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§3.仮説の提示


 これまでの議論を総括しよう。

 古典スキームに則った世界像では、与えられた空間の内部を物質が運動するという形式で物理的な現象が生起するとされており、この空間内部で、さまざまな個物が並列的に存在しているように見える。さらに、個物を概念画定しようとする場合、ナイーブに考えれば、空間のある領域で形態や性状にまとまりを示していることを根拠に環境から抜き出してくるので、その領域に含まれている雑多な要素を個物の概念から切り離すことが難しくなる。腸管内の未消化物や体内に棲息するバクテリアは、「犬」という個体に属しているのか、属していないとすれば、何を根拠に分離すれば良いのか、にわかには答えられまい。

 世界が空間内部に並存する構成要素の寄せ集めのように見えてしまうという古典的世界像の問題は、高次元φ空間において具現化された量子過程というモデルを採用することによって、ある程度まで解消することができる(もっとも、腸管内の未消化物を「犬」から峻別するのはかなり難しい)。高次元過程は、《部分》となる要素が集まって実現されているものではなく、それ自体が1つの《全体》であると同時に、「部分空間」内部の“構造物”として多くの《全体》を擁するという意味での階層性を持っているからである。

 私が強調したいことは、高次元過程が、《客観的世界》に関する拡張モデルになっているという点である。すなわち、このモデルに対してアスペクトの変更を行うことによって、さまざまな個物が並存するという並列的構図に変換されるのである。

 こうしたアスペクトの変更が可能であることは、場の量子論が、そもそも古典的なスキームを採用していた古典物理学の漸進的改良を経て建設されたという点を考慮すれば、ほとんど自明である。かいつまんで説明しよう。

 知的生命が誕生できるような天体表面においては、素粒子の高エネルギー反応はほとんど生じず、場の大部分は基底状態にあり、ごく一部で低い準位の励起状態にあるにすぎない。こうした弱い励起は、広い範囲に薄く拡がることのできる重力場や電磁場を別にすれば、ほとんどの場合、電子やクォークのようなフェルミオンの1粒子状態として近似することができる。この状態は、近接したインデックスを持つ場の自由度が次々と励起されていくもので、あたかも自由度のインデックス空間を一定の質量を持った粒子が運動しているかのような振舞いを示す。この仮想的な粒子の振舞いを理論的に定式化したものが非相対論的な量子力学であり、もともとは場の自由度を区別するためのインデックスだったものが時間・空間の拡がりに置き換えられ、その内部で多くの粒子が電磁場や重力場を介して相互作用するするという並列的構図が描かれる。

 人間のような知的生命が外界を認識する際に、物理現象並列的構図の下にまとめるのは、主として、「思惟経済の法則」の帰結である。生物は、生き延びるための戦略として外界に関する情報を処理しているのであり、「外界とは何か」という哲学的な目標に向かって認知能力を進化させてきたのではない。どのようなやり方で知覚データを処理して外界を再構成するかという「認知のストラテジー」を決定するのは、情報の厳密さよりも生存率を高くする上での効果である。他の個体と捕食関係にある動物(主に哺乳類と鳥類)にとって最も重要なのは、外敵を避け獲物を捕まえる際の最適レスポンスを決定するための情報だが、これは、距離空間内部における外敵や獲物と自分との位置関係として表象されるものであり、実際に、多くの動物が、そのような形で外界の認知を行っていると推測される。この結果、外界についての表象は、あらかじめ、(距離空間の内部にさまざまな個体が並存するように)アスペクトの変更が行われたものになっている。しばしば世界の基本的な枠組みと見なされる座標空間は、実は、認知のプロセスで“捏造”された認知的虚構なのである。

参照 認知過程と座標空間の虚構性

 高次元過程の最も驚くべき点は、上とは異なる方法でアスペクトの変更を行うと、求心的構図を持つ世界とおぼしきものが描かれることである。

fig03_12.gif  高次元φ空間の量子過程は、さまざまな階層の上位システムとしての多数の《全体》を含んでいる。こうした《全体》は、構成要素となる《部分》の寄せ集めではなく、《全体》的特徴が「部分空間」の中の“構造物”という形で実体化されたものである。ここで重要なのは、こうした「部分空間」に複数の《全体》が並存することはなく、1個の《全体》が空間を占有するという点である。直観的な表現を用いれば、個々の《全体》は、異なる次元に属しており、同じフレームの中に並存させられないのである。同じフレームで議論するためには、全ての物理的自由度を見渡す地平に立たねばならない。

 しかも、《全体》的特徴の実体としての“構造物”は、古典的なアトラクタに対応する特定の“中心”に集まるような構造をしている。最も単純な場合は、ある点で状態関数がピークを持つ。より複雑なケースでは、多次元のアトラクタ近傍に状態関数が集まり、“瘢痕”状の構造を形成する。いくつかのピークが連結されて、強固な連結部分から成る中心部と、連結の弱い周辺部に分かれる場合もある。私は、こうした状況を求心性の現れと解釈する。したがって、ある「部分空間」を1つの世界と見なすアスペクトを採用すれば、この世界は、求心的構図を持つと言える。


 以上をまとめる形で、「この世界についての仮説」を提示したい。


【この世界についての仮説】この世界は、高次元φ空間において具現化された1つの量子過程である。この量子過程を、物理的自由度のインデックス空間における現象として近似的に表現すると、多くの個物が並存する並列的な構図が得られる。人間が《客観的世界》として認識しているのは、このアスペクトである。一方、同じ量子過程は、その内部に、「部分空間」における“構造物”という形で多くの《全体》を含んでいる。ある「部分空間」を1つの世界と見なすアスペクトを採用すれば、この世界は、求心的構図を持つ。


 さらに、コロラリを付け加えよう。

【コロラリ】求心的構図を持つことから推測するに、《主観的世界》とは、高次元φ空間の中のある「部分空間」である。



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©Nobuo YOSHIDA