノール改質器は、大きくて重いという欠点があります。メタノール燃料電池車の効率はそれほど高くなく、1997年にトヨタ自動車が開発したシステムでは、総合平均効率が37%でした。この効率レベルは、アイドリングなどによるエネルギー損失の多い内燃機関だけの自動車の15%よりは高いものの、内燃機関と蓄電池を組み合わせたハイブリッド・カーと比べるとあまり差がありません。エネルギー当たりのメタノールのコストがガソリンの2倍程度すること、触媒として高価な白金を多量に使用しなければならないことを考慮すると、メタノール車はかなり割高になると言えます。
 一方、ガソリンを水素に改質する方法も、ダイムラー・クライスラーなどで開発されています。ガソリンの改質にも高温の水蒸気が必要ですが、起動時にはバッテリーを利用し、それ以降は、水素の一部を燃焼させて高温の水蒸気を作り出します。加熱過程でエネルギーを消費するため、ガソリン燃料電池車の総合効率は33%程度にしかなりません。また、ガソリンに含まれるイオウなどの不純物によって、電極の性能が劣化することも深刻な問題です。改質ガスを高温・高圧にしてパラジウム膜を通し脱硫する方法も開発中ですが、コストがかなりかさみます。
 いずれにせよ、燃料電池車が普及するには、もう少し効率やコスト面での改善が必要となります。
【参考文献】A.J.アプルビー『究極のクリーン自動車』(日経サイエンス、1999年10月号)

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質問 トミマツ・サトウ型時空解とはどんな物なのですか?【現代物理】
回答
 物質の周囲に生じる時空のひずみとしての重力場を記述するアインシュタイン方程式は、リーマン・テンソルの10の成分に関する複雑な非線形偏微分方程式となるため、数学的に解くことはきわめて難しく、その厳密解は数えるほどしか見つかっていません。孤立した質量が作る重力場の厳密解として最初に発見されたのは、シュヴァルツシルト解と呼ばれるもので、静止した球対称の質量が作る定常的な解でした(Schwarzschild 1916)。シュヴァルツシルト解は、重力が弱い領域で近似的にニュートンの重力理論と一致します。1917年にはワイル(Weyl)が、シュヴァルツシルト解を一定の方向に特殊なやり方で変形した軸対称で定常的な特殊解(ワイル解)を見いだしましたが、多くの奇妙な性質があり、実在する重力場を記述するものかどうかはっきりしませんでした。現実的な厳密解は、それから半世紀近くを経た1963年に、漸くカー(Kerr)によって発見されます。カー解は、軸の周りに一定の角速度で回転する球対称の質量が生み出す重力場を表すもので、電荷を帯びていない天体が重力崩壊を起こしてブラックホールになる場合、初期条件がどのようなものであろうと、周囲の重力場はカー解に漸近すると考えられています。
 さて、1973年に京都大学の冨松彰と佐藤文隆が発見したトミマツ・サトウ解は、ワイル解を軸の周りに回転させたもの、あるいは、カー解にワイル解と同様の変形を施したものになっています(逆に言えば、トミマツ・サトウ解の特殊なケースがワイル解やカー解になっているのです)。4つの解の間の関係は、次のようになっています。
シュバツルツシルト解−(回転)カー解
(変形)一般相対論の厳密解(変形)
ワイル解−(回転)トミマツ・サトウ解

