質問 東海村で起きた臨界事故について。臨界とは、どういうことを言うのですか?また、放射線が生物に与える影響について、教えて下さい!【環境問題】
回答
 1999年9月30日、茨城県東海村にある民間ウラン燃料加工会社(JCO)で起きた臨界事故は、少なくとも数十人が被曝し、周辺住民30万人が屋内非難をするという、日本の原子力開発史上最悪の事故となりました。事故原因や原子力産業に与える影響については別の機会に譲ることにして、ここでは、臨界の意味と生物への影響に限って説明したいと思います。
 ウラン235の原子核(92個の陽子と143個の中性子が併せて235個集まった塊)は、中性子をぶつけると、大きなエネルギーを持った2つの塊に「分裂」することが知られています。分裂した破片は、放射性のヨウ素やセシウム、ストロンチウムなどの俗に「死の灰」と呼ばれる放射性物質で、これが環境中に放出されると放射能汚染をもたらします(「放射能」とは、厳密には「放射線を出す能力」のことですが、しばしば「放射性物質」と同じ意味で用いられます)。また、分裂の際に2〜3個の中性子が飛び出してきますが、これも放射線の一種で、人体に大量に当たると放射線障害を引き起こします。
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(動画gifを使っています。アニメ再生可能なブラウザで見てください)
 天然のウラン鉱石には、核分裂を起こさないウラン238やウラン234などが大量に混ざっているので、核分裂が持続することはありませんが、人為的にウラン235の濃度を高めた「濃縮ウラン」では、あるウランの核分裂で飛び出した中性子が別のウランにぶつかってこれを分裂させ、さらにそこから出た中性子が、また別のウランに当たって…というように次から次へと核分裂が連続して起きることがあります。これを「連鎖反応」と言います。
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 連鎖反応の様相は、あるウランから飛び出した中性子のうち、平均何個が他のウランを分裂させるかによって全く異なったものになります。例えば、平均2個の中性子が核分裂を引き起こすとすると、最初1個のウランが分裂してから、2個→4個→8個→…と指数関数的に増えていき、最終的には膨大なウランが一度に分裂して巨大なエネルギーを放出するようになります。これが、原子爆弾での連鎖反応です。一方、平均1/2個の中性子がウランを核分裂させる場合は、最初100個のウランが核分裂したとしても、50個→25個→…と減り続けて、すぐに連鎖反応は終息してしまいます。他のウランを分裂させる中性子数は、ウラン235の濃度やウランを取り囲む素材の材質によって変化しますが、この値がちょうど1になって、常に同じ個数のウランが分裂し続ける状態を「臨界状態」と言います(「臨界」とは、物理的な性質が変化する「ギリギリの境目」という意味です)。原子力発電では、制御棒の出し入れなどによって、この臨界状態を持続させて、常に一定のエネルギーを取り出すようにしています。
 東海村の臨界事故では、ウラン235の濃度を高める工程で、原子炉等規制法に違反する作業を行ったために、核燃料が臨界状態に達してしまったと考えられます。通常の臨界事故では、持続的な核分裂によって生成される巨大なエネルギーのために容器が破裂して核燃料がバラバラになり、それ以上は核分裂が起きなくなります。 qa_fig21.gif ところが、今回は、上部に開いていたウラン注入口から「ガス抜き」が行われたために容器が破裂しなかった上、容器を包み込むように流されていた冷却水が反射鏡の役割をして中性子が容器内部に暫く飛び交ってウランの分裂を引き起こしたため、「臨界状態」が10時間以上も継続するという世界の原子力開発史上でも異例の事態になった訳です。
 この事故による被害には、どのようなものがあるでしょうか。問題は2つに分けて考える必要があります。
 まず、核分裂によって生じる放射性物質(放射性のチリとガス)が環境中に飛散すると、そこから出るγ線やβ線のような放射線が健康を害する可能性があります。ただし、発電中に生成される大量の「死の灰」が貯まっている原子炉と異なって、今回のケースでは、臨界状態になったときに微量の核分裂生成物が生じただけであり、しかも、その大半が施設内に止まったと考えられるので、「放射能漏れ」による直接的な被害はごく軽微なものと予想されます。周辺で栽培されている農作物を食べても何の問題もなく、むしろ風評被害の方が深刻な影響を与えることになりそうです。
 一方、核分裂の際にウランから飛び出し、容器壁を突き抜けて外部に出ていった中性子の影響は、決して小さなものではありません。ウラン濃度を高める作業を行っていたJCO従業員2名は、この中性子を浴びて重度の放射線障害を受けました。また、臨界状態が続く中で現場に駆けつけた他の従業員や救急隊員も中性子線被曝をしており、長期的に見たときの健康への悪影響が懸念されます。科学技術庁の推定では、現場から270m離れた地点にいた人でも「一般人の年間許容限度(1ミリシーベルト)を数十倍上回っていた可能性がある」と見られており、周辺住民にまで被害が及んだと考えられます。
