質問 よく植物に音楽を聴かせると植物が喜んで、より成長すると言われていますが、植物にいわゆる、人間のような意志、感情というものはあるのですか?【その他】
回答
 人間の意志や感情がどのようなメカニズムで生じているか、現代科学でも解明できてはいませんが、多くの科学者は、脳における神経組織の電気的な興奮が主要な役割を果たしていると主張しています。実際、悲しいビデオを見たり安らかな音楽を聴いたりして一定の感情を持つようになった被験者の脳波(大脳皮質表面にあるニューロンの興奮の程度を表す)を測定すると、そのときの感情と脳波のパターンの間に緊密な相関があることが判明しています。こうしたことから、人間が抱くような意志や感情は、ネットワークを形成している神経の組織的な活動を通じて生じていると考えても良いでしょう。
 よく知られているように、植物には高等動物の中枢神経系に相当するネットワーク状の神経組織はありません。植物の生体内における情報伝達は、植物ホルモンのような水溶性の化学物質を利用しており、特定の部位(例えば、茎の日の当たっている側など)でこうした化学物質を分泌することによって、形態形成や環境への適応を行っています。植物の中には、人間の脳でも使われているグルタミン酸塩を利用したり、生体内で数十ミリボルト程度の電圧変動を発生させているものがありますが、いずれも、動物の神経のようにネットワークを用いた情報の伝達・交換を実現しているわけではありません。したがって、植物がたとえ意志や感情を持っているとしても、人間のものとは全く異なっていて類推を許さないと言えるでしょう。
 ちなみに、脳挫傷などの患者が陥る(俗に言うところの)「植物状態」は、大脳皮質がパッチワーク状に壊死しているものの、脳幹の大部分と大脳皮質の一部は機能している状態で、臨床的にも、動く物体を目で追ったり痛みに顔をしかめるなど、植物とは全く異なった「動物的な」様子を示します。昏睡状態のときでも脳幹は休むことなく身体の調節を行っているので、植物になぞらえることはできません。
 それでは、音楽を聴かせると植物の生育が良くなるという話は、どのように説明すれば良いのでしょうか。もちろん、音楽を聴かせるほど慈しんで育てているので、施肥や水遣りもきっちりしているだけなのかもしれませんが、もう少し科学的な解釈として、音楽による適度の振動が植物体に好影響を与えていることも充分に考えられます。人間の耳に聞こえる数十〜数千ヘルツの音波の振動は、単に聴覚神経を通じて知覚されるだけではなく、生体に何らかの物理的・化学的作用を及ぼす可能性もあるのです。例えば、日本酒の醸造の際に音楽を流したところ、酒の味が微妙に変化したという報告がありますが、これは、音楽の振動によって、麹菌が吸収する養分や産生される酵素の濃度分布が変化したためだと推測されます。杜氏(とうじ)は、経験をもとに樽を攪拌して麹菌が適度に活性化するようにしていますが、もしかしたら、音楽でこれと同様の効果が実現されるかもしれません。
 興味深いことに、人間の耳に心地よいベートーヴェンやモーツァルトの音楽は、音のスペクトル分布が振動数に反比例する「1/fゆらぎ」を示しています。「1/fゆらぎ」は、そよ風の変動や安静時の心臓の拍動にも見られるもので、最も自然なゆらぎとも言われています。こうしたゆらぎを含んだ振動の連なりである音楽が、植物の生育に好ましい影響を与えたとしても、決して不思議ではないのです。

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質問 通信方式で、スペクトラム拡散方式とはどういう方式ですか?CDMA及びTDMAについても教えていただければ幸いです。【技術論】
回答
 従来の(アナログ)無線通信では、電波の干渉を避けるために使用可能な周波数帯域が細かく分割され、各ユーザは割り当てられた狭い範囲で送受信を行っていました。政府は電波を有限な資産として管理下に置き、通信・放送を行うには特定の周波数を使用するための免許が必要だとしてきました。しかし、近年の爆発的な携帯電話ブームなどによって無線通信の需要が増大してくると、こうした周波数分割の手法では対応しきれません。そこで利用されるようになったのが、ご質問にあるさまざまなデジタル技術です。