 トミマツ・サトウ解の際だった特徴は、一般に「裸の特異点」が存在することです。他の解の特異点(重力場が無限大になって方程式が破綻する点)は、その内側からは光すら脱出できないという「事象の地平線(event horizon)」の“向こう側”に位置しているため、特異点を直接観測することは不可能です。しかし、トミマツ・サトウ解の場合は、事象の地平線の外側にリング状の特異点が存在しており、そこから放出される強力な重力波が観測できると予想されています。多くの物理学者は、特異点の近傍では量子効果が強くなり、アインシュタイン方程式では記述できない現象が生じるのではないかと考えていますが、トミマツ・サトウ解に見られるような「裸の特異点」が宇宙のどこかに実在すれば、こうした疑問に対して実証的に答えることも可能になるかもしれません。
 ただし、現在の宇宙物理学の流れを見ると、トミマツ・サトウ解は一般相対論の“鬼っ子”として扱われているようです。ブラックホールの研究では、「裸の特異点は存在しない」という天下り的な仮定を置いて、ホール近傍の重力場をカー解で代表させるのが一般的であり、トミマツ・サトウ解は(宇宙の歴史が周期的に繰り返されるゲーデル解などと同様に)非現実的な数学的虚構にすぎないというのが大方の見解です。

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質問 相対性理論の要請から、重力の伝わる速度も、自然界の最高速度である光速度になるのだと聞きましたが、実際に「重力の伝わる速度を観測する実験」は、あり得るのでしょうか?【現代物理】
回答
 重力の伝わり方にはいくつかのタイプがあり、ニュートンの逆2乗則に(近似的に)従う重力ポテンシャルの変化は、必ずしも一定の速度で伝播するというわけではありませんが、重力場の振動が伝わるという「重力波」は、電磁波と同様に真空中を光速で伝わっていくと予想されています(Einstein 1916)。
 観測装置によって検出可能な重力波は、超新星爆発やガス雲のブラックホールへの崩壊など、巨大な質量移動を伴うプロセスによって発生します。遠方で起きた超新星爆発は、現在、電磁波やニュートリノ(質量・電荷がなく他の物質とほとんど相互作用しない素粒子)を捉えることによって観測していますが、これらとともに重力波を検出してその増減を他のデータと比較すれば、伝播速度についての知見が得られるはずです。
 残念ながら、重力波はきわめて微弱であるため、多くの実験物理学者の努力にもかかわらず、いまだに検出されていません(検出に成功すれば、確実にノーベル賞を受賞できます)。現在、3億6千万ドルをかけてアメリカで進められているLIGO(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)計画では、ルイジアナ州とワシントン州に建設された差し渡し4kmの干渉計を使って、2001年までに重力波を検出しようとしています。これは、重力波が到達すると、空間計量が変化するために干渉計の鏡の間隔が周期的に変動し、干渉縞に変化が現れるという性質を利用したものです(下図)。ただし、熱雑音をはじめとしてさまざまなノイズが混入するため、信頼できるデータを得るのは難しいのではないかという見方もあります。
qa_fig66.gif

