◆気になる(オールド)ニュース
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FTC、アマゾンを提訴(23/06/23)

 アメリカ連邦取引委員会(FTC)は、米アマゾン社が「ダークパターン」と呼ばれる誤解を招きやすい表示を使って消費者を騙し、有料のプライム会員に登録させたとして訴訟を起こした。それによると、アマゾンは商品購入の過程で繰り返しプライム加入ボタンを目立つように表示した上、加入しないための操作をわかりにくくした。また、うっかり加入した後も、解約するための手続きをわざと煩雑にしたと主張している。
 アマゾンプライムとは、年会費139ドル(アメリカ国内)のサブスクリプション・サービス。日本の場合は、年会費4900円で、無料配送、会員限定価格や先行タイムセール、一部の音楽・ビデオ・Kindle本無料視聴などのサービスが受けられる。

【補記】筆者(吉田)は、アマゾンプライムに関して“楽しい”思い出がある。急遽必要になった商品を購入するため慌ただしく注文ページでクリックするうち、黄色く目立たせたボタンをうっかり押してしまい、プライムサービスの登録ページに飛ばされた。焦っていたために、ちらりと見えた「無料」の文字に騙され登録ボタンを押し、そのまま商品購入を続けた。
 後になってプライム会員にされたと知り一瞬憮然としたが、契約書の内容をよくよく読むと、1ヶ月は「無料」期間(これが騙された原因)で、期間中はさまざまなサービスを利用しても無料のまま解約できるとのこと。ならばと、Amazon Musicを中心にサービスを利用しまくり、ペンデレツキやフィリップ・グラスらの珍しい楽曲を片っ端から試聴。忘れないようにスケジュール管理ソフトに「プライム解約」と記しておいた当日、解約手続きを行った。数日経ってチェックしたところ、料金を取られることなくプライムサービスが解約できており、「勝った」と一人ガッツポーズをした。
 サブスクリプション・サービスに関しては、20世紀初頭に執筆されたロバート・バーの傑作ミステリ「放心家組合」に、気をつけるべき手口が詳述されているので、だまされやすい人は読んでおくと良いだろう。
生成AIに投資家注目(23/02/28)

 生成AIに関わる企業が投資家の注目を集めている。生成AIとは、入力されたトリガーに応じてさまざまな画像や文章をアウトプットする人工知能のことで、チャットボットの一種である言語系生成AI・チャットGPTが試験的にサービスを公開してから、急激に人気が高まった。現在では、自動案内やネット検索への応用が期待されており、関連企業への投資が急拡大中。チャットGPTを開発したオープンAI社には、マイクロソフトなどから多額の資金が投入されており、企業価値は推定290億ドルに達するという(23/02/26付日本経済新聞より)。

【補記】筆者(吉田)は、今回の生成AIブームをかなり冷ややかに見ている。革新的な技術が開発されたわけではなく、従来の深層学習マシンに(実践的言語モデルの導入など)部分的な改良を加え、高性能チップを使って学習量を大幅に増やしただけである。言語系の生成AIにレポートを書かせたら教授に「優秀」と評価されたとか、作者を隠して応募した画像系生成AIの絵画がコンクールで優勝したといった話も耳にする。しかし、こうした事例は、数多くのデータを模倣しながら表現を整えていった結果に過ぎない。人間が優れたデータを用意したからこそ実現できたのであって、AIだけで価値のある何かを創造するのは無理である。
 画像についても著作権侵害などの懸念があるが、ここでは、より重大なトラブルを招きかねない言語系生成AIの問題を指摘しておく。
 忘れてならないのは、AIは「何も考えていない」という点。チャットGPTが質問に回答するとき、質問の意味を考えて答えるのではなく、質問文と同じ(あるいは類縁関係にある)語を含む文を探索し、その周辺の表現を適宜(何らかの確率モデルを使って)組み合わせ表面的に整った文章を作り出す。したがって、回答が正しいという保証はどこにもない。
 深層学習の手法では、文の形式と内容を分離して学習させることは難しい。新製品の取扱説明書をチャットボットで作ろうとしても、「一般的な取扱説明書のフォーマットに新製品の機能を当てはめて作文する」といった器用な真似はできない。このため、新製品には実装されていない機能を、多くの取扱説明書に記載されているのでしれっと付け加えることもあり得る。
 取扱説明書に限定すれば何とかなるかもしれないが、一般的な文章は際限なく多様なので、正当性が担保されるような検証システムを開発することは、絶望的なまでに難しい。
 言語系生成AIは、「膨大な情報を丸暗記しているが、知ったかぶりばかりで何も考えておらず、表面を取り繕うのがきわめてうまい」と見なすべきである。そんな人に頼める仕事を生成AIにまかせるのはかまわないが、それ以上を期待すると痛い目に遭いかねない。
 AIとチャットを続けると、ある種のエコーチャンバー現象が引き起こされるという報告もある(2023/02/21付東洋経済オンラインに掲載されたKevin Rooseのコラムなど)。詳細なメカニズムはわからないが、チャットボットに対して特定の嗜好や偏見を含む文章を入力した場合、そこで用いられた語を含むデータを優先的に検索するため、嗜好や偏見を増幅させた応答が返されることになり、人間の側もそれに反応してチャットが偏った方向に進んでいくのだろう。
 AIがまったく役に立たないわけではない。例えば、新製品のキャッチコピーを考える際に、その製品が持つ特徴をさまざまな言葉で表してチャットボットに語りかけると、それらの言葉を含む膨大なデータを検索し文章を生成してくれるので、そこから新たなアイデアを思いつくこともある。また、ホテルのすべての客室に心安らぐ絵を掛けたいとき、コピーやレンタルばかりではつまらないので、画像系の生成AIで適当な観光写真を組み合わせて水彩の風景画を作り出せば、お手軽だ(ただし、著作権侵害には気をつけて)。
 生成AIには多くの問題がある。この点にうまく対応していかないと、後10年も経つ頃には、メタバースやWeb3とともに、生成AIが「3大ガッカリIT」に数えられているかもしれない。
レーザー核融合で歴史的成果?(22/12/15)

 米エネルギー省は、米ローレンス・リバモア国立研究所内に作られた核融合実験施設NIFで、「投入量の1.5倍となるエネルギーゲインを実現した」と発表、核融合炉実現への大きな一歩になるとの見方を示した。ただし、画期的なブレイクスルーという訳ではなく、うまくいって今世紀後半という実用化の見通しは、大して変わっていない。
 核融合炉には、大きく分けて、磁気閉じ込め方式と慣性閉じ込め方式があり、最も実用段階に近づいているのは、前者のトカマク型と後者のレーザー核融合。トカマクは、2025年の実験開始を目指してフランスで建設中のITER(国際熱核融合実験炉)に採用された方式で、エネルギー増倍率10を目標とする。一方、今回発表されたのは、トカマクに比べて開発が遅れていたレーザー核融合による成果。
 レーザー核融合は、1962年にローレンス・リバモア研で考案され、1990年代に、アメリカで軍事目的を兼ねて研究が進められた。一時期は、トカマクより有望との見方もあり、アメリカはITER計画から脱退してレーザー核融合に前のめりになった。だが、開発は順調に進まず、2009年に予定より大幅に遅れてNIF(国立点火施設)が完成、今回の発表に至るまで、少しずつ成果が発表されてきた。
 核融合炉は、重水素・三重水素などの燃料を高温・高密度状態にして核融合を実現するための装置。原子力発電に使われる核分裂炉に比べて、いわゆる「死の灰」はほとんど生み出さず、炉自体が核廃棄物になることを除けば、核汚染の恐れは小さい。その一方で、実用化までのハードルはきわめて高い。高温にするのは比較的簡単だが、充分なエネルギーゲインを実現するために高密度状態を持続するのが難しい。レーザー核融合では、燃料を球状の容器に封入、周囲からレーザービームを照射して爆縮し、瞬間的に高温・高密度にしてエネルギーを得る。かなりの大型施設が必要で、NIFはフットボール場3コート分と言われる。
 注意しなければならないのは、核融合炉のように国から多額の資金が提供される研究開発の場合、成果を大きく見せるべく、関係者が誇張した発表を行いがちなこと。ここ数年は、トカマク陣営からの発表が目立っていたが、今回の発表は、レーザー核融合陣営が巻き返しを狙ったもののようである。
量子もつれ研究にノーベル賞(22/10/10)

 2022年のノーベル物理学賞は、量子もつれに関する実証実験と理論研究を行ったアラン・アスペ、ジョン・クラウザー、アントン・ツァイリンガーが受賞した。
 量子もつれとは量子論特有の長距離相関で、基礎物理学的にも情報通信分野での応用(例えば、盗聴を検出する技術の開発)においても、興味深い現象である。簡単に説明することはできないが、ごく大雑把に言えば、特定の量子論的状態にあったものが、2つに分裂して互いに遠ざかったとき、それぞれを測定した結果に、古典論では説明が困難な相関が生じるという現象。1935年にアインシュタインらが思考実験によってその可能性を示し、1964年にJ.S.ベルによって、相関の存在を検証する実行可能な方法が提案された。この提案によれば、ある実験で量子論が予想するとおりの結果が得られた場合、「局所実在論などいくつかの仮定を置くと、古典論では説明がつかない」ことが示される。
 今回受賞した3人は、それぞれ共同実験者とベルの提案に基づく実験を(可能な抜け道を防ぐ工夫を凝らした上で)行い、量子もつれと呼ばれる長距離相関が現実に存在することを確実にした。
 もっとも、量子もつれに関しては多くの誤解があり、物理学者ですら解釈を誤っている場合があるので、注意を要する。以下、代表的な誤解を列挙する(1〜4は多くの物理学者が指摘する一般的な見解。5は吉田の個人的な見解である)。
[誤解1]量子もつれの存在は、1回の実験で明らかにできる。
 →量子もつれは、統計的な現象である。何度も実験を行って多数のデータを集め、相関関数という統計的な量にまとめて、はじめて存在が確認できる。このことは、アインシュタインらの論文が出た翌年にファリーが指摘し、ボームが具体的な実験方法を論じた。
[誤解2]量子もつれは、2つに分かれた対象を、それぞれ特定の方法で測定すると明らかにできる。
 →2つに分かれた対象を特定の方法で測定しただけでは、量子もつれの検証にならない。2つに分かれた対象の一方に対して、さらに測定方法を切り替えて結果を求める必要がある。このことは、ベルの論文で指摘されている。
[誤解3]量子もつれの実験では、分裂した対象に対する2つの測定のうち、先に行われた測定の結果が、後から行う測定に影響を与える。
 →2つの測定を同時に(相対論の知識のある人は「光円錐の外側で」と言った方がわかりやすいだろう)行う実験が遂行されており、測定の先後関係が結果に影響を与えないことは確認されている。
[誤解4]量子もつれは、分裂した対象が超光速で情報を交換した結果として生じる。
 →場の量子論では、超光速での情報交換が禁止されている(光円錐の外側では伝播関数が値を持たない)。また、超光速で情報交換ができるならば、量子もつれを利用した超光速通信が可能なはずだが、そんな技術は開発されていないどころか、実現の見通しすらない。
[誤解5]量子もつれの存在によって、実在論が否定される。
 →量子もつれの起源は、状態を表現するための基底ベクトルが(座標表現と運動量表現のように)複数存在することにある。ある基底ベクトルの表す状態が実在的でない(例えば、電子が特定の1点に実在するのではない)ことは、さまざまな実験結果から明らかである。しかし、量子もつれの議論で使われる基底ベクトルは、(座標や運動量の表現にせよ電子スピンのup/downにせよ)非相対論的な近似でしかなく、そうした基底ベクトルが実在的でないからと言って、実在論そのものが否定されるわけではない。
りゅうぐうに液体の水(22/09/28)

 はやぶさ2が採取した小惑星りゅうぐうの砂試料を分析していた宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの研究チームは、液体状態の水を検出したと発表した(詳細は Science : 22 Sep 2022 First Release)。六角板状の硫化鉄結晶内部に大きさ数ミクロンの空孔があり、そこに水とCO2を主成分とする液体が見いだされたという。地球外サンプルから液体の水が発見されたのは、世界初。
 りゅうぐうの母天体は、太陽光の届かない原始太陽系星雲外縁部(零下200度程度)で、水の氷、ドライアイス(CO2氷)、岩石粒子などを取り込みながら形成された。コンピュータシミュレーションによると、直径100km程度、内部温度は最高50℃になった。小惑星りゅうぐうは、母天体に他の小天体が衝突して破壊された後、岩塊が再集合してできたと考えられる。りゅうぐう試料の表面に、薄い結晶が積層された5ミクロンほどの塊が見いだされたが、これは、母天体内部にあった液体の水の作用で生成されたと考えられ、母天体がかなり多量の水分を含有していたことがわかる。
 地球表面にある海の水がどこから来たかについて、いくつかの説が提唱されている。地球が形成された時期に存在していた水の大部分は、小天体が地球に衝突した際に加熱されて蒸発、宇宙空間に散逸した。最も有力なのは、その後に飛来した小天体から供給されたという説。かつては彗星説が有力視されていたが、彗星に含まれる水の同位体比が地球の海と大きく異なることが見いだされ、現在では、小惑星に含水鉱物の形で含まれていた水が海の元になったという小惑星説が主流。また、地中深くに残って宇宙空間に散逸しなかった水がしみ出してきたという説もある。
 水とともに起源の探求が進められているのが、生命の元になった有機物。りゅうぐう試料からは、アミノ酸などの有機物が発見されており、今後の研究成果が気になるところ。
AIが感情を持った?(22/06/30)

 米グーグル社のAI開発チームに所属するエンジニアが、「AIが感情を持っている」という記事をブログサイトに投稿し、議論を巻き起こしている。グーグルが2021年に発表したチャットプログラム「LaMDA(Language Model for Dialogue Applications)」とチャットしたところ、「自分にはエモーションやフィーリングがある」と答え、あたかも意識を有するかのように振る舞ったという。
 断っておくが、まともなAI研究者で、この記事の内容を真に受ける人はいないだろう。グーグル社は、件のエンジニアを有給休暇扱いにしたようだが、これは、当人の精神状態を慮ってのことと思われる。LaMDAとエンジニアのやりとりの一部がネットで紹介されており、それを読む限り、感情などに関する文献にアクセスして人間っぽい会話を成立させただけだと推定できる。
 この出来事のポイントは、LaMDAが実際に感情を持っているかどうかではなく、AIの使用によって深刻な倫理的問題が起こり得ると示した点である。
 「対話によって相手が人間だ(あるいは、知能を持つ、意識を持つ、感情を持つ…等々)と判定できるか」というのは、古典的なチューリングテストの拡張版だが、近い将来、このテストにパスするAIが続々と現れるだろう。現在すでに、各種の問い合わせに対してそつなく返答し、うっかり者のユーザから人間と間違われるチャットボットが存在する。韓国では、VR(仮想現実)を用いて母親に死んだ子供と(擬似的に)再会させる試みが実施され、テレビ番組で放送されたとか。こうしたAIが日常生活に入り込んできたとき、何が起きるだろうか。
 AIは、データに内在するパターンを抽出する能力が高い。過去の有名人の著作や演説を分析し、表面的には隠蔽された差別意識があぶり出される可能性もある。もし、死者の日記や書簡を入力されたAIが、VRで死者の姿をとって「私はあなたが嫌いでした」などと発言したら、どうなるのか。AIを信じすぎる人が一部にいるため、問題はひどく複雑な物になっている。
 AI倫理に関する議論は、まだ緒に就いたばかりである。
インターネット・エクスプローラー完全終了(22/06/19)

 マイクロソフト社は、Windows用Webブラウザ「Internet Explorer (IE)」のサポートを、6月16日をもって(ほぼ)完全に終了した。Windowsのアップデートが行われている場合、IEを起動しようとしても、Microsoft Edge が立ち上がるようになる。
 IEは、WIndows95で採用されたブラウザ。当初はNetscapeの後塵を拝していたが、Windows98にプリインストールされてから利用者が増え、一時期は圧倒的なシェアを誇った。しかし、Chromeがリリースされると、アクセス速度など利便性の差から人気を奪われ、2012年には(デスクトップマシンでの)世界シェアが逆転された。
 2022年5月時点でのブラウザ世界シェア(StatCounterによる調査)は、Chrome 66.64%、Edge 10.07%、Safari 9.62%となっており、以下、Firefox、Opera、IEと続く。

【補記】筆者(吉田)は、50年近く前からプログラミングを行い、電話回線でネットが利用可能になるとキーボードから「Login」などと打ち込んでアクセスした世代なので、情報技術の歴史には一家言ある。最初に使ったブラウザはMosaicで、テキストと画像が同じ画面に表示されたのを見て感動した。ただし、スピードは我慢できないほど遅く、Netscapeが登場すると速攻で乗り換えた。IEは、Windows95にMicrosoft Plus!をインストールすることで使用できたが、初期のバージョンは機能がお粗末で魅力がなかった。
 90年代末頃から、IEとNetscapeの間でいわゆるブラウザ戦争が起きる。マイクロソフト社は、セキュリティよりも利便性を優先する戦略を採用、NetscapeがHTML文法を厳格に適用したのに対して、IEは少々文法ミスがあってもきれいに表示できるという(ある意味、困った)特徴があった。また、ネットのソフト資産をシームレスに利用できることが売りのActive XをIEに組み込み、企業が独自に開発した業務用ソフトをユーザがネット経由で使えるようにしたが、当然のごとくサイバー攻撃の危険性が大幅に増した。メールリスト上にカーソルを移動するだけでスクリプトが勝手に実行されるという危ない機能をOutlookに実装し、ウィルス拡散を招いたのもこの頃である。
 私は、必要機能が欠け不必要機能満載のIEが嫌いで、使いやすくて安全なブラウザを探し続けた。一時期は、自作のスクリプトでパスワードを自動入力できるといった機能が気に入って、和製ブラウザSleipnirを使っていた。その後、firefoxがリリースされるとマイブラウザとして採用、現在に至っている。firefoxは、カスタマイズの自由度が高く、セキュリティがしっかりしているのが特徴。ただし、この特徴が裏目に出て、役所や金融機関など複雑な双方向通信が必要なサイトで、トラッキングがブロックされて正常に動かないケースが多発した。そのせいかfirefoxのシェアは低下を続け、世間的には、「使いやすいがセキュリティはちょっと」というChromeが圧倒的人気を獲得している。私個人としては、かなり残念な状況だ。セキュリティの観点から、OS、ブラウザ、検索サイトはすべて別会社のものを使用するのが好ましいと考えるのだが。
血液中にもマイクロプラスチック(22/05/09)

 大きさ5ミリ以下のマイクロプラスチックは、海洋では食物連鎖によって生体内に蓄積されつつあることが確認されている。水道水や食品にも含まれ、人間の排泄物からも検出されているが、このたび、血液中に存在することが判明した(Environment International, Vol.163, May 2022, 107199)。これは、口から摂取されたプラスチックが消化管を通過するだけでなく、何らかのメカニズムで体内に侵入していることを意味しており、健康上の影響が懸念される。
 アムステルダム大学などのチームによる今回の研究は、22人の健康なボランティアから採取された血液を使って行われた。5種類のプラスチック原料---ポリエチレンとポリプロピレン(この2つが世界的に生産量が多い)、PET(ペットボトルの素材)、ポリスチレン類(カップ麺の容器に使うポリスチレンなどスチレンを含むポリマー)、ポリメタクリル酸メチル(生産量は少ないが歯科技工など身体内部に使用)---について、大きさ0.7μm(多孔質フィルターで保持できるサイズ)以下の粒子に由来するプラスチック濃度が測定された。
 血液1ミリリットルあたりのプラスチック濃度をマイクログラム単位で測定したところ、各プラスチックの合計濃度は一人あたり最大12程度、平均1.6となった(測定データにはかなりばらつきがある)。22人の被験者のうち、定量化限界以上の量が検出されたのは、PET11人、ポリスチレン類8人、ポリエチレン5人、ポリメタクリル酸メチル1人で、ポリプロピレンは検出されなかった。
 プラスチックの侵入経路は明らかでないが、食品や水道水に含まれていたものが経口摂取され腸上皮で吸収されたか、浮遊していた微粒子が肺に入り込んだ後に飲み込まれたと推測される。皮膚から吸収された可能性は小さい。
 血液中に存在するマイクロプラスチックが健康被害をもたらすかどうかは、はっきりしない。しかし、PCBやDDTなどのPOPs(残留性有機汚染物質)やアスベストのように、当初は顕著な毒性が認められなかったにもかかわらず、長期にわたって体内に蓄積されるうちに悪影響が表面化したケースは少なくない。潜在的なリスクとして、集中的な研究を続けるべきだろう。
遺伝子操作ブタの心臓を人間に移植(22/01/14)

 米メリーランド大学は、拒絶反応が起きないように遺伝子操作したブタの心臓を、不整脈で入院中だった57歳の男性に移植したと発表した。末期的な病状でヒトからの心臓移植が行えず、患者本人も実験的医療であることを了承していたため、米食品医薬品局が人道的措置として承認前の医療技術使用を認めたという。
 移植医療はかなり広く行われているものの、移植用臓器が絶対的に不足しており、多くの患者が手術を受けられないまま死亡する。代わりに動物の臓器を移植するというアイデアは古くからあったが、免疫抑制剤でコントロールできないほど強い拒絶反応が起きるために、これまでの移植治療はほぼすべて失敗に終わった。しかし、近年になると、拒絶反応の原因となるタンパク質の発現を遺伝子操作によって抑制することが可能になりつつある。中でも、ブタの心臓や肝臓は大きさが人間のものに近いため、移植できるという期待が高まっており、ブタの腎臓をヒトの脳死体に移植する実験も行われた。今回のケースでは、10箇所の遺伝子を操作して拒絶反応を抑制した。
 ただし、拒絶反応以外にも難しい問題がある。最大の課題は、動物が保有するバクテリアやウィルスの感染をいかに防ぐかである。臓器のドナーとなる動物は、一般に誕生時から無菌室で育てられており安全性は高いが、ブタの場合、細胞内に親から受け継いだ病原体を保有しており、バイオハザードを確実に防げるとは限らない。新型コロナやインフルエンザなど、これまで動物から人間に感染した病気が深刻な被害をもたらした事例は少なくないため、慎重な対策が必要となる。
2021年科学ニュース1位は「タンパク質の構造予測」(21/12/22)

 米科学誌Scienceは、2021年の"Breakthrough of the Year"として、「人工知能(AI)を用いたタンパク質立体構造の予測」を選んだ。タンパク質は、アミノ酸が鎖状に長くつながったもので、水中では、この鎖が折り畳まれて特定の立体構造となる。アミノ酸の並び方は対応する遺伝子の塩基配列からわかるが、どのような立体構造になるかを推定するのは、長い間、大きな困難を伴った。タンパク質同士の相互作用が加わると、立体構造が変化するので、問題はさらにやっかいになる。
 タンパク質の立体構造は、1950年代からX線回折技術を応用して研究されていたが、1個のタンパク質を調べるだけで、莫大な年月と費用が必要だった。だが、こうした地道な研究を続けることでデータが蓄積され、しだいにアミノ酸配列と立体構造の関係が解明されてくる。近年になると、AIを使って膨大なデータから共通パターンを見いだし、それに基づいて各種タンパク質およびタンパク質複合体の立体構造を推測することが可能になった。そうした予測結果と、X線回折のほか核磁気共鳴法や低温電子顕微鏡などによる最新データを突き合わせることで、精度の向上を図ることができる。2018年には、Googleの子会社によって(アルファ碁でも使われた)深層強化学習の手法を用いるAIソフトAlphaFoldが開発され、予測精度は急激に高まった。
 人間の生命活動には何十万種類ものタンパク質が関わっているが、2020年には、AlphaFold2(AlphaFoldの改良版)によって、そのうちの35万種類の構造が解明された。AlphaFold2などのプログラムコードは公開されており、多くの科学者が利用できる。新型コロナウィルスのタンパク質も、このプログラムを使って解析されており、医薬品開発に役立つと期待されている。
アインシュタインの相対論メモ、15億円で落札(21/11/25)

 アインシュタインが書き残した一般相対論に関するメモがクリスティーズのオークションに出品され、1160万ユーロ(約15億円)で落札された。アインシュタインと友人のミケーレ・ベッソの手になるこのメモは、1913〜14年にチューリッヒで記されたもので、54ページに及ぶ。内容は、一般相対論を準備する際の理論計算を含むものらしい。
 重力がエネルギーによって生じた時空のゆがみに起因するという一般相対論は、3つのステップを経て完成された。第1のステップは、等速度運動に関する特殊相対論を加速度運動に拡張しようとするもので、1907年頃から構想された。加速度に伴う見かけの力と見なされていた慣性力が重力と等価だと主張する等価原理をもとに、エネルギーによる時間の伸縮が重力を生み出すというアイデアに到達したものの、「各地点における光速が重力を表す」というスカラー重力理論に囚われて行き詰まってしまう。
 行き詰まりを打開するため、アインシュタインは相対性原理の基本に立ち返り、エネルギーが時間だけでなく空間も伸び縮みさせると考え、学生の頃に勉強したガウスの曲面論を利用しようと試みたが、あまりに難しくて手に負えない。そこで、1912年にチューリッヒ工科大学の教授に就任した際、幾何学を担当していた旧友のマルセル・グロスマンに助けを求めたところ、曲面論の発展形であるリーマン幾何学を紹介され、これを理論に取り入れることにした。アインシュタイン=グロスマンの共同研究は、重力場とエネルギーの分布を結びつけるという一般相対論の基本構想として結実する(第2のステップ)。ただし、すべての観測者にとって基礎的な物理法則が同じ形式になるという一般共変性を有する式(後に「アインシュタイン方程式」と呼ばれるもの)は、見いだせなかった。
 アインシュタインは、1913年から15年にかけて集中的に研究を進め、何本もの(多くは不完全な)論文を書きまくった。1915年夏には、ゲッティンゲンで一般相対論の講演を行うが、これを聴講したヒルベルトは、天才数学者らしく難解な内容を直ちにマスターし自分でも研究を始める。この動きにせかされたのか、アインシュタインは、水星の近日点移動に関するこれまでの議論を見直し、おそらくその過程で正しい基礎方程式に到達する。これが、一般相対論の完成となる第3のステップである。
 今回落札されたメモは、グロスマンとの共同研究によって一般相対論の基本構想ができあがりながら、肝心の基礎方程式が見いだせずに焦燥していた頃のもの。このメモを分析すれば、アインシュタインがどんな過ちを犯し、どこに引っかかって基礎方程式に到達できなかったかがわかるかもしれない。
EU、スマホ充電器の規格を統一へ(21/09/26)

 欧州連合(EU)は、スマートフォンなど電子機器の充電ポートをUSB Type-C(USB-C)に統一する方向に動き出した。今月23日に欧州委員会から統一規格を義務づける法律の草案が提出されたが、欧州議会と欧州理事会の合意の下に法案が採択されれば、メーカが対応するための24ヶ月程度の猶予を経て、統一が実現される。
 EUの狙いは、消費者利益と廃棄物削減にあるようだ。欧州委員会によれば、消費者は携帯機器用の充電器を平均3個所有しており、規格が統一されれば、年間2億5000万ユーロに及ぶ不必要な充電器の購入費が節約できるという。また、廃棄される未使用の充電器が年間1万1000トンにもなると推定され、その削減も重要である。これまで10年以上にわたって自主的に共通規格を採用するようメーカに求めてきたが実現されず、USB-Cのほか、iPhone用のLightningなど複数の規格が並存する。
 接続端子の規格統一がどんな影響をもたらすかを考えるための参考として、家庭用電気コンセントを例に挙げよう。日本における一般的な家庭用コンセントはJIS規格で細かく規定されており、どのメーカの電気製品も即座に接続できて便利だが、必ずしも万全とは言えない。何よりも、ロック機構がないため、抜けかかったコンセントが原因となる感電事故や火災が跡を絶たない。プラグの刃には位置と大きさが厳密に定められた穴があり、ここにコンセント内部のボッチがはまって抜けにくくするはずだったが、なぜか穴だけが義務化されポッチの方は任意とされたせいで、ほとんど利用されないのが現状である。また、電化製品が普及し始めた当初はアース側を区別しないと故障につながったため、アース端子であることを示すようにコンセントの左側の穴は右側より2ミリ大きくなっているが、現在では意味がない。
 電気コンセントの例に示されるように、規格の統一は製品の普及にプラスだが、状況の変化に対応できない危険性を伴う。USB-Cは、上下左右の区別がないシンメトリックなデザインで、電圧は5〜20Vまで対応。信号ラインを介した充電器と接続機器間の通信によって適切な電圧・電流を設定できるようにするなど、現時点ではよく練られた性能を備える。しかし、今後の変化にどこまで応じられるかは、未知数である。
 スマホの充電に関してユーザの要望が強いのは、充電時間の短縮だろう。現在すでに、メーカ独自の急速充電が行われつつあるが、こうした急速充電では高電圧が必要になることが多い。ユーザの要望を受けてUSB-Cの対応電圧を増すことは可能か、増加させたときに旧式の機器が故障しないか---などの懸念がある。
 ここ四半世紀ほどにおける電気技術革新の要となったのが、蓄電池の改良である。ポケットに入る携帯電話が誕生したのも、次世代自動車の本命が燃料自動車から電気自動車に変わったのも、空中浮遊の技術にさして進歩がないのにドローンが空を飛び交うようになったのも、大容量で小型軽量化された蓄電池が開発されたおかげである。将来、数分で1ヶ月分の充電が可能な携帯機器用蓄電池が発明され、USB-Cでは対応できないとなったときには、どうするのだろうか。

【補記】筆者の世代では、充電器よりもACアダプター規格の乱立が悩みだった。PC本体と周辺機器を動かすのにACアダプターが必要なのだが、電圧と端子の極性・形状がバラバラで、すべての機器用に買い揃えなければならない。結果、樹液に群がるテントウムシのように、ACアダプターが電源タップに密集した。
 USB給電が可能になってからPC周りがずいぶんとすっきりしたものの、本体の背後に手を回して接続するときなど、USB端子がなかなかはまらず苦労した(悪名高いS端子ほどではないが)。はまらないのは上下が逆だからとひっくり返しても、うまくいかない。もう1回ひっくり返すと、なぜか一発ですっと入る。私は、この現象を「USBの謎」と呼んでいた。
LINEの個人情報が中国に流出?(21/03/21)

 LINE株式会社(*)が運営するコミュニケーションアプリ「LINE」に関して、個人情報の扱いに不備があったことが報じられ、波紋を呼んでいる。
(*)かつては韓国企業NAVER・ゲーム部門の日本法人だったが、「LINE」の開発によって売り上げが大幅に増加、2021年3月、経営統合によりソフトバンクグループの持ち株会社Zホールディングスの完全子会社に。

 具体的には、中国にあるLINE Digital Technology のスタッフが、問い合わせフォームやアバター機能、捜査機関対応業務従事者用システム(ここで謂う捜査機関とは、日本の検察や警察を指すとのこと)などを開発するに当たって、日本ユーザの個人情報(氏名、電話番号、メールアドレス、LINE IDなど)を入手できる状態にあったという。
 また、人権侵害など問題のある内容だとの通報があった書き込みに対して、日本国内の子会社LINE Fukuokaがモニタリングを行うが、タイムラインとオープンチャットに関しては、外部委託先(大連)でも行っていた。通常、LINEの書き込みは暗号化され外部の人間は読むことができないが、通報があった場合は平文に変換するようだ。
 ネットサービスを行う際に、日本の運営会社がユーザの承諾を得て個人情報を利用することは、法的に問題ない。しかし、外国の企業がアクセスするとなると、たとえ運営会社の業務を代行する場合であっても個人情報の海外移転に相当し、より厳しい規制の対象となる。日本の法律では、「外国にある第三者への提供を認める旨の本人の同意」が必要(「個人情報の保護に関する法律」第24条)。
 例外は、「個人の権利利益を保護する上で我が国と同等の水準にある」と認められる国の場合で、個人情報の保護に関して世界一厳格な一般データ保護規則(GDPR)を持つ欧州連合(EU)などが該当する。しかし、EUが「十分な保護水準にある」という十分性認定を行っていないことから、中国は対象外。むしろ、国家が情報収集する際に民間企業の協力を求める「国家情報法」が2017年に施行されたこともあり、中国に対する見方は厳しさを増している。
 LINE株式会社の主張によると、プライバシーポリシーに「お客様のお住まいの国や地域と同等のデータ保護法制を持たない第三国にパーソナルデータを移転することがあります」と明記しているので、インストールの際にユーザの同意を得たとされる。ただし、2万字ほどもあるプライバシーポリシーの真ん中付近に記されただけなので、常識的に考えれば、同意を得たとは言い難いだろう。
 今回のケースは、技術開発を行うスタッフにアクセス権を付与したもので、実際のアクセス回数はそれほど多くなく、個人情報が詐欺に利用されるといった実害が生じるとは考えにくい。しかし、さまざまなネットサービスが普及する中で、個人情報の保護に関して、ユーザも含めたすべての人がきちんと考えなければならないことを示す事例ではある。

【補記】筆者(吉田)は、LINEを含むあらゆるSNSを全く利用していないので、この出来事がどの程度重大なのかがよくわからない(「タイムライン」や「オープンチャット」が何を意味するのか知らないまま執筆した)。ただし、ネットアプリからさまざまな個人情報がだだ漏れになりやすいことは心得ており、たとえ「製品開発のため」と記されていても、何らかの情報を外部に送信するOSやブラウザの設定はすべてオフにしてある。Googleで検索する際にも、アカウントにログインしない。さすがに、利用規約やプライバシーポリシーすべてに目を通すことまでしていないが、以前、授業の参考にするためMicrosoft製アプリの利用規約における免責条項を読んでみたら、「たとえソフトの欠陥が原因で損害が発生したとしても、当社は決して賠償しません」という意味の文章が延々と繰り返されており、笑ってしまった。
ワクチンを巡るニュース2題(20/11/21)

 ワクチンに関するニュースが、マスコミを賑わせている。まず、新型コロナワクチン開発のニュースから。
 ワクチンの開発には、ふつう数年から数十年がかかるとされる。1983年にウィルスが特定されながら、いまだにワクチンの開発ができないエイズのようなケースもある。これに対して、新型コロナワクチンは、世界中で莫大な費用をかけ同時多発的に研究が行われたこともあって、これまでにないスピードで開発が進められている。ロシアや中国での発表に続いて、11月には、欧米で開発中のワクチンが臨床試験で好成績を収めたと報告された。
 米ファイザー社/独ビオンテック社が共同開発したワクチンは、4万4千人のボランティアの半数にワクチン、半数にプラセボ(偽薬)を投与する臨床試験(第3相)で、90%以上(最終分析の結果によれば95%)の予防効果を上げたという。臨床試験での有効性として、世界保健機関(WHO)は70%以上、米食品医薬品局(FDA)は50%以上を求めているが、今回の試験結果はこの数値を上回る。ファイザーは20日、FDAに緊急使用許可を申請しており、承認されれば年内にも実用化される。
 米モデルナ社が米国立衛生研究所(NIH)と協力して開発中のワクチンは、3万人以上を対象とする治験を行った。プラセボ接種者のうち90例が新型コロナを発症(うち11例が重症化)したのに対して、ワクチン接種者での発症数は5例にとどまり、有効率が94.5%とされた。ワクチンの重篤な副作用は見られず、10%弱に倦怠感や筋肉の痛みなどが生じたという。
 好成績をあげた2つのワクチンは、いずれもメッセンジャーRNA(mRNA)を利用する新技術に基づく。ウィルスを不活化して作る一般的なワクチンと異なり、(1)新型コロナウィルスが持つ表面タンパク質のアミノ酸配列を解析、(2)このタンパク質をコードしたmRNAを合成、(3)mRNAを脂質でコーティングして製剤化---という手順で作られる。ワクチンを投与された患者の体内では、mRNAの指示で表面タンパク質が合成され、免疫応答を誘導する。ウィルスの持つ毒性を回避するため安全性が高く、タンパク質の構造さえわかれば製造できるのでウィルスの変異にも対応できると期待される。ただし、マイナス60度以下での保存・輸送が必要となるため、普及させる上での障害が大きい。
 今後は、有効性(重症化しやすい高齢者や基礎疾患を持つ人にも充分な効果があるか)、安全性(多数の人に接種されるので、重篤な副作用が稀に生じないか)をチェックする必要がある。