 スペクトラム拡散(spread spectrum)方式とは、伝送信号を幅広い周波数帯域に拡散させて通信する手法の総称です。その原型になったのは、第二次大戦中にハリウッド女優(!)のラマールらが開発して米軍に無償供与した「周波数ホッピング方式」と呼ばれる技術で、敵の傍受を防ぐために、通信機が絶えず周波数帯を変更しながら情報を少しずつ送るというものでした。この手法は、当初は、通信機があまりに複雑になるために実用的でないと考えられていましたが、こんにちでは、デジタル技術の進歩によって、細かく分割されたデータパケットをさまざまな周波数で伝送することが可能になっています。ノイズなどによって一部のパケットが紛失したときにはその部分だけ再送信してもらうことも可能なので、通信の信頼性がきわめて高くなります。
qa_fig34.gif  近年、「周波数ホッピング方式」に代わる新しいスペクトラム拡散方式として利用されているのが、「直接拡散変調方式」です。これは、デジタル信号プロセッサの力を借りて、送信したいデジタル・メッセージを特定のビット列でコード化し、元のメッセージの1ビットを異なった周波数で送信するという方式です(右図)。これにより、周波数に影響を与える電波妨害やノイズ、マルチパス効果(ビルや地表、大気層境界での反射などによって異なる経路を辿った電波が重なって受信される効果)に強い高品質の通信が可能になります。
 スペクトラム拡散を応用したものには、レ−ダ−技術、ナビゲ−ションシステム(GPS方式)、移動体通信(CDMA方式)などがあります。
qa_fig35.gif  スペクトラム拡散方式が主に信頼性の向上を実現するための技術であるのに対して、限られた帯域でできるだけ多くのユーザが通信を行えるようにすることに力点を置いたのが、多重アクセスに関する技術です。
 従来は、複数のユーザに異なる周波数を割り当てる周波数分割多重アクセス(frequency division multiple access; FDMA)が採用されていました。受信側は、周波数を切り替えることによって(ラジオで選局する場合のように)信号を選択することができます。しかし、干渉を避けるために帯域に隙間を設けなければならないこともあって、この方式では、充分に多くのユーザを受け入れることができません。
 そこで開発されたのが、時分割多重アクセス(time division multiple access; TDMA)と呼ばれる方式で、一部の移動体通信で利用されています。この場合、各モバイル端末は、1ミリ秒より短いスロット(時間帯)を繰り返し割り当てられ、その間に圧縮したデジタルデータを送受信することになります。基地局はどの端末がどのスロットを使用しているかを知っているので、それぞれの信号を分割して正しい送信相手に送ることができます。
 こんにち、多くの携帯電話やPCS(米国版PHS)の会社が採用しているのが、スペクトラム拡散方式の応用としてクアルコム社が開発した符号分割多重アクセス(code division multiple access; CDMA)です。これは、各モバイル端末ごとに割り振られた固有のビット列で元のデジタル・メッセージをコード化し、広い周波数帯域に拡散して送信するものです。基地局は、受信した信号全体をチェックして各携帯端末の固有ビット列との相関を調べ、どの端末から送信されたかを割り出します。
 将来的には、こうしたデジタル通信技術を使って、LANやインターネットも電波を幅広く利用するようになると予想されます。

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質問 花粉症のメカニズムを教えて下さい。【その他】
回答
 花粉症とは、花粉を原因物質(アレルゲン)とするアレルギー反応で、一般にアレルギー性の結膜炎と鼻炎を引き起こし、目のかゆみとクシャミ・鼻水・鼻づまりなどの症状をもたらします。
 アレルギーとは、本来は体内に侵入した異物を排除するはずの免疫機構が、スギ花粉やピーナッツなどの無害な原因物質に過剰に反応して、結果的に自身の組織を傷害してしまう病気で、先進国では人口の20%以上が何らかのアレルギー疾患を抱えていると推定されています。なぜアレルギーがこれほど多く存在しているかはよくわかっていませんが、アレルギー反応を引き起こすのが寄生虫と戦う防御システムであり、寄生虫の多い地方ではこの種の疾患が少ない(例えば、インドネシアのカリマンタン島では、アトピー性皮膚炎や喘息、花粉症がほとんど見られない)ことから、寄生虫との接触が減ったことが免疫系の不適切な動作を引き起こしているという説があります。
 アレルギー反応は、次のような段階を経て発症します。
