質問 パンダの腸内細菌が95%という驚異的な効率で食物繊維を糖に変換できる−−とかいった記事を見たように思います。パンダ本体とパンダの腸内細菌は、どちらが人類の未来に寄与しそうですか? 生態系の保全は大型生物であるパンダ中心でよいのでしょうか? 微生物などを含めた生物資源や生態系の保全はどうあるべきなのでしょうか?【その他】
回答
 質問にあるパンダの腸内細菌に関する記事は見つけられませんでしたが、人民網日本語版(j.people.com.cn)の記事(2011年10月24日)に似たような内容のものがありましたので、その一部を引用します。
 中国人研究者らがこのほど行った研究により、パンダの内臓にはセルロースの分解を助ける細菌がいる可能性が明らかになった。
 中国科学院の魏輔文(Wei Fuwen)氏は米「ライフサイエンス」誌のインタビューに答え、「もし完全に分解できるならば、竹に含まれるセルロースだけでパンダが必要なカロリーの半分以上を補給することができる。しかし、セルロースは消化吸収が難しいため、パンダが竹のセルロースから摂取するカロリーの割合は低いだろう」と語った。
 パンダが竹からいかにしてエネルギーを摂取しているのかを明らかにするため、研究者らは野生のパンダと飼育されているパンダの糞に含まれる細菌を分析した。その結果、85種類の細菌が発見され、うち14種類はパンダ特有のものだった。魏氏らはその後、草食動物の腸内で見つかるものに似た細菌を分析し、セルロース分解を助ける遺伝子を探した。
 魏氏らが発見した細菌は主にクロストリジウム属の菌だった。魏氏は「クロストリジウム属の菌はセルロースを分解できる可能性がある。この過程でエネルギーの一部を消耗するが、残りのエネルギーはパンダが吸収すると見られる」と語る。
 しかし、魏氏らはこの菌が実際にセルロースを分解するかどうかをテストしたわけではなく、また、パンダがセルロースを消化吸収しているかどうかをテストしたわけでもない。
 パンダ(ジャイアントパンダ)はほとんど笹と竹しか食べませんが、もともとはクマ科に属する肉食動物であり、草食動物に特有の長い腸を持っていません。また、2009年に行われたゲノム解読によると、セルロースを分解するのに必要な酵素の遺伝子もありませんでした。このため、腸内細菌によって笹と竹のセルロースを分解すると推測されていますが、詳しく解明された訳ではないようです。
 もしパンダの腸にセルロースを高効率で分解できる細菌が棲息しているならば、これをバイオ燃料の製造に利用できる可能性があります。化石燃料に代わるエネルギー資源としてバイオ燃料に対する期待が高まっていますが、現在の技術では、人間の食用にもなるトウモロコシやサトウキビのデンプン・糖質からバイオ燃料を作ることしかできず、食料の不足や価格高騰をもたらしかねません。しかも、バイオ燃料の原料となる植物の多くは、地面を覆う面積が小さく大量の水を吸収するため、土壌の劣化を助長するという悪弊があります。実際、アメリカで乗用車燃料の10%をバイオ燃料とする規制が導入され、トウモロコシに作付け転換する農家が相次いだ結果、トウモロコシ畑から流出した土壌がメキシコ湾を汚染したという報告もあります。こうした問題を解決するには、食用にならず農業廃棄物として捨てられる部分(あるいは木材のチップや雑草・藻)からバイオ燃料を製造するのがベストですが、そのために必要なセルロース分解法が実用化できないため、開発は暗礁に乗り上げています。パンダの腸内細菌は、多くの科学者が注目しているシロアリの腸内細菌とともに、バイオ燃料製造に必要なセルロース分解酵素を提供してくれる候補となるでしょう。
 パンダはホッキョクグマと並ぶ絶滅危惧種の代表として注目されていますが、あくまで環境問題のシンボル的存在であり、パンダを保護したからといって直ちに人類にメリットがある訳ではありません。これに対して、パンダとシロアリの腸内細菌は、産業に応用できる重要な遺伝子資源とも言えます。愛らしいパンダと害虫であるシロアリを並べて語るのは奇妙に聞こえるかもしれませんが、遺伝子資源という観点からすると、どちらも確保しておかなければならないものなのです。

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質問 結局のところ、全ての存在はエネルギーですよね。生命も物体も時空間も熱も光も音も、そして人間の思考も。この世に「エネルギーでないもの」ってあるんですか?【現代物理】