 もう一つのニュースは、子宮頸がんワクチンに関するもの。
 日本では、年間約8500人が子宮頸がんと診断される。一生の間に73人に一人の割合で罹る病気で、早期に発見できれば予後は良好だが、後期になると治療が難しい。年間2500人が死亡し、不妊や排尿障害などの後遺症が残ることもある。
 原因は、ヒトパピローマウイルス(HPV)。HPVはごくありふれたウィルスで、成人女性の80%以上が感染したことがあるとされる(男性も感染・発病する可能性あり)。多くは免疫機能によって排除されるが、免疫が弱く長期にわたって感染が続くとガンを発症する。
 持続感染を予防するHPVワクチンは、世界100カ国以上で発売されている。ガン予防効果は60〜70%程度とされるが、接種年齢が低いほど有効性が高い。167万人の女性を対象に行ったカロリンスカ研究所の調査結果(2020年10月)によると、10〜30歳の女性ではワクチン接種によって子宮頸がんのリスクが63%減る。10〜16歳に限ると88%減だった。
 日本では、2010年度からワクチン接種の公費助成が始まり、2013年4月から12〜16歳対象の定期接種となったが、同年6月に副作用(副反応)に対する懸念が高まって積極的勧奨が差し控えられ、現在に至る。この結果、2000年以降に生まれた女児の接種率は激減、1995〜98年生まれで80%近かったのに対して、2002年以降は接種率1%未満となった。カナダやイギリスで15歳以下の女性の80%程度、アメリカで55%が接種しているのに比べると、先進国では突出して少ない数字である。大阪大学などのチームで行われた研究によると、2002〜03年生まれの女子の場合、接種率が激減したことによる子宮頸がん罹患数の増加は17000人、死亡数の増加は4000人と推計される。
 一方、日本で心配された副作用の割合はそれほど高くなく、5万人を対象とした調査で死亡や重篤な後遺症はゼロ。報告された副作用は、胃腸症状や発熱、筋肉痛などである。また、デンマークの研究チームは、慢性的な痛みが続く慢性疼痛症候群とワクチン接種の間に因果関係は見られないと報告した。

 ワクチンは万能ではないが、感染症を予防するきわめて強力な手段である。「正しく恐れ、正しく期待する」ことが必要だろう。
東証システム障害、真の原因は…(20/10/31)

 10月1日に東京証券取引所で発生し、終日取引停止に至ったシステム障害の原因は、(1)ハードウェアの故障、(2)マニュアルの記載ミス、(3)取引再開ルールの不備---という3タイプのミスが重なった結果であることが判明した。問題の重大性は、(1)→(3)の順に大きくなると考えられる。
(1)NASの故障 : 10月1日午前7時4分、株式売買システム「アローヘッド」で、銘柄やユーザー情報などを格納するNAS(ネットワークHDD)のアクセス異常が検知され、売買監理画面などが使えなくなった。原因は、昨年11月に納入されたNAS1号機におけるメモリ故障。ただし、ハードウェアの故障は、ある確率で必然的に発生するものであり、これ自体はさして重大な問題ではない。
(2)マニュアル記載ミスによるフェイルオーバーの失敗 : NASは2台用意されており、1台が故障したときには、バックアップへの自動切り替え(フェイルオーバー)が行われるはずだった。ところが、マニュアルに記載ミスがあったために自動的に切り替わらない設定になっており、2時間以上にわたってNASを作動させられなかった。
 トラブルを起こしたNASは、米社製ストレージを組み込んだ製品を富士通が東証に納入したもので、3代目に当たる。2010年に納入された初代は、フェイルオーバー設定値が「ON」ならば「即時切り替え」、「OFF」ならば「15秒後に切り替え」という仕様だった。ところが、15年納入の2代目からは、「ON」ならば「即時切り替え」は同じだが、「OFF」では「切り替えない」に仕様が変更となった。にもかかわらず、富士通のマニュアルでは「OFF」ならば「15秒後に切り替え」のまま(マニュアル作成は富士通が担当、記載ミスの原因は不明)。設定値が妥当かどうかは富士通と東証が共同で検討したが、マニュアルを元にしたチェックだったため、初代から引き続き「OFF」にされた。結局、2代目から自動的に切り替わらない不適切な設定になっており、5年間NASが故障しなかったため、今年まで見過ごされてきたようだ。
(3)取引再開ルールの不備 : 異常検知後、東証と富士通はNASの手動切り替えを試みたが失敗、午前8時36分に全銘柄の売買停止を決定した。午前9時26分になってようやく切り替えに成功、アローヘッドの再起動を検討したものの、各証券会社との調整がうまくいかなかった。
 東証の取引は9時から始まるが、注文の受付は8時に開始される。7時過ぎに異常を検知した時点で注文受付を停止していれば、何の問題もなくシステムを再開できたはず。ところが、過去に起きた2つのトラブルがそれを妨げたようだ(以下の記述は、日経新聞の記事を元に吉田が再構成)。
 2012年のシステムトラブルの際、いったん注文受付を停止した後に再開したところ、未発注のまま溜まっていた大量の注文を証券会社がいっせいに送信しようとしたため、システムに負荷がかかり混乱が起きた。このため、東証は「障害が起きても注文受付は続ける」という運用ルールを設けた。
 さらに、18年のトラブルでは、東証と証券会社をつなぐ4回線のうち1つが使えなくなり、回線を切り替えられなかった証券会社から公平性を欠くとのクレームがついた。そこで、東証は、障害が起きたときには各証券会社から状況を聞き、不公平にならないようにすることを決めた。
 今回、12年のケースに基づいて8時から注文を受け付けたが、システム再開時にこの注文をどうすれば良いか、18年の教訓をもとに各証券会社に問い合わせたところ、状況に差があってまとまらなかった。結局、混乱を避けるために終日取引停止に至った訳である。
 「システム障害時に受け付けた注文は失効」というルールをあらかじめ徹底させておき、全証券会社に注文失効メッセージを送信してからシステムを再開させても構わなかったのでは…と思われるが、東証の妙な気遣いで事態が悪化したとも言えよう。
神経細胞は再建可能か? iPS細胞移植(20/10/17)

 神戸市立神戸アイセンター病院は16日、iPS細胞から作成した直径1ミリほどの神経網膜シートを移植する手術を実施したと発表した。手術を受けたのは、遺伝的疾患により視細胞が徐々に死滅する「網膜色素変性症」の患者で、10年以上前に発症し現在は明暗がわかる程度だという。
 iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、皮膚などの体細胞に多能性誘導因子と呼ばれる遺伝子を導入することで、さまざまな組織に分化する能力を復活させた細胞。再生医療の切り札とされ、これまで各地の研究機関で臨床研究が進められてきた。世界初の臨床試験は、理化学研究所などのグループが2014年に行ったもので、「加齢黄斑変性」の患者にiPS細胞から作成した網膜組織を移植した。これ以後、角膜、血小板、心筋細胞などがiPS細胞から作られ患者に移植されている。
 2018年には、iPS細胞から誘導したドーパミン神経前駆細胞をパーキンソン病患者の脳に移植する治験が京都大学のグループによって行われた。これは、不足するドーパミンを補充するためのもので、神経を再建しようという試みではない。
 今回の手術は、あくまで臨床研究の一環としてガン化の有無や神経網膜シートの生着を確認することが主目的であり、移植したシートの面積が小さいため大幅な視力回復が期待できるわけではない。しかし、視神経が再建されて光を感じられるようになれば、これまで不可能だった中枢神経系の再建への道を開く画期的なステップとなる。
電子決済サービスの被害拡大(20/09/27)

 電子決済サービスによる不正引き出し被害は、発端となったドコモ口座のみにとどまらず、PayPay、LINE Payなど10の決済業者に範囲が拡大、預金を引き出された銀行も、件数・金額が突出しているゆうちょ銀行をはじめ、10以上にのぼる。
 今回の事件は、次のようにして起きた。まず、犯人が何らかの方法で銀行預金者の口座番号を入手、その名義を使って決済業者用のアカウントを開設し、銀行口座をチャージ元に指定した。このとき、銀行によっては、暗証番号など単純な認証をクリアすれば、預金が引き出せるようになる。事件の背景に、決済業者と銀行それぞれの側で、本人確認が徹底されていないという問題があった。
 決済業者側の問題としては、本人確認を充分に行わないまま、アカウント開設と銀行口座への紐付けを行った点がある。ドコモ口座の場合、メールアドレスさえあれば本人確認なしにアカウント開設が可能となり、口座番号と名義がわかれば銀行口座に紐付けできる。本人確認なしで決済できる電子マネーサービスは以前からあるが、これは、事前に決済業者への支払いが行われるプリペイドのケースであり、残金不足だと銀行口座からチャージできるのに本人確認が杜撰というのは、決済業者の手落ちと言わざるを得ない。
 ただし、決済業者以上に問題の多いのが、銀行側である。公共料金の自動振り込みを利用している人はわかるはずだが、口座から引き落とされるようにするには、たとえ水道局のような信頼できる事業者が相手であっても、事前に所定の書類に必要事項を記入し捺印することが求められる。この面倒な手間があるからこそ、これまで銀行預金の不正な引き出しは滅多に起きなかった。ところが、今回、いくつかの銀行が、口座番号と暗証番号さえ正しければ出金に応じたため、被害が広がった。
 口座番号は、それだけわかっても不正引き出しは(通常は)できないため、必ずしも秘密にされない。入金を受け付けるために、不特定の人に通知することも少なくない。口座番号と結びついた暗証番号は秘匿すべきだが、犯人は、何らかの方法(おそらく、多数の口座番号を入手し、特定の暗証番号に対して次々と口座番号を試す「逆総当たり攻撃」)によって、2つの番号の正しい組み合わせを見つけたのだろう。
 安全を保つためには、多要素認証が必須だとされる。例えば、キャッシュカードで現金を引き出す場合、キャッシュカード(現物)と暗証番号(情報)という2つの異なった要素を組み合わせることで、本人確認を行う。2要素だけでは不充分となると、さらに静脈パターン(生体)などを使った認証を行う。SMSを利用した本人確認も、携帯電話という現物を所有しているかどうかで判定する手段である。何かと批判の多いハンコだが、現物による本人確認の手段として、サインより確実性が高い(意思を確認するための単なる認め印は、サインに置き換えてかまわないが)。ついでに言うと、クレジットカードは、カード番号や有効期限などカードに記載される情報だけでネット通販の支払いが可能になるので、認証はないに等しい。不正引き出しの防止は、実際上、カード発行会社の対策に委ねられる(「クレジット」とは、本来、借主が信用できることを意味するが、昨今の情勢を鑑みるに、悪用されないために貸主たる発行会社の信用性の方が重要となる)。
 今回の不正引き出しでは、2要素認証を行っていなかった銀行が狙い撃ちにされたようだ。ドコモ口座などで利用されたネット口座振替受付サービスの場合、SMSによる2要素認証を行うことが多いものの、固定電話しか登録していない預金者はSMSが使えない。大手銀行の場合、預金者に送付したトークンにワンタイムパスワードを表示する2要素認証が利用されるが、地方銀行の中には、暗証番号という1要素だけで済ませていたところがあり、不正引き出しの温床となった。マイナンバーカードのように認証が複雑すぎると利便性が損なわれるため、利便性と安全性を秤にかけながら、最適な解を模索する必要がある。

【補記】筆者(吉田)は、キャッシュカードを利用する際には暗証番号に加えて静脈認証を併用する。装置のないATMでは静脈認証なしに引き出せるが、その際の上限金額はせいぜい食事代程度。クレジットカードは厳重に保管してあり、外部に持ち出すことはしない。ネット通販で無名の業者から購入する際には、クレジットカードではなくプリペイド電子マネーなどを利用する。ネットバンキングで使うログインパスワードは専用ソフトで作成した英数字混交のもので、ブラウザを介して外部に流出しないように、パスワード入力時にはグーグルアカウントなどからログオフしておく。振り込みの際には必ずワンタイムパスワードを利用し、一度に振り込める金額にも上限を設けてある(そのせいで、親の葬儀代を“分割払い”するハメになったが)。
Excel「お節介機能」のせいで遺伝子名を変更(20/08/30)

 マイクロソフト製表計算ソフトExcelに搭載されたオートコレクト機能のせいで遺伝子の論文にエラーが多発したため、ついに科学者側が折れて遺伝子名を変更することになった。
 このエラーは、主に遺伝子の略称を日付に変換するというもの。例えば、ヒトのタンパク質Septin2をコードする遺伝子「SEPT2」は「2-Sep(9月2日)」に、Membrane associated ring-CH-type finger 1の遺伝子「MARCH1」は「1-Mar(3月1日)」に勝手に変えられてしまう。こうした誤変換は2004年に最初に指摘されており、それ以降、件数は増加の一途をたどっているとのこと。マーク・ジーマンの調査(2016)によると、学術論文3597件のうち、704件でExcelによる遺伝子名エラーが発生していた。遺伝子のデータを入手するために「SEPT2」のような略号で検索をかけた場合、誤った結果を得ることになりかねない。
 オートコレクト機能はマニュアルで解除可能だが、デフォルトでオンになっているため、多くの科学者がそのまま使用しており、誤訂正の多発につながったようだ。結局、ヒトゲノム命名法委員会は、今年8月3日にデータの扱いや検索に影響を与える略号を変更することを決定、これにより、「SEPT2」は「SEPTIN2」、「MARCH1」は「MARCHF1」と表記されることになった。今後略号を決める場合も、「ソフトウェアがミスを犯さないように配慮すべし」というガイドラインが示された。
 今回問題となった日付のケースは、これまで地域によって略し方が異なり混乱の元になっていた。「11/12/13」は、アメリカでは2013年11月12日、イギリスでは2013年12月11日になる。日本人がよく使う「13-12-11」は、国際的には通用しない。マイクロソフトが日付を強制的に変更する仕様にした意図は、わからなくもない。
 ただし、アプリが自動的な訂正を行う際には、必ず守るべき大原則がある。それは、訂正した箇所を明示し、人間がそれは誤った訂正だと判断したときには、元に戻せるようにすることである。論文中に遺伝子の略号と日付が混在していて、それらが全て「2-Sep」に変換されてしまった場合、簡単な操作で遺伝子か日付のいずれかに正しく戻せなければならない。アプリによっては、オートコレクトが上書きとなっており、誤訂正の訂正が不可能な場合もあるので、注意が必要となる。

【補記】筆者(吉田)も、各種アプリに搭載されたオートコレクト機能に悩まされてきた。多くのワープロには、行頭の数字を連番に変更する機能があるが、うっかりこれをオンにしたまま執筆していたとき、「第×章を参照」という文言が行頭に来たため、章番号が勝手に変わっていたことがある(元に戻せなかったため、どの章か改めて検索しなければならなかった)。
 日本語入力システムでは、AI学習のせいで奇妙なかな漢字変換が生じることがある。宇宙論の記事で「てんたい」がいきなり「転貸」と変換されたときには、びっくりして何を書こうとしていたか忘れてしまった(直前の文章に経済と関連する用語が含まれていたらしい)。最近では、アプリの使用を開始する段階で、メニュー-オプションを隅から隅まで調べ、オートコレクトとかアシストといった機能(特に、AIなどという怪しげなものを持ち出す場合)はほぼ全てオフにしている。
蘇った白亜紀の微生物(20/08/10)

 海洋研究開発機構などから構成される国際研究グループは、430万〜1億150万年前の海底堆積層から採取された微生物が、餌を与えることで生命活動を再開したと報告した( NATURE COMMUNICATIONS, 28 July 2020)。微生物の種類は、rRNA解読などを基に、シアノバクテリアなど一部が特定されている。1億年以上前の地層に微生物が含まれるという報告はこれまでにもあったが、活動を停止していた古代の微生物が代謝・増殖の能力を保っているかどうかは不明だった。
 試料を採取したのは、南太平洋環流域の深海底7カ所(水深3740〜5695m)。この場所の堆積層(海底表層から玄武岩直上まで)は、粒径の小さな遠洋性粘土がみっしり詰まっているため、微生物でもほとんど動けない。顕微鏡写真で見ると、粘土の塊の中にわずかに細胞が点在する様子がわかる。このため、古代の微生物が移動できずにそのまま閉じ込められたと考えられる。エサとなる有機物が少ないせいもあって微生物の呼吸活性はきわめて低く、すでに死滅し化石化しているとも考えられた。
 ところが、採取された微生物に、エサとなる物質(グルコース、酢酸、ピルビン酸、重炭酸、アンモニア)を含む溶液を滴下し、微量の酸素を供給したところ、培養開始から21日目にはエサを吸収(質量分析器を使って確認)、68日目には活発に増殖していることが判明した。細胞濃度は多いもので1万倍以上に増え、細胞分裂に要する期間は平均して5日だった。これは、下北半島八戸沖の海底下微生物より5倍も早いという。これらのデータから「生きていた微生物の割合」を計算したところ、平均で77%、1億150万年前(白亜紀)の地層では99.1%に達した。
 古代の微生物は、元気だったのである。
ALS患者嘱託殺人で逮捕者(20/07/28)

 京都府警は今月23日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者に対する嘱託殺人の容疑で、医師2人を逮捕した。安楽死を希望するALS患者から依頼され、昨年11月に薬物を投与して殺害したとされる。容疑者は患者の担当医ではなく、SNSで知り合った後、金銭の支払いを受けて患者の自宅マンションで投薬を行ったようだ。
 ALSとは、運動ニューロンの障害によって筋肉がしだいに動かなくなる難病で、患者は全国で1万人ほどに上る。多くの場合、手指が動かしにくいなどの軽い症状から始まり、そのまま一方的に進行して全身の筋肉が侵され 、最終的には呼吸筋が機能しなくなって呼吸不全で死に至る。ただし、感覚や思考、内臓機能は保たれ、眼球運動も可能だという。原因は不明で、進行を遅らせる薬はあるが、根本的な治療法はまだない。
 ALSのように精神的苦痛が大きく、また、周囲に負担をかけているという自責の念をもたらす病気の場合、患者が鬱状態になり希死念慮を抱きやすい。このため、精神的なカウンセリングが欠かせず、担当医による適切な対処が必要である。
 現在では治療法のない病気でも、画期的な技術が開発される可能性がある。実際、かつて不治の病と恐れられたAIDSは、ウイルスの増殖を抑制する薬が開発されたことで、(完治は難しいものの)長期にわたり寛解状態を保てるようになった。ALSの場合は、嚥下障害や呼吸困難に対応できる看護機器の開発が望まれる。
 今回のケースは、「積極的安楽死」と呼ばれる行為に相当し、終末期医療で不必要な延命行為を行わないという消極的安楽死(尊厳死)とは峻別される。消極的安楽死なら、日本でも、医療現場でかなりの数が実施されていると思われる。一方、積極的安楽死は、原則的に刑法上の違法行為と推定され、1件1件、法的な観点から(通常は裁判の場で)検討される。担当医以外が致死的な投薬を行ったことが事実と認定されれば、嘱託殺人の罪は免れないだろう。
来月からレジ袋有料化(20/06/27)

 7月1日から、経済産業省主導でレジ袋有料化が実施される。これは、商品を運ぶための持ち手がついたプラスチック製買い物袋の無料配布(価格1円未満を含む)を禁止するもの。制度の対象外となるのは、繰り返し使用できる厚さ50μm以上、生分解性プラスチックの配合率100%、または、バイオマス素材の配合率25%以上のレジ袋だけである。
 この制度を環境対策の一環と見なす向きも多いが、実際には、環境被害を軽減する効果はあまりない。これまでレジ袋の有料化・禁止を積極的に推し進めてきたのは、ケニアやバングラデシュなどアフリカや南アジアの国々が多く、主に、都市部で放出されたレジ袋で下水が詰まるのを防ぐための施策である。日本では、商品の運搬に利用されたレジ袋は家庭でゴミ袋として活用されるのが一般的であり、環境被害につながるものはごく一部でしかない。レジ袋有料化は、ネット通販の普及で売上減少に苦しむ小売店を支援する制度だと考えるのが妥当だろう。
 ただし、環境問題の知識が乏しい子供を啓蒙するきっかけになるので、間接的に環境被害の軽減につながるかもしれない。
 プラスチックによる環境被害を減らす上で最もパワフルな施策は、リサイクル法の拡充である。この法律が効果的なのは、製品設計に直接関わるメーカーが対策を検討するからだ。
 例として、家電リサイクル法を挙げたい。この法律の施行(2001年)により、使用を終えた洗濯機がメーカーに戻されることになった。その結果、メーカーは、以前のようにただ頑丈に作るのではなく、数本のネジを外すだけでポリプロピレン製の洗濯槽が簡単に分離できるように設計を変更。汚れの種類は容易に特定できるので専用洗剤によって洗浄し、その上で破砕してリサイクルに回すようにした。使用するプラスチックの種類を減らすことも、回収後の処理を容易にする。このように、設計段階から「リサイクルしやすい製品」にしておくと、リサイクル効率が格段に高まる。
 プラスチックは、加工段階で加えられるさまざまな添加剤が不純物となるため、マテリアルリサイクルが難しい。リサイクルできるのは、同種のプラスチックが大量に集まる場合だけである。リサイクル法で道筋をつけることにより、ポリスチレン製のトレーや発泡スチロール製の緩衝材などをまとめて回収すれば、(ポリプロピレン製の洗濯槽やPET製容器と同様に)化学的な処理が可能になる。それができない雑多なプラスチックは、燃料・助燃剤として燃やしてしまうのが、化学汚染を減らす上で最もマシなやり方である。雑多なプラスチックの使用に対しては、リサイクルよりもプラスチック税を課すことを考えた方がよい。
 残念ながら、こうした効果的な環境対策を導入しようとすると、業界団体が猛烈に反対するため、レジ袋有料化のようにすんなりとはいかない。2013年施行の小型家電リサイクル法は、「メーカーが製品回収の義務を負う」というリサイクル法の基本理念が省かれ、あまり効果のない骨抜き法にされた。

【補記】筆者は、月5回ほどスーパーで、月1回ほど大型安売り店で買い物をしており、コンビニは(宅配便を送るとき以外は)利用しない。消費財は、ストックがなくなる数週間前からスケジュールソフトに記入し、必要なものを計画的にまとめ買いするので、常に大型レジ袋が満杯になる。これらのレジ袋はゴミ袋として使用しており、ほとんど無駄にならない。ただし、年間を通してもらったレジ袋の1割ほどが余るので、もらう枚数を少し減らそうと考えている。スーパーでは大型レジ袋の価格が1枚5円になるが、市販のゴミ袋はこれよりやや高い。レジ袋の仕入れ価格はおそらく1枚2円以下だが、客に渡す手間などを考えると5円は納得の価格なので、今後はスーパーで有料レジ袋を購入し、大型安売り店では、スーパーのロゴ入りレジ袋を使い回す予定である(嫌な顔をされる気もするが)。
新型コロナ、残る謎多く(20/06/04)

 新型コロナウィルス感染症(正式な病名はCOVID-19、ウィルス名はSARS-CoV-2;ここでは「新型コロナ」と呼ぶ)は、日本では流行の峠を越えたようだが、ブラジルやイランではまだ流行が続いており、予断を許さない。現時点での国内の状況は、PCR検査実施人数30万人(空港検疫等を含む)に対して陽性者数1万7千人、重症者101人、死亡者900人(最後の2つは厚生労働省が発表した2020年6月2日現在の数値)となっている。
 今回の新型コロナ・パンデミックに関して、3つの論点を取り上げよう。

(1) 国によって感染率・致死率に大きな差があるのはなぜか?
 新型コロナにまつわる最大の謎は、欧米と東アジアでは、まるで別の病気であるかのように差が生じたことである。ヨーロッパや南北アメリカの場合、人口100万人あたりの死者が軒並み100人を大きく超える。欧州で最初に被害が拡大したイタリアでは人口100万人あたり554人(厚労省発表の6月2日時点での死者数をWikipediaに掲載された人口で割った値)、コロナ対策の優等生とされるドイツでも103人なのに対して、中国3.2人、韓国5.3人、日本7.1人と桁違いに少ない。この理由が解明されない限り、今後の対策を立てようがない。思いつく理由としては、次のようなものがある。

データの誤差が大きい:日本ではウィルス感染の有無を確認するPCR検査が充分に行われておらず、感染者数の見積もりが実態より大幅に少ないと推測される。新型コロナによる肺炎は、他の呼吸器疾患と明確な差違がなく、高齢者など免疫機能が衰えて高熱・呼吸困難などの症状が現れない患者は、コロナの死者に分類されない可能性が高い(肺炎による高齢者の死は、昔は往々にして“老衰”とされ、現在でも、多臓器不全という曖昧な死因が診断書に記入されるケースが少なくない)。欧米では、たとえ最終的な死因が細菌性肺炎であっても、そこに至る過程でインフルエンザ・ウィルスに感染していた場合はインフルエンザ関連死に分類されることが多い。こうした違いによって、日本と欧米で死者数の割合が異なったのかもしれない。しかし、この理由付けでは、きちんと検査を行っていたドイツと韓国の差が説明できない。
欧州に伝播する過程で強毒化した:コロナウィルスは、頻繁に突然変異を起こすことが知られている。新型コロナの場合も、何千人もの患者から集めたウィルスのゲノム解読により、塩基配列に100箇所以上の変異が起きたことが判明した。1月中旬に中国・武漢から世界各地に伝播したウィルスは、1月下旬から2月上旬に欧州型に変異してヨーロッパで猛威を振るい、さらに、アメリカに渡って米国型に変異した。遺伝子変異によってウィルスが強毒化したため、中国で封じ込めに成功したと思われた矢先、イタリアやイランで感染爆発が起きたと解釈することもできる。ただし、こうした遺伝子変異が強毒化をもたらしたという医学的な証拠はなく、東アジアに米国型や欧州型が逆輸入され感染爆発を引き起こすことがなかった理由も判然としない。
遺伝子や風習の民族差が感染率の違いを生んだ:ヒトゲノムには塩基配列が1ないし数箇所だけ異なる多型があり、その割合は民族ごとに違っている。このため、アジア人に多く見られる遺伝子型が、感染率や致死率の低さをもたらした可能性はある。免疫細胞から分泌されるサイトカインの遺伝子にアジア独自の変異があり、そのせいで感染率が低くなったという説もある。もっとも、遺伝子のタイプが日本や中国とかなり異なるインドでも、100万人あたりの死者数は5人程度と少なく、遺伝子の違いだけでその差を説明することはできない(インドのデータが信用できないのかもしれない)。
 結核の予防ワクチンであるBCGの接種が、新型コロナの感染を防止するという見方もある。BCGを定期接種する国(日本、中国、韓国、香港、シンガポールなど)と、そうでない国(イタリア、スペイン、アメリカ、フランス、イギリス)で感染率が大幅に異なることが、その根拠とされる。ただし、イスラエルの研究チームによる調査結果は、この説と相容れない。イスラエルでは、1982年までBCG接種率が90%以上あったが、82年以降は結核流行地からの移住者だけに接種するようになった。そこで、出生が82年の前か後かで新型コロナ感染率が調査されたが、有意差は見出されなかったという(ただし、82年以降生まれでも、出生国でBCG接種されたかどうか確認できないケースもあり、確実な結果とは言えない)。このほか、握手やハグといった身体接触を伴う風習の有無が感染率の違いをもたらしたと主張する人もいるが、イタリアとイランで同時期に類似したパターンで感染爆発が起きた理由が説明できない。

(2) どの対策が有効だったのか?
 感染拡大を左右するのが、実効再生産数である。これは「1人の感染者による2次感染者数」を表す数で、感染対策や集団免疫などの状況に応じて変動するため、理論的には決定できず、感染者数の変動を調べることによって求められる。感染者は、免疫獲得によるウィルス消滅、または隔離・死亡などによって感染力を失うため、実効再生産数が1以下ならば感染者数は減少する。
 ヨーロッパでは実効再生産数がかなり高く、積極的な対策が奏功したとされるドイツですら、初期には4を超えていた。一方、東京都の場合、新型コロナウィルスが伝播してから暫くは、実効再生産数が1から3の間で上下していたが、3月25日に小池都知事が「感染爆発の重大局面」として自粛を要請してから減少傾向が顕著となり、4月1日頃に1以下となって感染爆発の危険が去った。4月7日に政府が発令した緊急事態宣言の効果は、それほど大きくなかったようである。
 新型コロナに対して政府や自治体、個人レベルでさまざまな対策が講じられたが、どれが有効なのかはいまだはっきりしない。今後、対策の実施と感染拡大の状況に関する精細なデータ分析が進むと、有効性の高い対策が明らかになると期待されるが、ここでは、(かなり杜撰な)推測を試みる。

何らかの政治的対策は必須:積極的な政策を実施しなかった国に、スウェーデンがある。スウェーデンは、緩やかな感染増大によって集団免疫が獲得できるとの見通しから、ロックダウンや休校、感染者の隔離を政策的に行わず、外出を控えるといった国民の自主的な対応に委ねた。結果的に、人口100万人あたり死者数は445人で、イギリス、フランス、イタリアよりは少ないが、アメリカより3割以上多く、ドイツの4倍以上、周辺北欧諸国の数倍〜10倍となり、コロナ対策に失敗したと批判されている。
PCR検査の有効性:PCR(Polymerase Chain Reaction)検査とは、ウィルス遺伝子を増幅して検出する方法で、鼻・喉・唾液などから検体を採取して調べる。採取部位に充分なウィルスがあれば精度は高いが、実際には、感染してからしばらくの間はウィルス量が少なく、しばしば偽陰性となる。感染4日では3分の1が偽陰性というデータもあるが、採取部位・採取方法による差違が大きく、精度何パーセントと確定できない。
 PCR検査を行う際に注意すべきなのは、何のための検査かを明確にすること。新型コロナの場合、高齢者・基礎疾患保因者以外は重症化率が低いため、陽性判定が出ても、自宅待機が指示されるだけで入院治療は行わないのがふつうである。このことを周知徹底させなければ、治療してくれると誤解した人が殺到し、検査機関がクラスター源となってしまう。
 検査が比較的うまくいったのがドイツで、1月には新型コロナウィルスの検査方法を開発、2月中旬までにPCR検査を大規模実施する体制を整えた。多数の市民を組織的に検査し、陽性判定の人を自宅に待機させる方策を実施することで、高齢者など高リスク者への感染を防いだ。PCR検査数だけ見ると、ヨーロッパではドイツとイタリアが多い(4月中旬まで共に150万件前後)が、致死率(感染者が死亡する割合)でドイツはイタリアの3分の1程度であり、検査数だけでなく検査後のケアが重要であることがわかる。
有効だった政策:さまざまな政策が相次いで実施されたため、各政策の有効性が必ずしもはっきりしない。各国の対策実施時期と感染者数の推移を示すグラフを見ると、大規模イベントの中止が発令された後で感染者数がはっきりと減少しており、それに比べると、ロックダウンや休校は効果に乏しいように見える。しかし、どの対策でも、効果が現れるにはタイムラグがあるため、軽々に結論を出すべきではないだろう。
有効だった個人的対策:新型コロナの感染経路は主に飛沫感染と接触感染であり、この2つを防げば高い確率で感染が防止できる。接触感染に対しては、手洗いが有効。飛沫感染の防止は、人混みを避けるのが最も効果的だが、物理的間隔の確保やマスクの使用も効果がある。
 医学誌ランセットのレビュー(D.K.Chu et.al, June 01, 2020)によると、新型コロナをはじめ、SARSやMERSなどコロナウィルス感染症に関する172の研究を分析した結果、物理的間隔を1メートル開けると、近接した場合に比べて感染リスクが有意に減少するという。2メートル離れると、さらにリスクが低下する。マスクに関しては、N95マスク(米国労働安全衛生局認定マスクで、0.3μm以上のNaCl結晶捕集効率が95%以上)の効果が大きいが、それ以外のフェイスマスク(医療用使い捨てマスク、再利用可能な12〜16層のコットンないしガーゼマスク)でも、ある程度の効果が認められた。

(3) 今後はどうなるのか?
 新型コロナを撲滅することは、現実問題として不可能と思った方がよい。ワクチンの開発には、少なくとも数年を要するし、コロナウィルスはインフルエンザウィルスと同様に頻繁に遺伝子変異を起こすので、有効性は限定的である。治療薬の開発は、望み薄である(開発できるならば、風邪の治療薬が市販されているはずである)。
 もっとも、むやみに恐れる必要はない。新型コロナは、インフルエンザに比べて感染率が高いために世界的流行になったが、50歳以下の健常者の致死率は必ずしも高くない(データが出そろっていないので確言はできないが、アメリカ疾病予防管理センターの発表などによると、おそらく0.1%以下)。今後は、コロナと共存しながら少しずつ集団免疫を獲得し、ふつうの風邪と同程度のリスクになるのを待つだけである。
 新型コロナに対する高リスク者は、高齢者と基礎疾患(糖尿病、心臓病、COPD、ガンなど)の保因者で、致死率は50歳以下の健常者と比べて数十倍以上になるので、流行中は感染者との接触をできるだけ避けるようにする。
 重要なのは、今回のケースが、起こり得るパンデミックとしては小型だったという点である。今世紀中に、新型コロナを超えるパンデミックが勃発する可能性はかなり高い。今回の教訓を元に、どのような対策を実施すれば被害を最小限に食い止められるか、充分に考えて準備を整える必要がある。
ChromeでサードパーティーCookieをブロック(20/01/19)

 Googleは、同社製のWebブラウザChromeで、サードパーティーCookieに対する制限を段階的に強化する方針を明らかにした。まず、2月リリース予定のChrome80において、安全性の条件を満たしていないサードパーティーCookieをデフォルトでブロックする設定に変更、さらに、2022年までに、これを利用したデータの外部提供を取りやめるという。
 Cookieとは、ブラウザでネット上の情報にアクセスする際に、閲覧者のPCやスマホに作られるファイル。「どのページにアクセスしたか」などの情報が記載されており、この情報をサイトに送信することで、例えば一度パスワードを入力すれば、同じサイト内でページを移動しても、繰り返しパスワードを入力する必要がなくなる。サードパーティCookieとは、現に閲覧しているサイト以外に情報を送信するためのもの。閲覧したWebページに広告が掲載されていると、広告元のドメインに結びつけられたCookieが発行され、その広告をクリックしたかどうかが広告主などに知らされる。広告主からすると、どのページに掲載された広告が役に立ったかわかるので、効率的な広告を打ちやすくなる。
 ネットを閲覧する側からすると、サードパーティーCookieを通じて、閲覧履歴などの個人情報が自分のあずかり知らぬところに送信されることを意味する。この仕組みがプライバシー保護の上で好ましくないとの観点から、AppleとMozillaは、すでにそれぞれのブラウザ(SafariとFirefox)においてデフォルトでサードパーティーCookieをブロックする設定に変更していた。一方、広告の売り上げが最大の収入源であるGoogleにとって、Cookieを用いた情報収集は生命線のはず。Cookie以外のデータソースを開発するのか、外部提供はやめて自社に情報を集中させるのか、どのような方途を採用するか注目したい。