  1. 感作 : 体内に侵入したアレルゲンをマクロファージと呼ばれる細胞が取り込み、そこで得られた情報を元に、Bリンパ球が特定のアレルゲンに結合する抗体(免疫グロブリンE;IgE)を作るようになります。こうして作られたIgEは、組織中のマスト(肥満)細胞や血液中の好塩基球の表面にあるレセプターに結合します。感作は次にアレルゲンが侵入したときのための準備で、この段階では、まだ病的なアレルギー反応は起きません。
  2. マスト細胞の活性化 : 感作後に侵入したアレルゲンがマスト細胞表面の抗体2個と結合すると、細胞内のいくつもの酵素が活性化されて、ヒスタミンやロイコトリエンなどさまざまな化学伝達物質が放出されます(下図)。これらの物質がアレルギー症状の原因になります。
  3. アレルギー反応 : 放出された化学物質は、近傍の組織に作用してさまざまな症状を引き起こします。例えば、ヒスタミンの持つ生物学的活性とそれによる症状には、次のようなものがあります:気管支収縮(→喘鳴、呼吸困難)、血管拡張(→局所的発赤)、小血管の透過性亢進(→組織の腫脹)、神経末端の刺激(皮膚のかゆみと痛み)、気道粘液産生(→気道内腔の閉塞)。
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 花粉症のアレルゲンとしてはスギ花粉が最も有名です。それ以外にも、ブタクサ・力モガヤ・ヨモギといった雑草や、ヒノキの花粉などがアレルギー反応を引き起こします。スギ花粉症の患者の60%がヒノキの花粉にも反応したという報告もあり、1種類の花粉にだけ反応する人はむしろ少ないようです。
 花粉症に罹りやすいのは、遺伝的にアレルギー体質の人ですが、それ以外にも、空気中の汚染物質・ストレス・食生活など多くの要素が花粉症の蔓延に関与していると考えられています。
 花粉症の治療法としては、体内の抗体を減らす「減感作療法」や免疫状態を変える「免疫療法」などが実施されていますが、必ずしも決定的なものではなく、現状では、抗ヒスタミン剤やステロイドなどを処方する対症療法が中心となっています。抗ヒスタミン剤を服用すると20〜30%の患者に眠気やだるさなどの副作用が現れると言われていましたが、、最近は副作用の少ない良い薬が出ていますので、毎年花粉症に悩まされる人は、シーズン前に早めに専門医に相談することをお勧めします。

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質問 宇宙論では「初期の宇宙は無限の密度と温度を持っていた」と表現されています。しかし、熱運動する粒子の速さは光速を上限とするので、「最高温度」というものが存在しそうなのですが、どうなのでしょうか。【現代物理】
回答
 構成粒子が光速に近い速度で運動している場合の温度は、相対論的な統計力学を使って計算しなければなりません。例えば、ビッグバン直後の数秒間は、電子・陽電子・光子などが互いに衝突しながら自由に飛び回っているので、「気体分子運動論」の公式が利用できますが、このときの電子のエネルギーは、非相対論的な熱力学で使われる
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ではなく、相対論的な式:
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で表されることになります。途中の計算は省略します(興味のある場合は、ランダウ=リフシッツ『統計物理学』§58などを参照してください)が、粒子の平均速度が光速に近いような“超”相対論的な気体の場合、断熱過程におけるエネルギー密度ρは、圧力pの3倍に等しく温度Tの4乗に比例することがわかります。式で書けば、
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一方、宇宙が一様・等方だと仮定してアインシュタイン方程式に当てはめると、宇宙の大きさを表すスケール・パラメータRとpおよびρが次の関係式を満たすことが知られています(これは、どの宇宙論の教科書にも載っている有名な式です):
qa_fig31.gif
これらを組み合わせれば、
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という関係が得られ、宇宙が小さい極限(R→0)ではエネルギー密度と温度が無限大になることがわかります。

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©Nobuo YOSHIDA