回答
 ここで言う「エネルギー」とは何を意味しているのでしょうか? 一般的な用語法では、エネルギーは「外部に対して仕事をする能力」の意味で用いられることが多いのですが、燃料のように人間が利用できるものに限定したり、逆に、精神エネルギーのように非物理的な対象に拡大したりすることもあり、コンテクストによって意味が変わってきます。神秘的な力の源としてイメージする人もいるようです。
 物理学的な意味でのエネルギーには、神秘的なニュアンスは全くありません。物理学の基本的な考えの1つが、「物理法則は時間や場所によって変わらない」というものです。あるいは、変わらないものを「法則」、変わるものを「状態」と区別すると言った方が良いでしょうか。こうした法則を(ラグランジアン形式と呼ばれる)式で書き表すことができるならば、そこから、保存量を導けるという定理(ネーターの定理)があります。物理法則が時間によって変わらないことからは「エネルギー」が、場所によって変わらないことからは「運動量」が保存量として導けます。こうした保存量が一定の値に保たれるのは孤立したシステムの場合であり、相互作用を行っているシステムでは、外部から入ってくる保存量の流れを考慮する必要があります。例えば、熱力学的なシステムでは、内部エネルギーの変化が、外部からされる仕事(力学的エネルギー流)、流入する熱量(熱エネルギー流)、流入する物質の化学ポテンシャル(化学エネルギー流)という3つの流入量の和で表されます。
 物理法則が時間によって変化しないことから導かれる保存量がエネルギーなのですから、物理現象に関与するあらゆる対象はエネルギーを持っています。現代物理学では、真空ですら、零点エネルギーや暗黒エネルギー(場のポテンシャルの基準値および宇宙定数)を持つと考えられています。しかし、全ての対象がエネルギーだという訳ではありません。エネルギーは、あくまで物理的対象が持つ保存量の1つにすぎず、これ以外にも運動量や電荷などの保存量があります。

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質問 数学や物理学に関して、われわれが使っている体系とは異なる定式化・描像化は可能だと思われますか? 例えば、地球とは異なる星に住む知的生命体がいたとした場合、彼らが地球とは全く異なる体系の数学・物理学を構築しているという可能性はあるのでしょうか? それとも、ハイゼンベルクの行列理論とシュレディンガーの波動方程式(数学的には同値であることが証明されている)程度の違いしかないのでしょうか?【現代物理】
回答
 人間が構築する学問体系は、認識能力と密接に関連しています。例えば、人間は自然数を基礎とする数の体系を作り上げていますが、これは、自分を群れの一員と見なし、動植物の個体を獲物や外敵として把握する人間の知的活動に基盤を持つと推測されます。クラゲのように、水の流れや温度、プランクトン密度などの連続的な量を把握しながら生きている動物の場合、たとえ知的能力が芽生えたとしても、自然数ではなく連続的な実数に基づく数の体系を先に作り上げるでしょう。また、人間(および他の霊長目)が時間と空間を分離して捉えるのは、哺乳類の中では例外的に発達した視覚に基づくパースペクティブを利用しているからです。視覚とともに嗅覚を重用しているイヌは、匂いの強弱によって、その場所を訪れた他の動物の姿を時間的な遠近感のうちに認知するので、パースペクティブに時間的な拡がりが存在すると言っても良いはずです。知的能力を獲得したイヌが構築する力学は、力学変数を時間の関数として表す人間流のやり方とは異なるかもしれません。
 もっとも、数学や物理学が人間の認識能力に制限されていたのは、現代科学成立以前の話と見なすこともできます。現に、一般相対論は、カントが提示した人間理性の限界(空間の果てや時間の始まりに関して、人間は理性に基づいて結論を出すことができない)を超克していますし、数学基礎論の発達によって、従来の数の体系とは異なり直観的に納得できない奇妙な数論を構築することも可能です。それでは、こうした現代科学は、外界を分析する能力を発達させた全ての知的生命が到達する普遍的な体系なのでしょうか?