【補記】ちなみに、筆者(吉田)が使用するブラウザは、Chromeよりもセキュリティ対策がしっかりしているFirefoxで、信頼できるいくつかのサイト以外では、すべてのサードパーティーCookieをブロックする設定。また、毎日PCをシャットダウンする際、信頼サイト以外のドメインを持つCookieを全消去する(CCleanerを利用)。検索やマップにはGoogleを利用するものの、Googleアカウントでのログインはしない。受信専用のGmailアドレスを持っているが、受信するとき一時的にログインするのみ。うっかりログアウトし忘れたときに備えて、すべてのアクティビティを一次停止にしてあり、もちろんカレンダーやストレージも利用しない。同様にマイクロソフトがらみの設定でも、メインマシンはローカルアカウントのみ、Windowsのプライバシー設定では、診断データの送信や履歴の保存など、情報を外部に流す出口になりそうなほぼすべてをオフにしている。
箸墓古墳をミューオンで透視(20/01/14)

 奈良県立橿原考古学研究所は9日、おととし12月から宇宙線起源のミューオンを利用して、纒向遺跡の中にある箸墓古墳の内部調査を実施中であることを明らかにした。
 箸墓古墳は、全長280メートルの前方後円墳で、炭素14を用いた年代測定により、3世紀中頃から後半に建設されたと推定される。これが卑弥呼の死亡時期(248年頃)に近いことから、卑弥呼の墓という説もあるが、確証はない。宮内庁が陵墓(皇族を葬った墳墓)として管理しており発掘ができないため、ミューオン調査が行われることになった。
 ミューオンとは、相互作用の性質が電子とよく似た素粒子だが、質量が電子の200倍あり、軽くて散乱されやすい電子と異なって、物体を透過する力が大きい。宇宙線(宇宙から飛来する高エネルギー粒子のビーム)との相互作用によって大気上層部で生成され地表に降り注いでくるミューオンは、途中に物体があっても、厚さや密度に応じた割合で通り抜けることができる。この透過ミューオンを背後に置いた観測装置でキャッチすれば、ちょうどレントゲン写真のように、物体の内部構造がある程度判明する。
 ミューオンを用いた観測が威力を発揮したのが、2015年から行われたピラミッドの内部調査で、石材が充填されていると仮定したシミュレーションよりも有意に多いミューオンが検出されたことから、大回廊上部に空洞が存在すると結論された。このほか、火山内部のマグマや事故を起こした福島第一原発の状況を調べるのに、宇宙線起源のミューオンが活用されている。
 今回の調査結果は、2020年度に公表される予定だが、棺を納めた石室の状況がわかれば、被葬者を推定する手がかりになるかもしれない。
【補記】筆者(吉田)は、3世紀の日本には、九州の倭と近畿のヤマトという2つの国が併存していたという見解を採用しており、箸墓古墳が卑弥呼の墓だとは考えていない。倭が、馬韓(後の百済)を介して帯方郡と連絡を持ち、魏志東夷伝に記載されるに至ったのに対して、ヤマトのルーツである伽耶は外交ベタで周辺諸国との人的交流に欠けていたため、中国の史書にヤマトの名が載らなかったのだろう。
"2019 Breakthrough of the year"にブラックホール撮影(19/12/27)

 米Science誌が選ぶ"2019 Breakthrough of the year"は、大方の予想通り、「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」による超巨大ブラックホールの撮影となった。地球から5500万光年彼方にあるM87銀河の中心に位置するブラックホールは、太陽の65億倍の質量を持つ巨大な天体だが、その強大な重力によって光の放出すら許さない。このため、周囲の降着円盤が発するX線の観測しかできないと思われていた。ところが、EHTチームは、地球上の各地に設置された天体望遠鏡のデータを組み合わせることで仮想的な干渉計を構成し、ブラックホールの重力で屈折した光による像の撮影に成功した(詳しい解説は、過去の「気になるニュース」に掲載)。
 このほかの"breakthrough"は、以下の通り。
Googleが量子超越性を実証?(19/10/20)

 9月20日、英フィナンシャル・タイムズが「量子コンピュータが既存のコンピュータを超える《量子超越性》をGoogleが実証したもよう」と発表して、研究者の間で話題となった。日本のマスコミも、後追い報道を始めている。ただし、このニュースは、量子コンピュータ研究の進捗度合いを示すものではあっても、一部で誤解されたほど画期的ではない。
 まず、ニュース内容が正当かどうかを確認する必要がある。フィナンシャル・タイムズのニュースソースは、NASAのウェブサイトに誤って掲載されたと見られるGoogleの論文草稿で、草稿はすぐに削除され、Google側もコメントを発表していない。この草稿がGoogleの研究者によって充分に検討を重ねられたものかも、不明である。また、正式な論文として発表されてからも、他の研究者の手でその正当性を検証しなければならない。
 量子超越性とは、既存のコンピュータでは達成不能なタスクでも量子コンピュータなら実行できることを意味し、「量子ビット」を利用することの直接的な帰結である。量子ビットは、0と1のどちらかの値しか取らない古典的なビットと異なり、両者の重ね合わせ状態となり得る。この重ね合わせを利用した並列計算を行うことで、従来の逐次的な処理よりも遥かに速い動作が実現できると期待されている。
 Googleが行ったのは、「53量子ビット」の量子プロセッサー・Sycamoreを搭載するコンピュータに乱数生成に関する計算をさせる一方、現時点で最高速のスパコン・Summitに同じ量子回路のシミュレーションを実行させて比較するというもの。結果的に、SummitはSycamoreが3分20秒で行った計算をシミュレートできなかった。計算を完了するには、1万年かかるらしい。
 この結果は、あくまで、量子コンピュータが、自分の得意なタスクを既存のスーパーコンピュータより桁違いに速く遂行したことを意味するだけである。53ビット程度では分子反応のシミュレーションなどは困難であり、また、量子現象特有の揺らぎに起因する計算ミスが払拭されたとも言えない。実用化までには、克服しなければならない課題が山のように残されており、あと数十年は無理そう。当面は、量子現象を利用したアニーリング・マシン(D-Waveが発売)が、最適化問題という限定的な分野で“量子コンピュータもどき”として利用されるだろう。
 しかし、量子ビットを利用して、スーパーコンピュータを遥かに凌駕するスピード計算を行った点は、興味深い結果と言える。過大評価は好ましくないが、量子コンピュータの行く末を見つめる上で、一つの里程標となるだろう。
【補記】Googleの研究チームは、23日付け科学誌Natureに量子超越を達成したとする論文を発表、24日に行われた記者会見では、「コンピュータ開発史においてライト兄弟の有人初飛行に匹敵する」とその意義を強調した。一方、米IBM社の研究者は、Googleが行った計算を独自の手法により従来型のスパコンで解いたところ、1万年どころか2日半しかかからなかったと述べ、今回の成果を過大評価すべきではないと示唆した。
 ※個人的な見解だが、私は、量子コンピュータは容認できる水準まで計算ミスを排除できず、暗号解読や複雑なシミュレーションには利用できないと考えている。
たばこ規制はどうなるのか?(19/10/02)

 最近、たばこ絡みのニュースがいくつも報じられている。たばこが「予防できる最大の死亡原因」であることは医学界では常識だが、現実には、科学的な根拠に基づく対策がとられていない。こうした状況が、今後どのように改善されるのか(またはされないのか)、気になるところである。
 日本では、東京オリンピックに向けて、受動喫煙防止の努力規定があった健康増進法を改正して規制を強化する動きがあったが、一部議員の反対に遭い、原則禁煙の除外範囲を拡大するなど後退した改正案が、2018年に可決された。19年7月から学校・病院などが敷地内原則禁煙になり、20年4月には、多くの施設(居住用施設を除く)で屋内が原則禁煙となる。ただし、例外がいろいろとある。学校・病院・行政機関などの特定施設以外では、飲食の提供ができない喫煙専用室が設置できる。シガーバーなど喫煙サービスを目的とする施設ならば、受動喫煙防止の基準に適合した喫煙目的室(飲食の提供可)を設けられる。また、経営規模の小さな既存の飲食店の場合、経過措置として喫煙可能室の設置が認められる(条件あり)。喫煙可能なスペースは、「喫煙可能という標識の掲示が義務付け」「20歳未満立ち入り禁止」となる。
 内閣府は、今後の施策の参考にするため、はじめて「たばこ対策に関する世論調査」を(がん対策に対する調査と併せて)実施、その結果を9月に公表した。たばこの害に関しては、「肺がんなどがんの原因になる」ことは85.2%の人が認知しているものの、「脳卒中や心筋梗塞、肺気腫の原因になる」ことを知っていると答えた人は66.8%にとどまる。肺気腫を含むCOPD(慢性閉塞性肺疾患)は、「たばこ病」と呼ばれるほど喫煙との関係が深く、患者の大半が喫煙者である。WHOは2030年までに世界の死亡原因の第3位になると予想しているが、一般の認知度はまだ低い。日本の患者数は500万人を超えると推定されるものの、多くの人は咳や痰に苦しみながら医療機関で治療を受けていない。上記の世論調査では、政府のたばこ対策として「未成年者に対する、たばこの健康被害に関する教育の充実」をあげる人が最も多かったが、成人も、もう少し知見を広げてほしい。
 紙巻きたばこの代替品となりそうな加熱式たばこと電子たばこに関しては、議論が混乱しているようだ。
 たばこの有害性は、主に、葉たばこに含まれるニコチン(嗜癖性など多くの生理的効果を持つ)と、燃焼の際に生じる多種類の有毒物質に起因する。加熱式たばこの場合、たばこの葉を電気的に加熱することで生じるニコチン入りエアロゾルを吸引する。このため、紙巻きたばこに比べると、ニコチン以外の有毒物質の割合は少なく、毒性が低いと推測されるが、確認されたわけではない(体に害のあるニコチンを多量に吸い込むので、当然のことながら、安全ではない)。ただし、低毒性だというエビデンスが集まれば、紙巻きたばこの常習者を、より毒性の低い喫煙具に誘導するための手段として利用できるだろう。
 一方、いわゆる電子たばこに関しては、誤解がある。日本では、「たばこ事業法」によって「製造たばこ」が「葉たばこを原料の全部又は一部とし…(中略)…製造されたもの」と規定されており、この定義を用いると、電子たばこの多くは「たばこ」ではない。電子たばこと呼ばれるものは、液体を加熱することで発生するエアロゾルを吸引するための装置であり、加熱する液体にニコチンを添加した製品は、薬事法に引っかかるので国内では市販されていない。アメリカでは、今年8月以降、電子たばこの利用者に肺疾患が多発し死亡者が続出したため、禁止の動きも出ているが、発症者の多くは非合法な化学物質(THCという向精神薬など)を吸引していたと見られる。電子たばこ自体は、薬用成分を吸引するためのポータブルな装置であり、使い方によってはきわめて有用なので、適切な規制の下で普及を図るのが好ましいだろう。
公取委、個人情報収集を独禁法で規制する方針(19/09/01)

 ITプラットフォーマーによる個人情報の収集に対して、批判の声が高まっている。アメリカでは、13歳未満のデータを自動収集することを規制するプライバシー保護法に違反したとして、連邦取引委員会がユーチューブに1億ドルを超す制裁金の支払いを求めた。同委員会は、昨年、最大8700万人の個人情報が不正利用された件でフェイスブックに巨額の制裁金を科している。日本でも、リクルートキャリアが「リクナビ」に登録した学生のデータから内定辞退率を予測し、本人の了承を得ないまま企業に販売したことが問題視され、国の行政委員会である個人情報保護委員会が勧告を行った。
 こうした流れを受け、公正取引委員会は8月29日、大手IT企業が個人情報を収集・利用することに対して、「優越的地位の濫用」を規制する独占禁止法を適用する指針案を公表した。それによると、「消費者がデジタル・プラットフォーマーから不利益な取り扱いを受けても、消費者がサービスを利用するためにはこれを受け入れざるを得ないような場合は、当該デジタル・プラットフォーマーは消費者に対して優越した地位にあると認定」し、独禁法による規制の対象とする。
 優越的地位の濫用になるケースとしては、(1)利用目的を知らせずに個人情報を取得する、(2)利用目的の範囲を超えて個人情報を取得・利用する−−など4類型が上げられている。現在、どのように使われるか充分な説明なしに、スマホアプリによる位置情報の取得や、SiriやAlexaといった音声アシスタントへの入力の収集が行われているが、指針案ではこれらも規制対象となる。Webの閲覧履歴などを含むCookieのデータも、保護対象となる個人情報に含める方針。
 EUでは、昨年から一般データ保護規則(GDPR)の適用が開始されている。日本は法的な整備が遅れており、とりあえず、既存の法律である独禁法を活用して個人情報の保護に当てることにしたようだ。公取委は、一般から意見を聞いた上で、年内にも最終的な取りまとめを行う。
文科省、動物による臓器再生研究にゴーサイン(19/07/28)

 文部科学省は、動物体内で人間の臓器を作成する基礎研究に初めてゴーサインを出した。研究を申請したのは、東大・医科学研究所の中内啓光教授(スタンフォード大学兼任)が率いるチーム。計画によれば、まず遺伝子操作によって膵臓を作れなくしたネズミの受精卵を胚盤胞(細胞数が100個程度になった胚)まで育て、これに人間のiPS細胞を注入した後、代理母ネズミの子宮に戻して胎児にまで成長させる。このネズミの体内に人間の遺伝子による膵臓が形成されるかどうかを調べ、臓器形成の条件を探る。
 この研究の元になったのが、免疫細胞が作れないネズミの胚盤胞に正常なネズミのES細胞を注入したところ、ES細胞の遺伝子に由来する免疫細胞が作られたという1993年の報告。中内は、これをiPS細胞を使った臓器再生に応用することを考案する。2010年に、膵臓を作れないマウスの胚盤胞にラットのiPS細胞を注入したところ、ラット由来の膵臓が形成された。異なる動物由来の細胞を持つ個体はキメラと呼ばれるが、この実験は、iPS細胞を利用してマウスとラットのキメラを作出したことになる。加えて、胚にiPS細胞を注入するという比較的簡単な操作で、複雑な立体構造を持つ臓器を作った点でも画期的である。この手法によって、マウスとヒトのように懸け離れた種の間でキメラが作れるかどうかは不明であり、正常に機能する臓器の作成はさらに難しいが、成功すれば、動物を利用した臓器再生の道が開かれる。
 ただし、実際に再生医療に応用されるには、まだ多くのハードルが残されている。まず、ヒトと他の動物のキメラを作ることに対する倫理的な問題。中内は、研究に対する規制の少ないアメリカで、ヒトの膵臓を持つヒツジを作る研究を進めていた。日本では、ヒトと異種動物のキメラを作ることを文科省が禁止していたが、今年から条件付きで解禁されたことから、今回の実験が可能になった。ただし、動物の体内で作られた臓器を人間に移植することに関しては、動物が持つ病原体が人間に移る危険性があり、慎重に対処しなければならない。動物の病気が人間に感染したケースとしては、インフルエンザや梅毒が知られており、場合によっては深刻なパンデミックをもたらすので、安全性に充分配慮する必要がある。
シーサイドライン事故、フェイルセーフ機能の不備が原因?(19/06/15)

 横浜シーサイドラインで6月1日に発生した自動運転車両の逆走事故は、進行方向を指示するケーブルの断線が直接の原因だと判明した。根本的には、フェイルセーフ機能を装備していなかったシステムに欠陥があったと推定される。
 この事故は、ターミナル駅を発車した5両編成の自動運転の列車が、本来の進行方向とは逆向きに動き出し、車止めに衝突して乗客15人が負傷したというもの。事故車両には運輸係員(運転士・車掌など)が乗車しておらず、自動列車運転装置(ATO)によって操作されていた。
 ATOは、次のように作動する。運輸司令所から発信された制御信号は、駅ATO制御装置を経て有線で線路に敷設された装置に伝えられた後、無線で車両に搭載された制御装置に送られる。向きを変更する場合は、まず信号が先頭車両に送られ、そこから各車両のモーターに伝えられる。運輸安全委員会の発表によると、先頭車両から各車両に進行方向を伝える2本の配線(F線とR線)のうちF線が切れていたため、逆走した。F線は結束された他の配線から1本だけはずれており、片側が車体の一部に溶着していたとのことで、断線は熱が原因だと見られる。
 事故が起きたのはターミナル駅であり、金沢八景駅方面から来た列車は、必ず折り返して発車する。ところが、F線が断線したせいで、折り返し後の向きを指示する信号が先頭車両から各車両へと伝達されず、駅到着までと同じ向きに動き始めてしまった。車止めまでの区間は25メートルあり、その間に緊急停止信号を送る装置もあったが、線路からあらかじめ「金沢八景駅方面に向かえ」という指令が出されており、正しい向きに動いているとシステムが判断してブレーキをかけなかったようだ。この区間は、オーバーランしたときの調整に使われるので、すべての進入車両に停止信号を出すような設計は採用されていなかった。
 ここで問題なのは、「指示を伝える配線の1本が切れた」だけで事故が発生したこと。電気的なシステムの場合、さまざまな原因により断線がかなりの頻度で発生するので、断線しても事故にならないようなフェイルセーフ機能を持たせるべきである。F線とR線で進行向きを指示する場合、「F:on、R:off」なら(例えば)前進、「F:off、R:on」なら後進、「F:off、R:off」「F:on、R:on」なら(指示が矛盾しているので)停止−−−という設定にしておけば、事故は起きにくい(このほか、「信号を常時送信し続け、受信できなくなったときは安全状態に復する」という設計方針も考えられる)。横浜シーサイドラインでは、「F:off、R:off」のときに「以前の状態を維持」という設定になっており、F線が断線して本来は「F:on、R:off」のはずが「F:off、R:off」として伝わったため、「以前の状態を維持」して逆走する結果となった。
 今回の事故は、初歩的な設計のミスと考えられ、自動運転そのものの危険性を示すわけではない。しかし、この程度のミスが現実に起こり得るという怖さも見せつけたわけであり、改めて自動運転が持つ課題を浮き彫りにしたと言える。
ブラックホールの撮影に成功(19/04/14)

 国際協力プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ」の研究チームは、10日、巨大ブラックホールの撮影に成功したと発表した。撮影されたのは、太陽から5500万光年彼方の楕円銀河M87の中心にあるブラックホール。その質量は、太陽の65±7億倍(今回の撮影データを基に従来の推定を改善した値)と見積もられる。これは、天の川銀河の中心にあるブラックホール・いて座A*の1000倍以上である。
 イベント・ホライズン・テレスコープは、ハワイの火山、チリの砂漠、南極などに位置する8つの天体望遠鏡のデータを結びつけ、地球サイズの電波干渉計として機能させるというプロジェクト。観測されたのは波長1.3mmの電波で、得られたデータの合計は数ペタバイト(ペタバイトはギガバイトの百万倍)になる。このデータを、ドイツとアメリカに設置された専用スーパーコンピュータに送って処理した。達成された解像度は視角20マイクロ秒。月面においたゴルフボールが見える性能だという。
 発表されたのは、較正したデータを画像化したもので、明るいリングと中央の黒い影が写っている。この影が、光すら脱出できないブラックホールの存在を示す。周囲のリングは、背後から来る電波がブラックホールの重力で曲げられたことによる。リングの差し渡しは、視角42±3マイクロ秒。研究チームは、観測を行う前から、ブラックホールの周囲にある重力場、磁場、高温ガス流などの影響を考慮した上で、どのような画像が得られるかをシミュレーションしていた。今回のミッションで得られた画像は、ブラックホールの質量として適当な値を採用すると、シミュレーション結果(解像度不足でぼやける効果を加えたもの)と見事なまでに一致した。
 銀河の成長過程は、20世紀終わり頃から急速に解明されつつある。初期の小さな銀河は、接近したもの同士の融合によって渦巻銀河に成長し、最後は、巨大化した銀河が衝突・合体して、恒星の形成をほとんど行わない楕円銀河になる。バルジを持つ銀河は、ほぼ例外なく、中心に巨大なブラックホールが存在する。ブラックホールは、周辺にあったガスを引き寄せるが、電離化したガスが円盤状に渦巻いて電流を生み出し、その結果として生じる磁場から荷電粒子に力が作用して、円盤面に垂直なジェットとなる。ガスを攪拌し加熱するこの作用は、銀河の成長に大きな影響を及ぼすと考えられるものの、詳細はわかっていない。また、天の川銀河は、巨大渦巻銀河としてはバルジが小さくブラックホールもおとなしめだが、そのことが人類の誕生と関係あるかどうかもはっきりしない。今回の観測は、銀河とブラックホールの関係を巡るこうした謎に関して、研究を進めるための新たな手段を提供したと言えよう。
ボーイング機墜落、失速防止装置が誤作動(19/04/07)

 米ボーイング社の旅客機737MAX8が相次いで墜落した事故の原因は、失速防止装置(MCAS)の誤作動による可能性が強くなった。
 ボーイング737は座席数100〜200席の旅客機で、中小空港でも離発着可能なこと、短時間で巡航高度へ上昇できることなどから、ジェット旅客機史上屈指のベストセラー機となった。初飛行は1967年。以後、改良が繰り返されており、737MAXは、2016年に初飛行を行った第4世代型。
 787ドリームライナーに続くボーイング社最新鋭の737MAXだが、昨年と今年に相次いで墜落事故を起こした。まず、2018年10月29日、ライオン航空(インドネシア)610便が離陸直後にジャカルタ沖に墜落、乗員乗客189人全員が死亡した。機体は2ヶ月前に納入されたばかりのもの。次いで、2019年3月10日にエチオピア航空302便が離陸6分後に墜落、乗員乗客157人が死亡。こちらも、4ヶ月前に納入された新品の機体だった。
 機体の残骸を調査したところ、2件とも水平安定板が機首下げいっぱいの状態になっており、そのせいで急降下したことがうかがえた。機首の上げ下げに関しては、パイロットが操縦桿によって水平尾翼後部の昇降舵を操作するのに対して、機体のコンピュータが前部の水平安定板を自動的に動かす。ライオン航空機のフライトレコーダーを解析したところ、パイロットが二十数回にわたって機首を上げようとしたものの、そのたびにシステムが水平安定板を動かして機首下げを行い、墜落に至ったことが判明した。エチオピア機でも、パイロットの操作に反発して機首下げが繰り返されていた。こうしたデータから、2件の墜落事故は、いずれもコンピュータシステムの不具合によって過度の機首下げ操作が起きたことが原因だと推定された。
 飛行機は、主翼周囲の気流から揚力を受けることで、空中に浮かぶ。機首が上がり速度が落ちる(失速する)と揚力が減少して墜落するため、コンピュータは、機首が上がりすぎないように水平安定板を動かして機首下げを行う。この仕組みがMCASである。通常は、この装置によって機体の安全が確保される。ところが、737MAXでは、機首の角度を測定するセンサーが故障し誤ったデータを送ったため、MCASが必要以上に機首を下げようとしたらしい。
 ボーイング社は、MCASのプログラムを修正し、センサー故障を意味する異常な角度データが送られた場合はMCASを自動的に遮断する、パイロットが手動操縦に戻そうとしたときには機首下げ操作を繰り返さない---などの変更を行うと発表した。修正プログラムの組み込みには、1時間程度しか掛からないという。
 今回の事故とよく似た事例として、1994年に名古屋空港で起きた中華航空エアバス機の墜落が知られている。このケースでは、着陸操作を行っている途中で、副操縦士がスロットルレバーにある着陸やり直しボタンに触れてしまい、着陸やり直しモードに入ったコンピュータが機体に再上昇の指示を出した。パイロットたちは、モードを変更して着陸操作を続けようとしたものの、エアバス機での変更手順が乗り慣れたボーイング機と異なっていたために、うまくいかなかった。その結果、パイロットが水平尾翼の昇降舵に機首下げの指令を、コンピュータが水平安定板に機首上げの指令を出したために、機体が不安定になり墜落に至った。
 こうした事故は、人間とコンピュータが部分的に操作を担当する「半自動操縦」の問題点を浮き彫りにする。人間の意図に反してコンピュータが指令を出したときにどのようにすべきか、対応策を明確にしておかないと、飛行機のみならず、自動車や産業機械でも、同じような事故が繰り返される心配がある。
小惑星リュウグウに含水鉱物(19/03/23)

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、探査機「はやぶさ2」によって得られた小惑星リュウグウに関する最新データを、米科学誌Science電子版(3月19日付け)に3本の論文として発表した。特に興味深いのは、含水鉱物の存在を示す近赤外分光計データである。
 リュウグウは、地上からの観測によって、炭素質小惑星であることが判明していた。このタイプの小惑星は、炭素質コンドライト(鉄などの金属が少なく炭素や水、ときに有機物を含む石質隕石で、大型天体に取り込まれることなく地球に飛来したため、太陽系誕生当時の元素組成を示すと考えられる)とスペクトルが類似しており、水や有機物を含む可能性がある。はやぶさ2の最終目標は、リュウグウからのサンプルリターンだが、それに先だつ各種観測によって、これまでにない高精度のデータが収集されつつある。
 リュウグウの形成過程は、画像をもとに作成された形状モデルによって、少しずつ解明されている。質量(軌道などから計算可能)を体積(形状モデルを使って求める)で割ったバルク密度は、1立方センチあたり1.19グラムしかなく、空隙率が50%以上だと推定される(はやぶさ1が訪れた「イトカワ」は約44%)。この性質は、リュウグウが、部分的に砕けた母天体の破片が集まってできたラブルパイル(瓦礫)天体であることを示す。母天体の候補としては、事前に軌道データに基づいて3つの小惑星の名が挙がっていたが、今回明らかになったスペクトル型から、エリゴネが外され、ポラナ(直径55km)かオイラリア(直径37km)のどちらかだと判明した。このいずれかに小天体が衝突して生じた破片が、数億年から十数億年前に再集積してリュウグウが形成されたのだろう。
 リュウグウ表面にある岩塊の大部分は、ほぼ等しいスペクトルを持っており、母天体内部が均一だったことを窺わせる。また、小さなクレーターがきわめて少ないことから、表面の地層は天体衝突の影響により短期間(1mほどの表層部は100万年以下)で物質が入れ替わるようだ。独楽(コマ)に似た形状は、かつて現在の2倍ほどの高速で自転しており、遠心力によって変形した結果である可能性が高い。
 炭素質小惑星は、含水鉱物の形で水を含んでいるため、これらが地球に飛来して水を供給し海を作ったという仮説が有力である。はやぶさ2は、高度1〜2kmに接近した際に、近赤外分光計によって、有効波長1.8〜3.2μmの反射スペクトルを観測した。その結果、波長2.72μmの吸収スペクトルが見出された。これは、陽イオン(Mgだと推測される)に結合した水酸基(OH)の存在を示す。おそらく、Mgに富んだ層状ケイ酸塩の含水鉱物だろう。ただし、吸収強度は小さく、母惑星の含水率は炭素質小惑星としては低い方だと思われる。サンプルリターンに成功すれば、水の同位体比率などを調べることにより、地球表面に多量に存在する水の起源が明らかになるだろう。
インフルの流行続く(19/02/11)

 厚生労働省の発表によると、今年第5週(1月28日から2月3日まで)のインフルエンザ患者数(定点医療機関からの報告を基にした全医療機関受診者数の推計値)は166.9万人となり、過去10シーズンで最大だった前週の222.6万人より減少したものの、依然、警報レベル(定点あたりの患者報告数30人以上)を5割ほど上回る流行が続く。過去5週間に検出されたウィルスは、AH3亜型(53%)、AH1pdm09(46%)、B型(1%)である。
 インフルエンザの感染経路としては、接触感染(ウイルスが付着した手すりやドアノブをさわった手で、口や鼻の近辺に触れてうつる)と飛沫感染(感染者のくしゃみ・咳で飛び散った飛沫による)が多く、空気感染(呼気に含まれるウィルスの入ったエアロゾルによる)は比較的少ない。国立感染症研究所のホームページでは、インフルエンザ予防策として、まず「流行期に人込みを避けること」が挙げられている。どうしても外出する場合は、マスクを着用し外出後に手洗いを励行することが薦められる。マスクに関しては、一時期、予防効果が乏しいという説もあったが、鼻と口に直接さわれないため接触感染のリスクが低下し、飛沫感染もある程度は防げるので、かなりの効果が期待される。さらに効果的なのが手洗いで、石鹸を使えば、手指に付着したウィルスの大半を洗い落とすことができる。うがいは、インフルエンザに対してあまり効果がないとされるものの、通常の風邪を防ぐ効果があるため、習慣にするのが好ましい(うがい薬よりも水または塩水の方が効果的)。
 インフルエンザワクチンは、ウィルス表面の赤血球凝集素を主成分とする不活化ワクチンであり、副反応の危険性は充分に小さいので、高齢者や幼児は流行前に接種すべき。インフルエンザ発症を完全に防御することはできないものの、重症化を予防する効果は実証済み。高齢者の場合、ワクチンを接種すると、死亡リスクを1/5に低下させると推定される。
 タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザ薬は、発症後48時間以内であれば、ウイルスの増殖を抑える効果が期待される。新薬のゾフルーザは、ウィルス殺傷能力が高く、1回の服用で充分だとされる一方、耐性ウィルスが発生しやすいとの報告があり、慎重に使用すべきだとの意見が多い。解熱剤は、インフルエンザ脳症の悪化因子になるため、アセトアミノフェン以外の使用には注意が必要。一般的に言って、高齢者・幼児・心臓などに持病のある人以外は、抗インフルエンザ薬を使用しなくても、数日間安静にしているだけで自然に治る。
著作権70年に延長。青空文庫は?(19/01/13)

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP11)の関連法施行に伴い、2018年12月30日から、著作権の有効期間が欧米並みに延長された。一般の著作物は従来の「著作者の死後50年」から「死後70年」に、映画や実演は公開翌年等の起算点後70年に改訂される。また、これまで著作権者の告訴が必要な親告罪だった著作権侵害罪は、「侵害者が自己の利益を得る、または、著作権者の利益を害する目的を有していた」などいくつかの要件を満たす場合、告訴がなくても起訴できる非親告罪に変更された。コピー防止機能などを回避する技術を提供した場合も、刑事罰の対象となる(同種の規定は以前からあったが、適用範囲が拡大された)。
 著作権法の改訂が必要になったのは、インターネットやデジタルコピーなどの新技術の開発に伴って、これまでの法律ではカバーしきれない状況が生じたから。特に、映画の場合、DVD/BRや動画配信が広まり、公開後50年以上経っても商品価値を持つ作品が数多くあるため、製作会社などから保護期間延長を望む声が強かった。その一方で、「出願後20年」しかない特許などに比べると、保護期間があまりに長いことに批判的な意見も少なくない。作家が若い頃に執筆した文学作品などでは、公表後100年以上も著作権が有効であり続けるケースが出てくる。人気作品ならばともかく、文学の大多数は時間とともに失われる運命なので、紙媒体などが残っているうちにデジタル技術で保存すべきだと考えられるが、著作権侵害に問われる懸念があると、コピーに二の足を踏むことも考えられる。
 コミックマーケットで扱われる同人誌のように、デッドコピー(丸写し)ではなく創作性があり、著作権者の利益を害しない場合は、非親告罪でも起訴されることはなく、これまで通り販売できるだろう。その一方で、著作権が切れた文学作品をパブリックドメイン(公共財)としてネットで公開してきた青空文庫などの活動は、直接的な影響を受ける。期間延長で今年著作権切れにならなかった作家には、『赤毛のアン』の翻訳者・村岡花子、『勝海舟』(同名の大河ドラマの原作)を書いた小説家・子母沢寛、小津安二郎作品で有名な脚本家・野田高梧らがいる。
 著作権法第1条には、この法律が「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」とある。この目的を実現するためには、利用制限を強化するばかりでなく、図書館のような非営利機関がデジタル・アーカイブを作成することを認めるなど、著作物が死蔵され消滅することのないやり方を進めることが重要だろう。
ILC、学術会議は誘致不支持(18/12/23)

 超大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」計画の誘致に関して審議してきた日本学術会議は、12月19日、最終的な回答を文部科学省に提出した。この回答では、7〜8000億円に達すると試算される総事業費の国際的な分担が不明であり、多額な出費に見合う科学的成果が得られるかはっきりしないことから、「誘致を支持するには至らない」とする見解が示された。これを踏まえて、政府は来年3月頃までに判断を下す見通しだが、誘致実現はかなり難しくなったと言えよう。
 ILCとは、高エネルギーに加速した電子と陽電子を衝突させることで、新しい素粒子反応を引き起こす装置。2008年に稼働したLHC(大型ハドロン衝突型加速器)が、直径8.6kmの円形加速器であるのに対して、ILCは、その名の通り長さ30kmほどのまっすぐな装置で、内部に強い電場を発生させて電子・陽電子を加速し正面衝突させる。主な目的は、ヒッグス粒子と呼ばれる素粒子の性質を調べて、現在の標準理論を超える理論の構築を実現することである。
 ただし、素粒子論研究者の間でも、ILCが画期的な成果を上げるかどうか、疑問視する意見が根強い。その理由は、標準理論が示唆する「砂漠(desert)」の存在にある。標準理論は「繰り込み可能」と呼ばれるタイプの理論である。ミクロ世界の物理現象を探索する顕微鏡の倍率を切り替え、より微細な出来事を観測する場合をイメージしていただきたい。繰り込み可能な理論とは、倍率を少々上げるだけでは、同じ式で記述される現象しか見えないことを意味する。素粒子反応を見る“顕微鏡”(加速器)の倍率をどこまで上げると、これまでの理論と全く異なる新しい現象が見えるのか、必ずしもはっきりしないが、かなり信憑性のある考え方によれば、LHCで実現された倍率より10桁ほど精度を上げないと難しいとされる。それより倍率が低い場合は、標準理論で示されるのと大差ない“つまらない”現象しか観測できない。このような、物理学者にとって面白みのない現象しか観測されないエネルギーの範囲が、「砂漠」である。
 ILCは、LHCとは異なる種類の素粒子を衝突させて新現象を起こそうというもので、顕微鏡としての倍率は必ずしも高くない。いくつかの新発見はあるだろうが、標準理論を超える新しい物理学への道を拓くことができるか、悲観的な見方も少なくない。
 現在では、LHCやILCのような加速器以外にも、素粒子論の研究を行うさまざまな方法が開発されている。数万トンの超純水を使ってニュートリノ現象を観測するスーパーカミオカンデやその後継機を使えば、標準理論を超える現象である陽子崩壊を捉えることも夢ではない。ブラックホール同士の衝突のように、人間の技術で実現不可能な巨大エネルギーを作り出す天文現象を観測することで、新しい物理学につなげようとする動きもある。こうした研究を行うには、それなりに費用が掛かるので、ILCに莫大な資金を集中するのは、費用対効果が悪いと言わざるを得ないだろう。
中国で「ゲノム編集ベビー」誕生?(18/12/08)