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質問 ヒトゲノム計画のDNAはいったい誰の物なのでしょうか?比較する対象が必要だから、一人じゃないですよね。またどうしてその人達が選ばれたのか疑問があります。人種や性別によっても違うでしょうし、遺伝病などは必ず発病するとは限らないでしょうから、解析結果からバラツキが出ると思うんですが、違うのでしょうか?【その他】
回答
 1990年に始められ2003年に解読完了を目指している「ヒトゲノム計画」では、国際コンソーシアム方式が採られており、まず世界中の研究者が自分の手に入る試料を使ってゲノム解読を進め、その解析結果を突き合わせて、個人ごとの変異や読みとりミスを除いた標準的なゲノムのデータベースを作ろうとしています。その後、こうした標準ゲノムをもとに、遺伝子が関与する疾病(ガンや高血圧なども含みます)を発症している人はどの遺伝子が変異しているか、SNP(1塩基変異多型;遺伝子の1つの塩基だけが別のものに置き換わった変異)と体質の関係はどうなっているか、地域集団ごとにどの程度の変動があるかなどを調べていくことになります。
 これまでゲノム解読に利用されてきたのは、主に研究用に提供されている培養細胞株( cell line )のライブラリです。培養細胞株とは、病院や研究施設で(通常は被験者の同意の下に)採取された細胞を、いつまでも増殖できるように不死化(ガン化)して培地上で培養しているものです。例えば、1994年に行われた"National Health and Nutrition Examination Survey"では、アメリカ人の健康統計を得る目的で17000人以上の被験者から血液が採取され、これをもとに8000以上もの培養細胞株が作られています。こうした培養細胞株は、医学・生理学のさまざまな分野で利用されるため、(プライバシーが侵されないように配慮した上で)ライブラリとして豊富に用意され、研究者に供されています。ヒトゲノム計画の研究者は、こうした細胞株を手近な機関から入手して解読を行っているのです。
 ただし、実際にゲノム解読に使われた細胞株の種類は、あまり多くないようです。ゲノム解読を行うには、まずDNAをさまざまな部分で分割して得られる小断片の塩基配列を調べ、その上で、重複する部分のデータをもとにしてDNA全体の配列を再構成しているのですが、異なる細胞株を使って解読を進めていると、遺伝的な変異のために重複部分の配列が共通でなくなり、再構成が難しくなるからです。具体的に何人分の細胞株が使われたかはっきりとはわかりませんが、解読されたゲノムは6〜10人分のDNAをモザイク状につなぎ合わせたものになっているとのことです。
 遺伝子の変異は集団ごとに特徴があるため、信頼できるデータベースを作るためには、各集団別にDNAの試料を集めて、それぞれについてゲノム解読を進める方が好ましいと言われています。例えば、アフリカ人は一般に他の民族よりも遺伝的変異が多く、ヨーロッパ人には稀な変異を持っているにもかかわらず、現在の研究状況では、アフリカ人のサンプルは相対的に僅かしか用いられていないため、遺伝的変異についての完全な情報が得られていないと考えられます。このため、アフリカン、アジアン、ヨーロピアン、ネイティブ・アメリカンから100〜500人ずつ細胞を採取して遺伝的変異を調べようという計画もありますが、これには倫理的・社会的・法的問題が絡むため、なかなか実現できないようです。
 なお、ヒトゲノム計画を出し抜いて2000年6月26日に「ヒトゲノム解読完了」を宣言した米バイオ・ベンチャーのセレーラ・ジェノミクス社の場合は、まず1人の人間のゲノムを完全に解読するという方針が採用されました(その人物が誰で、どのようにして選ばれたかは、公表されていません)。ベンター社長の会見によると、今後さらに5人分の解読情報を追加して、個人による配列の変異を明らかにしていくとのことです。こうしたやり方に対してヒトゲノム計画の研究者から「拙速主義」だとの批判が寄せられていますが、まずゲノムの全体像を明らかにすることが重要だという見方もあります。

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質問 キューブミラーって言う鏡がありますよね?その鏡に映った真ん中の像はなぜ逆さまで、鏡を動かしても動かないのですか?【古典物理】
回答
 キューブミラーないしコーナーキューブと呼ばれる鏡は、プリズムや反射鏡を組み合わせて光を入射方向によらず元の方向に反射するもので、図1のように、立方体の一隅を切り取った形をした互いに垂直な3つの反射面を持っています。図のABC面から入射した光は、3面で1回ずつ反射して再びABC面から出ていきます。
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 この鏡が作る像がどのようなものになるかを考えるために、各反射面が、それぞれxy,yz,zx面になるような座標系を考えます。xy面(z=0の面)で反射された像は、元の物体のz座標の符号を反転したものになります(図2)。したがって、3面で反射された光線が作る像は、元の物体の全ての座標が反転されたもの、すなわち、キューブミラーの頂点に対して点対称の図形になります(図3)。したがって、像は逆さまになり、頂点の位置を変えなければ鏡を回転させても像の位置は動かないことになります。
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 精度の高いキューブミラー(各面のなす角度の誤差が1"以下)は、光を元の方向に反射する性質を利用して、干渉計の反射鏡として用いられます。また、地球からのレーザー光線を再び地球に向けて反射するために、アポロ計画の際に月面に設置されたことでも知られています。

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©Nobuo YOSHIDA