 正直なところを言えば、私には良くわかりません。重力に関して言えば、微分幾何学に基づく一般相対論の定式化以外に、厳密な予測が行える方法があるようには思えませんが、量子重力が完成した暁には、もしかしたら、微分幾何学はあくまで人間にわかりやすいように具象化した記述法にすぎなかったと判明するかもしれません。一般相対論にせよ場の量子論にせよ、まだ発展の中間段階であり、さらに人間の直観から離れた抽象的な体系へと洗練されていくと予想されるので、どこまで普遍性を獲得できているのか、現在の状況だけからは結論が出せないのです。

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質問 発電所での発電量と消費電力の差はどこにいってしまうのでしょうか?何かに有効利用されているのでしょうか、それとも単に燃料が余計に消費されるだけなのでしょうか?【技術論】
回答
 電気は(揚水発電所や小規模の蓄電施設など一部の例外を除けば)貯めることができないので、発電量と消費電力は、送電線で失われるロス分を別にして、基本的に一致します。東日本大震災後に「でんき予報」として電力会社が予想消費電力とともに公表したものは、発電所の設備容量に基づく供給可能な電力量で、実際に発電される量とは異なります。
 電力供給は、送電網の中で需給バランスが取れるように調整されています。供給量と消費量の間に差が生じると、差を解消する方向に発電機側の負荷が変化しますが、このとき、周波数や電圧が定格からわずかに変動します。周波数や電圧が一定であることは質の高い電気の要件とされているので、こうした変動が生じないように、供給量を調整する必要があります(ただし、多少の周波数・電圧の変動は消費する側で対応できるため、定格にこだわりすぎるのは良くないという見方もあります)。日本では電力会社の中央給電司令所で電力需要を常時把握しており、それに応じて発電機の出力を調整しています。停止・再稼働に時間が掛かり核燃料が容器内に閉じ込められている原子力発電は出力の調整がスムーズに行えませんが、火力発電は燃料投入量を変えること(場合によっては発電機の停止・再稼働)で出力調整が可能です。
 通常、発電量は、消費量をわずかに上回るように調整されています。余分な電気がどこに消えるかは私もよく知りませんが、おそらく、あちこちの送電線を流れているうちに熱となって失われていくのでしょう。

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質問 すべての物理の公式は、運動方程式 ma=F から成り立ったと聞いています。では、この ma=F はどうやって証明されたのでしょうか。【古典物理】
回答
 近代物理学がニュートンの運動方程式を出発点として発展していったというのは確かですが、ma=F が他の物理公式の元になっている訳ではありません。質点系の古典力学の体系に限れば、運動方程式 ma=F を第2法則とする運動の3法則(および、時間・空間の絶対性のようないくつかの基本的な前提)から演繹的に導くことができますが、摩擦のある系や弾性・塑性変形をする物体を含む系などに拡張しようとすると、摩擦の法則・フックの法則のようなさまざまな仮説を仮定し、実験と合致するように体系を整備していかなければなりません。
 そもそも、運動方程式自体、厳密に証明できるものではなく、力と加速度に関するガリレオの発見を経てニュートンによって導入された仮説にすぎません。17世紀の時点で認められていた根拠は、実験・観測を通じて導入された落体の法則やケプラーの法則を導けることくらいです。その後、惑星運動に関する精密な観測データが収集され、ニュートンの運動方程式と重力法則が高い精度で成り立つことが確認されましたが、それでも、あくまで誤差範囲内で正当化されただけです。例えば、運動方程式に加速度の時間微分や加速度の2乗に比例する項が存在すると仮定した場合、実験・観測によって主張できることは、せいぜいその係数がいくら以下になるかであり、厳密にゼロになると証明するのは不可能です。実際、20世紀に入ると、ニュートンの運動方程式は、相対論・量子論によって重大な修正を受けています。