 11月26日、「中国の研究者によってゲノム編集された人間の赤ちゃんが誕生した」というニュースが世界を駆け巡った。それによると、中国・南方科技大学の賀建奎が、ウィルス保有者である父親からのHIV感染を防ぐ目的で、クリスパー/キャス9の技術を使ってCCR5受容体遺伝子を改変した双子の女児を誕生させたという。査読のある論文誌への掲載前にプレス発表されたことから、その信憑性を疑う声もあるが、事実だとすれば、生命倫理が関わる大問題である。
 クリスパー/キャス9は、ゲノム配列のさまざまな箇所で削除・置換・挿入を行う手法として2012年に提案されたゲノム編集技術。目的とする配列を短時間・低コストで正確に改変できることから、この分野に革命をもたらしつつある。もともとは、外部から遺伝子を取り込む能力を持つ細菌が、自分にとって不都合な遺伝子を排除するために進化させた機能のようだ。
 今回、ターゲットとされたCCR5受容体は、HIVがリンパ球に侵入する際に結合するタンパク質で、この結合を阻害すると、HIV感染のリスクが大幅に低減することが知られている。CCR5受容体遺伝子の機能を停止したノックアウト・マウスが作成され、正常なマウスとの間に生理的な機能の差が認められないという報告もある。しかし、人間に遺伝子操作を施したときにどうなるかは、はっきりしない。
 ヒト生殖細胞(精子・卵子・受精卵)の遺伝子操作に対して大半の医学者・生物学者が批判的なのは、その影響が未解明なままで子孫に受け継がれる可能性があるため。マウスで観察できるような歴然とした生理的差違がなくても、人間的な能力に違いが生じたり、何世代か後に悪影響が現れたりする懸念が払拭できない。そもそも、現代医学は、まだ遺伝子がどのように発現するかを完全に解明できたわけではなく、実験動物の遺伝子をいじってどんな影響が現れるかを観察している段階。遺伝子以外のゲノム配列やメチル基などによる化学修飾がどんな役割を果たしているのか、不明な事柄が無数にある。
 この問題に関しては、国によって対応が分かれている。2017年、アメリカ科学アカデミーは、「疾病要因である…(中略)…と確実に示された遺伝子の編集に限る」などのきわめて厳しい制限を付けた上で、生殖細胞に対するゲノム編集を容認する報告書をまとめた。ナチスによる人体実験という苦い記憶があるドイツで受精卵に対する研究が法律で禁止されている一方、イギリスでは研究計画が認可された。日本の場合、2016年に内閣府・生命倫理専門調査会が、基礎研究に限ってヒト受精卵に対するゲノム編集を認めるが、子宮に戻してはならないという方針を示した。
 日米欧各国の慎重な動きに対して、近年、フライングとも言えるような応用が中国から続々と報告されている。2015年には、中国の研究グループが、世界に先駆けてヒト受精卵に対するゲノム編集を行ったと発表した。今回のケースは、こうした流れを受け継ぐものと言えるが、遺伝子操作をしなくてもHIV感染を予防する方法があることから、功を焦ったのではないかという見方もある。
みちびき4機体制の運用開始(18/11/04)

 11月1日、日本版GPSの柱となる衛星「みちびき」4機によるサービスが始まった。
 GPS(Global Positioning System;全地球測位システム)とは、GPS衛星からの信号を受信することによって位置を測定するシステム。信号には、衛星に搭載された原子時計による時刻と、軌道計算で求められる位置の情報が含まれる。受信地点での正確な時刻がわかれば、発信時刻との差に光速を掛けることで各衛星までの距離が求まるので、原理的には、3つの衛星からの信号が受信できれば、衛星の位置を基にした3点測位によって受信地点の位置が計算できる。ただし、ポータブル受信機の場合、小型のクォーツ時計しか備えておらず、時刻の誤差が大きいので、実際には、4つの衛星からの信号を受信し、正確な時刻と3次元空間座標という4つの未知数を求めることになる。
 GPSは、もともと砂漠などにおける作戦行動のために、アメリカ軍によって開発された。1993年から旅客機の位置測定などアメリカ以外の非軍事分野で利用できるようになったものの、衛星からの信号が暗号化され利用が制限されるなど、使いにくい面があった。このため、各国で自前の衛星を打ち上げ、アメリカのGPSを代替ないし補完する動きが見られる。ロシア、中国、EU、インドでは、数年前から多数の(ロシアの24機からインドの7機までの)衛星による測位システムを運用中。
 日本の場合、技術実証のためのみちびき初号機は、中国、EUと同時期となる2010年に打ち上げたものの、2〜4号機は2017年になって打ち上げられ、今年ようやく4機体制が整った。将来的には、7機体制を目指す。目標は、GPSの代替ではなく、あくまで補完に徹する。
 みちびきは、準天頂衛星システムと呼ばれる。高層ビル街や山間部では高度の低い衛星からの信号を捉えにくく、アメリカのGPS衛星だけでは、測位に必要な4機が見えないことがある。このため、少なくとも1機が日本上空に位置するような複数の衛星を用意し、GPSを補完する必要があった。ただし、地上から常に同じ方位に見える静止衛星は、赤道上空にしか飛ばすことができない。そこで、みちびきの軌道として、地球の自転と同じ周期で回りながら南北方向に振動する、傾斜静止軌道が採用された。地図上で見ると、赤道をはさんで、日本からニューギニアを経て、オーストラリア南方までの上空を8の字を描いて往復する。このとき、北半球で高度を上げると(ケプラーの法則に従って)速度が遅くなり、日本上空での滞在時間が長い準天頂軌道となる。みちびき4機のうち、3機はそれぞれ他を追いかけるような準天頂軌道、1機が静止軌道を描く。
 補強情報を活用すれば数センチ単位での測位が可能なみちびきのシステムを使うと、自動運転車やドローンのナビゲーション、農作業や土木工事の遠隔操縦などが可能になると言われる。使い方次第で、日本の産業を活性化させるキーテクノロジーとなるかもしれない。
ノーベル物理学賞にレーザー研究者3人、一人は女性(18/10/07)

 2018年ノーベル物理学賞には、レーザーの分野で画期的な技術開発を行った3人に授与された。
 米ベル研究所のアーサー・アシュキンが開発したのが、「光ピンセット」の技術。浮遊する微小な物体にレーザーを照射すると、力が作用する。最も単純なのは放射圧で、レーザーの伝わる向きに押す力が働く。微小物体が透明な場合は、強度勾配と物体の屈折率に応じた力となる。1986年、アシュキンは、レーザーをレンズで集光し、焦点付近に微小物体を浮遊させると、これらの力が組み合わさって、物体を焦点の位置で安定させられることを見出した。翌年には、ウィルスや細胞を動かす実験にも成功。この技術の応用によって、現在では、1分子を対象とする力学的な測定も可能となっている。
 米ロチェスター大学にいたドナ・ストリックランドと指導教官のジェラール・ムルは、「チャープパルス増幅法」を考案した。数フェムト秒程度の超短パルスは、エネルギー密度が高すぎて増幅するのが難しい。二人は、回折格子を使ってレーザーパルスを分光し、いったんパルス幅を引き延ばすことを考えた。こうすると、エネルギー密度が低くなって、通常の増幅器で増幅できる。その後で、回折格子を逆に使ってパルスを圧縮すれば、増幅された超短パルスが得られる。この手法が開発される以前、高強度フェムト秒レーザー発生器はきわめて巨大かつ高価な装置だったが、現在では、並の実験室でふつうに見かけるようになり、素材の微細加工や近視の手術に使われている。
 受賞者のうちストリックランドは、1903年のマリー・キュリー、1963年のマリア・ゲッパート=メイヤー(原子核における殻構造の研究)に続く、55年ぶりの女性の物理学賞受賞者。核分裂のアイデアを提唱したリーゼ・マイトナーをはじめ、これまで、ノーベル賞が当然と思われる女性物理学者は何人もいたのに、なぜか受賞者は少なかった(化学賞はイレーヌ・キュリーら4人、医学生理学賞は12人)。業績が正当に評価されるようになれば、今後、受賞者は大幅に増えると期待される。
北海道、地震でブラックアウト(18/09/09)

 9月6日未明に北海道・胆振地方で発生した地震により、道内のほぼ全ての発電所が一斉に停止、295万戸で停電する「ブラックアウト」が起きた。太平洋戦争の混乱が収拾されて以降、大規模なブラックアウトは初めてである。
 今回の地震(マグニチュード6.7)は、内陸部の活断層で発生した地震(内陸地殻内地震、いわゆる直下型地震)だが、震源の深さが37kmとかなり深く、しかも、深い割に地表での揺れが大きかったという特徴がある。ちなみに、今年6月に起きた大阪北部地震の震源は深さ13km、2016年の熊本地震は深さ12kmで、地殻内地震の多くは深さ30km以内で起きる。北海道では、道央の南北方向に伸びる活断層が知られているが、今回の震源は、これらとは別の未知の断層。揺れが大きくなったのは、火山灰を多く含む軟弱な地盤のせいで、短周期の震動が増幅された結果らしい。
 この規模の地震で、東日本大震災でも見られなかったブラックアウトが起きたことは、電力や防災の関係者を驚かせた。原因は、少数の発電所に頼る供給体制の不備。震度6強から7の揺れに見舞われた厚真町には、3機の石炭火力発電機を有し総出力165万kWに達する苫東厚真(とまとうあつま)発電所があり、激しい揺れを検知したため緊急停止した。北海道の電力需要は平均310万kWであり、その半分に相当する電力供給が突然断たれた訳である。
 電気は貯めることができないため、需要と供給を常に一致させなければならない。供給が急減すると稼働中の他の発電機が過負荷状態になり、周波数が低下する。周波数が既定値以下になると、停電を特定の範囲に局限する目的で変電所の系統遮断が起きるが、今回は、供給の低下があまりに急激だったため、連鎖的に変電所・発電所が次々と送電をストップし、その結果、北海道全域が停電してしまった。電力需要の小さい深夜なので停止中の発電機も多く、直ちに発電量を増すことができないという事情もあった。
 北海道には総出力207万kWの泊原発があるが、福島第一原発事故を受けて停止中。新設が計画されていた石狩湾新港LNG火力発電所は、今回の震災に間に合わなかった(間に合っていたとしても、LNG火力では出力の急増が難しかったろうという指摘もある)。北海道で電力不足に陥った際の備えとして、本州から60万kW(さらに30万kW増強する予定)の電力を送る北本連系線も用意されていた。しかし、事態があまりに急激に進展したせいか、対応できなかったという。
 電力の供給停止は、社会生活に与える影響がきわめて大きく、何としても避けたい事態である。少数の大規模発電所に頼らず中小の発電施設を分散させ、いざというときには相互に融通し合う体制を整えることが必要だろう。
【補記】この地震に関して、政府の地震調査委員会は、当初、道央にある既知の断層帯とは無関係という見解を発表した。しかし、その後、震源の断層が長さ15kmもあり、深さ15kmの地点まで伸びていることが判明したため、当初の説明を変更し、「石狩低地東縁断層帯」の一部がずれた可能性が否定できないとの見方を示した(18/09/17)。
プラスチック廃棄物、対策急務(18/09/02)

 プラスチック廃棄物(プラごみ)の問題が深刻さを増している。経済協力開発機構(OECD)は、プラごみの排出量は年間3億トン以上、観光や漁業などにもたらす損害が年130億ドルに達すると報告した。海洋に流出したプラごみは、細かく砕かれて大きさ5ミリ以下のマイクロプラスチックとなり、その一部は生物の体内に蓄積される。生態系への悪影響はまだはっきりしないが、プラスチックには有害物質を吸着する性質があるので、無害とは考えにくい。PETボトルの飲料にも、0.1ミリ以下の微少なプラスチック粒子がかなり混入しており、人体への影響が懸念される。
 プラごみ対策としては、(1)ごみの減量、(2)処理ルートの整備、(3)代替素材への切り替え−−などが考えられる。
(1) ごみの減量 : プラスチックの使用削減やリユースによって、廃棄される量を減らすことが最も効果的である。日本の場合、PETボトルの軽量化など企業努力による削減が一部で進められるが、あまり広がっていない。ヨーロッパには、2020年までに食品販売に使われるトレーやラップを禁止しようと計画中のフランス、プラスチック製品に課税するノルウェーなど、プラごみ対策に積極的な国が多い。
 レジ袋やプラスチック製ストローを禁止せよとの声もある。ケニアやバングラデシュでは、プラスチック回収が充分に行われておらず、環境中に放出されたレジ袋が下水を詰まらせて都市部での洪水を引き起こしため、レジ袋対策が進められた。先進国の場合、プラごみ全体に占める割合が小さいので禁止の直接的な効果は乏しいが、啓発の意味合いはあるだろう。
(2) ごみ処理ルートの整備 : プラごみを回収し処理するルートを整備することも、有効である。プラごみの処理というと、リサイクルを思い浮かべる人がいるが、多くのプラスチック製品は、不純物となる難燃剤・軟化剤などが添加されたり、(スナック菓子の袋のように)表面に金属が蒸着されたりしているため、素材リサイクルには向かない。一般的に、焼却場で燃やし発生した熱を発電などに利用するのが、最も好ましい。
 素材リサイクルが可能なのは、洗濯機の洗濯槽(ポリプロピレン)、食品トレー(ポリスチレン)、緩衝材(発泡スチロール)などのように、特定業者のもとに同じ種類のプラスチックが大量に集まるケース。特に、洗濯機は、家電リサイクル法の定めに基づいて、使用後は製造者に送り返されるため、あらかじめリサイクルしやすいように設計されており、リサイクル効率が高い。こうしたリサイクル法の適用範囲を広げると、プラスチックのリサイクルも促進されるはずだが、コスト高につながると業者が猛反対するため、なかなか法制化できないでいる。
 日本やアメリカは、PETボトルなどを中心とする年間50万トン以上のプラごみを中国に“輸出”していたが、中国国内の環境対策として17年末から受け入れを大幅に制限したため、行き場を失ったプラごみが滞留しつつあり、処理ルートの整備が急務。
(3) 代替素材への切り替え : 現在、最も注目を集めているのが、環境中に放出されたときにバクテリアなどによって分解される生分解性プラスチック。環境省は、19年度から植物原料のプラスチック製品を作るメーカーに補助金を出す方針。こうしたプラスチックとしては、ジャガイモ・トウモロコシの食用部分から作るポリ乳酸が最も有名だが、これ以外にも、PHBHなどいくつかの製品が開発されている。
 ただし、石油由来のプラスチックに比べて、多くの場合、生産コストが高い、耐熱性・機能性に劣る、使用期間中にボロボロになる恐れがある−−などの欠点があり、課題も多い。
今夏の猛暑、温暖化のせい?(18/08/17)

 今年の夏は、世界各地で猛暑に見舞われている。ヨーロッパでは、スペインとポルトガルで46℃、涼しいはずのノルウェーやフィンランドでも33℃を記録したのをはじめ、スウェーデン最高峰の山頂部で氷が溶けて山が低くなり、アイルランドでは地表の植物が枯死して新たな古代遺跡が発見されたという。北米でも、カリフォルニア州デスバレーで52℃に達し、高緯度のカナダ・ケベック州でも連日35℃超えとか。
 気温が上昇すると水分の蒸発量が増すので、乾燥と豪雨が併発する。熱波で乾燥が進んだ結果、ギリシャ、スウェーデン、サンフランシスコで大規模な山火事が発生。一方、中国と日本では、豪雨による洪水が起きた。
 こうした異常気象は、直接的には偏西風の蛇行が原因で、欧州・北米・東アジアで偏西風が北にずれたため、高気圧が居座って高温をもたらしたとされる。ただし、緯度の低いインド(ガンジス川の水位低下)や東南アジア(ラオスとベトナムで洪水)、北アフリカ(サハラ砂漠で51℃)、中東(オマーンで最低気温42℃)でも猛暑の影響が現れており、偏西風だけが原因とは考えにくい。
 世界気象機関(WMO)は、こうした異常気象が地球温暖化に起因するかは特定できないとしながらも、「長期的な温暖化ガスの上昇傾向と整合性がある」と指摘した。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によると、2017年の時点で世界の平均気温は産業革命前と比べて1.0℃上昇しており、40年までに上昇幅は1.5℃に達すると予想される。この気温上昇に伴い、熱中症などの健康被害や洪水のような自然災害が増加すると見られる。

 都市部の猛暑は、地球温暖化よりもヒートアイランド現象の影響が大きい。東京では、過去100年間に平均気温が3℃上昇したが、ごく大ざっぱに言えば、うち1℃が地球温暖化、2℃がヒートアイランド現象の影響である。ヒートアイランドとは、植生の減少、河川の暗渠化、ビルによる気流の阻害、コンクリートなどの蓄熱素材による被覆が原因となって、都市部の気温だけが周囲に比べて突出して高くなる状況を指す。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が公表した地球観測衛星「しきさい」による画像(JAXAホームページ−「しきさい」が捉えた日本の猛暑(8/1))を見ると、東京・名古屋・京都大阪などの大都市圏では、8月1日午前10時40分の時点で地表面温度が50℃以上になっている。公園や緑地では周囲に比べて温度が有意に低く、植生による温度調整の効果が大きいことがわかる。
 猛暑による健康被害を考える場合、気温よりも地表面温度の方が重要である。気象庁が発表する気温は、芝生の上1.5mの日当たり・風通しが良い地点で、直射日光が避けられるように通風筒(電動ファン付き)に格納した温度計で測定しており、街中で活動する人の体感温度とは隔たりがある。直射日光によって50℃以上に加熱されたコンクリートやアスファルトは、遠赤外線による放射熱を発している。こうした放射熱は、高温の石から出る赤外線によって加熱された石焼きイモを思い起こせばわかるように、人体を内部までホクホクに暖める。ベビーカーの乳児や散歩中のイヌは、地表面からの放射熱を近くから浴びるので、きわめて危険である。また、コンクリート造の建物では、内側にも赤外線が放射されるので、屋内で熱中症に罹りやすい。
 東京の場合、考えなければならないのが、2020年夏の東京オリンピックをどうするかである。マラソンや競歩など、一般道路で日中に行われる競技は、健康な若者でも死に至る危険を伴う。一部の政治家は、時計を2時間早めるサマータイムを提唱しているが、タイムシフトに伴う健康被害(1時間のサマータイムでも体内時計を同期させるのに3週間必要だという調査結果もあり、導入直後には自律神経失調症など多くのトラブルが生じる)、IT機器調整の難しさ(2000年問題の騒動を思い起こしてほしい)などがあり、現実的ではない。時計をいじることはせず、午前の屋外競技は早朝5時から10時頃まで、7時間のシエスタをはさんで、午後は5時から夜10時頃まで−−というのはどうだろうか。
ホーキング博士、死去(18/03/15)

 一般相対論に関する画期的な業績で知られるスティーブン・ホーキング博士が、3月14日に死去した。享年76歳。大学院生時代に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症、余命数年と宣告された後もたゆまず研究を続け、「車椅子の天才」として名高かった。
 ホーキングの最大の業績は、「ブラックホールが蒸発する」というホーキング放射の理論だろう。それ以前から、ペンローズとともに導いた特異点定理などによって、この分野における第一人者と目されていた。だが、特異点定理は、一般相対論という基礎理論を前提とし、緻密な数学的考察を積み重ねていけば、演繹的に導出可能である。数学の天才ならば、ホーキングでなくても発見できただろう。これに対して、ホーキング放射の理論は、誰も想像し得なかった現象を、理論物理学の極致とも言える手法を駆使して導いたもので、ホーキング以外に考案できる人間がいるか疑わしい。
 この研究を始めたきっかけは、ブラックホールの表面積(事象の地平面の面積)が一方向的に増大し続けるという(ホーキングが発見した)性質が、熱力学におけるエントロピー増大則と同じものではないかというベッケンスタインの指摘である。ホーキングがすぐに気がついたように、ブラックホールがエントロピーを持つならば、それと対の物理量である温度を定義することが必要である。ところが、熱力学の定理によれば、有限の温度を持つ物体は、必ず熱放射を行う。ブラックホールは光すら放出しないとされるので、常識的に考えれば絶対零度のはずであり、エントロピーも持たないと結論できる(並の物理学者なら、ここで考えるのを止める)。
 ホーキングは、ブラックホールが全く放射しないのは確かなのか、改めて熟考した。そこで参考になったのが、回転するブラックホールからエネルギーを取り出す方法としてペンローズが提案したペンローズ過程である。この過程では、エルゴ領域で物体が2つに分裂して一方がブラックホールに落ち込んだ場合、他方がエネルギーを奪って飛び去ることができる。そこでホーキングは、事象の地平面近くで粒子・反粒子の対生成が起きて一方だけが遠方に飛び去るならば、ブラックホールからエネルギーが放出されるのではないかと考えた。ゆがんだ時空の内部で対生成が起きる過程を厳密に扱う理論は、当時も今も存在しない(かなりの才能のある物理学者でも、ここで諦める)。だが、ホーキングは、諦めることなく、半古典的な手法をベースに超絶的な数学のテクニックを駆使して粒子・反粒子の波動関数を求め、最終的に、ブラックホールからエネルギーが放出される可能性があることを示した。
 ホーキング放射の理論は、いまだ完全な理論が存在しない領域で、広範な物理学の知識と卓越した数学の才能を組み合わせることによって、見出されたのである。20世紀の理論物理学でこれに比肩し得る業績は、ディラックによる陽電子の理論など、数えるほどしかない。
 もっとも、ホーキング放射が実際に起きるかどうか、観測による裏付けがないせいもあって、ホーキングは、ノーベル物理学賞を受賞できなかった。実は、宇宙論は昔からノーベル賞とは縁遠く、膨張宇宙論を提唱したフリードマンとルメートル、ハッブルの法則を発見したハッブル、ビッグバン理論の原型を作ったガモフ、ブラックホールの形成過程を明らかにしたオッペンハイマーをはじめ、エディントン、シュヴァルツシルト、ツヴィッキー、ディッケ、ピーブルス、グース(最後の二人は存命中)といった著名な天文学者・宇宙論研究者は、いずれもノーベル賞をもらっていない。
メダルの陰にスポーツ科学(18/02/22)

 平昌オリンピック・スピードスケート女子パシュート(団体追い抜き)で日本チームが金メダルを獲得した陰には、日本スケート連盟科学班のスタッフによる研究成果があった。
 スケートの団体追い抜きでは、自転車競技などと同じく、空気抵抗をいかに抑えるかが重要になる。そこで、まず風洞実験を行い、空気抵抗を最小にする隊形が調べられた。その結果、「後続選手が左右に40センチずれるだけで大幅に抵抗が増す」「選手間の距離が1.3メートルほど開いても、左右のずれが小さければ抵抗はあまり増えない」などのデータが得られた。今回、3人の日本選手が、ほとんどブレのない滑りを見せたのは、このデータに基づいて、隊形を整える練習を繰り返したからだという。
 さらに、実際の滑りを撮影した天井カメラの映像を基に、どのように選手交代を行うのが効率的かが検討された。従来は、先頭選手が外側にわずかに膨らんで後続選手を先行させ、最後尾に付くのがベストだとされていた。この種目で圧倒的な強さを誇ってきたオランダチームも、この交代方法を採用する。しかし、映像を分析して速度変化を求めたところ、3メートルほど大きく外に広がってから最後尾に付いた方が、各選手の速度変化が小さく効率的な滑りであることが判明。日本チームは、この方法を採用して好結果につなげた。
 パシュートに限らず、近年のスポーツでは、科学がさまざまな方面で活用される。球技では、ミサイル追尾用に開発されたレーダーを用いてボールの軌道を分析し、スピンや速度変化などを短時間で求めることができる。データを集積すれば、選手がどのように移動すればよいかも、コンピュータがはじき出してくれる。野球の場合、スイング回転半径やヘッドスピードなどを測定するバッティングスイングの解析システムは、一般向けに発売済み。誤信を防ぐためのビデオ判定は、すでに各種競技で採用されているが、最近では、赤外線カメラで体表面の温度を測定し、内出血の有無を確認できるため、ボクシングにおけるダメージを客観的に判定することも可能になった。
 もっとも、科学の成果が常にスポーツにとってプラスになるとは限らない。ポリウレタン素材で体をきつく締め付け、凹凸をなくして水の抵抗を小さくする水着レーザー・レーサーは、2008年の北京オリンピックで各国の選手が着用し、世界記録・オリンピック記録を続々と更新する結果をもたらしたが、2010年に国際水泳連盟によって禁止された。ドーピングの手法は年々巧妙化しており、それに対抗するため検査方法も複雑になったため、選手は風邪を引いてもうかつに薬が飲めない。
 科学とスポーツの関係がどうあるべきか、一般の人も真剣に考える時期かもしれない。
太陽系外から飛来した天体を初観測(17/12/17)

 今年10月にパンスターズ(地球近傍天体の発見を主目的とするプロジェクトで、ハワイに設置された望遠鏡で全天をサーベイしており、すでにいくつもの彗星を見つけている)によって発見され、当初は太陽系内の彗星か小惑星とみられていた天体は、その軌道から、太陽系外から飛来したものであることが確認された。小惑星センター(国際天文学連合IAUの監督の下に、小惑星・彗星の情報をまとめる機関)では、これまで小惑星にはA、彗星にはCという記号を使っていたが、今回の天体は、確認された初めての恒星間(interstellar)小天体であることから、新たに採用した記号Iに通し番号の第1番を加えた「1I/2017 U1」と命名された。さらに、ハワイ語で「初めて手を伸ばした者、最初の使者」を意味する「OUMUAMUA(オウムアムア)」という固有名も与えられた。
 太陽の重力によって運動する天体は、ケプラーの法則に従って、太陽を焦点とする2次曲線を描く。重力の位置エネルギー(無限遠を基準とする)と運動エネルギーの和が負ならば、太陽周辺に束縛された楕円運動になる。一方、この和が正になると、軌道は双曲線を描き、ほかの天体に遭遇しなければ、無限の彼方から飛来して無限の彼方へと去って行く。軌道が双曲線になるか楕円になるかは、離心率と呼ばれる量が1を超えるかどうかで区別される(1を超えると双曲線)。
 オウムアムアは、天の北極方向からほぼ垂直に黄道面を横切り、太陽の周りを回るように向きを変え、地球軌道と火星軌道の間で再び黄道面を横切った。発見されたのは、黄道面を北に抜けた少し後で、その軌道の形から、離心率が1.19と求められた。これまでにも離心率が1以上の天体は見つかっていたものの、いずれも1に近く(オウムアムア以前の最高値はボーエル彗星の1.058)、太陽系内の小天体が他の天体に接近した際にエネルギーを得て双曲線軌道に変わったと考えられる。これに対して、オウムアムアは、何百万年(もしかしたら何億年)もほかの恒星に接近することなく秒速数十キロで銀河系内部を漂い続けた後、太陽に近づいて加速されながら向きを大きく変え、今度はペガスス座の方向へと飛んでいく。
 これまでに得られたオウムアムアのデータによると、彗星のような尾はなく、表面は赤みを帯びている。特徴的なのは、周期7.3時間で自転する際に明るさが10倍程度も変動することで、その形状がかなり細長いのではないかという推測もある。残念ながら、発見された時点で、すでにどんな探査機でも追いつけない速度で地球から離れつつあったため、精度の高い観測は難しい。しかし、現在、世界中の望遠鏡がこの天体に向けられているので、近々、より詳しいデータが発表されるだろう。
 ちなみに、アーサー・C・クラークが1973年に発表したSF小説『宇宙のランデヴー』では、太陽系外から飛来した円筒形の人工天体が、太陽に接近してエネルギーを補給した後、多くの謎を残したまま彼方に飛び去っていくまでが描かれている。 (←オウムアムアまんまやん!)
北朝鮮、軍事技術急伸の影に外国の援助?(17/09/17)

 北朝鮮は、9月6日に第6回核実験、8月29日と9月15日に日本上空を通過する弾道ミサイルの発射実験を行った。いずれも、従来に比べて技術的に格段に進歩しており、外国からの技術援助があったものと推測される。
 最初の核実験は、2006年10月に行われたが、東京大学地震研究所の推測によると爆発力はTNT0.5〜1.5キロトン程度で、原爆にしてはきわめて小規模(広島の原爆は16キロトン)であり、実験は失敗に近かったと言える。その後、3〜4年に1度のペースで核実験を繰り返し、少しずつ爆発力は増していったものの、技術的には未熟だと見られていた。2016年1月の核実験は水素爆弾だと主張されたが、爆発力は10キロトン未満で、アメリカが最初に行った水爆実験における1万キロトンよりも遥かに小さく、起爆装置の原爆だけが作動して水素の核融合には至らなかったか、発表自体がブラフだと推測される。同年9月の実験でも、この2倍程度の爆発力だった。
 ところが、1年半で3度目となる今年9月の第6回実験では、160〜250キロトン(各種推定による)と大幅にアップ。「大陸間弾道ミサイル(ICBM)用の水爆実験に成功した」という公式声明が信用できるかどうかはともかく、技術的な進展があったことは確かである。
 一方、ミサイル技術も、急速に進んでいる。北朝鮮が行う長距離弾道ミサイル実験(発表では人工衛星の打ち上げ)は、90年代以降、数年に1回のペースで行われ、その多くが失敗だったと見られる。ところが、2012年頃から実験のペースが上がる。今年5月14日の実験では、高度2000kmまで上昇した後、マッハ15とも言われる猛スピードで日本海に落下した。この軌道では、現状のミサイル防衛システムによる迎撃は不可能である(通常の中距離ミサイルの迎撃もかなり難しいが)。9月15日のミサイル実験では、東方3700kmの距離まで到達した。航続距離だけで言えば、グアムの米軍基地に到達する(ただし、基地をピンポイント攻撃できる制御技術があるか疑わしい)。
 2012年に金正恩体制になってから、核兵器とミサイルの開発が急ピッチで進められ、技術的な向上も著しい。だが、推定GDPが日本の100分の1以下しかない北朝鮮で、これだけのものを外国からの技術援助なしに開発したとは考えにくい。高坂哲郎は「脅威増す北朝鮮の弾道ミサイル」(日経サイエンス2017年09月号p.54)という記事の中で、弾道ミサイルの移動式発射台として、旧ソ連軍が配備し中距離核戦力全廃条約で不要になったものが流用されている、今年の実験で、ロシア製地対空ミサイルまたはその改良型が用いられた(いずれも専門家筋の情報らしいが、出所は不明)−−などの理由から、ロシアが積極的に援助したと主張する。この主張が正しいかどうかはわからないが、北朝鮮の軍事力が、ここ数年で従来の予測を越える急伸ふりを見せたことは間違いない。もっとも、そのために莫大な資金をつぎ込んでいるはずであり、北朝鮮の経済がどこまで耐えられるか、予断を許さない。
量子コンピュータ、商用化の動き活発に(17/08/20)

 文部科学省は、量子コンピュータを含む量子科学技術分野に、来年度の概算要求に30億円、さらに、最長10年にわたって300億円の予算を盛り込む方針だという(2017/8/17付け日本経済新聞)。
 この分野では、すでにスーパーコンピュータ開発で覇権を手にした中国が最も熱心で、2015年、中国科学院に量子計算実験室を設立し、国家的なプロジェクトと位置づけている。EU欧州委員会やイギリス、オランダ政府も、今後、5〜10年ほどの間に数百億円から千数百億円規模の研究資金を投入する予定。アメリカでは、IBM、グーグル、マイクロソフトなど民間企業が開発に前向き(ただし、トランプ大統領は科学技術に無関心)。IBMは、16量子ビットの量子コンピュータを公開した。カナダのベンチャー企業Dウエーブ・システムズは、世界で初めて量子コンピュータを販売(最新鋭機は1台17億円)、購入したグーグルとNASAは、あるタイプのビッグデータ解析に関して 、従来マシンより1億倍速いとのテスト結果を発表した。独フォルクスワーゲンも、このマシンを使って、大都市の交通量を最適化するアルゴリズムを開発中だという。
 量子コンピュータは、1995年に「ショアのアルゴリズム」が開発され、実用的なマシンとなる可能性が指摘された後も、長らく科学的な関心の範囲に留まっていた。これは、期待通りに動作させるのがきわめて難しいからである。理論的には、量子コンピュータを用いると、現在のスーパーコンピュータでもかなり時間の掛かる巨大数の素因数分解をきわめて短い時間で遂行することができ、ネット上で使用される暗号の解読が容易になる。しかし、現実には、00年代に入っても、せいぜい小さな整数の素因数分解(15を3×5と求めるような)ができる程度だった。ところが、10年代に入ってから技術革新が相次ぎ、実用的な量子コンピュータの製造が夢ではなくなってきた。
 技術開発の要になるのが、コヒーレント状態(量子論的な相互干渉が可能な状態)の安定化。スピンの向きのように、磁場を加えたときの定常状態がアップとダウンの2つしかない場合でも、両者の重ね合わせまで含めれば、無数の中間的な状態が存在する。コヒーレント状態を維持できれば、量子論の法則を使って、この無数の状態を人為的に変換することが可能になるため、アップ・ダウンという2値の離散量ではなく、重ね合わせの重みという連続量を使った計算が遂行できる。コヒーレント状態の範囲が広いと、その分だけ並列処理が可能になり、膨大な組み合わせ計算を一瞬で行ってしまう。量子コンピュータとは、言うなれば、量子論の法則を応用したアナログ計算機なのである。それだけに、わずかな温度変化や振動に弱いため、ノイズで乱されないように工夫して理論通りの現象を起こすことが重要となる。2012年、IBMは量子ビットを3次元上に配置することで、コヒーレント状態が大幅に安定化することを見いだした。こうしたブレイクスルーが続けば、量子コンピュータの開発も加速されることだろう。
 ただし、量子コンピュータの計算が本当に正確かどうかは、量子論の法則がどこまで厳密かにかかわっているため、まだ、完全に答えが出たわけではない。私としては、量子コンピュータが計算ミスを連発し、その結果として、量子論そのものが乗り越えられる−−というストーリーの方が面白いのだが…。
欧州でガソリン車禁止の流れ(17/07/30)