 中性子線を浴びると、細胞内の遺伝子が損傷を受ける危険性があります。遺伝子の損傷で最も影響を受けるのは、盛んに細胞分裂を行っている組織です。大量の放射線を浴びたときに見られる急性の放射線障害では、造血機能を担っている骨髄細胞や腸表面の絨毛細胞の分裂能が失われて、リンパ球が産生されずに免疫力が低下したり、消化・吸収ができずに下痢・嘔吐が続いたりします。また、細胞が増殖できずに、傷口が塞がらない、脱毛する−−などの症状も見られます。放射線量が少ないときには急性症状は現れませんが、遺伝子が傷ついた細胞はガン化する危険性が高く、中性子線の被曝者はガンを発症する確率が通常より高まると考えられます。
 今回の事故で被曝した人たちの間でガンの発生率がどの程度高まるかは、現段階でははっきりしていません。中性子線被曝の程度は、事故後に行われた放射能測定器による調査では測れないため、今後、慎重に健康調査を続ける必要があるでしょう。ただし、現場に立ち入らなかった人の場合、今回の事故によるガン発生率の上昇分は、他の原因でガンになる確率よりもずっと低いので、それほど不安に感じる必要はないと思います。

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質問 現時点で考えて、最も効率的かつ十分に需要を満たすことができるエネルギーとは何でしょうか。それに、近々主流となりそうなものと将来的に実用化されるべきものがありましたら教えてください。【技術論】
回答
 20世紀の大量消費社会を支えてきた化石燃料は、酸性雨や地球温暖化などの広域的な環境破壊の元凶となる上、現在のペースで採掘していけば21世紀中に枯渇することが確実なので、その使用を抑制しなければならないことは明らかです。しかし、現代社会の膨大なエネルギー需要を満たすだけの(クリーンな)代替エネルギー源はいまだ実用化の域に達しておらず、当分は、従来型エネルギー供給の効率化と、企業や家庭における省エネルギー対策を押し進めるしかありません。コジェネレーション(発電時の廃熱を利用した熱の供給)、過剰な冷暖房や照明のカット、電気機器の効率化や自動車の燃費の向上、都市の緑化や透水性舗装によるヒートアイランドの防止、リサイクルによる再資源化などを通じてエネルギー消費を抑制しながら、従来型エネルギー源(化石燃料、水力、原子力)をバランス良く利用していくのが、現時点ではベストの方法だと考えます。
 将来的には、社会における環境意識の高まりにつれて、化石燃料に比べてコスト高にはなっても、環境負荷の小さい新型エネルギー(太陽電池、風力発電、波力発電、潮汐力発電、バイオマス利用の燃料電池、太陽熱利用システム、ゴミ発電など)を選択する企業や消費者が増えてくることが予想されます。おそらく、21世紀半ばまでは、化石燃料と水力、原子力が供給エネルギーの大半を占め続けると思いますが、その隙間を埋めるような形で新型エネルギーの導入が進んでくるはずです。
 新たに導入が進められるエネルギー源の中で、それ1つで人類の消費エネルギーをまかなえるような切り札はありません(核融合に期待する人がいますが、技術開発のスピードから見て現実的ではないと思います)。地域の特性に応じて、最も効率的で環境への悪影響が小さい選択がなされるようになるでしょう。例えば、一定の向きにコンスタントに風が吹いている地域では、風車(近年では、ファイバーグラスやエポキシ強化木材製のタービン翼を持ち、電子制御によって発電効率を最適化する高性能風車が開発されています)を利用した風力発電が効果的です(カリフォルニア州ではすでに採算ベースに乗っています)。また、広大な砂漠地帯では、太陽光線を反射鏡で光−熱変換器に集めてタービン発電を行う太陽熱発電が威力を発揮するでしょう。これらは、量産技術と装置設定の手法が改良されたため、1980年代に発電コストが1桁下がって従来型エネルギー源と張り合えるまでになっています。さらに、究極的な技術として、オプトエレクトロニクス技術をもとに太陽エネルギーを電気的エネルギーに変換する太陽電池が開発されています。まだコストが高く、製造過程で汚染源となる廃棄物も排出されますが、技術開発が進み大量生産が可能になれば、2005年頃までには火力発電と同程度のコストでクリーンな電力が得られると予想されています。将来的には、新築の住宅やビルの屋上に全て太陽電池が設置され、(電圧が厳密に一定であることが要求される精密機器を除いて)屋内で使用される電気のかなりの部分が自家発電でまかなわれるようになるかもしれません。
 私が特に期待しているのが、植物の光合成によって木材などのバイオマスに蓄えられる太陽エネルギーを利用する技術です。廃材や伐採時のチップ、アルコール産業の残留物などの廃物を燃料にして、ガスタービンを使った発電を行うも可能です(ただし、エネルギー変換効率はかなり低くなります)。また、バイオマスから抽出したエタノールを燃料電池(電気分解の逆の反応で水素から電気を作り出す装置)に使用するための技術開発も進んでおり、2004年頃から自動車の高効率エネルギー源として実用化される見通しです。専門家の計算によると、エネルギー効率が2倍程度に改善されれば、アメリカで供給可能なバイオマスでもって、全米の小型自動車用ガソリンの全部と発電用石炭を置き換えることができるそうです。バイオマスの利用は、二酸化炭素を吸収する植物を育てて地球温暖化の防止にも一役買うので、日本も、ODA(政府開発援助)などを通じて途上国でのバイオマス生産を推進することが望まれます。

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©Nobuo YOSHIDA