 確実な命題が存在しないことは、実は、科学の本質です。科学の体系は、厳密に成り立つことが確かな命題から演繹的に構成されたものではなく、仮説を組み合わせながら実験・観測データに基づいて誤差範囲内で検証するという作業を積み重ねた結果なのです。多くの科学者が仮説の正当性について議論を繰り返し、データとよく一致する仮説を取りあえず定説として認めているといった状況です。科学は、確固たる基礎の上に築かれた壮大な建造物と言うよりも、柔軟性を持った知識のネットワークです。このネットワークの要所要所がデータによってピン留めされている訳ですが、このピン留めも絶対的ではなく、誤差範囲内という但し書き付きの暫定的な措置でしかありません。こうした柔軟性・修正可能性が、科学がドグマと化すことを防ぎ、科学の信頼性を保証しているのです。

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質問 (1) ニュートリノの速度が光速より速いという観測結果が得られたことが話題です。この結果が正しい仮定の下での質問です。距離も時間も相対論の法則に則って定義された世界で、ニュートリノの速度を測り光速を超えたというのは、どんな式でニュートリノの速度を割り出し、どんな矛盾が露わになったのでしょうか? (2) ニュートリノが光より速いという記事が出ましたが、今後どういう展開が予想されるのでしょうか。特殊相対論が否定されるのか、それとも特殊相対論は支持されたままタイムマシン等の可能性が肯定されるのでしょうか。【現代物理】
回答
 ニュートリノが光速を超えるスピードで運動するという実験結果は、9月23日午後に欧州原子核研究機構(CERN)で行われたセミナーで明らかにされたものです。ニュートリノ振動の解明を主目的とする OPERA 実験の一環として、日本を含む11ヶ国の研究者160人からなる国際チームによって行われました。プレプリント(arXiv:1109.4897)によると、CERN から発射されたμニュートリノ(3種類あるニュートリノの1種で、他の2種はeニュートリノとτニュートリノ)による素粒子反応を730km離れたイタリアの Gran Sasso 研究所で3年間にわたって観測し、集められた1万5000以上の事象を解析したところ、ニュートリノの速度が光速より10万分の2−−プレプリントのデータでは、(2.48±0.28(stat.)±0.30(sys.))×10-5−−だけ速いという結果になったそうです。
 ニュートリノの速度は、ニュートリノの発射地点と到達地点の間の距離を、発射時刻と到達時刻の差で割って求めたもので、理論的な仮説にはあまり依存しません。時刻は原子時計を使って計測しており、10億分の1秒の精度で決定できます(原子の振動数が一定値になる理由を説明するには相対論を含む理論が必要になりますが、原子時計の正確さだけならば経験的に確認されています)。位置の測定には GPS を利用しているので、地球上のどの向きに伝播する場合も光速が一定になるという前提を使ってはいますが、GPS の正確さはすでにさまざまな方法で検証されており、20cm程度とされる誤差はかなり信用できます(基準となる距離の正確な値は、730534.61±0.20m)。
 ニュートリノのビームは、陽子ビームを標的に照射することで生成されるπ中間子やK中間子の崩壊によって作られます。こうした崩壊ではニュートリノと対になる粒子(電子、μ粒子、τ粒子)も一緒に生じるので、μ粒子が観測されればμニュートリノだと特定できます。最初の陽子ビームはパルス状に発射されており、到達地点で観測されるニュートリノ反応の増減を見ることで、どのパルスから生じたニュートリノかがわかります。
 特殊相対論では光速が自然界の最高速度とされています(正確に言えば、「自然界には最高速度が存在しており、マクスウェル電磁気学が正しければ、その値は光速と一致する」となる)。特殊相対論が正しければ、有限の質量を持つ素粒子は必ず光速以下の速度で運動することが示せます。μニュートリノは質量を持つことがほぼ確実なので、運動速度は光速より小さいはずであり、光より速く運動するとなると、特殊相対論と矛盾するように見えます。
 今回の実験結果によると、CERN から Gran Sasso 研究所に到達するまで光ならば2.4ミリ秒掛かるのに、ニュートリノはそれより1億分の6秒だけ早く着いたことになります(原子時計の精度が10億分の1秒なので計測可能)。光とニュートリノを同時に発射すると、730km離れたゴール地点では、ニュートリノが20メートル弱リードしているわけです。これをどのように解釈すべきでしょうか?