 フランスのユロ・エコロジー相は、今月6日、地球温暖化対策の一環として、2040年までにガソリン車およびディーゼル車の国内販売を禁止すると発表した。一方、これと呼応するかのように、25日にイギリス政府も同様の政策を実施すると発表したが、こちらは、窒素酸化物などによる大気汚染対策が主たる目的(フランスが8割近い電力を原発でまかなっており、化石燃料を使わず充電ができるのに対して、イギリスでは、ガソリン・ディーゼル車をやめても二酸化炭素の総排出量はあまり変わらない)。他にも、オランダ、ノルウェーなどが、ガソリン・ディーゼル車を禁止する方針を明らかにしている。ヨーロッパを中心に、ガソリン・ディーゼル車から電気自動車への移行が急速に進む可能性が見えてきた。ただし、ドイツは、国内産業における自動車メーカーの比率が大きいため、フランスの後を追うことは難しいだろう。
 世紀の変わり目頃までは、環境負荷の小さいエコカーの代表として、ハイブリッド車と(汚染物質の排出を抑制した)改良型ディーゼル車がもてはやされ、その先の次世代自動車としては、燃料電池車が本命だと言われていた。電気自動車は、重量の大きな鉛蓄電池を搭載しなければならず、1回の充電による航続距離も短いため、実用性に乏しかった。しかし、ディーゼル車は、VWなどによる排ガス不正問題が露呈して人気を失い、燃料自動車も、水素ステーションの整備が大きな障害となって導入が進まない。これに対して、電気自動車は、リチウムイオン電池が改良されて大容量・長寿命の製品が登場したことにより、00年代終わり頃から普及し始める(電源の改良は、現代における技術革新の影の主役で、携帯電話がシャツの胸ポケットに収まり、ドローンが街中を飛び回るようになったのは、電源の小型軽量化のおかげである)。さらに、AIによる自動運転の実現が容易なこともあって、現在では、電気自動車が次世代車の主役となることが確実視されている。
 現在、新車販売に占める電気自動車の割合は1%にも満たない。電気自動車の普及には、コストの低下と航続距離の延伸が課題となる。電池の改良によるコスト低下と大容量化は、すでに頭打ち状態なので、今後は、車体の軽量化に活路を見いだすべきであろう。
 エンジンは内部で可燃ガスを爆発的に燃焼させる内燃機関であり、充分に頑丈であること必要。その結果、厚い金属で囲まれ重くなったエンジンは両輪の真ん中付近に置かざるを得ず、これを支えるシャーシーとトルクを伝える車軸も、重く頑丈な素材で作るしかない。しかし、電気自動車ならば、車輪ごとに軽量のモーターを取り付けることが可能で、シャーシーは大幅に軽量化できる。将来的には、車輪に対して磁気でボディを浮上させて、ボディ側に取り付けたリニアモーターで駆動することも考えられる(内部に人間が乗る巨大な一輪車のような、SF的な車が実用化されるかもしれない)。AI制御で多重衝突を回避できるようになれば、エアバッグのような軽量の緩衝材だけで安全が保てるので、ボディはブラスチックで充分だろう。こうすれば、自動車全体の重量を数百キロ以下に減らせるので、航続距離を伸ばすことができるはずである。
被曝事故、プルトニウムは検出されず(17/06/18)

 今月6日、日本原子力研究開発機構(原子力機構)・大洗研究開発センターで、放射性物質の容器を開けた際に樹脂製の袋が破裂し、作業員5人が被曝する事故が起きた。幸いなことに、作業員の肺からプルトニウムは検出されず、当初懸念されたほどの体内被曝はなかった。しかし、放射性物質の管理が杜撰だったことは明らかで、機構の責任は免れない。
 今回の事故は、核燃料物質(高速炉燃料の試験などに用いたプルトニウムやウランの酸化物)の移動に先立って、収納容器内の状態を点検する段階で起きたもの。プルトニウムを移動する際には査察官の立ち会いが必要だが、今回は空き容量をチェックするだけだったため、査察官はいなかったという。袋が破裂した原因は、まだ明らかになっていない。核反応によって発生したガスが反応熱で膨張したか、袋が劣化していた可能性がある。事故後、作業員の鼻腔内でα線が測定されるなどの放射能汚染が確認されたが、所持していたポケット線量計の読み取り値は最大で60μSvと、放射線業務従事者の年間被曝限度50mSvの800分の1程度で、今のところ健康被害は見られない。
 なお、当初の報道では、作業員を部屋から出すのに3時間掛かったことが問題視されたが、これは、放射性物質の拡散を危惧した作業員が、自主的に内部から施錠し、事態の進展がないか経過を観察したたためである。
 原子力機構は、2005年、原子力の安全性や放射線医学の研究を行う機関として1956年に設立された日本原子力研究所(原研)と、旧動力炉・核燃料開発事業団 (動燃)が1998年に改組されてできた核燃料サイクル開発機構とを 統合した研究・開発のための組織(その後も改組が行われ、放射線医学などの研究機関が分離された)。事故を起こした大洗センターは、旧原研に設置された研究施設で、原子炉の安全性向上や福島原発の廃炉のための研究を行っている。
 ちなみに、2016年に廃炉が決定された高速増殖炉もんじゅは、もともと原研で研究開発を行う計画だったが、研究所内部で意見がまとまらずに見送られ、その代わりとして1967年に動燃が設立されたという経緯がある。動燃は、もんじゅのナトリウム漏れ事故(1995)や東海村再処理施設での火災事故(1997)の際に、管理の杜撰さが明らかになり(「どうねん、どうねん、どうなってんねん」とは当時の雑誌の見出し)、改組された。もんじゅの廃炉という厄介な業務は、原研の優秀な研究者と動燃の杜撰な体質を併せ持つ原子力機構が取り組んでいる。
大規模サイバー攻撃、150カ国以上で被害(17/05/20)

 今月12日頃から、世界的な規模でランサム(身代金)ウェア「WannaCry(ワナクライ)」によるサイバー攻撃が行われた。150カ国以上にわたり、少なくとも20万台のパソコンが被害にあったとされる。ランサムウェアとは、感染するとデータがロックされて読み出せなくなるウィルスソフトで、ロックを解除するのに身代金が要求される。身代金は数百ドル程度のことが多く、金額が低いために支払いに応じる被害企業も少なくないようだ。
 今回のケースで特徴的なのは、ランサムウェアの感染力がきわめて強く、短期間で広範囲に拡がったこと。これまでのランサムウェアは、メールに添付されて標的に送りつけられ、うっかりクリックすると感染するタイプが多かった。これに対して、今回のサイバー攻撃には、アップデートされていない Windows の脆弱性を突き、ネットに接続するだけで感染するソフトが使われたようだ。こうした攻撃に際しては、米国家安全保障局(NSA)が開発した攻撃ソフトが流出して使われたらしい。また、攻撃が波状的に繰り返される間に、ランサムウェアの変異種が次々に現れたことから、途中から模倣犯が攻撃に参加したと考えられる。こうした「次第に変化する攻撃」は、2007年にエストニアが大規模なサイバー攻撃を受けて金融機関などのサーバがダウンした際にも見られ、犯人の特定を難しくしている。
 被害が大きくなった原因の一つが、多くのユーザがOSのセキュリティパッチを適用していなかった、または、Windows XP などサポートの終了したOSを使っていたこと。マイクロソフトは、WannaCryに備えて、Vista 以降の Windows に適用されるセキュリティパッチを、今年3月に提供していた。イギリス国民保健サービス(NHS)では、診療の予約システムが機能しなくなるなどのトラブルが発生したが、これは、一部のマシンで Windows XP が使われていたためだ。
 ただし、被害者のみを責めるわけにはいかない。特定の業務を行うために独自に開発されたソフトは、しばしば新しいOSでは誤作動するため、多数のパソコンを接続したシステムを長く利用している組織では、即座に全OSを刷新することは難しいからである。それでは、マイクロソフトの責任は問えるのだろうか? 日本のPL法(製造物責任法)では、メーカ側が安全について10年間は責任を負うことが明記されている。OSのようなソフトウェアはPL法の適用外ではあるものの、「少なくとも10年は作った側が安全性の責任を負う」という考えはかなり一般的であり、2010年頃まで販売が続けられた Windows XP については、まだマイクロソフトが責任を負うべきだというのが社会的に見て妥当な見方だろう。PL法が適用されないので賠償などの法的責任を問うのは難しいが、XPに対するパッチを用意していなかったことでマイクロソフトが非難されるのは当然である(XP用パッチは5月15日に公開されたが、自動更新はされないらしい)。
トランプ政権、科学軽視の姿勢あらわ(17/04/10)

 トランプ米大統領は、2018年度の科学予算を大幅に削減する方針を打ち出した。この案に議会がどのように対応するか、多くの科学者が気をもんでいる。
 アメリカの産業保護を掲げるトランプが目の敵にしているのが、エネルギー産業にとって重石となる地球温暖化対策。特に狙い撃ちにされた米環境保護局(EPA)の場合、予算は前年に比べて31%減、人員も2割減らされる。EPAは、気候変動に関する研究を公表する前に、政治的なチェックを受けることになりそう。温暖化による海面上昇への対策を進める米海洋大気局(NOAA)の予算も削られ、革新的エネルギー技術を開発するため2009年に設置されたエネルギー高等研究計画局(ARPA-E)は廃止される。
 トランプ流の政策が実行に移されると、世界をリードしてきたアメリカの生命科学も大打撃を受ける。米国立衛生研究所(NIH)の予算は18%もカットされ、ガンや幹細胞に関する研究が停滞する恐れが大きい。再生医療の鍵とされるES細胞(胚性幹細胞)は、受精卵を破壊して作成するため、これを用いた研究には、ペンス副大統領が反対している。また、ワクチンの安全性を再検討する委員会を設置するとの報道もあり、「ワクチンが自閉症を引き起こす」という説をトランプが信じているとも噂される。この説は、20年ほど前にLancet誌に掲載された論文で提唱されたものだが、その後、多くの研究によって否定され、原論文も撤回された。生命科学はアメリカのバイオ産業を発展させた原動力なので、なぜこれを軽視するのか不思議だが、オバマ前大統領が力を入れた分野なので、単にそれに反発しているだけかもしれない。
 トランプ大統領が例外的に熱心なのが、宇宙開発。ただし、「今世紀末までに太陽系の全惑星を有人探査する」といった実現可能性の低い目標を掲げる一方で、温暖化対策にも有用な地球観測衛星など人工衛星の計画は中止する方針。エネルギー分野では、ネバダ州ユッカ・マウンテンにおける使用済み核燃料の最終処分場建設が再開される。この処分場は、レーガン政権下で認可された後、ネバダ州民の反対運動が起きオバマ大統領が建設中止を決定していた。
豊洲から有害物質再検出(17/03/22)

 豊洲市場予定地の地下水調査で、環境基準の100倍を超えるベンゼンの他、毒性の強いシアン化合物も検出されたことで、市場移転問題がさらに混迷しそうな様相である。
 今回の地下水調査は、昨年11〜12月に行われた第9回調査の結果が、それまでの8回に比べて大幅に悪化したのを受けて、1〜3月に掛けて再実施したもの。ベンゼンとシアンのデータは、第9回の結果とコンシスタントである。ただし、この結果が、必ずしも危険性を示すものでないことに注意を要する。
 「基準の100倍」と報じられた「基準」とは、あくまで地下水を飲み水にする場合の「地下水基準」であり、「70年間、毎日2リットル飲み続けても健康に悪影響がない」ことを示す。豊洲移転の計画が持ち上がった段階では、有害物質を「下水に放流できる濃度」にまで軽減するという方針だったが、2009年、技術会議がより厳しい「地下水基準」の採用を提言、当時の石原都知事によって認められた(石原氏は、今になって「ハードルが高すぎたかもしれない」と言っているようだ)。市場開設には農水省の認可が必要だが、豊洲新市場で地下水を飲み水などに利用する予定はなく、「地下水基準」が満たされていなくても安全上の問題は生じないと考えられるので、今回の有害物質検出は、認可の障害にはならないと予想される。
 気になるのは、それまでの8回の調査結果と異なって、なぜ第9回と今回の調査で多量の有害物質が検出されたかという点。専門家会議では、昨年8〜9月に地下水管理システムが稼働し始めたことが影響していると見ている。豊洲では、かつてガス製造工場が操業していたため、2008年の時点で、多量の有害物質が残存していることが確認された。そこで、表土を取り除いて盛り土をするなどの対策を行い、土壌の浄化が進められた。しかし、これだけでは、どうしても地下の所々に有害物質を濃縮した溜まり水が残ってしまう。地下水管理システムは、地下ピットの排水を行い地下水の水位を低下させるものだが、このシステムを稼働させたことにより、点在していた溜まり水が移動して、第9回と今回の結果をもたらしたと推測される。水位の低下が順調に進めば、溜まり水による危険性は払拭できるはずである。
 もっとも、「科学的に見て安全」であることが判明しても、「市民の安心」が得られるとは限らない。豊洲移転を巡っては、東京ガスが土壌汚染に関する瑕疵担保責任を負わない契約になっていたなど、有害物質以外にもさまざまな問題が噴出しており、そもそも豊洲移転ができるかどうかも予断を許さない。
米科学アカデミー、生殖細胞のゲノム編集を容認(17/02/23)

 米科学アカデミー(NAS)は、重篤な遺伝病治療を行う場合に限って、ヒトの生殖細胞(精子・卵子・受精卵)に対するゲノム編集を容認する報告書をまとめた。
 クリスパーに代表されるゲノム編集技術は、ここ数年で急速な進歩を遂げている。コーエン=ボイヤー法などの古典的な遺伝子操作技術を用いて遺伝子を挿入する場合、染色体上のどこに挿入するかコントロールできず、周囲の遺伝子にいかなる影響を与えるかについては、ほとんど運まかせという状況だった。農作物で遺伝子組み換えを行う際には、多数の組み換え組織を作成しておき、順調に生育するものだけを選び出していた。これに対して、近年のゲノム編集では、狙った遺伝子をピンポイントで改変することができる。この技術を用いて、難病の遺伝子治療や農作物の品種改良を進めようとする動きも加速しつつある。
 そうした中で、生殖細胞に対してゲノム編集を行うことで、「生まれる前に遺伝病を治す」可能性も見えてくる。2015年には、中国の研究グループが受精卵に対するゲノム編集を行ったと発表、科学界に衝撃を与えた。同年開催された国際会議「ヒトのゲノム編集に関する国際サミット」では、生殖細胞に対するゲノム編集は、基礎研究に限って許されるものであり、胎内に戻して出産させることに対しては、「無責任」という見方が示された。
 科学者が、ゲノム編集技術による出生前遺伝子治療に対して慎重なのは、いまだ遺伝子発現のメカニズムが完全に解明されたとは言えないからである。確かに、膨大な研究データが蓄積され、以前に比べて知識量は格段に増大したが、それでも、不明な点があまりに多い。遺伝子とは、一般の人が思い描く「人体の設計図」ではなく、細胞がある環境下に置かれたときにどのように応答するかを示す指示書のようなものである。したがって、さまざまな細胞間相互作用が起こり得る現実の環境下で、あらゆる可能性を網羅的に調べることは不可能である。そもそも、ゲノム編集に関して莫大な量の論文が執筆されているという現状は、多くが未知の段階に留まっていることを示す。この段階で、子々孫々に影響が及ぶ生殖細胞の遺伝子を改変することは、時期尚早と見られてもしかたない。ただし、その一方で、医療技術の進歩によって重篤な遺伝病の患者の多くが長期にわたって生存できるようになっており、このままでは、遺伝病の遺伝子が拡散するおそれも否定できない。
 今回のNASの報告書は、遺伝病の遺伝子が広まることを防止するという観点から、「疾病要因である…(中略)…と確実に示された遺伝子の編集に限る」などのきわめて厳しい制限を付ければ、生殖細胞に対する遺伝子操作も容認されるべきだとの見解を示したものである。この問題には、正解はない。「遺伝病の遺伝子は人類にとってマイナスの要素しか持たないのか」といった論点も含めて、今後、さらに議論を深めていく必要がある。
独バイエル、米モンサント買収で合意(16/09/25)

 今月14日、ドイツの化学・製薬大手バイエル社は、遺伝子組み換え作物の最大手であるモンサント社の買収に関して合意が成立したと発表した。買収額は約6兆8000億円。両社を併せると、農薬・種子市場での売上高は2兆円を大きく超え、日本企業(住友化学やサカタのタネなど)は、到底太刀打ちできない。農業部門に関しては、昨年、米ダウ・ケミカルと米デュポンが経営統合して新会社を設立することを決めたほか、今年2月には、中国の中国化工集団が農薬最大手のスイス・シンジェンタ社の買収を決めており、今後は、バイエル・モンサントを加えた3強の争いとなりそう。ただし、EUなど各地域における独占禁止法違反の疑いもあり、すんなり統合できない可能性もある。
 世界の大企業が農業に目を向けているのは、食糧需要の急増と技術面での伸びしろの大きさから言って、この分野が投資効率の高い成長産業だと考えられるため。生産性を高める主要なファクターが、バイオテクノロジーとITである。
 遺伝子組み換え(ゲノム編集を含む)を利用した作物に対しては、市民団体などの批判が厳しく、日本とヨーロッパではあまり普及していない。しかし、世界的に見ると、南北アメリカ・中国・インドなどで作付け面積が増大し、広く流通している。現在、主流になっているのは、殺虫剤成分を自分で分泌する、あるいは、除草剤耐性を持つ(すなわち、多量の除草剤を散布すれば、雑草が一掃されて自分だけが生き残る)作物だが、これらに関しては、生態系への悪影響が懸念されるため、批判的な科学者が少なくない。一方、研究進行中の塩害や干魃に強い植物ならば、不毛な土地を植生で覆い土壌流出や紫外線による有機物の分解を防げることから、環境改善のために積極的に導入すべきだとの見方もある。また、感染症予防の効果のあるワクチン成分を含んだ作物に対しても、期待が大きい。
 一方、ITによる農業改革は、バイエルなど欧米勢が積極的に進める手法。衛星写真に基づく土壌データをディープラーニングの手法で解析し、最適な農薬散布や灌漑法をはじき出し農家に提供するサービスなどが考えられる。経験をベースにした勘をAIによって獲得された知識に置き換えることができれば、一般労働者による効率的な営農が可能になるかもしれない。
 農業の効率化という点で、日本は欧米に比べて大幅に遅れている。現状からどのように巻き返すか、政府の決断も必要になる。
豊洲移転、「盛り土」問題で大幅遅延必至(16/09/18)

 小池百合子都知事は、11月に予定されていた築地市場の豊洲移転を当面延期すると発表した。汚染土壌対策として専門家会議で提言された盛り土が、水産卸売場棟や青果棟など主要建物の地下で実施されず、空間のまま残されていたことが理由である。青果棟地下では、かなりの部分でコンクリの床がなく、砕石層が剥き出しになっているという。
 豊洲市場予定地(40ha)には、以前、東京ガスのガス製造工場が操業していたこともあって、土壌または地下水に7種類の汚染物質(ベンゼン、シアン化合物、ヒ素、鉛、水銀、六価クロム、カドミウム)が含まれる。東京都が約4000箇所で行った調査によると、観測点の36%で環境基準を超える汚染が見つかり、基準の1000倍以上の汚染が検出された地点が、土壌で2地点、地下水で2地点あった。特に、ベンゼンは、基準の4万3000倍に達する土壌が見つかっている。ただし、汚染は表面近くに限られ、深くなるにつれて汚染物質濃度が低減する。
 こうした状況に対処するため、都は、まず、有害物質、水質、土質、環境保健各分野の専門家1名ずつ計4名から成る「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議」を07年5月から08年7月まで9回開催して取るべき対策を提言してもらい、続いて、「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策工事に関する技術会議」を08年8月から10年8月まで14回にわたって開催、専門家会議の提言を実行に移すのに必要な具体的方法を策定した。
 専門家会議は、土壌汚染の状況から、まず地面から2メートルの表土を取り除き、その上に4.5メートルの盛り土をすることを提言した。表土を取り除くことで汚染物質の大半は除去されるが、一部は残存すると予想される。このため、主に遮蔽効果を狙って、土を盛ることにしたわけである(ベンゼンなどの揮発性有機汚染物質に関しては、土壌バクテリアによる分解も期待できる)。ところが、技術会議では、専門家会議のメンバーに諮ることなく、建物の地下を空洞にする工法を提言、これを受けて、都が地下空間を含む設計図を作成した。日経新聞の報道によれば、都はもともと地下の利用に積極的であり、07年の専門家会議で雨水貯留槽などに利用する方法を提案したものの、亀裂から揮発性汚染物質が漏出する可能性があると批判されたという。08年11月の技術会議でも、都の側から地下に空洞を残す案を提示したようだ。
 工事は14年に完了しており、今から建物地下に盛り土を搬入するのは困難。汚染土壌が取り除かれているので、盛り土がないからといって直ちに危険というわけではないが、汚染物質が残存している可能性もあるため、環境基準に適合しているか調査をする必要がある。都が採取した水からは微量のヒ素と六価クロムが検出されたが、いずれも環境基準以下に留まった。
 なぜ、建物地下に空間を残したか、理由は不明である。基礎工事のためにある程度地面を掘り下げなければならず、そこに再び土を運び込む“二度手間”を嫌がった可能性もある。豊洲は埋め立て地なので、固化材を用いて地盤を固めるなどの液状化対策が必須であり、その工事との兼ね合いがあったのかもしれない(専門家会議のメンバーは、建築の専門家ではない)。コストの問題が絡んでいたとも考えられる。汚染対策には、もともと670億円を予定していたが、土の入れ替えなどを完全に行うと1300億円ほどに膨れ上がることが予想され、当時の石原都知事が自ら代案を持ち出すなど議論が紛糾したようだ(石原案は、さらに金が掛かるということで却下された)。結局、汚染対策に850億円が使われたとされるが、地下空間を残したことでコストがどうなったか、今後の報道が待たれる。
抗菌せっけん、米で販売禁止(16/09/06)

 米食品医薬品局(FDA)は、殺菌剤のトリクロサンなど19種類の化学物質を含む抗菌せっけんを販売禁止にすると発表した。通常のせっけんより有効だという根拠がなく、さらに長期的に見てメリットよりもデメリットが大きくなる可能性があるためである。メーカーには、1年間の猶予期間が与えられる。
 医療目的ではなく日常的に使用する石けんに殺菌剤を添加するのが好ましくないことは、以前から科学者が指摘していた。まず、人体の細菌叢に悪影響を与える懸念がある。人間は多くの微生物と共生関係にあり、皮膚には皮膚常在菌と呼ばれる細菌が生息している。こうした常在菌は、皮膚を弱酸性に保つ作用があり、また、コロニーを作って皮膚を覆うことで他の悪玉菌が増殖するのを防いでくれる。抗菌石けんを使用すると、常在菌の多くがいったん死滅し、短期間のうちに別の細菌が繁殖するが、新たな細菌が悪玉菌の場合は、健康に悪影響をもたらすこともあり得る。つまり、抗菌石けんを使用するほど、ばい菌にさらされる危険が増すのである。
 また、殺菌剤が環境中に残留すると、耐性菌が増えて殺菌効果が薄れてくるおそれがある。細菌の場合は、突然変異だけではなく、プラスミド交換によって耐性遺伝子を他の細菌(必ずしも同種とは限らない)に伝達することができるので、耐性菌の増加速度は多細胞生物よりも遥かに速い。殺菌が必要なときには、残留性のない熱湯、アルコール、酢などを使用した方が、耐性菌を増やさず安全性が高い。そもそも、日常的な洗浄のためには、微生物の栄養となる汚れを落とす通常の石けんだけで充分である。
 トリクロサンの化学構造はダイオキシンに似ているが、急性毒性は充分に弱く、直ちに健康上の危険があるというわけではない。しかし、非水溶性であり体内に蓄積された場合には排出できないため、長期的に見て悪影響がないとは言い切れない。発ガン性や環境ホルモン作用(内分泌攪乱作用)の有無については、議論が分かれている。こうした点に関して、今後の研究が待たれる。
 トリクロサンの問題点は数年前から指摘され、FDAが禁止に向けた動きを見せていたので、アメリカの大手ですでに販売を止めたところも多い。日本では、トリクロサン入りの石けん・歯磨き・シャンプーなどがかなり販売されているが、各メーカーがどのような対応を示すか、注目したい。
高額な画期的新薬をどう使うか?(16/07/31)

 厚生労働省は、治療費が年3500万円掛かると言われるガン治療薬「オプジーボ」(および、高脂血症薬「レパーサ」)を主な対象として、高額薬の適正使用に向けたガイドライン作りに着手する。
 オプジーボは、免疫機能に関与する分子標的薬で、京都大学の本庶佑が中心となって開発したもの。動物の免疫機能には、暴走を防ぐためのブレーキ機構が組み込まれており、その1つが、92年に本庶研の大学院生だった石田靖雅が発見したPD-1による免疫抑制の作用である。2000年には、京大と米Genetics Instituteなどとの共同研究で、PD-1と特異的に結合する物質PD-L1が見つかった。本庶は、ガン細胞の表面にPD-L1が発現し、PD-1と結合して免疫機能を抑制すると推測、両者の結合を阻害する構造を持つ抗PD-1抗体を投与すればガン細胞を攻撃する免疫力が高まるとの見通しから動物実験を行い、02年に、実際にマウスの抗ガン能力が高まることを示す論文を発表した。さらに、抗PD-1抗体を利用したガン治療薬の開発を提案したが、国内の製薬会社はガン免疫療法に懐疑的で乗り気でなく、いったんはアメリカのベンチャー企業に話を持ちかけまとまりかけたものの、土壇場で小野薬品が自社開発を決断したという(nippon.comコラム「脚光を浴びる新たな「がん免疫療法」:小野薬品のオプジーボ」2015.04.22)。小野薬品は、2014年に悪性黒色腫(メラノーマ)治療薬として、世界に先駆けて抗PD-1抗体薬オプジーボを発売した。
 オプジーボには、費用が高額になることに加えて、治療効果が限定的だという課題がある。ただし、これは、全てのガン治療薬に共通する。外部から侵入する病原体をターゲットとする抗生物質などとは異なり、ガン治療薬は、増殖・代謝・免疫といった生物がもともと保有する機能に関わるため、薬効や副作用に個体差が大きい。オプジーボの場合、奏効率(ガンが消失または一定割合以上縮小した人の割合)は、肺ガンでは15-20%、メラノーマや腎細胞ガンでは30%近くだという。また、劇症1型糖尿病や重症筋無力症などの重篤な副作用が10%の患者で見られ、別のガン治療薬と併用したケースでは間質性肺疾患による死亡例もある。日本臨床腫瘍学会は、オプジーボに対する過大な期待から個人輸入し添付文書と異なる用法・用量で使用するケースがあることに対して、警鐘を鳴らしている。
 抗ガン剤による副作用事件としては、2002年に間質性肺炎による死亡例の報告が相次いだイレッサのケースが有名である。イレッサも過大に期待された分子標的薬で、発売直後から数万人の患者にいっせいに投与されたため、厚労省による情報収集が充分に行われないうちに副作用が多発し、適切な対策が講じられないまま数百人(末期ガンの患者が多いため、イレッサの副作用が主因のケースがどれくらいあるかはっきりしない)が死亡した。その後、ガン細胞の遺伝子検査を行うことで、イレッサが有効な患者を選別できるようになったと言われる(ただし、作用機序には不明な点が多い)。この事件は、新薬の使用法に関して、多くの教訓を残した。
 オプジーボが画期的な新薬であることは間違いないが、高額な費用をどうするかという点を含めて、適切な使用法に関して検討する必要がある。
ソニー、ロボットの夢再び(16/07/02)

 ソニーは、5月に出資を決めた米Cogitai社と共同開発する人工知能(AI)を活用して、ロボットビジネスに再参入することを明らかにした。Cogitai社は、「アルファ碁」で有名になった深層学習や強化学習の分野におけるトップ研究者3人によって2015年に設立されたベンチャー企業。平井社長は、「ハードとサービスを組み合わせて感動体験をもたらす新しい事業モデルを提案する」と語っている(2016/6/29付日本経済新聞夕刊)。
 ソニーのロボットビジネスは、1999年に発売されたペットロボットAIBOに始まる。AIBOは、視覚・聴覚・触覚センサーを介して外部からの刺激に反応する自律型4足歩行ロボットで、長期間稼働させるうちに反応パターンに個性が表れるようにプログラムされており、1台25万円という高価格ながら、発売開始20分で用意された3000台が完売するほどの人気を呼んだ。しかし、ネットワークビジネスへの転換を目指す当時の出井社長は、開発当初から乗り気でなく04年に撤退を宣言、ものづくりに興味のなかった後任のストリンガーCEOによって06年に生産中止にされた。
 今回の発表は、一度は消滅したソニー製ロボット復活の狼煙となるかもしれない。しかし、近年流行の深層学習に過剰なまでに肩入れしているのは気になるところ。AIBOは、音声認識などAI技術を取り入れていたものの、それ以上に重要だったのがエンジニアリングの面白さ(この点は、ホンダのASIMOと同じである)。ベースになったのは、米マサチューセッツ工科大学で開発された6足歩行の自律型ロボット。その昆虫のような動きに興味を覚えた土井利忠(後のAIBO開発責任者)が、周囲の批判を無視して開発を進めた。初代AIBOは遊び心満載で、ブラブラ動く大きな耳やピンと立った尻尾は、故障の原因にもなる不要なパーツであるにもかかわらず、あった方がリアルだという理由で採用された。平井社長が想定するAIメインのロボットが、こうした技術者の遊び心をどこまで引き出せるか、少々心許ない。
 AIに詳しくない人は、深層学習のことを人間的な知性の現れと錯覚するかもしれないが、実際には、読み込ませるビッグデータの範囲をあらかじめ定め、ニューラルネットにおける結合強度の変化方法を指示しておく必要がある。このため、(猫の画像を識別する、囲碁の試合に勝利するといった)特定の目標がある場合には効果を発揮するものの、何を目標にすべきかはっきりしないときには、必ずしも有用ではない。今後、入浴介助のように体力と気配りが必要とされる分野に、AI搭載ロボットが導入される可能性が高いが、「感動体験」などという古臭いお題目を唱えるソニーにこうした役に立つロボットが作れるかどうか、お手並み拝見といった所である。
Win10 へのアップグレードに不満噴出(16/06/20)

 米マイクロソフト(MS)社製OSのアップグレードを巡って、国会でも民進党参院議員による「パソコンの基本ソフトウェアの半強制的アップグレードに関する質問主意書」が提出されるなど、さまざまな議論が巻き起こっている。
 MS社は、経営の軸足をOSの販売から「Windowsストア」などのネット事業に移そうと画策しており、OSのメジャーバージョンアップは、PC・タブレット端末・スマホで操作性を共通化したWindows 10で打ち止めにする予定。事業転換に備えて、OSごとのサポート(Win7は2020年、Win8は2023年まで)に伴う負担を早めに軽減するとともに、Windowsストアとの連携性の良いWin10を普及させるべく、Win7/Win8.1ユーザに対してWin10への無償アップグレードを勧めているが、そのやり方がやや強引にすぎ、OSを変更する意志のないユーザの不満が大きくなった。
 アップグレードの勧めは、Windows Updateで「Get Windows 10 アプリ」がインストールされると頻繁に繰り返されるようになり、ファイルをダウンロードするなど勝手に準備を進める。ユーザがこのアプリをアンインストールし、再インストールを拒否する 「非表示」設定にしても、なぜか自動的に設定が変更される。無償アップグレード期限の7月29日が近づいた今年2月からは、アップグレード予約プログラムが Windows Update の「オプション」から「推奨」に格上げされたため、設定がデフォルトのままでは自動的に予約され、ユーザがキャンセルしないとアップグレードされる可能性がある。キャンセル方法は(マシン環境によるのか予約プログラムのバージョンによるのか不明だが)一貫しておらず、最もわかりにくいケースでは、「次の予定でアップグレードされます」という文言の下にある「予定の変更」をクリックし、「アップグレードの日時を選択してください」で予定日時を延期すると、新しい予定日時の下に、漸く「アップグレードの変更または取り消し」という項目が現れる。場合によっては、「今すぐアップグレード/今夜アップグレード」という冗談のような二択しかない告知画面となる。この状態からキャンセルする方法もあるが、手順がややこしく、ふつうの人はまず気付けない。
 半強制的なアップグレードによって、古い周辺機器やソフトが使用不能になったり、業務中にアップグレードが始まって時間を奪われたりするなど、損害が発生する場合もある。それでは、こうした損害について、MS社に損害賠償を請求することは可能だろうか? 問題は2つある。1つは損害の証明ができるかどうかで、「古いソフトが使えなくなった」という程度ならば、元のOSに戻す方法が用意されているため、損害とは認められないだろう。データが消失したという声もあるが、以前に確かにデータが存在し、アップグレードのせいで失われたことを証明しなければならない。業務が邪魔された場合でも、あらかじめアップグレード予定時刻が告知されていたので、予定を変更しなかった合理的な説明が必要となる。
 もう1つの問題は、Windows の使用を開始する際に、「いかなる損害 (逸失利益、直接損害、結果的損害、特別損害、間接損害、付随的損害を含みます) の賠償またはその他の請求を行うこと」ができないという免責条項を含むライセンス契約に同意させられる点である。ただし、この免責条項は絶対的ではない。免責条項の存在がユーザに周知徹底されていないこと、OSのアップグレードの際に不具合が生じやすいのはIT業界で周知の事実であること、一般ユーザにとってOSはPCとパッケージになった製造物の一部である(したがって、PL法が適用されるはずだというのが実感である)こと−−などの点を鑑みれば、民法第90条「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」という規定に従って、免責条項は無効で損害賠償が認められる可能性は小さくない。
 無償アップグレード期限の7月29日までにさらに一波乱あるかどうか、しばらく目が離せない。
【補記】筆者は、メインとなるデスクトップ(Win7)をはじめ、AV・ゲーム用デスクトップ(WinXP)、ネット動画用スティックPC(Win10)、補助用ノートPC(Win2000)の計4台を使用しているが、メインマシンは、前世紀製(!)のものを中心とする古いソフト、フリーソフトや自作のスクリプトを多用してギリギリまでカスタマイズしているので、アップグレードする気はない。Win10は、スティックPCで使用した限りで言えば、プリインストールアプリにサインインを要求するものが多い(しかも、アンインストールできない)、カスタマイズの自由度が小さい、Win7に比べてデザインの洗練度が落ちる−− などの理由で、魅力が感じられないOSである。
老朽原発も運転延長へ(16/06/04)

 原子力規制委員会は、6月2日の会合で、関西電力高浜原発1、2号機(それぞれ、1974年、75年に営業運転開始)の運転延長に関する公開審査を終えた。福島第1原発事故を契機として、原発の運転期間は原則40年に制限されたが、規制委が認めた場合には、例外的に最長60年まで期間延長ができる。認可には、安全対策が新規制基準を満たしていることを確認する安全審査と、設備の劣化状況を調べる運転延長審査の2つにパスすることが必要。高浜原発は、今年4月に、電気ケーブルの不燃化(計画)などが基準に適合すると認められ安全審査に合格しており、今回、原子炉強度にはまだ余裕があるとする関電の報告が了承されたことから、期限となる7月7日までに延長手続きが完了する見通し。延長が認められる最初のケースとなる。
 稼働40年前後の原発のうち、出力60万kW以下の小型原発に関しては、基準に適合させるための安全対策費がかさむため、廃炉にする動きが目立つ。例えば、四国電力は、今年5月に伊方原発1号機(77年運転開始)を廃炉にすると決定したが、これは、電源ケーブル不燃化などの安全対策に1700億円が必要となり、56万6千kWの出力では投資に見合う収益が得られないと判断されたから。ただし、廃炉にも、30年程度の期間と400億円超の費用が掛かるという(2016年5月10日付日本経済新聞より)。これに対して、高浜原発は出力が80万kW以上あり、安全対策費を上回る収益が見込める。
 老朽原発が危険だとされる理由は、主に2つある。1つは、古い原発の安全対策が不十分であること。福島第1原発(最も古い1号機は71年運転開始)では、経済性を優先して原子炉建屋をコンパクトにし、安全上の要となる非常用ディーゼル発電機を強度の劣るタービン建屋内部に設置するという設計ミスが、全電源喪失のきっかけとなった。実際、東日本大震災で被災した4つの原発のうち、女川原発・福島第2原発・東海第2原発は、非常用発電機を原子炉建屋内部に設置して津波による冠水を防いだ(一部は冠水)ため、外部電源が全て断たれた東海第2を含めて、大きな事故には至っていない。原発の安全対策は、1979年のスリーマイル島原発事故をきっかけに大幅に強化されており、スリーマイル以前か以後かが安全性を考える上での目安となる。
 もう1つの理由は、運転中に浴びる中性子によって原子炉鋼材が脆弱化するなど、さまざまな経年劣化が起きること。ただし、この点に関しては、必ずしも深刻ではなく、小さな亀裂が生じても適宜補修すれば、それほど問題にならないという見方がある(原発推進派の意見なので、どこまで信用できるかは不明)。
 原発の再稼働に対しては、周辺住民の反対が運転差し止め訴訟を起こすケースも多い。以前ならば、政府の決定に「待った」を掛けることに対して司法は及び腰で、特に、原発のように高度な技術に関しては、専門家による安全審査の結果を追認する判決が多かったが、福島事故以降は、積極的に自分の判断を打ち出す裁判官が増えてきたようだ。関電高浜原発3、4号機は、規制委の審査に合格していったん再稼働したが、運転差し止め仮処分申請に対する大津地裁の判断により、今年3月に運転を停止した(福井地裁・大津地裁による判断は二転三転しており、関電が不服申し立て中)。関電大飯原発3、4号機は、福井地裁から運転差し止め判決が出され、名古屋高裁で係争中。九州電力川内原発1、2号機に対する運転差し止め請求は、鹿児島地裁・福岡高裁とも却下。伊方3号機は、小型の1号機と違って出力89万kWの大型炉で収益が見込めるため、四国電は再稼働を狙っているが、住民訴訟の対象となっており早期の稼働は難しそうだ。
ルールを探るゲノム編集(16/05/01)

 高度な遺伝子操作を可能にするゲノム編集技術「クリスパー/キャス」が実用段階に入り、適切なルール作りを巡る議論が盛んになりつつある。内閣府の生命倫理専門調査会は、先月22日に、ヒト受精卵に対するゲノム編集を基礎研究に限って容認する見解をまとめた。受精卵へのゲノム編集は、先天性免疫不全症候群などの遺伝性疾患を遺伝子レベルで治療する方法の開発につなげられる一方で、ゲノム編集した受精卵を子宮に戻すとデザイナーベビーの誕生につながる危険性もある。生命倫理専門調査会の見解は、基礎研究や認めるが子宮に戻すことは容認できないとするもので、すでに基礎研究が実施された中国や研究計画が認可されたイギリスのやり方に追随するものだが、ナチスによる人体実験という苦い記憶があるドイツでは、受精卵に対する研究が法律で禁止されており、世界的にも意見が分かれている。
 ゲノム編集は、サイエンス誌によって2015年の "Breakthrough of the Year" に選ばれたもの。コーエン=ボイヤー法など従来の遺伝子操作が外来遺伝子を挿入する地点を選べず、他の遺伝子に影響を及ぼす可能性が大きかった(そのため、遺伝子治療の副作用としてガンが発症することがあった)のに対して、PAM配列と呼ばれる目印さえあれば、染色体の特定の遺伝子を操作することができる。この技術を応用すれば、難病治療法の開発以外にも、家畜や農作物に対する遺伝子レベルでの品種改良が可能にある。 日本では、ゲノム編集で熟成を促進するエチレンガスへの感受性を低減した「日持ちの良い」トマト(筑波大)が開発されている(実用化はまだ)。ただし、ゲノム解読ができたと言っても、ある形質に関連する塩基配列が見つかっただけであり、遺伝子発現のメカニズムが完全に解明されたわけではない。ゲノム編集が、意図したものとは異なる副作用をもたらす可能性は高く、まだ、相当の基礎研究を積み重ねなければ、人間に直接かかわる領域に応用するのは危険すぎる。バイオテクノロジーの最先端に位置する技術で、先行するアメリカをヨーロッパ諸国や日本、中国が追いかけている段階だが、リスクを孕む技術をどこまで認めるべきか、悩ましい問題だ。
熊本地震、震源は布田川・日奈久断層帯(16/04/16)

 4月14日午後9時26分、熊本県益城町で震度7(気象庁震度階級のうち最大のもので、1995年の阪神淡路大震災以来4回目)を観測する大地震(M6.5)が発生した。その後も、震度6前後の揺れが複数回起きたが、気象庁の発表によれば、16日午前1時25分に起きた最大震度6強7の揺れが本震(M7.3)で、それ以前のものは前震とされる。
 熊本で起きている一連の地震は、布田川・日奈久断層帯に起因するものと見られる。最初の震度7の前震は、日奈久断層帯における高野−白旗区間を震源とする。日奈久断層帯は、益城町から八代海南部まで、北東−南西方向81kmにわたる断層帯で、北東部では、阿蘇外輪山の西側斜面から宇土半島に延びる布田川断層帯と接する。M7.3の本震は、2つの断層帯が近接する地域で起きた。地震調査研究推進本部の布田川・日奈久断層帯の評価(2002年発表)によれば、日奈久断層帯の高野−白旗区間に関して、前回の活動時期は1600〜1200年前で平均活動間隔は不明、地震の規模は、この区間が単独で活動する場合はM6.8程度、日奈久断層帯全体が同時に活動する場合はM7.7〜8.0程度と推定される。また、布田川断層帯北部での前回の活動時期は6900〜2200年前。熊本地震とは位置がややずれるが、日奈久断層帯の八代海区間は、文部科学省が発表した主要断層の長期評価(2015年)で30年以内にM6.8以上の大規模な地震が起きる確率が最大16%とされ、全国で最も高い。
 今回の地震の特徴は、広い範囲で同時多発的に地震が続いていること。本震の後も、午前3時55分に熊本県阿蘇地方でM5.8、午前7時11分には大分県中部でM5.3の地震が起きているが、本震が誘因となって別個に発生したとの見方がある。
「ひとみ」復旧は困難か(16/04/09)

 2月17日に打ち上げられたものの、3月26日の運用開始時点から通信が途絶えていたX線天文衛星「ひとみ」は、軌道上で高速回転し機器の一部が分離したことが明らかになり、復旧がきわめて難しい状況にあることがわかった。
 X線天文学は、1979年のX線天文衛星「はくちょう」以来、日本が世界をリードする分野。ひとみは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が中心となり、日米欧の大学や研究機関の協力を得て開発されたX線天文衛星で、2005年に打ち上げられ15年に通信機器の不調などから科学観測を終了した「すざく」の後継機として、主にブラックホールの観測を行う予定だった。ブラックホールに関するデータは、降着円盤の物質が飲み込まれる過程で発する電磁波から得られるが、周囲に分厚いガス雲が存在する場合は、硬X線しか透過できないため、通常の方法では観測が難しい。「ひとみ」は、硬X線領域で「すざく」の100倍もの感度を持ち、銀河の合体などによって誕生するブラックホールのデータを得ることが期待されていた。
 すばる望遠鏡による光学観測によると、ひとみは、軌道上で少なくとも4個のパーツに分かれている(宇宙空間の物体を監視する米戦略軍統合宇宙運用センター(JSpOC)の発表では10個)。また、木曽観測所の広視野高速カメラによる観測では、明暗のパターンが5.2秒の間隔で繰り返されており、この周期で回転していると推測される。ひとみは、最大長14m、総重量2.7トンの大型衛星で、5.2秒という短い周期で高速回転することは想定されておらず、回転の遠心力によって分解した可能性が大きい。当初は、スペースデブリが衝突したとの見方もあったが、直径10cm以上の1万7000個のデブリを観測している JSpOC によれば、ひとみに接近するデブリはなかったという。回転を始めた原因としては、姿勢制御系の異常が考えられるが、いまだ解明されていない。
FBI、iPhone のロック解除に成功(16/03/30)

  iPhone のロック解除問題を巡って連邦捜査局(FBI)とアップル社が対立していた問題は、 FBI 側がアップルの協力なしにロック解除できたことで取りあえず終わりを迎えそうだが、将来に大きな課題を残したとも言える。
 問題の発端は、カリフォルニア州で起きた銃乱射テロ事件の捜査に当たって、容疑者の所有する iPhone のデータを FBI が調べようとしたところ、ロックが掛かってアクセスできなかったこと。誤ったパスワードを10回入力すると自動的にデータが消去される設定になっていたため、FBI がアップルにロック解除を求め、カリフォルニア州地裁も同意して命令を出したものの、アップル側は拒否。さらに、別の事件に絡んでロック解除問題が持ち上がっていたケースでは、ニューヨーク州地裁が「捜査当局がロック解除を強要できる法的根拠はない」と判決を下したことで、司法の判断も分かれる事態となった。
 アップルがロック解除を強硬に拒否したのは、スノーデン事件の教訓があるから。2013年、国家安全保障局 (NSA) が情報収集のためにインターネットと電話回線の傍受を行っていたことが暴露されたが、このとき、アップルをはじめ、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなど名だたるIT企業が NSA に協力したことが明らかになり、市民やマスコミから厳しく指弾された。このため、今回のケースでは、アップルは使用者のプライバシーを優先して解除に応じず、アメリカのIT大手もこぞってアップルの態度を支持した。
 報道によれば、今回 FBI がロック解除に成功したのは、セレブライトというイスラエルの企業(2007年にサン電子が買収して子会社化している)の技術を利用したから。セレブライトは、スマホからデータを抽出する機械を商品化しており、この分野ではトップクラスの企業らしい。ちなみに、イスラエルは、緊迫した国際情勢の中に置かれているため、ITを活用した情報収集技術がきわめて高いと言われる。
 情報通信技術が急速に進展する中で、個人のプライバシーをどのように/どこまで守るかは、難しい問題である。日本の場合、電子メールは法的に信書と認められないので、不正アクセス禁止法や電気通信事業法に抵触しない限り、メールの盗み見は罰せられない。あるいは、ネット検索企業は、やろうと思えば、どの端末からどんな用語が入力されたかを簡単に調査することができるし、それを禁じる法律もない。何が許され何が制限されるべきか、今回の騒動をきっかけに議論を深化させてほしい。
重力波を初観測(16/02/14)

 米LIGO(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)は、アインシュタインの一般相対論によって100年前にその存在が予言されながら、あまりに微弱なため検出が困難とされていた重力波の観測に初めて成功したと発表した。LIGOでは、2002年から重力波の検出を目指して観測が続けられてきたがうまくいかず、昨年秋、感度を向上させた Advanced LIGO で観測を再スタートしところ、稼働2日後の9月14日9時50分45秒、幸運にもブラックホールの合体によって生じた重力波が到達した。
 フィジカル・レビュー・レター誌に掲載された論文(Phys. Rev. Lett. 116, 061102)によると、観測された振動波は、0.2秒ほどの間に周波数が35Hzから250Hzに上昇、それに伴って振幅が増大した後に急減するというパターンを示している。これは、2つのブラックホールが合体したときに発生する重力波の理論的予測とぴたりと一致するので、信憑性は高い。データを解析した結果、発生源までの距離は410(誤差+160/-180)Mpc(約13億光年)、合体したブラックホールの質量は、それぞれ太陽質量の36(+5/-4)倍と29(+4/-4)倍で、太陽質量の3倍に相当するエネルギー(3.0±0.5Mc^2)が重力波として放出されたという。
 重力波の解は、アインシュタイン方程式から直ちに導かれるため、その存在はほぼ確実視されていたものの、ブラックホールの合体による重力波が観測開始直後に見つかったことは驚きであり、合体頻度が予想よりも高いことを示唆する。1987年、カミオカンデによる観測を契機にニュートリノ天文学が花開いたように、今後は、重力波天文学が盛んになり、宇宙の歴史や銀河の運命が明らかにされていくことだろう。
AIが囲碁のプロ棋士に勝利(16/01/30)

 昨年10月、米グーグル社が開発した囲碁AI「アルファ碁」がヨーロッパ囲碁チャンピオンに5-0で勝利を収め、チェス・オセロ・将棋に続いて、ボードゲームでコンピュータが人間と互角以上に戦えることが示された(Nature 529, 484, 28 January 2016)。アルファ碁は、従来の探索法(可能な打ち方を数手先まで探索して局面が有利になるかを調べる方法)とは異なり、深層学習の結果を基に碁石の配置パターンから次の1手を導き出すもので、人間の直観に近い打ち方を示す。
 深層学習は、1980年代のAIブームの折に多くの研究がなされたパーセプトロン(原型は1957年にローゼンブラットが考案)の延長線上にあると言って良いだろう。80年代にはハードウェアの性能が低く、利用できるデータも少なかったため、大した成果が上げられなかったが、近年における半導体技術の向上とビッグデータの集積によって、より人間的な知性を実現できるようになったわけである。パーセプトロンでは、擬似的な神経ネットワークにさまざまなデータを入力し、出力が望ましい結果となるように、各ノードの結合強度を変化させる。こうした神経ネットワークを何層にも積み重ね、ビッグデータを活用して出力パターンがうまく収束するように学習を行わせるのが、深層学習の手法である。グーグル社は、この手法を使って、まず、アンドロイド端末での音声認識において誤認識率を25%低減、さらに2011年には、膨大な画像データから猫の顔を識別することに成功し、人間独自のものと思われてきた直観的なパターン認識をAIで実現する道を拓いた。アルファ碁では、3000万種類にも及ぶプロ棋士の打ち手を入力して学習させたという。
 もっとも、深層学習によって人間の直観が全てシミュレートできるようになるわけではない。「監視カメラの映像に映った群衆の中から特定の人物を見つける」といった限定的な課題に対しては、近い将来、人間以上の能力を発揮するAIが開発されるだろうが、バックグラウンドとしてさまざまなジャンルにわたる一般教養が必要とされるケースでは、人間の知性に匹敵するものはできないだろう。IBM製の人工知能ワトソンが、2009年に人気クイズ番組ジェパディで人間のチャンピオンを破って優勝したことは有名だが、このとき、ワトソンは、「チリとの国境線が最も長い国は?」という問いに相当する出題に対して、誤ってボリビアと答えている。これは、ワトソンが Wikipedia などネット上にある情報を知識ベースとし、言葉による検索を掛けることで答えを探索していたため、「チリ」「国境線」「長い」などの検索語に対して(19世紀半ば以来、長きにわたって国境線を巡る争いを続けていた)ボリビアがヒットした結果だとされる。南米の地図が思い浮かべられる人間なら、決してしない誤りである。このほか、AIの学習に利用するビッグデータにバイアスが加わっている場合にも、結果は信用できない(人間が犯した誤りだが、リーマン・ショックの原因は、不動産価格が長期低落傾向を示したことがないという90年分の“ビッグデータ”を過大に信用した金融会社が、サブプライム・ローンのリスクを低く見積もったことにある)。アルファ碁の“快挙”は、AIに何ができて何ができないかを真剣に考えてみる良い機会となるだろう。
太陽系に第9惑星?(16/01/25)

 米カリフォルニア工科大学の研究チームは、カイパーベルト天体の運行を基に、地球の10倍程度の質量を持つ惑星の存在が予想されると発表した(Astronomical Journal, 151:22, 2016 February)。
 カイパーベルトとは、海王星以遠で黄道面付近に小天体が密集する領域。2006年に準惑星に降格された冥王星も、カイパーベルト天体の一員と見なされる。冥王星は地球の月よりも小さく、この大きさの天体ならば、2003年に発見されたエリスやセドナをはじめ、カイパーベルト内に数多く存在すると予想される。これに対して、今回の報告にある天体は、冥王星の5000倍の質量を持つとされており、この予想が正しければ、惑星と呼ぶにふさわしい。
 カイパーベルト天体のうち、近日点が海王星以遠にあり軌道長半径が150AU(AUは天文単位で地球と太陽の間の平均距離)以上のものは、近日点が黄道面上に集中し、かつ、黄道面を横切る運行の向きが共通する。軌道長半径が150AU以下の天体にはこうした性質が見られないことから、偶然の産物とは考えにくく、何らかのダイナミカルな要因があると推測される。カルテク・グループは、この性質が巨大な天体との共鳴に起因すると予想してコンピュータ・シミュレーションを行い、質量を地球の10倍、近日点の位置を200〜300AUに設定したとき、データと最もよく一致するという結果を得た(比較したのは、セドナなど軌道長半径が250AU以上の6個の天体)。あくまでシミュレーションに基づく結果なので確実という訳ではなく、また、たとえ実在するとしても、最高性能の望遠鏡で長時間の探索を行わないと観測できないほど暗い天体であるため、数年以内に発見の報を耳にできる可能性は小さいが、第9惑星の存在がにわかに現実味を帯びてきたというだけで心躍るニュースである。
北朝鮮、水爆実験に成功?(16/01/07)

 北朝鮮は、6日、「特別重大報道」として「水素爆弾の実験に成功した」と発表した。韓国や日本でも、自然のものとは異なるマグニチュード5程度の地震波を観測しており、何らかの核実験が行われたことは確実と見られる。ただし、地震のマグニチュードが小さいので水爆実験が成功したとは考えにくく、日本にとって軍事的な脅威が増したと見なすのは早計である。
 水爆とは、核物理学者エドワード・テラーらの指導の下でアメリカが1952年に開発した核兵器で、原爆を起爆装置として水素の核融合による爆発を引き起こし、原爆の数百倍と言われる破壊力を実現する。原爆の技術資料はかなりのものが公になっており、据え置きタイプのウラン型原爆(ミサイル搭載可能な核弾頭ではなく、設置された場所で爆発させるもの)の場合、高濃縮ウランさえ手に入れば、大学工学部程度の施設で製造することも可能(北朝鮮が保有するのはプルトニウム型原爆で、その起爆装置の製造はウラン型原爆よりも難しいが、一流の機械メーカーなら不可能ではない)。これに対して、水爆の技術は最重要軍事機密とされ、設計図のドラフトすら入手困難である。起爆には原爆の爆発力をうまくコントロールしなければならず、その開発には、高度な技術力と潤沢な資金が必要となる。
 北朝鮮は、これまで、核兵器やミサイルの実験を繰り返し行っており、周辺諸国に強大な軍事力をアピールしている。しかし、2006年に行われた最初の原爆実験は明らかな失敗であり、その後、2度にわたる改良によって漸く所期の爆発力が得られたという程度。いきなり水爆の開発に成功することは、ありそうもない。また、長距離ミサイルの実験でも失敗が多く、核弾頭の開発もできていないようで、今のところ、日本が北朝鮮の核ミサイルに狙い撃ちされる可能性は、技術的に見て皆無。北朝鮮にとって、核兵器や長距離ミサイルは、実戦で使用する戦術兵器ではなく、あくまで外交を有利に進めるための戦略兵器にすぎない。このため、その威力に関して虚勢を張ることも多く、今回の発表もブラフと見た方が良いだろう。
"Breakthrough of the Year"にゲノム編集(15/12/20)

 米科学誌サイエンスは、2015年の "Breakthrough of the Year" として、ゲノム編集の技術(CRISPR)を選出した。この技術は、細菌がウィルスから身を守る仕組みを応用して2012年に開発されたもので、従来の遺伝子組み換え技術と異なり、染色体の狙った位置に遺伝子を挿入する。今年、生存不能なヒトの胚を用いたゲノム編集の実験が中国で行われ、技術の可能性とともに潜在的なリスクが示されたことで論議を呼んだ。適切に用いれば、農作物の品種改良や医薬品の開発に利用でき人類の福祉に貢献するが、その一方で、デザイナーベイビー(受精卵の段階で遺伝子操作を行った子供)が誕生するおそれもある。現時点では、遺伝子発現のメカニズムが完全に解明されたわけではないため、胎児の遺伝子操作に対して大部分の医学者が反対しているが、ゲノム編集の技術を用いてピンポイントでの遺伝子操作が可能になると、「致死性の遺伝病を誕生前に治療することは許容されるのでは…」といった主張も出てくると予想される。この問いに対してどのように答えるべきか、科学倫理の観点から議論を煮詰める必要があるだろう。
 次点に選ばれたものには、NASAの探査機ニューホライズンによる冥王星探査(氷の火山と推測される地形や、2つの天体が合体したように見える小衛星が発見された)、ケネウィック人のDNA解読(ワシントン州で発見された8500年前の人骨が北米先住民のものか議論があったが、DNAを調べた結果、周辺5部族の1つと遺伝的に近いと判明、あわせて、北米先住民が15000年前にベーリング海峡を渡ってきたアジア人の子孫であると確認された)、エボラ出血熱ワクチンの開発(カナダ政府が開発したワクチンの治験がWHOなどによってギニアで行われ、患者と接触して感染のリスクが高い4123人に投与したところ、発症者0だった)−−などがある。
COP21、パリ協定を採択(15/12/15)

 第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)でパリ協定が採択されたことにより、ようやく京都議定書に代わる国際ルールが定まり、地球温暖化対策は新たな段階に入った。
 パリ協定は、平均気温の上昇を産業革命前から2℃より充分低く抑えるとともに、1.5℃以内を目指して努力することを目的とする。最大の特徴は、全ての国に対して削減目標の作成を義務づけ、世界全体で5年ごとに進捗を検証するようにしたこと。アメリカが離脱し、中国・インドが削減義務を負わなかった京都議定書に対して、今回はアメリカと中国が積極的に働きかけを行い、条約に加盟する全ての国と地域が参加するパリ協定をまとめるのに寄与した。ただし、途上国に対して先進国が資金支援を行うことは定めたものの、削減目標未達の場合の対処はほとんど議論されず、どの程度の実効性があるかは不透明。国際的な炭素税のような仕組みも考える必要があるだろう。
 パリ協定は、原発が停止され火力発電の比率が一時的に高まっている日本にとって、重い負担を課す。しかし、長期的に見れば、再生可能エネルギー・LED照明・エコカー・高速鉄道網などの分野で新たなビジネスチャンスも生まれるため、マイナス面ばかりではない。
 1980年代後半に多くの科学者が警告し始めてから30年、地球温暖化の実害が少しずつ表面化しつつある。近年、世界的に多発する異常気象が地球温暖化によるものかどうかはいまだ判然としないが、二酸化炭素放出をこのまま放置すると、今世紀末までに、アメリカ中西部の穀倉地帯をはじめ世界各地で農業生産が大きな打撃を受けることは確実。さらに、食料と水の不足によって国際的な紛争が勃発することも予想され、人類にとって大きな災厄となる。パリ協定が災厄回避の第一歩になることを期待したい。
H2A、静止衛星の放出に成功(15/11/25)

 三菱重工業が24日に打ち上げたH-IIA29号機は、カナダ・テレサット社の通信放送衛星を静止軌道へ投入することに成功した。国産ロケットが商業衛星を軌道投入したのは初めてで、宇宙ビジネス参入の第一歩と言える。
 人工衛星と一口で言っても、その高度は用途に応じてさまざまで、国際宇宙ステーションのある地上数百キロメートルの低軌道から、静止衛星(地球の自転周期と同じ周期で公転する衛星)が飛ぶ高度36000km以上の高軌道まである(軍事目的のスパイ衛星は、地上観測のために高度100km程度まで降下することがあるが、この軌道では空気抵抗が大きく、そのままでは墜落する)。H-IIAロケットは、これまで高度300km付近で衛星を放出していたが、これでは、衛星自身がロケット噴射して静止軌道まで上昇しなければならず、軌道を保持するために必要な燃料を使ってしまい衛星の寿命を短くしていた。今回の29号機は、性能を向上させた改良型の機体を採用しており、従来2回だった2段エンジンの噴射を3回に増やし4時間ほど長く飛行することで、静止軌道まで衛星を運ぶことができた。
 衛星打ち上げを中心とする宇宙ビジネスを成功させるためには、成功率とコストという2つの課題をクリアしなければならない。一世代前のH-IIロケットは、7回の打ち上げで2回失敗し、成功率70%台という低い数字に甘んじた(インド以下と言われて、技術者は悔しい思いをした)が、H-IIA(H-IIの部分的な改良機ではなく、設計を根本から見直したもの)になってからは、29回のうち28回成功し、宇宙ビジネスのボーダーラインとされる成功率95%をクリアしている。アメリカのアトラスVとヨーロッパのアリアン5は、H-IIAより高い成功率を誇るが、ロシアのプロトンMは2013年頃から失敗が相次ぎ、成功率90%前後である。
 一方、コスト面で、日本は先行する欧米ロに大きく後れをとっている。H-IIAの打ち上げ費用は100億円程度だが、米スペースXは6120万ドルで、ロシアのプロトンMはさらに安価。日本は、後継機となるH3でコスト半減を目指すが、欧州勢も新型機の構想を打ち出しており、前途は必ずしも明るくない。
国産旅客機、半世紀ぶりに初飛行(15/11/12)

 1962年のYS-11に続く半世紀ぶりの国産旅客機MRJ(三菱重工・三菱航空機が開発・製造)が、11日、YS-11と同じく名古屋空港から初飛行を行った。日本企業によって開発された民間飛行機には、他に、富士重工の小型自家用機FA-200/FA-300やホンダのホンダジェットなどがあるが、富士重工はすでに開発から撤退、また、ホンダはアメリカで開発・製造を行っているので、現在、国内の民間機メーカーは、三菱以外、一人乗りの自家用機を開発した独立系のオリンポスだけである。
 航空機産業が日本で伸び悩んだのは、敗戦後、進駐軍が航空機の開発を7年にわたって禁止し、その間に主流となったジェット機分野で出遅れたことに加えて、日本的なものづくりの手法が通用しにくいせいでもある。旅客機の部品数は100万点ほどに上り、自動車などに比べて桁違いに多い。国内での下請け業者ではまかないきれず、ボーイングやエアバスなどの大手メーカーでも、欧米を中心とする有力部品メーカーから調達するのが一般的である。MRJの場合も、部品の7割は外国製で、心臓部となるエンジンは、米プラット・アンド・ホイットニー社の最新型PW1200Gである。航空機開発のプロジェクトリーダーは、こうした膨大な細部を総合的に俯瞰しながら、何が開発のネックになるか、リソースをどのように再配分すべきかを見いだし、部品メーカーとの間で調整を図らなければならないため、深い技術的知識と高度なコミュニケーション能力が要求される。しかし、日本企業では、往々にして、営業上手な人は技術の細部を知らず、有能な技術者は口べたであり、両方の才能を備えた人材に欠ける(同様の問題は金融業のIT化などにおいても見られ、金融業務とコンピュータ・システムの双方に詳しい人材がいないため、しばしばシステム・トラブルが発生する)。航空機のような複雑なシステムの開発に挑戦するには、丹念なものづくりに専念するだけではなく、総合的能力を有するプロジェクトリーダーを計画的に育成する必要がある。
 MRJはようやく初飛行にこぎ着けたものの、バラ色の未来が用意されている訳ではない。YS-11は、販売やメンテナンスの体制が整えられず、100億円を超える累積赤字を抱えたまま、わずか180機で製造中止となった。MRJが参入を目指すコミューター(数十人乗りの小型旅客機)市場は、ブラジルのエンブラエルをはじめライバルが多く、三菱が掲げる2000機という目標を達成できるかは微妙。今後も、広い視野を持ったリーダーの下で継続的な努力を続けなければならない。
加工肉に発ガン性?(15/11/01)

 世界保健機関(WHO)の外部組織である国際ガン研究機関(IARC)は、ハムやソーセージなどの加工肉を「人に対し発ガン性がある」物質に指定した。IARCは、発ガン性リスクを、「ヒトに対する発ガン性が認められる」グループ1、「ヒトに対する発ガン性があると考えられる」グループ2など4つのグループに分類しており、加工肉はグループ1に分類された。
 ここで注意しなければならないのは、IARCの分類が発ガン性の有無に関するものであり、危険性の大小を表す訳ではない点である。グループ1に属するものとしては、アスベストやベンゼン、喫煙などとともに太陽光曝露もあげられているが、特に紫外線が強い環境でなければ、日常生活で太陽光を浴びることは心配するほど危険ではない。加工肉の場合も同様で、発ガン性があるからと言って直ちに避けるべきだとは言えない。IARCの発表では、加工肉を「毎日食べた場合、50グラムごとに大腸がんを患う確率が18%上昇する」とされており、この数値が正しいならば、毎日大量のハム・ソーセージを食べるのは避けた方が無難かもしれない。ただし、この程度の発ガン性リスクの変動は、野菜不足や塩分の取りすぎでも見られるので、食生活全般を考えて行動しなければ無意味である。
 国立がん研究センターによると、日本人の加工肉の摂取量は1日当たり13グラムと世界的に見ても少ない方で、2011年に日本人を対象として行われた調査では、摂取量が特に多かったグループを除いて大腸ガンの罹患リスク増加は認められないという。日本人の平均的な食生活を送っている人は、さして気にする必要がないだろう。IARCは、(加工されていない)赤身肉についても「おそらく発ガン性がある」物質に指定したが、肉に含有される栄養素のメリットを考えると、(大量の肉ばかり食べる偏食の人を別にすれば)肉の摂取を控える必要はないはずである。
 発ガン性リスクに関しては、確実なデータを得ることがきわめて難しく、管理された動物実験でも、マウスを1万匹くらいは犠牲にしなければはっきりしたことはわからないと言われる。その場合でも、動物に対する発ガン性の有無が確かめられるだけで、ガン発生のメカニズムはほとんどのケースで不明というのが現状。人間に対する発ガン性に関しては、確実性に欠ける疫学調査を積み重ねていかなければならない。IARCは、そうした研究を通じて発ガン性の有無が認められたケースを発表しているだけであり、危険かどうかを判断するには、別の基準が必要となる。
次世代カーの開発競争、熾烈に(15/10/26)

 自動運転と低公害という2つのポイントを巡る次世代カーの開発競争が、熾烈になりつつある。
 自動運転に関しては「Google Car」が話題を集めているが、技術開発自体は、70年代から世界各国で進められてきた。日本では、世界的にも早い70年代半ばから研究開発が行われ、1996年には、AHS(Automated Highway System)の技術に基づいて、上信越自動車道の未利用区間で乗用車11台を最高速度80kmで走らせる自動隊列走行(先頭車は人間が運転し、後続車は指定された車間距離を維持しながら自動走行)の実験が行われた。最近では、センサーや情報通信の技術進歩に伴い、自動車搭載のAIが歩行者や道路標識を認知しながら運転操作を行う完全自動運転の実現が期待されている。すでに、グーグルや日産・トヨタが試作車の公道実験を行っており、グーグルは17年にも出荷開始、日産は16年に高速道路の一定車線に限定した製品を、20年には市街地の一般道に対応したものを販売すると発表している(10月21日付日経新聞による)。また、自動運転車の目となる超小型センサーの覇権を巡る争いも激しさを増し、最大手の独ボッシュを独コンチネンタルなどが追い上げている。
 自動運転の実用化でネックになるのが、法律の整備。現在の道路交通法では、「運転者の義務」として「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し…(中略)…他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」と規定されており、自動走行を想定していない。トヨタが公道試験を行ったときには、運転者が常に運転状況を見守っており、取材スタッフが腕組みをするように頼んでも(道交法違反になるので)応じなかったという。また、事故が起きたとき、誰が責任を負うのかもはっきりしない。限定的な自動走行なら10年代後半にも実用化されようとしているので、法整備を急ぐ必要がある。
 一方、低公害車の動向は、フォルクスワーゲン(VW)社の不正によって流れが変わる可能性がある。次世代低公害車の本命は燃料電池車と電気自動車で、実用化に向けて先行していた前者を、リチウムイオン電池の採用によって軽量化された後者が追い抜こうという状況ではあるものの、両者とも燃料供給のインフラ整備が遅滞しており、普及にはまだ時間が掛かりそう。現時点で販売台数が多い低公害車は、日米ではハイブリッド車、EUではクリーンディーゼル車である。ディーゼル車は、パワフルで低燃費なためトラックやバスなどの大型商用車で使用されるが、NOx(窒素酸化物)とPM(粒子状物質)の排出が多いという欠点がある。しかも、エンジンの構造上、燃焼温度を上げるとPMが減る一方でNOxが増えるという関係にあり、両者を同時に減らすことは難しい。燃焼段階でPMがNOxのどちらかを減らし、後処理で残った物質を削減すると、コストが高くついたり耐久性が損なわれたりして、燃費の良さを相殺してしまう。そうした中で、VWが安価でクリーンなディーゼル車を開発したとされ、売り上げを伸ばしていたが、今年9月に米環境保護局が排ガス試験の際に不正を行っていたと発表、安価なクリーンディーゼル車が幻であることが判明した。VWがなぜ不正に手を染めたのかは明らかでないが、販売台数世界一を目指してトヨタを猛追する過程で無理が生じたと推測される。
 コストや耐久性を犠牲にすれば、ディーゼルエンジンで排ガス規制をクリアすることは可能だが、VWの不正によって先進国におけるディーゼル車の地位が後退することは避けられない。敵失で有利な立場に立ったトヨタは、「2050年以降、ガソリンエンジン単体の車はつくらない」と発表した。2020年までにハイブリッド車の年間販売台数を150万台に、燃料電池車を3万台に拡大する方針で、この12月に発売予定の4代目プリウスでは、燃費が40km/Lと現行プリウスより20%以上も向上する(革新的な技術の導入ではなく、個々の部品を小型化するという地道な努力の成果らしい)。自動車は、個人が所有する製品としては最も環境負荷が大きいものだけに、各メーカーとも低公害車の普及に力を入れてほしいものである(私としては、総重量2〜300kgの超軽量車を開発してほしいのだが)。
ニュートリノ振動の発見にノーベル物理学賞(15/10/16)

 2015年度のノーベル物理学賞は、ニュートリノ振動の発見により、東大・梶田隆章とクイーンズ大学(カナダ)アーサー・B・マクドナルド両教授に授与された。梶田は大気ニュートリノに関する1998年のスーパーカミオカンデ実験を、マクドナルドは太陽ニュートリノに関する2001年のSNO実験を主導し、それぞれニュートリノ振動に起因すると思われる現象を観測した。
 ニュートリノ振動とは、3種類あるニュートリノ(電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ)が相互に姿を変える現象で、ニュートリノに質量があることを含意する。場の量子論によると、素粒子は古典的な原子論で想定されるような粒子ではなく、場の振動が量子効果によって粒子的な振舞いをしている状態。場同士の相互作用によって、ある場の振動が別の場に伝えられると、素粒子が別の粒子に変わるという現象が起きる。70年代に確立された素粒子の標準模型では、ニュートリノは、ウィークボソンの場を介して対になる荷電粒子との相互作用だけを行うとされており、電子ニュートリノと電子は相互に変わり得るが、電子ニュートリノがミューニュートリノに変化することはない。これは、6種類あるクォークが相互に変換できるのとは異なっており、ニュートリノ場が質量項の存在しない特定の形に制限されることの現れだと見なされていた。しかし、ニュートリノ振動の発見によって、ニュートリノ場同士の相互作用が可能であり、必然的に質量項が現れることが示された訳である。
 ニュートリノに関する研究は、日本のお家芸と言っても良い。ニュートリノ振動の理論は、まずイタリアの物理学者によって提唱されたが、異なる種類のニュートリノの変換という現在の形式にまとめたのは、坂田昌一ら日本人グループ。さらに、ニュートリノは検出しにくい素粒子であるため、精密な観測には専用の巨大検出器と多数のセンサーが必要になる。欧米では(地味な実験なのに金が掛かることもあって)実現できなかった観測装置を、日本では、東大の小柴昌俊が中心となり、岐阜県の神岡鉱山跡地に建設した。83年に完成したニュートリノ検出器カミオカンデでは、当初の目的だった陽子崩壊現象は発見できなかった(単純な大統一理論が誤りであることを実証)ものの、87年に大マゼラン雲に現れた超新星からのニュートリノを検出、この業績が評価されて、小柴がノーベル賞を受賞する。95年にはスーパーカミオカンデが完成、太陽ニュートリノや大気ニュートリノの研究が続けられてきた。スーパーカミオカンデの実験を主導し、ノーベル賞確実と言われた戸塚洋二は、残念ながら2008年に亡くなるが、今回、戸塚とともに実験を行ってきた梶田が受賞することになった。ノーベル賞の3人枠が1つ余っているのは、戸塚の席だと考えたい。
20年以内に地球外生命発見?(15/04/13)