 最もありそうなのは、実験に何らかのミスがあったという解釈です。一般の人には想像しにくいかもしれません、最先端の実験には結構ミスが付きまといます。同じセットアップを用いて素材だけ変えて実験する場合にはあまりミスは生じませんが、新型の装置を使って新しい実験を行うときには、計器の較正やノイズの除去が不適切で誤ったデータを得てしまうことが稀ではありません。プレプリントでは、系統的な誤差が±0.30×10-5と見積もられていますが、これはあくまで特定の誤差原因を想定しながら導いた数値です。これまで行われてきた同種の実験では、誤差が4〜5×10-5程度あり、結果的に光速との差が検出できませんでした。おそらく、今回の実験チームは、誤差の原因を一つずつつぶしていって精度を1桁上げようとしたのでしょうが、想定外の誤差が生じていないとは言い切れません(ちなみに、私は大学4年のときに陽子を標的に照射してニュートリノを生成するという実験のデータを解析しレポートを書いていますが、そのときの経験から、ニュートリノ生成の過程で誤差が生じやすいという感触を持っています)。
 実験にミスがあったと疑われるのは、ニュートリノの速度に関する従来のデータと一致しないからです。1987年、大マゼラン銀河に発生した超新星(SN 1987A)から放出されたニュートリノが日本のカミオカンデなどで検出されました(この業績で小柴氏が2002年のノーベル物理学賞を受賞)が、そのデータによれば、ニュートリノの速度は、2×10-9以下の精度で光速と一致しています。大マゼラン銀河は地球から16万光年離れているので、今回の実験結果のようにニュートリノの速度が光より10万分の2も速いとなると、光が到達する1年以上も前にニュートリノが到達するはずです。もっとも、超新星から飛来したニュートリノのエネルギーは今回の OPERA 実験の場合の1000分の1以下なので、エネルギーが小さいときには光速に近く、エネルギーが大きいほど速度が増すと解釈すれば、2つのデータが矛盾しているとまでは言えません。
 実験にミスがないとすると、理論の基礎を見直さなければなりません。特殊相対論では、エネルギーや運動量と速度を結ぶ関係式に、ローレンツ因子と呼ばれる量が現れます。例えば、質量 m、速度 v の粒子のエネルギーと運動量は、次式で与えられます(光速 c )。
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この式で v が c より大きくなるとローレンツ因子が虚数になってしまいますが、質量 m が虚数ならば、エネルギーや運動量は実数となり、表だった矛盾は生じません。質量が虚数で光より速く動く粒子はタキオンと呼ばれ、時間を遡って過去に介入できる(タイムマシンを作れる?)可能性があるため、SF愛好家御用達となっています。ただし、タキオンの存在は、現在の素粒子論の基礎になる量子場理論で深刻な問題を引き起こします。質量が m である通常の素粒子の量子場は、
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という形で振動しますが、m が虚数だと場が指数関数的に変動してしまうからです。量子場理論では、素粒子は場が安定な状態(=真空)の付近で振動することによって生じると考えられていますが、こうした指数関数的な変動は場が安定状態にないことを意味しており、最終的には、タキオンが存在しない新しい真空状態へと遷移することになります。したがって、今回の OPERA 実験の結果が正しく、超光速のタキオンがニュートリノとして実在するとなると、量子場理論も書き換えなければなりません。これは、30年以上にわたって多大な成功を収めてきた素粒子の標準模型を全面的に見直すことを意味します。特殊相対論の訂正に留まらず、理論物理学の根幹にかかわる事態となります。
 このように理論物理学への影響があまりにも大きいため、今回の実験に関してはまず追試を行って正当性を検証すべきだというのが一般的な見方でしょう。一部の物理学者は、超光速で運動する素粒子の理論−−例えば、時空には隠れた次元があって、その次元での情報の伝播によって光より速く動ける−−を模索するかもしれませんが、大半の物理学者は、複数の実験で同じ結果が出るまで様子見するものと思われます。