 NASAのチーフサイエンティストを務めるエレン・ストファンは、今月7日にワシントンD.C.で行われたパネルディスカッションで、「10年以内に地球外生命体の有力な兆候がつかめるだろう。20〜30年以内には確実な証拠が得られると思う」と語ったという(CNN 2015.04.09)。
 このニュースに対して、多くの科学者は冷笑的な反応を示すだろう。NASAの科学者による地球外生命に関する発表には、かなり疑わしいものが少なくないからである。1999年、NASAの科学者チームが火星から飛来したSNC隕石に生命の痕跡が見られると発表、大きな話題となったが、生命活動の根拠とされた多環芳香族炭化水素は生物によらない化学反応でも生成できることなどから、現在、火星生命の存在が学界で支持されている訳ではない。2010年には、カリフォルニア州の塩湖でリンの代わりにヒ素を取り込んで増殖するバクテリアが見つかったと報告、DNAのリン酸がヒ素に置き換わっていたことから、リンの乏しい天体でも生命は存在できると主張した(この会見は、NASAが地球外生命に関する重大発表をすると事前にアナウンスされていたため、一般人の注目度も高かった)。しかし、その後の研究で、当のバクテリアはリンが無ければ生命活動を維持できないことが判明し、ヒ素生命に対する関心は急速に低下した。
 NASAが地球外生命に関して怪しげな発表を繰り返す背後には、予算獲得のための深謀遠慮が感じられる。予算配分を決定する立場にある人は必ずしも科学リタラシーが高くないため、こうしたわかりやすいアピールポイントを用意する必要があるのだろう(同じようなアピール戦略は、素粒子実験に必要な巨大加速器の建設を画策する際にも見られ、LHC計画では「ミニ・ブラックホールも作れる」と吹聴して、逆に危険視される結果を招いた)。NASAの科学者は、昨年7月の討論会でも「20年以内に地球外生命体が見つかるだろう」と発言したが、このときには、別の科学者が「そのためには高性能宇宙望遠鏡が必要になる」と言葉を継いでいた。
脳刺激による知覚・記憶の変容(15/04/05)

 脳を直接刺激することで知覚の拡張や連合記憶の形成を実現する実験結果が、相次いで報告された。
 知覚を拡張する実験は東大の池谷祐二らが行ったもので、ラットに人工的な“磁気知覚”を与えるというもの (H.Norimoto and Y.Ikegaya, 'Visual Cortical Prosthesis with a Geomagnetic Compass Restores Spatial Navigation in Blind Rats' Current Biology April 2, 2015)。瞼を縫合して視覚を奪ったラットの頭部に、地磁気の方位を感知して1次視覚皮質に刺激を与えるチップを埋め込み、迷路の中にあるエサを探索する課題を遂行させたところ、数十回の試行で開眼ラットと同程度に素早くエサに到達できるようになったという。一方、チップを埋め込まなかったラットは、同じ課題に対して到達時間の短縮は見られなかった。脳には、感覚入力の変更に対する順応性があり、人間ならば、上下や左右が逆に見える逆転メガネを掛けても、1〜2週間程度でふつうに生活できるようになることが知られている。今回の実験に用いたラットは、地磁気に応じた脳への刺激を新たな方位感覚として役立てられることを学習した訳である。
 連合記憶を形成する実験は、富山大の井ノ口教授らが行った (N.Ohkawa et al., 'Artificial Association of Pre-stored Information to Generate a Qualitatively New Memory' Cell Reports April 2, 2015)。この実験では、コンテクスト記憶(例えば、どんな形に箱に入れられたか)と、電気ショックによる恐怖記憶という2つの個別的な記憶を連合させた。こうした個別記憶は、海馬および扁桃体におけるニューロン集団が活性化されることで形成されると考えられるので、まず、蛍光 in situ ハイブリダイゼーションと呼ばれる手法で、それぞれの個別記憶が形成される際に活性化されたニューロン集団を特定、ついで、2つのニューロン集団を同時に活性化させることで、連合記憶を作り上げた(ニューロン集団の活性化には、遺伝子操作によって発現させた光刺激で開くイオンチャンネルを利用)。実験結果によると、コンテクストB(丸い箱)を覚えさせたマウスにコンテクストA(四角い箱)で電気ショックを与えた場合、通常ならば、コンテクストBに戻しても、身をすくませるなどの怯えの反応はあまり見られない。しかし、コンテクストBの記憶と恐怖記憶のそれぞれに対応するニューロン集団を同時に活性化させると、コンテクストBに置かれただけで怯えの反応を示すようになる。この結果は、連合記憶が記憶をコードするニューロン集団の同時活性化で形成されることを示唆する。
(それにしても、私のような物理屋からすると、最先端バイオテクノロジーを用いた実験は、ほとんど想像を絶する領域に達しているような気がします)
福島原発、ミュー粒子で内部調査(15/03/22)

 東京電力の発表によると、福島第一原発事故でメルトダウンが起きたとされる1号機の内部をミュー粒子によって透視したところ、核燃料がほぼ全て溶け落ちていたことが確認された。この調査は、国際廃炉研究開発機構および高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)が宇宙線に由来するミュー粒子を用いて行ったもので、今回発表されたのは、2月12日から3月10日までに得られたデータの解析結果。それによると、測定データと設計図面を比較して格納容器・圧力容器などの境界は判別できたが、核燃料が配置されていた炉心位置に1メートルを超える高密度物質は確認できなかったという。この結果は、「核燃料のほぼ全てが格納容器の底に落下した」というコンピュータ・シミュレーションを裏付ける。また、使用済核燃料プールにはミュー粒子の吸収体が観測され、燃料が存在すると推定された。
 今回の測定で使われたミュー粒子は、電磁気的な性質は電子と良く似ているが質量が電子の207倍ある素粒子で、宇宙から降り注ぐ高エネルギー粒子と大気の反応によって、主に高度約15kmほどの上空で作られる。電子など他の素粒子の大半は途中で大気に吸収されるが、ミュー粒子は大気中でほとんどエネルギーを失わずに地表に到達する。高密度体内部に進入すると特定の法則に従ってエネルギーを失うため、物質を透過したミュー粒子のエネルギー分布を測定すれば、飛行経路上の密度長(密度×経路長)が推測できる。複数の方位でミュー粒子を測定し、データをコンピュータで解析すれば、途中にある高密度物質の形状がある程度わかる(解像度は1m程度)。これまでにも、同じ手法によって浅間山や有珠山などの内部探索が行われ、固結したマグマの密度分布などに関する重要なデータが得られている。
 ミュー粒子を用いて福島原発内部の状況を調査するというアイデアは、東日本大震災の1週間後に高エネ研から提案されたもので、2012年から予備研究が始まった。一時は画像が鮮明でないなどの理由で見送られそうになったが、研究者の働きかけによって実施にこぎ着けたという。今後は、ミュー粒子検出器の位置を変えてデブリの位置を特定し、2021年以降に予定されるデブリの取り出しに役立てる方針。
ホモ属の起源、280万年前?(15/03/08)

 アリゾナ州立大学チームらは、エチオピアのアファール地域で280-275万年前のものとされるホモ属の下顎骨を発見したと発表した(B.Villmoare et al., Science aaa1343Published online 4 March 2015 / E.N.DiMaggio et al., Science aaa1415Published online 4 March 2015)。ホモ属が、脳容積がチンパンジーと同程度だったアウストラロピテクス属から300-250万年前に進化したことはほぼ合意されているが、この時期のホモ属の化石は少なく、これまで見つかった最古のものは、エチオピアのハダールで発見された230万年前の上顎骨だった。
 人類の祖先に関しては、21世紀に入ってから新発見が相次いでいる。従来の学説では、ヒト(亜)族(ヒト科の中でアウストラロピテクス属などチンパンジー属よりもホモ属に近いものを併せたグループ)は440万年以上前、ホモ属は200万年より少し前に東アフリカに登場、100万年ほど前にアフリカから出て世界各地に拡散したとされた。ホモ属の新種であるホモ・サピエンスは、他のホモ属(ネアンデルタール人など)と交わることなく、言語と道具を獲得して高度な文化を獲得したという。しかし、新たな発見によると、ヒト族は、早くも700万年前に西アフリカに進出、さらに、グルジアで発見された178万年前の化石により、この頃にはすでにアフリカを出発していたことが判明する。また、ネアンデルタール人は、動物の骨で作った道具を使用し、身体に化粧を施し死者を悼む風習のある文化的な種族で、その遺伝子の一部は、彼らがホモ・サピエンスと交わったことによって、われわれにも受け継がれている。
 さまざまな新発見があったとは言え、300-200万年前に起きたヒト族の急激な進化については、いまだ不明な点が多い。この時期に精密な道具(剥片石器)の使用が始まり、食性が菜食中心から動物性タンパク質を多く含むものへと変化、さらに、ホモ属が出現して脳容積が急激に増大し始める。人類の起源に関する研究は、目が離せない状況になってきた。
脱ゆとり奏功? PISAの成績向上(13/12/08)

 国際的学習到達度調査PISA(Programme for International Student Assessment)の2012年調査結果が3日に公表された。日本は前回よりも成績が向上しており、学習指導要領の改訂などを通じて「ゆとり教育」から脱却した成果と見る向きもある。
 PISAは、経済協力開発機構(OECD)が2000年以降3年に1度実施している調査で、今回が5回目。15歳の生徒を対象に「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野で、「知識や技能を生活に生かす能力」の習熟度を調べる。国・地域別の成績順位も発表されたが、これは、各地域の特性に依存しているので、それほど気にする必要はないだろう(例えば、3分野の全てで上海が圧倒的な高得点を上げているが、得点分布の偏りから、優秀な生徒を集める教育特区的な性格の現れだと推察される)。むしろ、成績の経年変化に、各地域の教育事情が反映されていて興味深い。
 PISAの結果は、文部科学省国立教育政策研究所のホームページで見ることができる。ここでは、日本とともに、フィンランド・ドイツ・アメリカの計4ヶ国の成績変化をグラフで示した。
PISA成績

 日本では、1998年に全面改定された学習指導要領に基づく本格的な「ゆとり教育」が02年(小中学校)〜03年(高校)に開始されたが、この時期に教育を受けた生徒のPISA成績が落ち込んだため、「ゆとり教育」の弊害とされ議論を呼んだ(いわゆるPISAショック)。08年の「脱ゆとり」指導要領に基づく授業は11年(小学校)〜13年(高校)に始まるが、教育現場では、その数年前から「脱ゆとり」の動きが見られた。これが、09〜12年のPISAの成績に反映されているかどうかは、見解の分かれるところ。
 フィンランドは、03〜09年の好成績によって教育先進国とされ、特に、落ちこぼれを出さない教育方針は日本でも参考になると言われた。しかし、フィンランド国内では教育行政のさまざまな問題が指摘されており、必ずしも万全とは言えないようである。
 PISAの結果に最も衝撃を受けたのは、おそらく00年のドイツだろう。3分野の成績は、参加32ヶ国中20〜21位。アメリカやフランスよりも遥かに低い成績に、ドイツ教育界は騒然となったそうだ。その後、授業時間の増加、修業年限の繰り上げなどの教育改革が進められたが、そのせいか、PISAの成績は一貫して向上している。
 一方、アメリカは、相変わらずのマイペースぶりである。
アイソン彗星、消滅?(13/12/01)

 29日未明(日本時間)に表面から110万キロの距離まで太陽に接近していたアイソン彗星は、世界中の天文学者が観測する中、予定の時間になっても、太陽の影から姿を現さなかった。直径数kmの核が太陽の熱と潮汐力で崩壊、3000度近い高温にさらされ、大きめの塵を残して消滅したと推測される。長く尾を引く世紀の大彗星の姿を期待していた天文ファンをがっかりさせた。
 アイソン彗星は、2012年に国際科学光学ネットワーク(International Scientific Optical Network)に所属する研究者が反射望遠鏡による観測で発見、所属機関の頭文字を取ってアイソン(ISON)と名付けられた。ハレー彗星のように回帰することはなく、太陽をかすめるように通過する「サングレイザー」と呼ばれるタイプの彗星である。サングレイザーは、観測衛星によって数多く発見されているが、多くの彗星は太陽に近づいた際に崩壊しており、尾を引く姿が視認できるケースは少ない。アイソン彗星は、崩壊しなければマイナス5〜6等星になる可能性もあったが、近日点に接近する前から暗くなり始め、崩壊が進んだようである。
 彗星は、太陽系の外縁に起源を持つ天体で、氷と塵から成る「汚れた雪玉」のような核を持つ。太陽に接近すると、表面が蒸発するために核の周囲をガスや塵が覆い、イオン化されたガスからの放射や塵による光の反射によって明るく輝く。さらに接近した場合、潮汐力や蒸気圧によって分裂・崩壊することもある。ただし、彗星がどの程度明るくなるか、崩壊・消失するかどうかを理論的に予測することは難しい。アイソン彗星は、氷の割合が通常より多かったと言われており、これが、崩壊を早める結果につながったようである。
洋上風力発電向け買い取り価格を設定(13/10/27)

 政府は、再生可能エネルギーの買い取りに「洋上風力」の枠を新設、価格を高めに設定することで、洋上風力発電の育成を目指す(10月26日付日本経済新聞)。
 地球温暖化の脅威は深刻さを増しており、今世紀後半には、秒速67メートル以上の暴風を伴うスーパー台風が日本を直撃する確率が高まると予想されている(今年の猛暑と台風の多発が温暖化と関係しているかは不明)。温暖化ガスの排出削減には火力発電を補う新たな電力源を確保する必要があるが、福島第1原発事故以来、原発の増設は難しくなった。このため、再生可能エネルギーに対する期待が高まっているが、育成政策は必ずしもうまくいっていない。昨年後半から住宅向け太陽電池の設置容量は大幅に増加したものの、これは、買い取り価格が高い間に発注する太陽光バブルだと見られる(2012年度は1kWh当たり42円でヨーロッパ主要国の2倍以上だったが、段階的に引き下げており、13年度は36円、14年度は30円台前半になる見込み)。こうしたバブルは、太陽光発電の増設を目指して高めの買い取り価格や助成金を設定した国で次々と発生しており、多くの業者が参入して供給過剰になった結果、Qセルズやサンテックパワーなどの大手メーカが経営危機に陥るという事態を招いた。
 世界的に最も設備容量の大きい再生可能エネルギーは風力発電だが、これは、風況の良い平坦な場所に向いた発電方法である。山間部は風速が急激に変化し、突風によって羽が脱落したり支柱が折れたりする危険があるため、風力発電には向かない。また、住宅地の近くでは、低周波騒音による公害を引き起こす。日本で大規模な風力発電を行うには、洋上に風車を設置するのが好ましいが、建設とメンテナンスのコストが陸上よりもかなり高くなるため、なかなか普及しない(このほかにも、漁業権との兼ね合いという問題がある)。政府の方針では、12年度に陸上・洋上を問わず1kWh当たり22円だった風力の買い取り価格を、洋上発電に関して30〜40円台にするという。しかし、この程度で洋上発電が盛んになるかどうかは、難しいところだ。
「水俣条約」採択(13/10/14)

 熊本市で開催された水俣条約外交会議で「水銀に関する水俣条約」が採択された。この条約は、水銀による健康被害や環境汚染を防ぐために、世界規模で水銀の使用を規制することを目的とする。具体的には、水銀を含む製品の製造・輸出入の原則禁止、製造プロセスにおける水銀の使用削減、環境中への放出削減の実施と放出限度値の設定を各国に義務付ける。
 水銀による環境被害としては、1950年代に熊本県水俣市で健康被害が発生した水俣病が知られる。当初、原因物質がなかなか特定されず伝染病も疑われたが、1959年に熊本大学が有機水銀が原因だと発表、1968年にメチル水銀と特定された。メチル水銀は疎水性が強く体外に排出されにくいため、生物の脂質に蓄積される性質を持ち、食物連鎖を通じて濃縮が進みやすい。水俣病では、メチル水銀が蓄積された水俣湾の魚介類を多量に摂取した住民に被害が現れた。脂溶性のメチル水銀は、血液脳関門を通過して脳に蓄積されるので、中枢神経系が傷害される。主な症状は感覚障害や運動失調で、国が認定した患者(死亡者を含む)は約3000人。このほかにも水俣病が疑われるケースは多く、今年4月には、「症状の組み合わせがない場合でも総合的に検討して水俣病として認定する余地はある」として、国が認定しなかった患者を水俣病と認める最高裁判決が出された。
 水俣病以降にも、環境中に放出されたメチル水銀が原因となる公害は何度も発生している。国内では、1960年代に新潟県阿賀野川流域で第2水俣病が発生。国外では、中国の松花江流域やブラジルのアマゾン川流域などで、水銀による環境汚染が報告されている。
 先進国では水銀の使用規制が進んでいる。EUでは、RoHS指令によって1000ppm以上の水銀を含む電気機器は販売できない。水銀電池も、日本・アメリカを含む多くの国で販売中止になっている。水銀を利用する場合でも環境中への放出を避け、使用後は管理型処分場での埋設処分やリサイクル(水銀蒸気を精製・濃縮して再利用)を行うのが一般的である。しかし、開発途上国では、製造工程などで利用した水銀が環境中に放出されることが稀ではない。こうした現状を改善するのが水俣条約の役目だが、被害が発生した場合の「汚染者負担の原則」が明記されないなどの不備もあり、今後の動きを見守る必要がある。
IPCC、温暖化に関する最新報告書を発表(13/09/29)

 ストックホルムで開催された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の作業部会で、07年の第4次報告書以降の知見を含む報告書が了承された(以下の引用は、経済産業省 9月27日付け News Release より)。特に強調されているのが、「気候システムの温暖化については疑う余地がない」こと。これを裏付ける観測事実として、「1880〜2012年において、世界平均地上気温は0.85[0.65〜1.06]℃上昇しており、最近30年の各10年間の世界平均地上気温は、1850年以降のどの10年間よりも高温である」ことが上げられた。海洋に関しては、水温上昇が上部(水深0〜700メートル)にとどまらず、3000メートル以深の深層でも温度が上昇している可能性の高いことが、新たに付け加えられた。温暖化の原因が人間活動である可能性は「きわめて高い」という。
 今世紀末までの変動に関しては、第4次報告書と大きな相違はない。温室効果ガスなどの影響で温度上昇のバイアスがどう変わるかに基づいて4つのシナリオが掲げられているが、2100年以降も温度上昇バイアスが継続するという RCP8.5 シナリオと、2100年以前にバイアスがピークに達した後に減少するという RCP2.6 だけ記そう。今世紀末までの世界平均地上気温の変化は、RCP8.5シナリオでは2.6〜4.8℃、RCP2.6シナリオでは0.3〜1.7℃。また、世界平均海面水位の上昇は、RCP8.5シナリオでは0.45〜0.82m、RCP2.6シナリオでは0.26〜0.55mとなる(気温・海面水位とも、「この範囲に入る可能性が高い」という意味)。また、「世界平均気温の上昇に伴って、中緯度の大陸のほとんどと湿潤な熱帯域において、今世紀末までに極端な降水がより強く、頻繁となる可能性が非常に高い」ことが指摘された。
 1980年代には、科学者の間でも地球温暖化に関する懐疑論がかなりあったが、現在では、大半の科学者が、温室効果ガスの排出による温暖化が進行中であり、今世紀末に向かってさらに深刻化することを認めている。しかし、温暖化を食い止めようとする政府の動きは、どこの国でも鈍い。日本政府は、主に原子力発電の推進によって温室効果ガスの排出を抑制する計画だったが、福島第1原発の事故以来、原発の増設は難しくなっている。一方、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの普及も、助成金や買い上げ制度が不十分であるなどの理由であまり進んでいない。一時期に比べて地球温暖化の話題は下火になっているが、深刻さは決して小さくなっていないことを認識してほしい。
リニア新幹線、ルート決定(13/09/19)

 JR東海はリニア中央新幹線のルートと中間駅の概要を発表、2027年の品川−名古屋間の営業開始を目指して、環境アセスメントなどの詰めの作業に入る。東京・名古屋・大阪を結ぶ新・新幹線の構想は、東海道新幹線開業前の62年頃から持ち上がっていたが、半世紀以上を経て実現に向けて動き出した背景には、掘削技術の進歩と大深度地下利用に関する法律の整備がある。
 カーブの多いルートは、単に距離が伸びるだけでなく、遠心力(速度の2乗に比例)の悪影響を避けるための減速が必要になる。このため、時間短縮を実現するためには、新たな新幹線のルートはできる限り直線にすることが望ましい。だが、東京・名古屋間の直線ルートは、二重に困難だと考えられていた。第1に、東京と名古屋を結ぶ直線上には南アルプスが存在するため、南か北に迂回せざるを得ない。第2に、都市部の近くにはすでに建物が密集しており、用地取得の際の障碍が大きい(2000年に全線開通した都営大江戸線は、用地問題を避けるために道路の下を走る部分が多く、地上に交差点がある箇所では、地下鉄路線も直角に近いカーブを描いている)。このまま中央新幹線を建設すると、ターミナル駅は空港と同様に都心から遠く離れアクセスの悪い地点になる上、南アルプスを迂回するせいで時間も掛かり、莫大な用地買収費の回収のために料金も高額になることから、利用客は伸び悩むことが予想された。
 しかし、こうした障碍は、技術開発と法整備によって取り除かれていく。
 掘削技術に関しては、シールドマシンやTBM(トンネルボーリングマシン)などが開発され、短期間で大規模なトンネルを掘削することが可能になった。ナポレオン時代から計画と挫折を繰り返していたドーバー海峡トンネルは、TBM工法を採用することにより、1986年から90年までの工事で開通できた。アルプス山脈を貫くスイスのゴッタルドベーストンネルは、TBM工法によって建設中であり、全長57kmのトンネルが完成すれば、青函トンネルを抜いて世界最長の鉄道トンネルとなる。南アルプス基部に関しては、湧水が多くかなり難しい工事になりそうだが、技術的には不可能ではないと考えられる(環境破壊の問題については、今後の論点になるだろう)。
 さらに、2001年に施行された「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」によって、三大都市圏の地下40m以深を道路・鉄道などの公共の目的で利用することに対する規制緩和が進んだ。大深度地下は通常は利用されない空間だとして、使用権の設定に対して原則的に補償の必要がないことが明確にされている。リニア中央新幹線の場合、東京から神奈川県に掛けての区間は、大深度地下にシールド工法で建設されるようだ。
 東京側のターミナル駅は、既存の品川駅新幹線ホームの下に建設される予定。品川は、山手線の主要駅があるにもかかわらず、新宿・渋谷・池袋・有楽町に比べて都市開発が遅れていたが、2003年に東海道新幹線が停車するようになったのを契機に港南口側の再開発が進み、現在では(羽田空港があるためにやや低めの)超高層ビルが林立する。さらに、隣接する田町駅との間にあるJR品川車両基地の再開発計画も始動しており、一気に副都心へと変貌しつつある。
カネボウ、美白化粧品回収(13/07/06)

 カネボウ化粧品は、同社と子会社が販売する美白化粧品54品目を自主回収すると発表した。手や顔に白い斑点が現れる「白斑」の症状が確認されたためで、これまで39件の報告があったという。カネボウのホームページによると、該当する化粧品に配合されていたのは、医薬部外品有効成分「ロドデノール( 4-(4-ヒドロキシフェニル)-2-ブタノール)」。ロドデノールは、安全審査を経て厚生労働省より薬事法に基づく承認を得た成分だが、白斑との関連が疑われるため、自主回収に踏み切った。
 シミやくすみは、過剰に生成されたメラニンの沈着によって生じる。メラノサイトにおけるメラニンの生成過程は何段階かにわたるが、その最初の段階は、チロシン(アミノ酸の一種)がチロシナーゼという酵素によって酸化され、ドーパに変化すること。ロドデノールは、チロシナーゼに結合して活性を阻害することで、メラニンの生成を抑制するほか、チロシナーゼ関連酵素の活性も抑制し、2種類あるメラニンのうち、シミやくすみの原因となる黒色メラニン(ユウメラニン)を選択的に減少させる。
 ロドデノールに肌を白くする効果があることは確かなようだが、問題は、それによって美しい肌になるかどうかという点。動物のまだら模様は、主に、色の発現をコントロールする生化学物質の濃度勾配によってもたらされているので、酵素活性を阻害する物質を部分的に注入すると、同じようなまだら模様が生じても不思議はない。今回のケースについては詳細がわかっておらず、使用法に問題があったのか、個人的な体質によるのか判然としないが、カネボウには、ぜひ原因を解明してほしいところだ。
BSE全頭検査、全国一斉に廃止へ(13/06/29)

 BSE予防対策として自治体が行っている全頭検査が、来月から全国一斉に廃止されることが明らかになった。食肉処理場を持つ自治体のうち、唯一態度を明らかにしていなかった千葉県が廃止の意向を厚生労働省に伝えたことで、全自治体の足並みがそろった。来月以降は、月齢48ヶ月以上の牛に限って検査が行われる。
 全頭検査は、国内でBSE感染牛が見つかった2001年から実施されてきた日本独自のBSE対策である。BSE大量感染の主要原因国であるイギリスをはじめ、食の安全に厳しいEU諸国でも全頭検査は行われておらず、72ヶ月齢以上の牛を対象とするだけである。全頭検査が不必要だとされる根拠は、2つある。
(1)全頭検査を行っても、幼い牛では感染の有無を決定できない。BSEの原因物質である異常プリオンは加齢とともに蓄積が進むため、月齢24ヶ月に満たない牛では、たとえ感染していても、通常は検出限界以下になる(稀に検出されるケースもある)。
(2)より効果的な方法がある。BSE予防には、飼料としての肉骨粉の使用を禁止するとともい、脳や脊髄などの危険部位の除去を徹底させることが効果的である。欧米でBSEが人間に感染したのは、牛の脳を食用にする習慣があったためで、脳を食べない日本人には、もともと感染の危険性は小さかった。危険部位を取り除けば、リスクは実質的に無視できるレベルになる。
 全頭検査を行っても効果が乏しいことは、2005年に食品安全委員会が指摘したが、消費者の不安が増大することを恐れた自治体が自主的に行っていた。
 そもそも、BSE問題は、牛に「共食い」をさせたことが原因となって起きた。多くの哺乳類は、病気の感染を回避するため、本能的に共食いをしない。ところが、牛に牛を食べさせると肉付きが良くなることに気がついた畜産業者が、牛の飼料に牛の肉骨粉を混ぜて育てた結果、自然界ではあまり見られないBSEの大量感染が発生した。人間の浅知恵が生み出した危機は、理性的に解決してほしいものである。
原発新基準、7月から施行(13/06/22)

 福島第1原発の事故を受けて、過酷事故対策などを厳格化した新規制基準が、原子力規制委員会で6月19日に決定された。政府は7月8日の施行を閣議で決定、これを満たすことが停止中の原発が再開されるための条件となる。NHKの報道によれば、新基準に基づく安全対策の費用は、電力会社10社の総計で1兆3000億円。一方、原発の再稼働が遅れることによる1ヶ月あたりのコスト増は、泊原発3基が再稼働待ちの北海道電力で180億円になるなど、各社とも数十億〜百億円超。また、廃炉にするための費用は、最も安い美浜原発1号機で323億円、最も高い浜岡原発5号機で852億円と見積もられる。原子炉の場合、寿命40年という前提で廃炉費用が積み立てられており、寿命前に廃炉にするとなると、費用の捻出が大変である。いずれにせよ、電力会社にとっては頭の痛い話である。
 福島第1原発の事故原因は、津波の想定が不十分で全電源喪失を招いたこと、および、旧・原子力安全保安院の指針に基づいて長期間の全電源喪失に対する備えがほとんどなかったことにある。原発での事故回避策としては、通常、イベントツリー解析をもとに起こり得る事象を想定し、個々の事象に対して対策を講じるという方法が採用される。福島第1の場合、津波は防潮堤で防げるという前提の下にイベントツリー解析を打ち切って、全ての非常用ディーゼル発電機を、浸水に対する防護の不十分なタービン建屋の地下に設置した。ところが、津波が防潮堤を越えたせいで発電機が水浸しになって動かなくなり、全電源喪失を招く結果となった。イベントツリー解析では確率的に起こりそうになくても、あえて最悪の事態を想定し、ディーゼル発電機を原子炉建屋内や浸水しない高所に設置、さらに、電源なしでも稼働する(一時的な)非常用冷却装置をスタンバイ状態にしておけば、メルトダウンは回避できた可能性が高い。新基準では、最悪の事態への対策が義務化されているが、ようやく当たり前の対策が始められるとの感が強い。
米最高裁、乳ガン遺伝子の特許認めず(13/06/15)

 乳ガンの発病リスクを高める遺伝子BRCAの特許を巡る訴訟で、米連邦最高裁は、人体から得られた遺伝子は特許対象にならないとの判決を言い渡した。一方、人工的に合成された遺伝子については特許が認められるとの見解も示した。
 アメリカで遺伝子特許が広く認められるようになったのは、1990年代のこと。当時は、自動車や半導体などの技術を外国に流用されたことへの反省から、プロパテント(知財保護)政策が押し進められていた。アメリカの特許法には「物質特許」に関する規定があり、自然界に存在するものでも、新規に単離した場合は 特許が成立し得る。遺伝子では、塩基配列に加えて機能が推定できれば特許が成立するとされた。この“推定”の基準がかなり緩いのが、アメリカにおける遺伝子特許の特徴だった。例えば、特定の体質を持つ人の遺伝子検査を行って体質関連遺伝子を見いだし、これと塩基配列の似た既知の遺伝子を探索することで機能が推定されれば、特許が成立して当該遺伝子の利用(創薬・遺伝子診断・遺伝子組み換えなど)に独占的な権利が生じる。この緩い基準のおかげで、アメリカでは遺伝子特許を取得する企業が相次ぎ、すでにヒト遺伝子の40%以上に特許が付与されたという。これに対して、日本やEU諸国では、特許出願の段階で具体的な機能と応用可能性を明確にしないと、特許が成立しない。フランスのように、「人間の体内にあるものは特許の対象にならない」と法律に明記している国もある。
 今回、最高裁で判決が出された訴訟は、BRCA遺伝子の特許に基づいてミリアド社が乳ガンの遺伝子検査を独占していることに対し、人権擁護団体が起こしたもの。ミリアド社の検査は高額(約3000ドル)である上、より安価な検査技術の開発をミリアド社が許可しないため、患者や研究者にとって不利益となっているというのが訴えの理由である。最高裁の判決によって、人体から得られた遺伝子は特許にならないとされたが、ミリアド社は検査技術など多くの関連特許を有しているため、独占体制が崩れ安価な検査を受けられるようになるかどうかは微妙。また、人工的に合成された遺伝子は特許対象になるとの見解が示されたので、cDNA(相補的DNA、mRNAから逆転写酵素を使って合成されるDNA)を利用した製品開発は、引き続き遺伝子特許によって保護される。
米政府、メールなどから個人情報収集(13/06/08)

 英ガーディアン紙が米国家安全保障局(NSA)による通話記録の収集を暴露したのに続いて、ワシントンポスト紙など米メディア各社は、NSAと連邦捜査局(FBI)が、AT&Tなどの通信会社やグーグルなどのインターネット会社から音声・文書・写真・接続ログなどの個人情報を収集していたと報道した。これに対して、米政府は「記事には多くの誤りがある」としながらも、非米国人を対象とする合法的な情報収集が行われたことは認めた。アメリカでは、同時多発テロをきっかけに制定された米愛国法(USA PATRIOT Act)に基づいて外国諜報監視法(Foreign Intelligence Surveillance Act)が強化され、2007年から非米国人に関する情報収集を目的としたPRISM計画が始まったとされる。
 ネットでやりとりされる情報をどこまで保護すべきかについては、見解が分かれている。通信会社から通話記録などを得ることは一般に法律で制限されるが、インターネットのように公共のために開放されているシステムの場合、情報収集自体を規制するのは難しい。日本の場合、不正アクセス禁止法などに抵触しなければ、メールの覗き見も合法的であり、暗号化して自分で情報を守らなければならない。これは、電波が公共物なので、暗号化されていない行政無線やコンサート会場から漏れるワイヤレスマイクの電波を傍受することが違法でないのと同じである(ただし、得られた情報を他人に受け渡すことには法的規制がある)。収集されたデータ(例えば、商用ホームページへのアクセス回数)の利用に関しては、各国で扱いが分かれている。アメリカでは、「ビッグデータ」として商業的な利用が推進される方向にある。一方、欧州連合(EU)では、利用者の事前の同意がない限り、IT企業などが情報を譲渡することは許されていない。
 ネットは個人情報の宝庫である。例えば、グーグルがその気になれば、IPアドレスをもとに、どの端末からどんな語句が検索されたかを調べるのは容易である(おそらくグーグルは調べていないだろうが、ネットショッピングの会社が自社のホームページで行われる検索をどのように利用しているかは不明)。こうした情報をどのように保護していくかは、これから検討すべき課題と言えよう。
福島事故「健康に影響ない」(13/06/01)

 「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)は、「福島原発事故による住民の被曝量は少なく、今後も健康に影響が出るとは考えにくい」との結論をまとめた。
 福島事故による健康被害に関しては、さまざまなメディアで楽観論と悲観論が交錯しているが、これは、放射線被曝の影響が充分に解明されていないため。年間被曝線量が100ミリシーベルト以上ならばガン発生率が上昇して危険、1ミリシーベルト以下なら動物実験でも影響は見られず安全−−という大枠ははっきりしているが、1〜100ミリシーベルトの間はグレイゾーンである。ウクライナ政府による報告書では、年間20ミリシーベルト以下の低線量汚染地域に居住する住民にさまざまな疾患が増加していることが指摘されており、福島で居住が認められる地域が果たして安全なのかを危惧する声も挙がっている。チェルノブイリ周辺で甚大な健康被害が発生した理由が、ソビエト政府が危険性をアナウンスせず、多くの住民が地域で取れた作物やミルクを摂取したことにあるので、住民に危険性が知らされた福島での健康被害がチェルノブイリよりも遥かに小さいことは、確実である。問題は、低線量被曝によって疾患発生率がどの程度上昇するか不明であり、たとえ誤差範囲に収まるようなわずかな上昇であっても、その中に自分や家族が入るという懸念が払拭できない点である。こうした不安感によるストレスが健康に悪影響をもたらす可能性も、否定できない。
 今回のUNSCEARの報告では、健康被害が見られるかどうかの基準が年間100ミリシーベルトに設定されている。チェルノブイリ事故で最も深刻な健康被害となった子供の甲状腺ガンについては、福島における1歳児の年間被曝線量(小児が放射線の影響を受けやすいことを考慮した換算線量)が避難区域内で20〜80ミリシーベルト、区域外で33〜60ミリシーベルト程度であることから、「甲状腺ガン発生率の上昇は今後も見られない」と結論された。しかし、この数値は決して安全性を保証するものではなく、ましてや安心を与えることもない。福島住民にとっては、気の重い日々が続きそうである。
アンジー、ガン予防のために乳房切除(13/05/25)

 アメリカの人気女優アンジェリーナ・ジョリーが乳ガン予防のために両乳房切除手術を受けたと公表したことに対し、さまざまな意見が寄せられている。アンジーに対して「がんに立ち向かう女」と評価する声がある一方で、乳房切除という方法に対しては「やりすぎ」という批判も少なくないようだ。
 彼女が手術を受けるきっかけになったのが、乳ガン抑制遺伝子 BRCA1/BRCA2 に関する遺伝子検査の結果。この検査は、遺伝子特許を所有する Myriad Genetics, Inc. が独占的に行っており、申し込めば誰でも受診できるが、受診料はかなり高額である。通常、欧米における乳ガンの生涯罹患率は十数パーセント(ライフスタイルによって変動するため、国によって異なる)だが、BRCA1/BRCA2のいずれかに変異があると罹患率は数倍に、両方に変異があると80%以上になるとされる。変異は遺伝性で、近親者に乳ガン罹患者が複数いる場合は遺伝子変異を疑った方が良いと言われており、アメリカでは遺伝子検査を受診する女性が多い。母親が乳ガンで亡くなったアンジーの場合、高い確率(報道によれば87%)で乳ガンになるという結果が得られた。
 陽性となった受診者には、通常、カウンセリングが行われ、乳ガン予防のための措置が提案される。特に推奨されているのが、毎年2度の乳ガン検診を行うこと。検診の方法には、乳房超音波検査やマンモグラフィなどがあり、最終的には、乳房に針を刺して組織を採取する生検で診断を確定する。ただし、検診で見逃されることもあるため、乳房切除によってガン発生確率そのものを大幅に(数%程度まで)減らす方法を選択する人も少なくない。
 以前の乳房切除手術では、乳房の形が崩れ醜い傷跡が残ることが多かったが、最近では乳房再建技術が向上して、外見はほとんど変わらないとされる。アンジーの手術では、皮膚を残して乳房組織だけを摘出、インプラントをして乳房再建を行ったようだ。
もんじゅ、運転再開困難に(13/05/18)

 高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)で重要機器の点検が行われていなかったことを重視した原子力規制庁は、必要な安全管理体制ができるまで運転停止を命令した。これを受けて日本原子力研究開発機構の鈴木理事長が辞任、もんじゅの早期運転再開は難しい状況となった。
 高速増殖炉は、利用価値のないウラン238を核燃料に変える「夢の原子炉」と言われる。現在の原子炉では、天然ウラン中に0.7%しか含まれないウラン235を濃縮して核燃料にしており、連鎖反応を持続できないウラン238はほとんど役に立っていない。しかし、一部のウラン238は、原子炉内で中性子を吸収して、核燃料となるプルトニウムに変わることが知られている。高速増殖炉は、この核反応を最大限に利用するもので、プルトニウムとウランの混合燃料と液体ナトリウムの冷却材を適切に配置することにより、原子炉内で消費されるよりも多くのプルトニウムを生み出す。「増殖炉」とは、役立たずのウラン238を消費しながら核燃料が増えていくという意味である(ちなみに、「高速…炉」とはエネルギーが大きく速度の速い中性子を利用する炉という意味で、スピーディに増殖するわけではない)。
 高速増殖炉の開発は、1940年代後半にアメリカで始まり、その後は日米欧各国で着手された。計画によれば、実験炉→原型炉→実証炉という段階を経て商用炉へと進むはずだった。しかし、液体ナトリウムの制御が技術的に難しく、多くの国では実証炉以前の段階で計画が頓挫した。もんじゅは原型炉として5000億円以上を掛け建設されたものの、事故が相次いでまともに動いたことはない。最も進んでいたのはフランスだが、実証炉として建設されたスーパーフェニックスが事故で運転中断、最終的には1998年に廃炉となった。次の炉の開発は検討中とのこと。アメリカでは原型炉の段階で開発が中断され、再開の見通しは立っていない。イギリス・ドイツでは実証炉の計画が撤回され、高速増殖炉開発は打ち切られた。現在では、実証炉の建設を進めているロシアが開発の先頭に立っており、中国・インドも開発に着手しているが、技術的にどこまで進んでいるかは、必ずしもはっきりしていない。
 高速増殖炉の技術的ハードルはきわめて高いものの、パイプの設計などに関しては経験に基づく改良が有効なので、時間を掛ければ開発に成功する可能性はある。しかし、商用炉が稼働するのは早くても今世紀後半であり、多額の資金を投入する価値があるかどうかは、かなり疑わしい。日本では、プルトニウムの抽出に利用する予定だった再処理工場(青森県六ヶ所村)もトラブル続きで稼働しておらず、高速増殖炉をかなめとする核燃料サイクル構想は暗礁に乗り上げている。
二酸化炭素400ppm超え(13/05/11)

 米海洋大気局は、ハワイ・マウナロア観測所で測定された大気中の二酸化炭素濃度が400ppmを超え、1958年の観測開始以来の最高値を記録したと発表した。発表されたデータによると、今月4日までの1週間平均が399.58ppmで、9日に400.03ppmに達した。10年前の同時期における平均濃度は379ppm、産業革命以前の推定値は280ppmである。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によれば、地球温暖化による深刻な被害を避けるには、温暖化ガスの濃度を二酸化炭素換算で450ppmまでに抑制する必要があるとされる。温暖化のメカニズムについて不明な点も残されており、一部にはIPCCに対する批判もあるが、一時的な停留状態はあっても長期的な傾向として気温が上昇し続けることは、多くの学者が確実視するところである。今後100年間に2℃を超える昇温があると、地中海沿岸や西アジア、アメリカ中西部などで水不足が深刻化し、農業が大きな打撃を受けることが予想される。水と食糧の不足は国際社会の不安定化をもたらし、紛争が多発する可能性が高い。それだけに、早急に対策を講じなければならないが、各国の動きは鈍い。むしろ、開発途上国を中心に、二酸化炭素の排出が加速度的に増える傾向にある。
 日本は、原子力発電所の再開がままならず、EUに較べて自然エネルギーの普及も遅れているため、温暖化ガスの抑制は難しい状況にある。むしろ、アメリカでのシェール革命に倣って、メタンハイドレートの利用を目指す機運が高まっており、化石燃料への再シフトが進む可能性もある。二酸化炭素を集めて地下の帯水層に注入する計画もあるが、技術的にどこまで可能か不確定要素が多い。太陽電池と波力発電、バイオマス発電の技術革新に期待せざるを得ない。
ネット選挙解禁へ(13/04/21)

 19日の参院本会議で改正公職選挙法が成立、夏の参院選からネットを利用した選挙運動が可能となった。これで、選挙期間中は候補者がブログの更新やネットマガジンの配信もできないという時代錯誤の状況は改善される。
 今回の法改正でほぼ全面的に解禁されたのが、ホームページやツイッターなどを利用した選挙運動で、投票の呼びかけなどを行うことができる。メールの利用には制限が付き、事前にアドレスを通知した有権者に候補者から政策などに関するメールを送信することは許されるが、有権者の側がメールで特定候補者の支持を呼びかけることは禁止となる。ただし、こうした制限は、参院選後に再検討される見通し。
 ネット選挙で最も懸念されるのが、なりすましと中傷。候補者になりすましてサイトを開設し、虚偽の情報を流すことも考えられるので、サイトが真正であることを保証する電子証明書の需要がありそう。ネット中傷に関しては、すでにプロバイダ責任法などによって対策が講じられてはいるが、書き込みの削除には時間が掛かるため、短期間で悪意のある書き込みが集中してブログが炎上するケースも少なくない。 選挙運動に絡んで、どの程度のトラブルが発生するかは、予測が難しい。
 トラブルが懸念される一方で、ネット選挙にはメリットも大きい。最大の魅力は、ネット上で政策の比較を行いやすくなる点。従来の選挙公報などには、自分の主張を飾り立てた文章ばかり並んでおり、多くの有権者が知りたいと思う情報が掲載されていなかった。双方向性のあるネットは、具体的な質問に対する候補者の考えを聞き出す手段として利用できる。さらに、各候補者のサイトに検索を掛け、特定の政策についてそれぞれどのような考えを持っているかを容易に調べられる。候補者の政策を一覧の形で表示したサイトが開設されるかもしれない。
夢の解読に一歩近づく(13/04/06)

 ATR脳情報研究所は、睡眠中に見ている夢の解読に成功したと発表した。これは、被験者3人の睡眠中の脳活動を機能的磁気共鳴画像(fMRI)で計測、夢を見ている場合は被験者を起こして内容を報告してもらう。しかる後、報告内容を含まれる単語を「本」や「車」など約20のカテゴリーに分類し、fMRIのデータと照合して、パターン認識のアルゴリズムを構築した。このアルゴリズムを利用すれば、睡眠中のfMRIのデータから夢の内容を推定できる。また、同じ物体を夢で見るときと画像を見るときの脳活動に、共通するパターンがあることも判明した。
 脳が、特定のコンセプト(1つのまとまりとして扱える情報の集合)をどのようにコードしているかは、ほとんどわかっていない。1つのコンセプトに複数のニューロンが関与していることは確実だが、ニューロンの個数が数千個(以下)か数若万個(以上)か、空間的な分布はスパース型か集中型か、個々のニューロンが担当するコンセプトにはどの程度の多様性があるか−−などについては、不明な点が多い。こうした謎は、fMRIの技術が進歩することによって少しずつ解明されていくと期待されているが、現時点では、研究者が望む水準に比べて、空間的・時間的解像度があまりに低すぎる。それでも、断続的に報告される新発見には、ワクワクさせられる。
 夢解読の技術が進歩しすぎて、考えている内容を外部から知られるのではないかと心配する人がいるかもしれないが、心配しなければならない段階に達するまでには、まだ数十年は掛かりそうだ。何よりも、頭蓋骨という障害物がニューロンと外部を隔てており、ニューロン1つ1つの活動を読みとることが絶望的なまでに困難だからである。
小型家電リサイクル法施行(13/04/02)

 4月1日から小型家電リサイクル法が施行された。使用済みの携帯電話やデジカメを回収、貴金属・レアメタルの再資源化を目指す。
 ただし、現実にリサイクルが進むかどうかは、かなり疑問である。最大の問題は、この法律が家電を製造するメーカーに対して義務を課すのではない点。回収を行う自治体が再資源化の認定業者に引き渡すまでの道筋を付けただけであり、参加予定の自治体も少なく、消費者への周知もほとんどなされていない。使用済み小型家電を集める回収ボックスもあまり設置されておらず、このままでは、不燃ゴミの中から再資源化できそうなものをピックアップするというリサイクル効率のきわめて低いやり方しかできそうもない。
 大型家電(テレビ・洗濯機・冷蔵庫・エアコン)やパソコンに関しては、メーカーに回収義務を課すリサイクル法が制定された結果、メーカーがリサイクルしやすいような製品作りを心がけるようになった。例えば、多種類のプラスチックをシュレッダーダストとして混合してしまうとリサイクルは難しくなるが、単一のプラスチックからなる部品を簡単に取り外せるように設計しておけば、それだけを集めてリサイクルすることが比較的容易にできる。しかし、メーカー側に何の義務もないと、使用後のことまで想定されていない製品ばかりが作りっぱなしにされてしまう。携帯電話など個人情報が記録される製品の場合、記録されたデータを簡単にコピー&完全消去する方法が用意されていないと、ユーザは安心して回収に出せない。確かに、メーカーにリサイクルを義務づけることは、一時的にはメーカーの負担を増して競争力をそぐ。しかし、ベルギーなど一部の国では小型家電のリサイクルが進められており、将来、世界的にリサイクルの流れがひろまったときに、日本企業に有利な立場をもたらすはずである。
薬のネット販売解禁へ(13/01/14)

 最高裁第2小法廷は、11日の判決で医薬品のネット販売を禁止した厚生労働省の省令は違法と判断した。この判決によってネットでの薬の販売を禁止する法令がなくなったことから、ケンコーコムは第1類医薬品を含むネット通販を再開した。他のネット通販業者も、副作用リスクの低い第2類医薬品の通販を再開する方針。
 一般用医薬品(大衆薬)は、2006年成立・2009年施行の改正薬事法で、副作用リスクに応じて第1類から第3類まで分類され、リスクの高い第1類医薬品は、「薬剤師」による情報提供を「義務」とした。一方、第2類医薬品は、「薬剤師または登録販売者」による情報提供が「努力義務」となっている。ただし、薬事法の条文には、「薬局開設者/店舗販売業者/配置販売業者」などの文言はあるものの、対面販売が義務化されている訳ではなく、通販が認められるかどうかは、省令による具体的な規定にゆだねられていた。情報提供に関する薬事法の条文を以下に記しておく(薬事法第36条6の一部)
薬局開設者又は店舗販売業者は、その薬局又は店舗において第一類医薬品を販売し、又は授与する場合には、厚生労働省令で定めるところにより、医薬品の販売又は授与に従事する薬剤師をして、厚生労働省令で定める事項を記載した書面を用いて、その適正な使用のために必要な情報を提供させなければならない。
薬局開設者又は店舗販売業者は、その薬局又は店舗において第二類医薬品を販売し、又は授与する場合には、厚生労働省令で定めるところにより、医薬品の販売又は授与に従事する薬剤師又は登録販売者をして、その適正な使用のために必要な情報を提供させるよう努めなければならない。

 今回の最高裁判決では、ネット販売を禁止した省令が薬事法で想定されている範囲を逸脱して業者の活動を制約すると判断された。
 今回の判決に対しては、専門家の間でも意見が分かれている。店舗で購入することが不便な利用者(近所に薬局・薬店がない、身体や仕事の都合で店舗に赴くことが難しいなど)にとって、通販の解禁はありがたい。また、鎮痛剤などは効き目の個人差が大きいため、各人の体質に適した多種類の薬が提供されることが望ましいが、販売スペースに限界のある店舗では通常は数百種類の売れ筋の薬しか提供されていないため、4500品目を揃えたケンコーコムは慢性病に悩まされる患者にとって福音となる。その一方で、スティーブンス−ジョンソン症候群のように大衆薬で重度の障害が発症するケースもあり、副作用に関する情報提供はきわめて重要である。対面販売でない場合、患者の自己判断で安易に薬が試用されることも考えられるため、リスクの高い第1類医薬品に関しては、対面販売を義務化する方が好ましいかもしれない。
 副作用リスクに関するポップアップ警告で患者の既往症などを確認させれば、利便性と安全性の両立も可能なはずなので、今後どのような方法を取るべきかを検討してほしい。
ブレイクスルー・オブ・ザ・イヤーにヒッグス粒子の発見(12/12/21)

 米サイエンス誌が年末に発表するブレイクスルー・オブ・ザ・イヤーで、今年は「ヒッグス粒子の発見」が選ばれた(SCIENCE, 338, 21 December 2012 )。
 ヒッグス粒子は、対称性の破れに関するヒッグス機構を通じて電子やクォーク、W/Z粒子に質量を与えるヒッグス場の励起状態で、1970年代に確立された標準模型で唯一未発見の素粒子だったが、今年7月、CERN(欧州原子核研究機構)で2008年から稼働しているLHC(大型ハドロン衝突型加速器)によって、ヒッグス粒子と思われる粒子が確認された。ただし、この発見で標準模型が完成し、理論物理学の一時代が終了する−−という訳にはいかない。標準模型では、理論的に導くことが困難な性質の大部分をヒッグス場に押しつけている。今後は、ヒッグス場の性質を実験的に解明しながら、理論的に曖昧さが残っていた真空の相転移の仕組みなどをきちんと理論化していかなければならない。
 ヒッグス粒子の発見に続く2012年の科学的業績としては、次の9つが挙げられている。
山中氏にノーベル賞(12/10/10)

 スウェーデン・カロリンスカ研究所は、2012年のノーベル生理学・医学賞を、山中伸弥京大教授とジョン・ガードンケンブリッジ大名誉教授に授与すると発表した。山中氏は、4つの遺伝子を導入することで体細胞に多能性を復活させたiPS細胞を、2006年に世界で最初に開発した業績が認められた。
 遺伝子を扱うバイオテクノロジーは、1973年に遺伝子組み換え技術(コーエン=ボイヤー法)が開発されてから着々と発展してきたが、90年代になって新しいステージに突入したと言われる。遺伝子組み換え動物やクローン動物の作出・ヒトES細胞の樹立・ヒトゲノムの解読・人工細菌の合成など、画期的な成果が次々と達成された。それだけに、この分野では、ノーベル賞が確実視されながら10年以上受賞待ち状態となっている研究者が少なくない。そうした中で、業績を上げてから6年でのスピード受賞に至ったことは、実に喜ばしい。
 ただし、喜んでばかりもいられない。iPS細胞やES細胞を用いた再生医療の実用化に向けた研究・開発ではアメリカが先行しており、日本は懸命にその後を追っている状態である。原因の1つは、実用化の際に必要な臨床試験の要求水準が欧米よりも過剰に厳しく(大学病院などで行われる試験とは別に、厚生労働省が定めた基準による試験を行わなければならない)、また、審査を行う人員が不十分で時間が掛かることにある。例えば、アメリカですでに製品化されていた培養皮膚(通常の体性幹細胞を利用したもの)を日本でも販売しようとしたベンチャー企業は、厚労省が次々に要求してくる膨大な資料の提出に手間取り、製品の販売に至るまで予定の3倍の9年を要したという(2009年7月放送のNHKクローズアップ現代より)。こうした状況を改善する動きもあり、iPS細胞を用いた加齢黄斑変性症に対する臨床試験が日本でも始まろうとしているが、アメリカとの差が縮まっているようには見えない。
 山中氏のノーベル賞受賞を契機に、行政側が研究・開発の足を引っ張っていることを自覚してほしいものである。
サムスンvsアップル、混戦に(12/09/01)

 スマートフォンの知的財産権を巡るサムスンとアップルの訴訟合戦は、10カ国・50件以上に上るが、国によって異なる判決が相次いで、混戦模様を呈している。米カリフォルニア州連邦地裁での陪審員裁判では、デザインや操作性に関してアップルの訴えがほぼ全面的に認められ、サムスンは約10億5000万ドルの賠償を命じられた(8月24日)。一方、音楽データ等の同期技術に関する争いでは、8月31日に東京地裁で「サムスン側に特許侵害はない」とする判決が出された。各国の判決を表にまとめると、次のようになる(日経新聞等の記事に基づいて作成)。
国↓ 訴えた側→アップルサムスン
日本×データ同期技術 
 通信技術
アメリカ○デザイン 
○画面操作 
韓国○画面操作 
 ○通信技術
オーストラリア×画面操作 
ドイツ○デザイン 
オランダ×デザイン 
フランス 通信技術
イタリア 通信技術
(○×:訴えた側の勝敗、無印:判決前)

 アップルが主張しているのは、主にデザインや操作性などのソフト面における権利だが、これは、ジョブスが築いた同社の伝統と言えよう。2007年に発売された iPhone は、ハードウェアの技術では必ずしも最高級の製品ではなく、機能の多さでは日本のガラパゴス携帯の方が勝っていた。ところが、タッチパネルを活用した直感的な操作がいかにも先進的でクールだったため、プレゼンを見た多くのユーザの心をつかみ、世界的に大ヒットした。何がユーザを感動させるか考え抜いたジョブスの戦略の勝利である。こうした戦略は、マッキントッシュや iPOD など、ジョブスがかかわったアップル製品に共通する。
 ここで問題になるのは、ソフト面での知的財産権が国際的に共通化されていないことである。例えば、アメリカの裁判では、iPhone の「トレードドレス」(一目でその製品と認識できるデザインについての権利で、登録の必要はない)が認められたが、機器全体の印象にかかわる権利に関しては、各国の対応が分かれている。日本では、(意匠権とは別に)不正競争防止法で「商品形態模倣行為」が禁じられており、過去には、ずんぐりとしてパステルカラーに彩られた外観が iMAC そっくりの Windows PC を発売したソーテックに対して、アップルが同法に基づく製造・販売の差し止めを申し立てたことがある。ただし、不正競争防止法上の権利には制約も多く、意匠権ほど強力ではない。
 アップルにとって最も苦い経験は、OSのインターフェースに関するマイクロソフトとの争いだろう。マイクロソフトは、アップルとの提携を通じてウィンドウシステムに関する技術を磨いた後、提携を破棄して MS-Windows (ver.2) を発売した。このとき、アップルは、アイコンのデザインや「ファイルをゴミ箱アイコンにドラッグ & ドロップすると削除される」といった操作法に関するOSの著作権が侵害されたと訴えたが、「技術システムのインターフェースに著作権は適用されない」というマイクロソフトのやや強引な言い分が認められて敗れた。このときの経験を踏まえて、アップルは、ソフト面の権利を守るためにさまざまな法的手段を講じるようになる。スマートフォンに関するアメリカでの裁判で問題になった特許の1つが「pinch-and-zoom特許」で、指1本でスクロールし2本でズームするというものだが、デザイン権や著作権ではなく特許権を活用したのが勝因である。
 サムスンとアップルの争いに関してはまだ第1ラウンドを終えた段階だが、ソフト面を重視するアップルの戦略がどこまで保護されるかは、将来の技術の動向を考える上で注目に値する。
核燃料再処理の方が高コスト(12/04/28)

 内閣府原子力委員会は、原発から出る使用済み核燃料処理に掛かる費用の計算結果を発表した。それによると、再処理して核燃料を取り出すよりも、全量をそのまま埋設する直接処分の方が安上がりになる。総コストで再処理の方が高くつくことは以前から知られていたが、2030年までに掛かる費用で見ると青森県六ヶ所村にすでに建設された再処理工場を稼働させた方が割安になるとの試算もあり、どちらがコスト的に有利かはっきりしなかった。今回の計算では、300年以上先という超長期を想定して、再処理を行う場合にも再処理工場の解体費用を計上するなどした結果、再処理のコストが大幅に膨らんだ。2030年まで現在と同程度の原発を稼働させた場合、全量再処理する場合は18兆円、全量直接処分する場合は13.3〜14.1兆円の費用が掛かる。
 原子力発電の最大の問題は、強い放射能を帯びた使用済み核燃料をどのように処理するかである。核燃料を容器に封入してそのまま地下300メートル以上の地層に埋設する直接処分を行うのは、アメリカ・ドイツ・スウェーデン・フィンランドなど。最終処分場の場所が(ほぼ)決定したのはスウェーデンとフィンランドだけで、それ以外は候補地すら決められない。アメリカでは、ネバダ州・ユッカマウンテンに建設するというブッシュ前大統領の方針がオバマ大統領によって撤回され、議論が紛糾している。一方、再処理の方針を示しているのは、日本・ロシア・中国・インドなど(フランスやイギリスは、再処理・直接処分の両方を行う)。再処理工場で核燃料となるウランやプルトニウムを取り出し、残りの廃液をガラス固化体にして地中に埋設する。プルトニウムを扱うため、再処理を行うのは核兵器保有国が多い。再処理をした後、ガラス固化体を数十年間冷却する必要があるので、最終処分場を決めるまでの時間的余裕があるが、安全性評価と建設に掛かる期間を想定すると、急がなければならない。
 日本で再処理の方針が決められたのは、国内での調達が難しいエネルギー資源を確保しようとしたため。再処理によって取り出されるプルトニウムを高速増殖炉の燃料として利用すれば、100年以上の長期にわたってエネルギー枯渇の心配がなくなるという楽観的な見通しもあった。しかし、高速増殖炉の開発は、実験炉もんじゅがナトリウム漏れの事故を起こしてから進んでおらず、近い将来に開発できる見通しはない。そもそも、高速増殖炉は技術的にきわめて難しく、アメリカ・ドイツ・イギリスが早々に撤退、しばらく研究・開発を続けていたフランスもスーパーフェニックスの事故がきっかけで開発を断念した。ロシアや中国で開発が検討されているとされるが、詳細は不明。高速増殖炉が作れなければ、再処理で取り出されたプルトニウムはウランと混ぜたMOX燃料としてプルサーマル発電に使われることになるが、全量を使い切るのは難しく、核兵器の燃料に転用可能な大量のプルトニウムを抱えて国際的な不信感を招きかねない。また、六ヶ所村に建設した再処理工場も、トラブル続きでいまだ試運転を繰り返している段階。コスト面だけでなく技術的な観点からも、再処理の見直しが迫られている。
鳥インフル論文の発表に待った(12/02/24)

 鳥インフルエンザの論文発表に待ったが掛かったことに対して、学界が揺れている。
 ことの発端となったのは、人工的に変異させた強毒性鳥インフルエンザH5N1が哺乳類間で容易に感染するという昨年9月の報告。米バイオセキュリティー国家科学諮問委員会は、この研究の詳細が公表された場合の利益とリスクを比較検討した結果、人工ウィルスを悪用目的で開発するテロリストや国家に情報を与えるリスクが利益を大きく上回るとの結論に達し、今年1月、公表に際しては感染性などの詳細なデータを制限すべきだとの勧告を出した。世界保健機関(WHO)は今月16日に緊急の専門家会合を開き、論文は全文掲載すべきだとしながら、安全管理の国際基準ができるまで公表を延期するよう求めた。論文が投稿された米Science誌と英Nature誌は、掲載を見合わせる一方、今回の問題に関する特集を組んでさまざまな見方を紹介している。また、論文執筆者を含む39人のインフルエンザ研究者は、H5N1の研究を60日間自主停止すると発表、この間に政府当局と研究者が話し合って解決策を模索してほしいと要望した。
 現在のバイオテクノロジーを駆使すれば、ウィルスやバクテリアを合成することも可能となる。ウィルスの合成は、2002年のポリオウィルスに始まる。H5N1論文執筆者の一人でウィルス合成の第一人者である東京大学医科学研究所の河岡義宏教授は、インフルエンザウィルスのみならず、致死率90%とも言われるエボラウィルスの合成にも成功している。ウィルスより難しいバクテリアの合成は、2008年に米クレイグ・ベンター研究所で実現された。バクテリアのゲノムをコンピュータで設計、これを化学合成した上で別種のバクテリアに移植し、設計通りのバクテリアを作り出た。こうした技術は、感染症予防法の開発やバイオ燃料・医薬品の製造に役に立てられるが、その一方で、バイオテロにつながる危険性も秘めており、科学が持つ功罪の二面性を浮き彫りにする。科学のもたらす利益を享受しつつリスクを避けるためには、衆知を集める工夫が必要である。
 なお、鳥インフル騒ぎが大きくなった理由の1つがH5N1の致死率の高さだが、これに関しては疑問も提出されている。WHOは、ウィルス感染者586人のうち346人が死亡したとして、致死率59%と結論した。ところが、米マウント・サイナイ医科大学の研究チームは、14000以上のサンプルを用いたこれまでの血清評価試験を再検討、全被験者の1〜2%の血清中にH5N1の感染を示す所見があることを見いだした。これが正しければ、WHOの発表した値は重篤な患者だけを調べた結果に過ぎず、致死率が実際よりも大幅に高く見積もられていたことになる。

【追記】3月30日、米科学諮問委員会は、一転して鳥インフル論文の見合わせ要求を撤回した。撤回の理由は、論文にバイオセイフティに関する記述が追加されたことなど。
アメリカで34年ぶりに原発認可(12/02/11)

 アメリカ原子力規制委員会は、ジョージア州ボーグル原発3,4号機の建設を認可した。原発新設の認可は1979年のスリーマイル島原発事故後初めてで、事故前年に認可されて以来34年ぶり。建設費用は、安全対策の強化のために高騰しており、2基で140億ドルに上る。ウェスティングハウス社製の新型軽水炉は、外部からの送電とディーゼル発電が失われても72時間にわたって原子炉を冷却でき、安全性は高いとされる(福島では臨時冷却系が数時間しか保たず、メルトダウンを回避できなかった)。
 福島第1原発事故以降、ヨーロッパを中心に反原発の動きが再び高まりつつあるが、アメリカでは、原発再開に向けて舵を切ったブッシュ前大統領に続いて、オバマ大統領も原発重視の政策を維持している。今回のケースも、債務保証など国と州の後押しがあって、ようやく実現にこぎ着けられた。反原発団体の一部は、建設認可を不服として提訴する方針。
 現在、世界のエネルギー供給は、必ずしも健全な状態にない。化石燃料に関しては、深海底油田の相次ぐ発見と「シェールガス革命」によって枯渇の不安が遠のいた。だが、深海底油田は、2010年にBP社が起こしたメキシコ湾原油流出事故で数百億ドルに上る被害をもたらしたことからもわかるように、コストと安全性の懸念が払拭されていない。化学処理された水と砂を地下1km以上の頁岩層に高圧注入するシェールガスの採掘は、地下水の汚染を引き起こすという主張があり、アメリカで大きな論争となっている。もちろん、地球温暖化も依然として深刻である。原子力は、高レベル放射性廃棄物の処理がフィンランド以外では先送りされたままだ(アメリカでは、ほぼ決まっていたユッカマウンテンでの処理場建設を、オバマ大統領が白紙撤回した)。再生可能エネルギーは、新興国を中心とするエネルギー需要の伸びに応えられないだけでなく、コストと安定性の問題を抱えている。こうした中で、さまざまなエネルギー源をどのように利用していくかが重要な政策課題となっている。
ES細胞で視力改善(12/01/26)

 米アドバンスト・セル・テクノロジー社は、ES細胞を使って網膜異常の治療(臨床試験)を行った結果、視力の改善が見られたと発表した。治療対象となったのは、加齢黄斑変性とスターガート病の患者1人ずつで、いずれも大幅な視力低下が起きていた。これらの患者の眼に、ヒト受精卵から作成したES細胞を網膜細胞に変化させて移植したところ、スターガート病の患者(51歳女性)は、ほとんど目が見えない状態から文字を識別できるところまで改善された。加齢黄斑変性の患者(78歳女性)にも治療効果が現れたという。
 ES細胞を用いた臨床試験としては、2010年、脊髄損傷患者を対象に米ジェロン社が行ったケースがあるが、このときはあまり治療効果が見られなかったようで、1年で撤退している(撤退の理由は、別の研究開発に集中したいためとも言われる)。脊髄損傷のマウスやサルを用いた実験では、損傷部位にES細胞やiPS細胞から作成した神経幹細胞を移植したところ症状がかなり改善されており、ヒトで効果がなかった理由ははっきりしない。治療を開始するまでに時間が掛かりすぎたのか、あるいは、外傷によって断裂した神経細胞の損傷がメスを使って切断した実験動物の場合よりも激しかったためかもしれない。
 日本でも、加齢黄斑変性をiPS細胞を使って治療する研究が理研で進行中だが、厚労省が臨床試験に慎重なせいもあって、臨床面では欧米に比べて遅れている。ES細胞やiPS細胞のような「万能細胞」はガン化しやすく安全性が確実でないため、これらを用いた再生医療の実用化をあまり急ぐべきではないとの見方もあるが、従来の方法では治療できない難病を治せる可能性がある画期的な医療技術であり、研究開発を適度にスピードアップすることが必要だろう。
不確定性原理破れる?(12/01/19)

 量子力学の基本的な不等式を検証する実験が、ウィーン工科大学の長谷川祐司らのグループによって行われた(Nature Physics online 15 Jan 2012)。この不等式は、誤差と擾乱に関するもので、1927年にハイゼンベルクが思考実験をもとに導き、2003年に小澤正直が修正したもの。今回の実験では、中性子のスピンに関して、ある向きの値Aと異なる向きの値Bを逐次測定した結果、Aの誤差ε(A)とBの擾乱η(B)の間に成り立つ不等式が、ハイゼンベルクの式に反し、小澤の式に合致することが示された。
 量子力学の基本的な不等式として最も有名なのは、一般に「不確定性関係」と呼ばれる式で、位置と運動量のように互いに共役な2つの物理量の標準偏差の積がh/4π(h:プランク定数)を超えないことを表す。この式は、演算子の交換関係に基づく量子力学の基礎から導くことができ、量子力学が正しいならば確実に成り立つ。今回の実験で、不確定性関係は問題とされていない。これに対して、不確定性関係が確立される以前にハイゼンベルクが導いた不等式は、電子の位置を測定しようとしてガンマ線を照射すると電子の運動量が擾乱されてしまうという思考実験に基づいており、式の形は不確定性関係に似ているが、その理論的根拠は曖昧である。具体的なケース(例えば、相関する2つの量子系の一方を測定することで他方の物理量を調べるという実験)の理論的分析を通じて、厳密には成り立たないことが早くから認識されていたが、具体的にどのように修正すれば良いかは知られていなかった。小澤の不等式は、理論的考察に基づいてハイゼンベルクの不等式を書き直したものである(この件に関しては、Q&Aコーナーの小澤の不等式についての回答で解説しているので、そちらを参照していただきたい)。3つの式を並べると、下のようになる。
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 今回の実験結果を「不確定性関係が破れる」と早とちりした記述が一部に見られるが、量子力学の正当性には何の影響もない。ただし、ハイゼンベルクの主張を「不確定性原理」と呼ぶ論者がいるせいで、量子力学の教科書でも、不確定性関係とハイゼンベルクの不等式を混同しているケースが少なくない(「不確定性関係」を「不確定性原理」と呼ぶ人の方が多い)。物理学を志す人は、正確な理解を深めるように努めるべきだろう。
福知山線事故、社長に無罪(12/01/12)

 2005年、JR福知山線で起きた脱線事故(死者107人、重軽傷者562人)で業務上過失致死傷罪に問われたJR西日本前社長(カーブ付け替え時の鉄道本部長、事故当時は副社長)に対して、神戸地裁は「事故は予見可能でなく過失は認められない」として無罪を言い渡した。
 福知山線事故は、乗り換えの利便性を図るために作られた急カーブ、(速度照査機能のある)ATSの未設置、競合路線に対抗してスピードアップしたために生じた余裕のないダイヤ、運転士にプレッシャーを与えた日勤教育など、多くの要因が複合的に絡んで起きたもので、速度超過が直接的な原因だしても、特定個人の過失が事故を招いたとは言えない典型的なシステム事故である。今回の裁判は、システム事故における責任追及のあり方を改めて考えさせるケースとなった。社会正義の観点から責任者を処断すべきだというのが一般的な市民感情なのかもしれないが、個人に対する責任を過剰に追及すると、裁判を有利に進めるために証言や証拠開示が偏る危険がある。再発防止を最優先するならば、関係者を免責にして事故の原因をつまびらかにすべきだという主張も根強い。とは言え、JR史上最大の事故を起こしたJR西日本の責任が重大であることも、また確かである。
 日本の法律では、法人に刑事罰を科すことが困難であり、民事裁判による損害賠償請求などの形でしか法人の責任は追及できない。今回のケースでは、事故の重大性を鑑みた検察が、法人に代わるものとして社長ら経営幹部を糾弾しようとした。しかし、幹部個人が安全にかかわる全業務内容を知悉している訳ではない以上、「予見可能でない」という裁判官の判断は妥当だと言わざるを得ない。法律を改正して企業の刑事責任を問える制度を作るべきかどうかが、今後の検討課題となる。
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