ところで、CERN でタイムマシンの原理となりそうな結果が見つかったという話は、ゲーム『STEINS; GATE』の設定そのものではないだろうか。

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質問 最近エネルギーに関する議論が盛んですが、核融合や核分裂を利用したり反物質を利用したりするのではなく、質量をエネルギーに変える(たとえば髪の毛1本を丸々エネルギーに変える)ことは、原理的に不可能なのでしょうか。それとも不可能とは証明されていないが現在の物理学ではまったく理論すら構築できないないという状況なのでしょうか。【現代物理】
回答
 質量はエネルギーの一種であり、その大きさは、質量をm、光速をcとすると、mc2に等しいことが知られています。したがって、物質1グラムは約100兆ジュールのエネルギーに相当するので、これを人類が利用可能な電気エネルギーなどに変換できれば、エネルギー問題は一気に解決されるはずです。しかし、残念ながら、現在の物理学を信じる限り、人類がこうしたエネルギー変換を行うことは困難です。
 現在、多くの物理学者によって支持されている素粒子の標準模型によると、物質を構成する粒子であるクォーク(陽子や中性子の構成要素)や電子は、フェルミ粒子と呼ばれるタイプの素粒子で、個数が保存されるという法則に従っています。例えば、電子の場合は、陽電子と対になって消滅し(電子と陽電子をあわせた)2mc2の質量エネルギーを放出することなら可能ですが、単独の電子が消滅して光などに変換されることはあり得ません。標準模型の範囲では、クォークでできた陽子・中性子などを総称したバリオンと呼ばれる素粒子の個数も保存されるので、陽子・中性子・電子からできた通常の物質の質量エネルギーを丸々別のエネルギーに変えることはできません。標準模型を超える理論では、陽子などのバリオンがエネルギーを放出して質量の小さい素粒子に崩壊することもあり得るとされますが、その過程はフェルミ粒子が従う保存則によって制限されています。他の素粒子実験のデータと適合させるためには、崩壊確率がきわめて小さくなければならないので、この過程を利用して陽子の質量エネルギーを電気エネルギーなどに変換することは、現実問題として不可能です。
 物質を1ヶ所に集中させることでミニブラックホールを作り、これをホーキング放射で蒸発させれば、質量エネルギーを放射のエネルギーに変えられるかもしれません。しかし、そもそも物質を集中させることに莫大なエネルギーが必要なので、人類が利用するのはかなり難しいでしょう。

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質問 ある本で、ガレージと同じ長さの自動車を光速で車庫入れする際に起きる「ガレージのパラドックス」というものを読みました。結局、自動車は壊れるのかどうか教えてください。【古典物理】
回答
 ガレージのパラドックスは、特殊相対論がどういうものかを考えるための例題として出されるもので、物理学的には完全に理解されています。
 相対論によると、運動する物体は進行方向に短くなる−−いわゆる「ローレンツ短縮」が生じるとされます(その意味は、すぐ後で説明します)。そこで、入り口の幅が自動車の長さと等しいガレージがあるとします。入り口と平行に走ってきた自動車が、わずかに横移動してガレージ内部に入る場合を考えます(図1)。話を簡単にするために、入り口も自動車も横方向の厚みはゼロだとしましょう。このとき、ガレージに対して静止している人から見ると、運動しているのは自動車の方なので、ローレンツ短縮によって長さが短くなり、ガレージにはスムーズに入ります(図2)。しかし、自動車に乗っている人から見ると、ガレージが運動しているので、ローレンツ短縮によって入り口の幅が狭くなっているはずです(図3)。さて、自動車はどうやってガレージに入ったのでしょうか?
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 まるでパラドックスのように見えますが、どこにも矛盾はありません。実は、ローレンツ短縮とは、物体が物理的に縮むのではなく、座標の取り方の問題なのです。同じ厚さの板でも、物差しを斜めに当てると計測値が異なるように、座標系を斜めにすると、物体の長さとして計られる値が変化します。ただし、ここで謂う「斜めにする」とは、時間と空間を一体化した相対論的な「時空」の中での話です。動いている自動車の長さは、ある時刻での先端と後端の位置を測定し、両者の差を取ることで決定されます。ところが、4次元的な時空においては、この時刻の定義が、互いに運動している座標系では異なってきます。ガレージに対して静止している観測者が動いている自動車の先端と後端の位置を同時に測定したとしても、自動車に乗っている人には、まず先端の位置を測定し、少し遅れて後端の位置を測定したかのように見えます。これでは、測定時刻のずれの間に移動した距離だけ自動車の長さが短く測定されてしまいます。これが、運動する物体が短縮する理由です。
正確に言うと、これだけでは、ローレンツ因子をλ(>1)としたとき、1/λ2の短縮効果になってしまいます。実際の短縮が、そのλ倍になることについては、さらなる説明が必要です。

 ガレージに自動車を入れる過程は、ガレージの側から観測すると、自動車の先端と後端を瞬間的にわずかに横にずらすように見えます(壁と自動車の横方向の厚みがゼロであることを思い出してください)。しかし、自動車に乗っている人の立場からは、異なって見えます。ガレージの入り口は、ローレンツ短縮によって自動車の長さよりも短くなっていますが、ここに進入する際には、まず先端を先に中に入れ、少し移動した後で後端を入れるのです。まさに、時空の中で車体を斜めにして、入り口が狭いガレージに入ったわけです。相互に運動している座標系で同時性が異なることを正しく理解していれば、どこにもおかしな点がないことがわかるでしょう。

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質問 放射線で傷ついたDNAをもつ食物を食べると害はありますか? 食物に放射性元素は付いていないとします。【環境問題】
回答
 放射能汚染で心配なのは、放射性セシウムのような放射能を帯びた物質が体内に入ることです。放射性元素が付着していないならば、放射線に曝された食べ物を食べても、健康被害が生じることはまずありません。
 放射線が生物に悪影響を与えるメカニズムを簡単に説明します。放射線は、巨大なエネルギーを持った電子や光のビームです(電子や光そのものには毒性はないので、エネルギーを失えば無害になります)。生体内に侵入した放射線は、生体内の水分子などに作用して、ラジカルと呼ばれる強い反応性を持つ物質(電子の配置が通常の原子とは異なるもの)を作り出します。このラジカルがDNAを損傷するなどして、健康被害をもたらすのです。ラジカルは一種の毒ではありますが、反応性が強いために、すぐに他の物質と反応してなくなってしまいます。放射線に照射された動植物の体内に放射線起源のラジカルがいつまでも残存することはなく、加工された食品には含まれません。
 放射線が作り出したラジカルがDNAを傷つけて鎖の切断や転座のような異常が生じると、増殖力が失われたりガン化したりしますが、細胞自体が毒性を持つわけではありません。人間(およびその他の動物)は食物中のDNAを高分子のまま吸収して利用するのではなく、必ず酵素で分解しますので、DNA分子が鎖の切断のような物理的損傷を受けていたとしても、食べて害が生じることはないはずです(ガンは単なる腫れ物なので、発ガン物質が含まれていなければ、食べてもうつりません)。放射線を受けたDNAの遺伝コードが変化して有害物質を作り出す可能性は絶無ではないものの、食べて被害が生じるほど大量にできることは確率的にあり得ません。

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©Nobuo YOSHIDA